世の中には、「社会を変えたい」という素敵な想いを持つ人が大勢いる。しかし、その人たちが想いを実現するための十分なリソースをすべて持ち合わせているとは限らない。
そんな「社会をよくしたい熱い想いがあるけれど、必要なスキルを持つ人や資金が足りていない」という社会起業家と協働して、楽天株式会社(以下、楽天)が社会課題の解決を目指すプログラムが「Rakuten Social Accelerator(楽天ソーシャルアクセラレーター、以下RSA)」だ。「イノベーションを通じて、人々と社会をエンパワーメントする」という想いを掲げる楽天が昨年度から始めたプロジェクトである。
RSAは、社会起業家と楽天社員がプロジェクトチームを組成し、テクノロジーを活用した社会課題解決に半年間取り組む。その成果発表の場として、2019年12月15日に「Rakuten Social Accelerator(楽天ソーシャルアクセラレーター)DEMO DAY」が二子玉川にあるiTSCOM STUDIO & HALLで開催された。(昨年度のレポート記事はこちら:楽天「Rakuten Social Accelerator」、ビジネスアセットをフル活用で社会起業家を支援)
本記事では、RSAに採択された5団体が楽天との協働でどう変化したのか、そしてなぜ楽天がRSAを開催するに至ったのかをお届けする。
「自分自身」が楽しいからRSAに参加する
世の中の多くの人が社会課題を自分ゴトとして捉えられず、アクションに移すことができない。そんな中、「もっと楽天のアセットをフル活用していくのはどうだ」という想いで始まったRSA。今回で2度目の開催となるRSAであるが、本年度は日本だけではなくインドでも開催され、「本プロジェクトに関してはかなり手応えを感じている」と、プログラムの最初には楽天株式会社・常務執行役員CWOの小林氏が挨拶をした。
本年度RSAに参加した楽天社員は85名、協働時間総数は8,000時間にも及ぶ。社員はそれぞれ本業もある中、このRSAに携わっている。中には子どもの保育園の送り迎えをしながらスキマ時間でプロジェクトに関わる社員や、世界を飛び回る中でもオンラインで打合せに参加する社員もいるという。
小林氏の挨拶に続く、RSA2019の事務局長である鈴木氏は発表の中でこう話した。「大変なのになぜ参加するの?とよく聞かれます。もちろん、人のために参加する側面もありますが、『自分自身が楽しい』『自分自身が社会とのつながりを感じたい』という気持ちで参加している社員がほとんどだと思います」
言葉の通り、成果発表会で登壇していた楽天社員はとても楽しそうで、“自分のために”やっている活動が結果として社会のためになっていることが感じ取れた。自分自身が楽しむ。それが、半年間という長い間、本業と両立しながらプロジェクトに取り組むことができる秘訣なのだろう。
数ある応募の中から2019年度RSAに採択されたのは5団体。ここでは、そんな楽天社員の共感を呼んだ熱い想いを持つ団体を紹介していく。
1. モクチン企画「つながりを育む、街をつくる」
最初に登壇した参加団体は「特定非営利活動法人モクチン企画」だ。成長型から縮小型へ移行しようとしている今の日本に求められる新しい街への更新方法を考え、そのために戦後に建てられた空室化や高齢化、老朽化で問題となる木造賃貸アパート(以下、木賃アパート)に注目した。「私たちはいつまで住まいや街を消費していく社会を続けていくのでしょうか?」というモクチン企画、代表理事の連氏の問いから発表は始まった。
「つながりを育む、街をつくる」を掲げ、既存の木賃アパートを活かす改修アイデア集である「モクチンレシピ」を築年数の古い賃貸物件の物件オーナーや不動産会社に対して提供することで、物件の収益化の向上や他物件との差別化を支援する。
