時間に「さわれる」腕時計。健常者と障害者の垣根をなくすデザイン

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視力がなくても、目は見えるものだ。むしろ視力がないからこそ、周囲の光景をはっきりと感じ取ることができるのかもしれない。

音楽界の巨人スティービー・ワンダーは、自らの目で光を見た経験がない。しかしだからこそ、世の現象を肌で感じる能力に彼は特化した。スティービーはアメリカ国内で深刻化する人種問題や銃犯罪問題をはっきりと捉えている。目で見たのではなく、全身でその風を受け止めたのだ。そのスティービーが愛用する腕時計、eoneのBradley Timepieceは「時間にさわれる」時計だ。

この時計は二つのボールで時を表す。文字盤のボールは「分」、側面のボールは「時間」だ。これに触れるだけで、目で見なくとも時刻が分かるようになっている。WatchではなくTimepieceと名付けられている理由もそこにある。だが、Bradley Timepieceは「視覚障害者用の腕時計」ではないということは明言しておく必要がある。現にユーザーの多くは健常者だ。「障害者に向けた製品」ではなく「健常者と障害者の垣根をなくす製品」と表現するべきだろう。

Bradley Timepieceは、パラリンピック競泳選手のブラッドリー・スナイダーが開発に関わっている。ブラッドリーは米軍人としてアフガニスタンに従軍していたが、爆弾処理作業の失敗で両目を失った。だがそこから立ち直り、わずか1年後のロンドンパラリンピックで3つのメダルを手にしたのだ。不屈の英雄の名を冠したBradley Timepieceは、フォーマルにもカジュアルにも馴染む洗練されたデザインが特徴だ。

eoneの創業者であるキム・ヒョンス氏がBradley Timepieceを開発したきっかけは、MITのMBA在学時に起こった出来事に遡る。授業の際に、隣りに座っていた視覚障害者の友人がこう質問した。

「ヒョンス、今何時だい?」

一度や二度、そう聞かれることはザラにある。だがその友人は、何度も同じ質問をする。ヒョンス青年は疑問に思った。友人に腕には視覚障害者用の腕時計がちゃんとはめられているからだ。

「その時計を使えばいいじゃないか。」だが、授業の最中の教室で読み上げ式の時計を使うわけにはいけない。それに気づいたヒョンス青年は、やがて自分自身が視覚障害者用腕時計を作ろうと思い立つ。

ところが、開発の半ばであることに気づいた。障害の有無に関わらず、人はデザインやカラーで製品を見るという事実だ。視覚障害者は自分の着ている服の色を意識しないというのは大きな間違いだ。そうでなければスティービー・ワンダーは国際的なトレンドセッターになっていなかったはずだ。健常者でも振り向くようなデザイン性を製品に与えなければ、決して普及することはない。当たり前の話だが、偏見はその「当たり前」を見えなくしてしまう。

そして今月、Bradley Timepieceは新たな時を刻もうとしている。ブラインドサッカー日本代表の加藤健人とコラボレーションしたモデルが、10月24日に発売される。ブラインドサッカーとは、転がると音が鳴るボールを使った視覚障害者競技だ。選手は視覚以外の感覚を総動員してボールを追いかける。健常者は視覚障害者を「暗闇の中の住人」と捉えがちだが、実はそうではない。視力の代わりに全身の神経を使って物の存在を特定し、聞こえたもの、触れたものを決して逃さない。その極致がブラインドサッカーという競技である。そこにあるのは、どこまでも広がる「自由」という名のフィールドだ。

目が見えない人もそうでない人も等しく愛せる機能とデザインを兼ね備えたBradley Timepieceは、誰もが使えるインクルーシブなデザインを実現している好事例だ。

【参照サイト】Eone
【参照サイト】BRADLEY X KATOKEN