遠方からも人が集まる限界集落のピッツェリア「SELVAGGIO」に学ぶ、オーガニックの裏側の努力【FOOD MADE GOOD #10】

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私たちが、生きていく上で欠かせない「食」。食は、社会のあり方すべてに関わっている。気候変動による異常気象、森林破壊、水資源の枯渇、農薬や化学肥料の問題、プラスチック問題、食品ロス、そして労働問題──今、私たちの日常を脅かしているこうした世界の問題を考えるときに、フードシステムを考えることは欠かせない。

そんな食のあり方、飲食業界のあり方を変えていくため、日本でより多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している団体がある。英国に本部があるSRA(SUSTAINABLE RESTAURANT ASSOCIATION)の日本支部、日本サステイナブル・レストラン協会だ。そんな日本サステナブル・レストラン協会の加盟レストランを巡り、先駆者となってサステナビリティへ向かう飲食店の取り組みを紹介していく連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」をスタート。

第10回目の本記事でご紹介するのは、愛媛県松野町にあるピッツェリア「SELVAGGIO(セルヴァッジオ)」だ。SELVAGGIOは、松野町の中でも限界集落と呼ばれる目黒集落内の山の上に2020年3月にオープンした。ホテル「水際のロッジ」に併設されており、四万十川の源流が流れる滑床渓谷の大自然の中で愛媛の地元の食材をふんだんに使ったピッツァやパスタを楽しめる。

筆者自身も現地に訪れ、都市では見ることのできなかった循環型社会が成り立っているのを感じた。そこには、モノが溢れかえり、効率化を求める都市とは真逆の世界──手間をかけ、モノを大事にする“おばあちゃんの田舎暮らし”が残っていたからだった。

今回は「地方におけるサステナブルレストランの可能性」や、「食の生産現場と隣り合わせにあるSELVAGGIOだからこそ見える“オーガニックの難しさ”」について、料理長の北久裕大さんにお話を伺いながら、考えていきたい。

SELVAGGIO外観

SELVAGGIO外観。森を越えると緑に囲まれた建物が見えてくる

話者プロフィール:北久裕大(きたく・ゆうだい)

北久シェフ2013年に福岡、小倉にて父と共にピッツェリア「フェルマータ」をオープン。その後2018年に東京練馬区「PIZZERIA GITALIA DA FILIPPO」岩澤正和の元で修行し、2020年に愛媛県松野町「SELVAGGIO」のオープニングに携わる。同ピッツェリアにて料理長を任され、地元生産者や住民と関係を築きながら地元の食材を活かしたピッツァ、料理を提供している。

西日本大豪雨の後にできた、ホテルとレストラン

愛媛県松野町は、四国の最南端にある高知県との境目に位置する山に囲まれた小さな町。町の山奥にある滑床渓谷には、多くの観光客が利用する町営の「森の国ホテル」があった。

しかし、2018年7月7日。西日本大豪雨の被害を受けホテルは無期限休業。その後町から委託され、新たに民営として改装オープンをしたのが「水際のロッジ」であった。

水際のロッジに併設されるピッツェリアSELVAGGIOを監修するのは、ナポリピッツァ世界大会で1位を受賞した経歴を持つピッツァ職人の岩澤正和さん。そして、料理長を務めるのが彼の元で修行を積んだ若きエース、北久裕大さんだ。オープン後一年半が経った今では、ホテル宿泊者のみならず、わざわざこのピッツァを食べに遠方からやってくる人もいる程の人気店となっている。

ピッツァにのる食材は、松野町農家のお野菜や、松野町の山で捕れたジビエを使ったハンバーグ、宇和島市の養殖鯛のカルパッチョ、西予市の牧場で大事に育てられた牛のお肉など、顔の見える地元の生産者から調達している。

