よく生きるためには「死」を想え?ヨーロッパの最新デス・テック【欧州通信#27】

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近年ヨーロッパは、行政およびビジネスの分野で「サステナビリティ」「サーキュラーエコノミー」の実践を目指し、さまざまなユニークな取り組みを生み出してきた。「ハーチ欧州」はそんな欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、日本で暮らす皆さんとともにこれからのサステナビリティの可能性について模索することを目的として活動する。

ハーチ欧州メンバーによる「欧州通信」では、メンバーが欧州の食やファッション、まちづくりなどのさまざまなテーマについてサステナビリティの視点からお届け。現地で話題になっているトピックや、住んでいるからこそわかる現地のリアルを発信していく。

前回はスペイン・バルセロナ特集として、スーパーからカフェまで、編集部が実際に街を歩いて見つけた市内のサステナブルスポット「バルセロナで見つけた、注目のサステナブルスポット」を紹介した。今回の欧州通信では4月14日「良い死の日(※)」に合わせ、欧州各国のDeath Tech(デス・テック)や、「死」への考え方についてお届けする。

日本初!死がテーマのフェス「Deathフェス」が、4月14日の“よい死の日”に渋谷で開催(Life Hugger)

【イギリス】葬儀計画から遺言作成まで。死後の手続きを簡素化するオンラインプラットフォーム「Octopus Legacy」

愛する人を亡くしたとき、訪れるのは精神的苦痛だけではない。そこには膨大な手続きも必要とされる。イギリスのオンラインプラットフォーム「Octopus Legacy」は、人が亡くなった後の時間をなるべく故人とともに過ごせるように、手続きを簡素化する役割を果たす。

Octopus Legacyは、葬儀の計画から遺言書の作成、生命保険の選択に至るまで、死後の支援を一手に引き受ける包括的なプラットフォームを構築している。死というデリケートなテーマに対して、アクセスしやすく、手頃な価格(例えば遺言の作成で約17,000円〜)の計画ツールを提供しているのがユニークだ。自分の死後について、事前に計画できるのはもちろん、残された遺族の情緒的・手続き上のサポートも行う。

Octopus Legacyのサイト

Image via Octopus Legacy

また、Octopus Legacyのサイトにアクセスすると「Take the quiz(クイズに答える)」の欄から自分がどのくらい“死”に対して準備ができているかのスコアリングがされる。「死後、SNSアカウントはどうする?」「遺言はある?」「葬式にはどんな服装で来てもらいたい?」などの質問を通して、死について改めて考えることができる。Octopus Legacyはそれぞれの“良い死に方“ができるようにサポートしてくれるのだ。

【参照サイト】Octopus Legacy

【フランス】ゆっくりとその人のペースで。葬儀業界に登場した、自転車霊柩車

フランスの葬儀業界では一風変わった見た目の「La Corbicyclette(自転車式霊柩車)」の試みが行われている。自転車式霊柩車は、人間を葬儀の中心に据えることを目的としたプロジェクトであり、静かでゆっくりとした速度で移動ができるのが特徴だ。後ろで歩く人々の歩幅に合わせて進行するので、参列者にとってより心に寄り添った時間を提供する。重量180キログラムの木製キャビンを搭載し、最大200キログラムまで運搬可能で、CO2を排出しないのも嬉しいポイントだ。

Le Ciel & la Terre

Image via Le Ciel & la Terre

発案したイザベル・プルメロー氏は、パリにある小さな葬儀社「Le Ciel & la Terre(天と地)」を経営している。葬儀分野で13年間活動してきたイザベル氏は、イル・ド・フランスのメディア取材に対して以下のように語っている。

「もちろん、悲しみをなくすことはできませんが、葬儀を陰鬱なものではなく、祝賀の場として、オリジナリティを加えることはできます」

カジュアルに死について話す「Death Cafe」や「Café de la mort(死のアペロ)」なども存在するフランスでは、死やそれに関連するプロセスについてオープンに話すことができる社会的環境がある。タブーなしに誰でも「死」について議論できる包括的な場があることで、タブー視されがちな死に関する領域でもベターなアイデアが生まれるきっかけにもなるかもしれない。

※ 現在、La Corbicycletteのサービスは一時停止中で、交通手段を法的に認めるための手続きが進行中。
【参照サイト】Le Ciel & la Terre

【オランダ】人の身体も魂も自然に還す。死後、森の生命体の一部になる堆肥葬

オランダのLoop Biotech(ループ・バイオテック)社が販売するのは、世界初の生きた棺だ。菌糸体とアップサイクルされた麻繊維から栽培される棺とともに森に埋葬されることで、人は死後、大自然という生命循環の一部となり、栄養として生物多様性に貢献する。

Loop

Loop Biotech Photo by Kozue Nishizaki

棺は生分解性で、45日で自然と一体になる。愛する人たちにとっては、この森を訪れることで大切な人を思い出すことができるだろう。棺タイプのLoop Living Cocoonと、骨壺タイプとLoop EarthRiseの二種類から選ぶことができ、価格はそれぞれ1,125ユーロ(約18万5千円)と295ユーロ(約4万8千円)。

土葬でも火葬でも利用できるのが嬉しい。実際の棺は、触ってみると柔らかくしっとりとして手に馴染む。自分で引換券を購入すれば、1か月後でも30年以上経った後でも必要なときに届けてくれるという。世界をより良い場所として将来の世代に残すために、愛する人たちに自分の選択を示し、準備することができる。死後、森の生命体の一部となっていくことは、輪廻転生の意味するところそのものなのではないだろうか。

【参照サイト】Loop Biotech

【オーストリア】自殺ほう助の合法化。「死ぬ権利」について考える国も増えている?