今回、RSAへの参加を通して、モクチン企画に新しい仕組みが整った。それが、「モクチンレシピのメンバーズ会員」だ。今までは単に、不動産オーナーがレシピから情報を得るというシンプルな会員プログラムだったものを、レシピユーザー同士がつながり、支え合うコミュニティとして定義し直したのだ。世の中には経済合理性を重視する不動産投資が多いが、モクチン企画は「自分らしい不動産経営ってなんだろう」「街が元気になる賃貸ってなんだろう」と、考えている不動産オーナーのためにLINEを使ったコミュニティづくりや、メンバーズの認知拡大を行い、ただ会員数を増やすだけではなく、価値に共感してくれるユーザーを大切にすることを決めた。
「私たちの目的は木賃アパートを保存することではありません。木賃アパートはあくまでツールです。そうした木賃アパートを上手に使っていくことで、適切な街の更新のサイクルや新陳代謝を作りたい。そうすることで空間、過去、記憶、文化とのつながりを社会に作っていきたい」(連氏)
協働を終えての感想で代表の連氏は、「今回楽天と協働したことでメンバーズの可能性を自覚化できた。僕らの中で、非常に明確なポジションとやる意義が見えた。これからはこの基盤を使って発信していきたい」と話した。
2. アンター「一人でも多くの人が助かる未来を」
次に登壇したのは、現役医師が経験した現場の問題を解決するために始まった、医師同士の質問解決プラットフォームを運営する「アンター株式会社」だ。第一線を走る医師たちや、同じ悩みをもつ医師に質問することができ、どこに住んでいても、どんな時間帯でも医者が最善の良い医療を患者に提供できるネットワークを構築している。
たとえば当直や深夜の急患など、一人の医師が担当している病院に突然緊急患者が現れる場合も少なくない。アンターではそんなときに、プラットフォームに登録している数千人の医師にアドバイスや意見を求めることができる。現在、日本に「医師不足」という大きな課題がある中で本サービスを通して、一人でも多くの人が助かる未来を目指す。
今回のRSAでは事業戦略やWebページ改善、ユーザーアンケートによる医師のニーズ把握や新サービスの立案を行った。アンターと協働した楽天社員の松山氏は、「アンターさんは少数精鋭の能力が高い団体で、ITやマーケティングのスキルは十分にあった。ただ急速に伸びすぎるコアなビジネスにリソースを投入するがあまりに、それを効率よく回すための仕組み化をするリソースがなかったんです。そこを楽天がフォローしました」と、話した。
同じく楽天社員の金森氏は「楽天から20名以上のメンバーが参加してみんなの”やりたい気持ち”が加わり、限られたリソースではありましたが大きな価値を出せました」と、充実した半年間を振り返った。発表後に筆者がブースで話をした楽天社員も「本当に充実した協働期間でした。RSAが終わっても、プロボノとして長く関わっていきたい」と、今後もアンターに関わっていくとコメントした。充実した半年間だったことがよくわかる。
3. SALASUSU「ものの裏側には人がいる」
3番目に登壇したのは、「カンボジアの最貧困層の女性たちに安心安全な雇用と収入を提供して自立的に歩める社会」を目指しエシカルファッションブランドを運営する「特定非営利活動法人SALASUSU(サラスースー)」。カンボジアの農村地域には貧困率が18%となり、満足な教育を受けられないまま不安定な収入で生活する人々が多く生活している。そんなカンボジアが直面する多くの課題に向き合うため、10年前の2008年にSALASUSUはカンボジアに小さな工房を作って貧しい女性たちを雇用し、「ものづくりを通じた人づくりによる自立サポート」を行ってきた。
すべての商品には作り手の名前スタンプが押されており、誰が作ったかわかるような商品になっていたり、商品を購入してくれたお客様にチケットを渡して「カンボジアにいる作り手に会いに来てください」と伝えている。工房訪問では日本、アジア、欧米から年間およそ2000人が遠いカンボジアまで訪れるのにも関わらず、帰国後のイベント参加やECサイトでの継続的な購入につながっていなかったことが課題としてあった。
新しいサービスを作りたくてもIT知識がなく、リソースがない。そんな中で出会ったのがRSAだった。「知る、創る、伝える、管理する」という楽天が培ったリソースを使い、新たなつながりを求めた今回のRSAでは、3つのゴールを設定。1つ目は、マーケットリサーチを通じて顧客を知ること。2つ目は、新規アクションを通じてつながりを作ること。3つ目は、つながった使い手とオンライン上でも引き続きそのつながりを維持することだ。