ピッツァ

地元の食材をふんだんに使用したピッツァは季節によって色々な味が楽しめる

また、SELVAGGIOでは、生ごみを捨ててしまわずに、循環させる取り組みも行っている。

たとえば、お店の裏側には、生ごみを水に変えることができるコンポスト処理機を設置しており、お店でどうしても出てしまった生ごみは営業後に投入している。そのため、SELVAGGIOが可燃ごみとして出す生ごみは、ほとんどない。

また、ピザ窯に使う薪には、レストランの地元、松野町の山の間伐材を使用。さらに、ピザ窯から出る薪灰は、愛媛県内の窯元に持っていき、お皿の原料として循環させている。

お皿

2つの窯を循環する器

田舎だからこそできる、フードサプライチェーンの透明化

SELVAGGIOがこの地にオープンして、ちょうど一年半が経つ。「一年半を経て、やっと地元の生産者とのつながりが増え、心を開いてもらえるようになった」と、北久シェフは語る。

「3年前にホテルが急に閉業したとき、レストランの食材の仕入れもストップし、農家さんに迷惑をかけたことがあったそうなんです。だから、初めて農家さんを訪ねた際は、『本当に大丈夫なの?また期待して潰れて、せっかく作った食材を廃棄しなきゃいけなくなるんじゃないの?』と言われたこともありました。

何度も通って顔を合わせ、ご飯を一緒に食べたり、たわいのない話をしたりしているうちに、一年ほど経ってやっと、地元の人との関係性が築けてきたと感じています。」

SELVAGGIOと生産者のきずな

SELVAGGIOと生産者のきずな

「業者や市場から食材を調達する飲食店では、仕入れ先の情報は、『〇〇県産』までしかわからないことが多いと思います。同じように、生産者の人も、市場におろしてしまうと自分の作った野菜がどこの飲食店で食べられているかはわからない。一方、田舎だとそもそも市場も八百屋もないので、直接生産者のところへ行って、仕入れるしか手がないんですよね。」

それが結果的に、フードサプライチェーンの透明化やお互いの信頼関係につながり、よい循環をつくっているのだ。

SELVAGGIOでは、生産者の方々や取引先の方も、お客さんとしてよく食事に来てくれるという。

「最近は生産者さんから他の生産者さんを紹介していただくことも多く、一年半経ってやっと信頼関係を築くことができてきたと感じています。」

地元の食材は地元の人が一番よく知っている

水際のロッジに宿泊しているお客さんには、和食やサンドイッチなどの朝食が提供される。和食の朝食の際は、お店の脇を流れる滑床渓谷の清水で作られた目黒米を土鍋で炊いて提供する。

「この目黒米の美味しさに感動して、ホテルの朝食は地元の料理と目黒米を使おう、と決めました。ただ、自分はイタリアン専門でお米を料理で使ったことがなかったので、地元の人に聞きながら、炊き方を土鍋で何通りも試しました。強火で何分、弱火で何分、どの方法が一番美味しいか……一つひとつ検証しましたね。」

白ごはん

土鍋で炊く目黒米は極上。まずは白ごはんだけで味わいたい

「おかずは、愛媛の郷土料理の作り方を地元の農家さんに聞きに行きました。農家の方の料理が本当に美味しいんですよね。お家に呼んでいただいて夜ご飯をご馳走になったときに、この料理はどうやって作るんですか?と聞いて、教えてもらっています。

この辺りでよく採れるワラビの調理法も、地元の方に教えてもらいました。」

北久シェフにとってその過程は、仕事というよりも“学び”であり、農家の方々は取引先ではなく“家族”のような関係なのだ。

「朝、挨拶に顔を出したら、『ちょっとあがっていきな』と言われてそのまま数時間滞在したり、夜に行くと、夜中の2〜3時までずっと喋っていたりします。そのときに地元の歴史や食材について、色々教えてもらって。今では地元の方々は、第二のおじいちゃんやおばあちゃんみたいな感じです。」

