2018年秋、アムステルダム中心街に誕生した世界初のサステナブルファッションミュージアム「Fashion for Good Experience」。私たちが普段何気なく着ている衣服の裏側にあるストーリーから、持続可能な未来に向けたイノベーションまでのインタラクティブな学びを提供し、“来館者の行動を根本的に変える” ことを目指すこのミュージアムを、実際に訪れる機会があった。
シンプルな内装には、世界中の埋め立て地や海から収集されたナイロン廃棄物を再生したECONYL®や、オランダ森林管理協議会に承認された木製パネルなどが使われており、建築物としてもサステナビリティへのこだわりが感じられる。創立したのは、ステラ・マッカートニー氏やアディダスなどが参加する、持続可能なファッションのプラットフォームFashion for Goodだ。
私たちのファッションはどのように作られているのか。持続可能な社会のため、これからどのような行動をしていけばいいのか。実際にミュージアムで体験したことを共有したい。
ミュージアムは、地下1階の「過去」から、1階の「現在」、2階の「未来」までの3つのフロアに分かれている。
館内に足を踏み入れると、腕時計型のブレスレットが手渡された。これは、館内のいたるところで提案される具体的なアクションに対し、自分でも実行できそうだと思ったときにタッチポイントにかざすと記録してくれる機器だ。たとえば「新しく洋服を買うときはまずラベルで素材をチェックする」「洗濯は温水ではなく冷水でする」といった行動である。
ファッションの歴史と背景を学ぶ「過去」
3フロアに広がる展示のはじまりは、地下1階の「過去(Past)」だ。階段を降りると、ファッションの歴史が年表で見られるようになっている。ミシンの登場で衣服の大量生産が始まる、デパートができたことで個人店の草木染めが売れなくなる、次第に衣服をつくる場所が欧米からコストの安い開発途上国に移っていく、などファストファッションが主流になっていくまでの変遷が見られた。
一方で、大量生産・大量消費の弊害も挙げられている。象徴的なのは、2013年にバングラデシュの商業施設ラナ・プラザでのずさんな安全管理が引き起こした崩落事故だ。施設に入っていたファストファッションブランドの縫製工場で働く人の多くが犠牲になり、劣悪な労働環境であったことも後日明らかになった(詳細:ラナ・プラザ崩落事件)。
この「過去」のフロアでは、私たちが普段着ている衣服の裏側を可視化する例として、“1枚のTシャツができるまで” の過程とその環境負荷、労働者の状況が展示されていた。
Tシャツができるまでには、「綿花(コットン)の栽培」「布の製造」「染色」「布のカット・裁縫」「輸送」「販売(リテール)」「使う」という幾多ものプロセスがある。Fashion for Goodは、このような従来のプロセスでは、たった1枚のTシャツをつくるための綿花に2,700リットルもの水を消費していると指摘。アパレル業界全体でいうと、世界で出る温室効果ガスの約8%を排出しているという。環境負荷が高く、労働者から搾取することになるビジネスモデルを根本から変えるためにはどうすれば良いのか。
ここでは、すべてのプロセスを始める前の「デザイン(設計)」が重要だと提言されていた。衣服製造の80%のインパクトは、どのような素材でどのような色や形のTシャツをつくるかで決まるからだ。設計から変えていくためには多くの業界の連携が必要となるため、Fashion for Goodがプラットフォームとして機能している。
今あるグッドファッションを見つめる「現在」
続いて訪れたのは、1階の「現在(Present)」。見た目が良く持続可能性もあるファッションブランドの衣服を、数か月に1回テーマを変えながら展示している。筆者が訪れたときのテーマは「REBORN: Closing the loop in fashion」。古くなった衣服にアレンジを加え、ライフサイクルを伸ばしたり、使い終わったあと再び素材に戻したりできるファッションが特集されていた。
ここで展示される衣服は、Fashion for Goodが掲げる5つの「グッド」のいずれかに当てはまるものでなくてはならない。一度使われたモノを再び原材料に戻し、再利用する“Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごまで)”を提唱したウィリアム・マクダナー氏の理念に沿った基準だ。
- 素材:消費者にとって安全で健康的な素材。リユースやリサイクルが可能なこと