オーストリアでは2022年、自殺ほう助(assisted suicide)が一定の条件の下で合法化された。合法化にあたっては、国民4人が自殺ほう助の禁止が憲法に違反すると主張して憲法裁判所に訴えたことに始まる。2020年、憲法裁判所は自殺ほう助の禁止が違憲であると判断し、その結果、法改正が行われた。

同時に政府は、新制度の濫用を防ぎ、末期の患者の選択幅を広めるため、ホスピスや緩和ケアへの予算を引き上げている。なお、オーストリアの国教であるカトリック教会は、自殺ほう助の合法化へ強く反発しており、カトリック団体が経営する病院においては実践を禁止することを発表している。欧州では、スイス、ベルギー、ドイツ、オランダ、スペイン、ルクセンブルク、ポルトガルなど、積極的安楽死や自殺ほう助を認める国は近年増加傾向にあり、フランス、アイルランドでも合法化への議論が行われている。

病院で眠る女性

Image via Shutterstock

万人に訪れる死は自然の摂理だが、私たちの多くは死に対して恐怖を感じているだろう。その多くは死に至るまでに伴うかもしれない苦痛に対するものではないだろうか。そうした恐怖から逃れ、尊厳をもって安らかに痛みや苦しみを伴わない死を自身の決断で迎えたい。長年世界的にタブー視されてきた「死ぬ権利」を近年国が認めつつあるのは、人々のこうした想いが反映され、社会が理解を示しつつある現れではないだろうか。

【ドイツ】ドレスコードは“黒以外”。ドイツの葬儀のいろいろなカタチ

2022年のドイツの宗教人口は、カトリックが25%、プロテスタントが23%、イスラム教は4%、無宗教が44%だ。キリスト教徒は亡くなると教会で無料でミサをあげられる。ミサの前に家族は神父を訪ねて故人の人生について話し、神父はそれを含めミサで約1時間語る。

現在土葬は22%、火葬は78%で、10年前と比べると火葬が増加している。理由の一つは、土葬は大きめの土地を買わなくてはならず、火葬の約3倍高価であることだ。お墓に関しては、家族代々同じお墓に入るのではなく、夫婦や個人が長く住んだ街にお墓を建てる場合が多い。

森

Image via Shutterstock

無宗教の人は、火葬の後に好みの形式でセレモニーを開くのが一般的だ。ここで、友人が亡くなったときのセレモニー(パーティー)を紹介する。ドレスコードは、「黒以外」の色鮮やかな服。「私は死ぬが、あなたたちはこれからも生きる。私の死を悲しんでほしくない。特に、家族には前を見て生きていってほしい」というのが彼女のメッセージだった。遺言をもとに、彼女が身に着けていた服やアクセサリーはパーティー中に寄付形式で販売され、パーティーの冒頭に家族と担当医が彼女について語り、その後、故人を偲びつつ参加者同志が立食で交流した。

誰もが迎える死。自らが属する、もしくは自身が希望して住んだ国と街、そして残された愛する家族の負担をできるだけ軽減し、人生を満足してしめくくれるよう、準備できたらと思う。

【参照サイト】Religionszugehörigkeiten 2022

編集後記

「死を想え」という意味を持つラテン語の言葉で「メメント・モリ」という言葉がある。「死」を意識することで今を大切に生きることができる、という文脈で最近では多く聞かれるようになってきた。そうした言葉の広がりや、今回紹介したような死にまつわるサービスや議論の多様化からも、人々の死に対する認識の変化が見て取れる。

「多死社会」と呼ばれる今を生きる私たちにとって、死をタブーとせず、一人一人が感じていることや考えていることを議論することも大切だ。Octopus Legacyのスコアリングを試してみたり、オーストリアの議論やドイツの葬儀のあり方などから感じたことを家族にシェアしたり……良い死(4月14日)の日がある4月は、そんなふうにいつもより少しだけ、「死」に向き合ってみてはいかがだろうか。

Written by Megumi, Erika Tomiyama, Kozue Nishizaki, Yukari Fujiwara, Ryoko Krueger
Presented by ハーチ欧州

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ハーチ欧州とは?

ハーチ欧州は、2021年に設立された欧州在住メンバーによる事業組織。イギリス・ロンドン、フランス・パリ、オランダ・アムステルダム、ドイツ・ハイデルベルク、オーストリア・ウィーンを主な拠点としています。ハーチ欧州では、欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、これからのサステナビリティの可能性について模索することを目的としています。また同時に日本の知見を欧州へ発信し、サステナビリティの文脈で、欧州と日本をつなぐ役割を果たしていきます。

事業内容・詳細はこちら:https://harch.jp/company/harch-europe
お問い合わせはこちら:https://harch.jp/contact

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