実際に現地の視察やWebページの情報整理を行い、KPIシートの開発やメルマガ改善なども実施。それによりサイト離脱率は22%から16%まで下がり、メルマガクリック率は5%から17%まであげることができたという。そして課題として抱えていた年間2000人とのつながりを維持するために、訪れた人が写真でつながり続けるフォトアルバム「Journey with SALASUSU」のサービスをリリースした。
SALASUSU共同代表の横山氏は、「日本では2名体制でやっていたので、この半年間で12名の仲間が増え、とても心強く、その中でトライアンドエラーができました。今後のSALASUSUの持続的な成長につながる種まきをしてもらいました」と半年間を振り返った。続けて、「最近は素材ばかりにフォーカスが当てられがちなところに少し違和感を持っています。物を選ぶ私たち消費者自身が、ものの裏側には人がいる、ということを考えた買い物ができると、本当の意味でのサステナブルが実現できるのではないか」と、SALASUSUが想う未来について語った。
(関連記事:エシカルブランド「SALASUSU」が紡ぐ、買い手と作り手の人生の交差点/作り手と使い手の人生を応援するエシカルブランド。カンボジアにある「SALASUSU」工房ツアーレポート)
4. WELgee「自らの境遇にかかわらず、ともに未来を築ける社会」
後半4番目に登壇したのは「NPO法人WELgee(ウェルジー)」だ。現在、日本における難民認定申請者は毎年1万人を超える規模となり、増加傾向にあるにも関わらず、支援体制は十分に整っていない状況である。そんな中、「自らの境遇にかかわらず、ともに未来を築ける社会」を掲げ、日本に逃れたばかりの難民と日本人がつながる対話の場としてのWELgeeサロンや企業に所属する社員たちが、日本に逃れた多国籍な「アンバサダー」たちから世界を学び、自分を知る社員育成の場である「セミナー事業」、働くを通じて自らの専門性と経験を活かす「就労伴走事業」などを行う。
今回のRSAでは、これまで被支援者であった難民認定申請者が「個」として活躍できる社会を創ることを目標としてWELgeeの新たな取り組みである、難民認定申請者向けプログラミングスキル研修「Tech-Up(テックアップ)」の調査や事業構想を進め、脱落してしまった人に対して「なぜ脱落してしまったのか?」を考え、受講者(スカラー)のモチベーションをどう上げるか、スカラーのペルソナの設定などを実施した。
RSAに応募する前、はじめは6名のスカラーを支援していたテックアップ。約5か月間スクールを実施した後、6名中5名が脱落をしてしまう課題が残る結果だった。しかし、最後までやりきった1名は、母国のアフリカではパソコンなんてほとんど触ったことがなかったという。彼は「エンジニアになる」という強い想いを持って日々学習に臨み、壁にぶつかりながらも持ち前のパッションで乗り越えた。
テックアップ事業統括の島倉氏は、「最終的に残ったのは1名だけだったけれど、私たちはその結果に希望を見出しました。脱落してしまう人もいたけれど、本当にやる気あれば安心して挑戦できる場所、それがテックアップなのではないかと思いました」と、話した。「とはいえ、その時のままでは彼らの貴重な時間を預かることはできないと思い、少しでもステップアップするためにRSAに応募しました」とRSAにチャレンジした経緯を語った。
ウェルジー戦略室の安齋氏は、「期間を区切ることが大事だと思いました。難民問題は難しい課題で、何百年も世界が解決できていない課題です。それを考えると目線が5年、10年と長期的になってしまいます。それを短い期間で区切ってアウトプットをしていくことが、次の5年、10年につながるのだと実感しました」と話した。
(関連記事:パリとベルリンのスタートアップは難民の人とどう一緒に未来を作っているのか?)