地域全体で力を合わせないと、オーガニックは完成しない

北久シェフは、地元で畑を借り、自らも無農薬野菜を育てている。だからこそ、「オーガニック」の野菜を作ることがどれだけ大変なのかを、身をもって理解できると言う。

「都会では、オーガニックショップで無農薬の野菜を買うことが、徐々に当たり前になってきているのではないかと思います。でも、オーガニックの食材を購入する消費者のうち、一体どれだけの人がその生産過程の大変さを知っているのでしょうか。

たとえば、無農薬のお米であれば、まずは地域の水田の水の管理からしなければいけません。それは、どこかひとつの水田が農薬や除草剤を使っていたら、水に含まれて地域全ての水田に農薬が行き渡ってしまうからです。地域全体でやらなければ意味がないんですね。さらに、除草剤を使わないため、苗を植えてから1〜2か月は、毎日草引きをしなければならないので、それも大変です。

ひとつの食材を生産するのにどれだけの労力がかかるかということを、実際にこの地に住んで農業をやってみたことで、初めて知りました。」

農地は、土と水でつながっている。地域全体で力を合わせないと、オーガニックは完成しないのだ。

地元のお米農家さん(左)と岩澤シェフ(右)

地元のお米農家さん(左)とSELVAGGIOの岩澤シェフ(右)

編集後記

インタビューの前、水際のロッジのホテルスタッフと、SELVAGGIOのレストランスタッフが集まり、サステナビリティに関して現場でできることについて話すミーティングが行われていた。

ミーティングは「それぞれ気づいたことから話していって」という北久シェフのリードで始まり、日常の営業の小さなことから話し合う。「白砂糖は使わないで、甜菜糖にしよう」「部屋に置くアメニティは全部撤廃して、お客様に選んでもらうようにしよう」といった意見が次々とあがる。

食材調達に限らず、エネルギー資源の節約やゼロウェイストなどにも積極的に取り組んでいるSELVAGGIOは、今後も地元と観光客を繋ぐ大事なハブとなりながら、日本のサステナブル・レストランのモデルとなっていくだろう。

9/9(木)北久裕大シェフをお呼びし、イベントを開催!

イベント概要
愛媛の秘境にありながらも予約の絶えない人気店「Selvaggio」の北久裕大シェフをゲストにお迎えし、限界集落だからこそできる地方のレストランの可能性に迫る。

また、イベント参加者にはSRA-Jの評価項目に沿ってサステナビリティに配慮した商品を、参加者のご自宅にお届け。第二回目の今回は、愛媛県松野町の大自然で育てた夏野菜たっぷりのトマトベースのピッツァだ。背景にあるシェフのアイデアとともに味わっていただきながら、五感をつかって学んでいく。

■ イベント概要
開催日時 9月9日(木)19:30~21:30(Zoomオープン19:15)
講師 「SELVAGGIO」代表 北久裕大氏
参加費 税込3,800円(ピッツァ代 ・手数料込み)
*SELVAGGIO『愛媛県松野町の大自然で育てた夏野菜たっぷりのトマトベースのピッツァ(ベジタリアン対応)』
定員 15名
タイムテーブル 19:30- イントロダクション
19:30- イントロダクション
19:35- IDEAS FOR GOODの紹介
19:40- 「レストランのサステナビリティフレームワークについてのミニ講座」by SRA-J
19:55- 「レストランでの具体的なサステナビリティ実践について」by 北久シェフ
20:15- クロストークセッション 「2030年の食のあり方」について by 北久シェフ×SRA-J
20:35- 座談会
21:00- Q&A
21:10- アフタートーク(希望者のみ)
参加方法 Zoomにてご参加ください
Zoom参加 Peatixより申し込みください
(定員15名)▷Peatixページ:https://ccb2030-july.peatix.com

【参照サイト】日本サステイナブル・レストラン協会
【参照サイト】SELVAGGIO
【関連サイト】2つの窯を循環する器
【関連イベント】Creative Chefs Box 2030 「一枚のピザから地域の食と未来を考える」(北久シェフ登壇オンラインイベント)

Edited by Motomi Souma

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