- 経済:成長し循環する経済の形。利益を共有し、みんながハッピーであること
- エネルギー:再生可能でクリーンなエネルギーを使っていること
- 水:製造過程で水を汚染せず、すべての人が安全に水を使えること
- 生活:労働者に公平な賃金を支払い、安全な労働環境を提供していること
また、1階ではオリジナルのTシャツをつくることもできる。複数のデザインパターンの中から気に入ったものを選び、あらかじめ用意された白いTシャツに植物性インクで印刷するというものだ。
これは、テクノロジーを通じてより持続可能なTシャツの販売方法を模索する一つの実験でもある。通常、Tシャツは最初からデザインが印刷されたものを並べて販売するのが一般的だ。しかし、そうするとデザインによって売れるものと売れないものがでてくる。つまり、人気がない商品は廃棄になってしまう可能性があるのだ。
しかし、この展示のように再生可能な素材でつくられた白いTシャツに来館者自身が好きなデザインを選択し、プリントして購入するという仕組みにすれば、はじめから売れ残るTシャツはつくられることがないのだ。商品が持つ機能のうち、デザインと素材を切り離すことで、廃棄を減らすというアイデアだ。
ファッションの最先端イノベーションに触れる「未来」
最後に訪れた2階の「未来(Future)」では、今後のファッション業界におけるサステナビリティを牽引するであろうアイテムの数々が展示されていた。スタートアップ企業が手がけた、まだ商業化されていない研究開発段階の技術や、商品化されていない製品アイデアもいち早く見ることができる。まさにファッションのイノベーション見本市といったところだ。
展示の中でも特にユニークだったのは、オランダ発の衣服レンタルサービス「GIBBON」。旅行のときについ荷物が多くなりがちな課題を解決するため、レインコートや、寒い地域に行くときの厚手のジャケットなどのファッションアイテムを旅行中だけレンタルできるサービスだ。旅行者は荷物が軽くて済み、飛行機に乗るときのCO2排出も大荷物のときより減らすことができる。
他には、トウモロコシの茎や、バナナの繊維など最低限の環境負荷で衣服に使える素材が展示されていたり、労働者から直接職場のフィードバックを受け取り、透明性を高めながら労働環境を向上していくためのツール「& Wider」が紹介されていたりした。
大事なのは、学びをもとに行動すること
ミュージアム退館時には、ブレスレットで記録した情報をこれからのアクションプランとして自分のメールアドレスに送ることができた。どれも具体的なアクションばかりなので、ミュージアムを出たあともふとしたときに行動するきっかけを与えてくれる。
筆者は、「理念が共感できるブランドから買い、グッドファッションの未来に投票しよう」と「着ている服を褒められたら、その服がどう作られているかを語れるストーリーテラーになろう」を受け取った。今回の体験を記事として伝えることで、より多くの人がミュージアムに足を運んだり、そうでなくてもファッションについて考えたりする機会になれば良い。
ファッションの課題はまだまだある。Fashion for Goodは、現在出回っている衣類のほとんどが耐久性や再利用することを考慮して設計されていないと伝えている。実際、再利用のために回収される衣類はわずか15%で、毎秒のようにごみ収集車がいっぱいになるほどの繊維が捨てられているという。
このミュージアムでは、ファッションは「旅(Journey)」だと考えられている。それは、体験を通して業界の現状を目の当たりにし、普段の生活におけるファッションの役割を再定義すること。そして、具体的な行動として、たとえば洋服を選ぶ基準を変えること、などの一連の動きを意味する。
Fashion for Good Experienceは、そんな価値ある体験をするのにこれ以上ない場所だ。
Fashion for Good Experience
施設名 | Fashion for Good Experience |
住所 | Rokin 102, 1012 KZ Amsterdam |
営業時間 | 平日:11:00~19:00 休日:11:00~18:00 |
営業日 | 月曜~日曜(イベントによる臨時休館あり) |
URL | https://fashionforgood.com/the-experience/ |
【参照サイト】We practise what we preach
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