ミシュランから「ラディッシュ」へ。シェフの哲学が生んだ、野菜料理の新基準・ピュアプラント【持続可能なガストロノミー#13】

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伝統的に肉や魚料理が評価の中心であったミシュランの星を手にしながらも、あえて“野菜”に人生を賭けたシェフがいる。ベルギー出身のフランク・フォル氏だ。彼の歩みは、単なるレストランシェフにとどまらない。世界中の食の現場に「植物性料理革命」を起こす仕掛け人として、いま世界中から注目を集めている。

“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、活動を広げる杉浦仁志シェフが、食の分野におけるサステナブルな未来を目指すキーパーソンを紹介し、これからの食の在り方を社会に伝えていく連載「持続可能なガストロノミー」。

今回は、フォル氏が率いるプロジェクト「We’re Smart®」について話を聞いた。それは、野菜中心のレストランを独自の基準で評価するガイドブックの発行に始まり、未来のシェフを育てるアカデミーの運営まで手がける壮大な試み。食のおいしさとサステナビリティが分かちがたく結びついた、そのムーブメントの核心に迫る。

フランク・フォル氏と杉浦シェフ

フランク・フォル氏と杉浦シェフ

シェフの人生を変えた、タイでの原体験

フォル氏の革命は、一人の料理人としての気づきから始まった。キャリアの初期、世界を旅する中で訪れた1988年のタイ。そこで出会ったのは、生命力にあふれ、主役として輝く野菜やハーブの姿だった。

「野菜こそが、料理の中心にあるべきだ」。そう確信した彼は、帰国後に開業したレストランでその哲学を追求し、ミシュラン一つ星を獲得。テレビ番組や料理本を通じて、ベルギー中に野菜料理の魅力を広めた。

しかし、彼の情熱は一つのレストランの枠に収まらなかった。2005年、フォル氏は自身の店を手放すという大きな決断を下す。それは、彼の人生を100%「植物性料理(ピュアプラント)」の普及に捧げ、世界中の食のあり方を変えるための挑戦の始まりだった。その情熱が結実したのが『We’re Smart®』プロジェクトである。

『We ‘re Smart』

星の数より「ラディッシュ」。地球にやさしいレストランの新基準

『We‘re Smart』の最大の特徴は、独自の評価基準「Radishes(ラディッシュ)」だ。ミシュランの星のように店の格を一方的に決めるのではなく、レストランがどれだけ野菜や果物を主軸に、そしてクリエイティブに扱っているかを示している。

評価基準

  • 野菜・果物の使用割合: メニュー全体に占める比率(1ラディッシュ:35%〜5ラディッシュ:80%以上)。
  • 創造性(クリエイティビティ):野菜をいかに独創的な一皿に昇華させているか。
  • 風味(テイスト): 純粋な美味しさ。
  • 健康への配慮:栄養バランスや調理法。
  • エコロジカル・フットプリント:食材の旬や地産地消、廃棄物削減など、環境負荷への意識。
この評価システムが画期的なのは、肉や魚を提供するレストランも対象にしている点だ。完全なヴィーガンレストランでなくとも、野菜への取り組みを増やすことで評価される。これは「All or Nothing」ではなく、あらゆるレストランが自分たちのペースで持続可能な一歩を踏み出すことを奨励する、包括的な思想の表れでもある。

2025年現在、このガイドは世界50カ国以上、1,500以上のレストランを掲載。さらに毎年、世界トップ100のレストランを選出し、その中から最高賞である「Best Vegetable Restaurant of the Year」を発表している。

Best Vegetable Restaurant of the Year

2024年9月14日に「We’re Smartジャパン 2024年度トップ10 アワード」が新潟にて催され、2024年We’re Smartベストベジタブルレストラン日本トップ10が発表された。