5. アッテミー「高校生が自分の意志を持って進路を決められる機会を」
最後の登壇企業は、「株式会社アッテミー」だ。高卒就職をする学生は毎年約18万人。人手不足の影響で求人倍率は7年連続上昇しているが、実は高校生は大学生のように自由に就職活動をすることが主流ではない。学校斡旋と呼ばれる、学校を通した就職活動になっていて、そこには一人一社しか応募することができない「一人一社制」というルールがある。さらには学校内で先生による選考が行われ、自分の行きたい会社に応募書類すら送れずに断念せざるを得ない高校生が大勢いる。また、入社3年以内の離職は40%と高く、その中の4人に1人が入社1、2か月という企業と高校生のミスマッチが大きな課題である。そんな課題に対して、高校生が自分の意志を持って進路を決められる機会を提供し、「就職」という選択肢の価値UPを目指す。
今回のRSAでは新たな新規事業の一つとなる「高校生向けジョブツアー申込サイト」の制作を行い、キーワードやイメージ画像選択、地図の3つの検索機能から職場体験を申し込めるようにし、気に入った会社に求人エントリーを可能とした。また、申込サイト参画企業の開拓営業やSNSを利用したPR活動なども行った。
また、もともと「高卒就職」というのは戦後から変わらないイメージだったが、それに変わる新しい言葉「アオハル就職」という新しい言葉を定義し、リリースした。
アッテミー代表取締役の吉田氏は、「先日実は、超進学校に進む高校生にこんなことを言われました。『僕は、大学をどう選ぶか、大学の4年間をどう過ごすか考えるときに、はやく色んな会社を知りたい。どうやって世の中が動いているか学びたい。けれど、学校の先生は、大学受験に関係のないインターンシップには行くなと言う。』私たちはこのアッテミーのサービスを、大学に行く人にももちろん使ってもらえるサービスにしたいと思っています」とこれからの思い描く未来を語った。
【RSAインド】「社会課題はお金だけでは解決できない」
早くも2回目で、日本だけではなくインドにも進出したRSA。テックの中心地、インドにある楽天インドは、現在700名ほどの社員がいる。ほとんどがエンジニアのため、今回のRSAの取り組みでもテックな要素が取り入れられた。今回インドからは、フードロス削減と飢餓で苦しむ人のサポートを行う「Robin Hood Army」、自然環境保護をするために地域の人々に動物を痛めつけない生活を提供する「Wildlife SOS」、目が不自由な方にむけたプラットフォーム「Samarpana Chariyable Trust」の3つの社会課題に取り組む団体が登壇し、活動を振り返った。
「これまで、楽天インドの社会貢献活動として、学校やヘルスケアの領域に寄付を行ってきた。しかし、お金だけではいつまでたっても問題を解決することはできず、寄付だけでは十分ではないことに気がついた。そこで『楽天の強みを使った活動をしたらいいのでは?』ということでRSAを始めることで自分で持続的にビジネスができるようなスタイルを構築するサポートを行いました」(楽天インドCOO Naren Narayana)
楽天創業当時から大切にされてきた「分け与える」こと
イベント終盤では、現在楽天の内外で活躍する楽天共同創業者3名のトークセッションが行われた。RSAには参加団体を決める審査の段階から、多くの楽天社員が関わっており、例えば教育の課題や、グローバルな課題に興味を持つ社員も大勢いる。これは楽天がもともと持つ価値観やDNAの表れなのではないだろうか。社会起業家と楽天が協働するRSAが、なぜここまで成功するのか。楽天がもつ価値観は、創業からどのように生まれて花開いているのか。「楽天」の源流を作ってきた若い起業家たちが、その黎明期に何を考えていたのか。
登壇者一覧
・小林 正忠 楽天株式会社 常務執行役員 CWO
・杉原 章郎 株式会社ぐるなび代表取締役社長
・本城 慎之介 学校法人軽井沢風越学園 理事長
・藤村 隆 特定非営利活動法人 ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京代表理事(モデレーター)
まず初めにモデレーター藤村氏からの「楽天が持つ価値観やDNAは創業からどのように生まれて花開いているのか?」という問いに対して、学校法人軽井沢風越学園理事長である本城氏は「“つながる”という言葉が、今回たくさん出ていました。この言葉は、足りないものや不足しているものを与える概念ではなく、“今持っているものを分け与えていく”という意味です。楽天も、創業当時から“分け与える”こと大事にしながら歩んできました」と答えた。
楽天株式会社CWOの小林氏は「大学が一緒だった我々3人は、学生の頃からキャンパスの中で新しいことに挑戦し、面白いことをやるワクワク感を大切にしていました。創業当時のお客様一人一人がなぜそのビジネスを始めたのか、この先どうしていきたいのかという想いを聞くたびに『一緒に夢を実現させたい』という思いが生まれたんです。それが、今の楽天のDNAを担っているのだと感じます」と話し、「困りごとや痛みを分け合うのではなく、共に夢を追いかけていくことに本質があったのではと思います」と本城氏は付け加えた。
「楽天という存在が社会に果たす役割は?これから楽天はどんな存在になっていくか?」という問いに対して最後に小林氏はこう答えた。「楽天は『課題先進企業』です。スピード経営でやっているので、誰よりも先に壁にぶち当たる。これからは、株価や事業戦略よりも、社会に対する意義を示していくべきだと思います」
今持っているものを分け与えていく。そんな楽天の創業時からのDNAが多くの人を巻き込み、このRSAの開催と成功を実現させたのだろう。今後も楽天の取り組みから目が離せない。
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