主義や思想を超えて。「ピュアプラント」が広げる“おいしい”の輪

フォル氏が提唱するのは、「ヴィーガン」や「ベジタリアン」といった言葉の先に立つ「ピュアプラント(Pure Plant)」という考え方だ。

「これは、特定の信条や思想を持つ人だけのものではありません。私たちは、ヴィーガンやベジタリアンといった既存の枠にとらわれず、『ピュアプラント=加工されていない純粋な野菜や果物を中心とした料理』と定義しています。これは、すべての人が毎日少しずつ実践できる、環境と健康に配慮したポジティブな活動でもあるのです」

フォル氏はそう語る。彼は何かを制限するルールとしてではなく、「おいしい」「体にいい」「地球にやさしい」という誰もが共感できる価値を追求する。だからこそ、ピュアプラントは個々の信条や国境を超えて、多くの人々を巻き込む力を持っているのだ。

一皿の哲学を、世界へ。共創で広がるピュアプラント・ムーブメント

『We’re Smart®』の活動は、ガイドブックの発行にとどまらない。その核心には、食を通じて未来の文化を育む「教育」という強い信念がある。

その哲学を具現化するのが「We’re Smart® Academy」である。ここでは、すでに活躍しているトップシェフや、未来の食シーンを担うホテル学校の学生たちを対象に、100%植物性料理のコンテストやワークショップを積極的に開催している。その活動は厨房の中だけにとどまらず、スペインのアルメリアで世界初となる純粋な植物性料理に特化した国際フェアを実現させるなど、社会全体を巻き込む大きなうねりを生み出しているのだ。

We're Smart® Academy

We’re Smart® Academy

さらに、より深く専門的な学びの場として、スペインのバレンシアでは4日間の集中ピュアプラントアカデミーを開校する予定である。ここでは参加者が世界のトップシェフから直接、最先端の技術と哲学を吸収する貴重な機会が提供される。この革新的な教育プログラムは、今後日本を含む世界各国へと展開が計画されている。

これらの活動は、単なる調理技術の伝達ではない。フォル氏の哲学「Think Vegetables! Think Fruit!(野菜を考えよう!果物を考えよう!)」を共有し、共創する仲間を世界中に増やすためのグローバルな教育プラットフォームなのである。2026年には、日本での国際的なイベント開催も視野に入れているという。

一皿から、世界は変わる。未来のシェフと「食べる私たち」にできること

『We’re Smart®』は、ミシュランのような権威を目指しながらも、そのプロセスは「共創」を重んじている。世界中に20人以上いるインスペクターによる評価基準はすべてウェブサイトで公開されており、その透明性もこのガイドの信頼性を支えている。

フォル氏は、これからのシェフたちに力強いメッセージを送る。

「ヨーロッパの多くのシェフはフランス料理の伝統にのっとり、肉や魚の調理に長けています。しかし、未来のレストランのカギを握るのは、健康、おいしさ、そして植物性を同時に追求する力です。若いうちから野菜中心のレストランで働き、その哲学と技術を学んでほしい。そうすれば、将来あなた自身の店を持つとき、肉や魚に限らない、豊かな選択肢が生まれるはずです」

このムーブメントは、シェフだけの話ではない。私たち生活者もまた、この物語の重要な登場人物だ。日本からは66軒のレストランが掲載されており(2025年6月時点)、今後さらにその輪を広げていく計画だ。公式サイトから探すことができるので、まずは近くのレストランを訪ねてみるのもいいだろう。

サステナビリティは、決して難しいことではない。それは「今日のランチで、野菜が主役の一皿を選んでみよう」という、ささやかで、しかし確かな一歩から始まる。一皿の食事が、作り手と、食べ手と、そして地球環境をつなぐ。『We’re Smart®』が示す未来は、そんな温かくておいしいガストロノミー・ムーブメントなのである。

【参照サイト】We’re Smart® Green Guide
【参照サイト】2024年 We’re Smart ベストベジタブルレストラン 日本トップ10発表
Edited by Erika Tomiyama

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