コロナウイルスの感染拡大により、欧州各国では次々と国境封鎖が始まり市民の外出禁止令が出された。筆者のいるスペインでは、感染者数が欧州内で2番目に多く、3月14日に警戒態勢(Estado de alarma)が宣言された。商業施設や観光施設は一時的に閉鎖となり、市民の移動も一部例外を除いて制限された。
医療現場では物資と人手が不足した状態が続いている。マスクや防護服に加え病院のベッド不足が深刻化し、ホテルや催事場も病院の代用になり始めた。医療関係者の感染者数も感染者数全体の13.6%(3月24日時点)を占めるようになり、人手不足の医療現場を支えるために退職した医師や医学生の採用も始まった。
感染拡大と外出禁止令。雇用や日常生活への不安が市民の間で広がっていく中で、ウイルスとの戦いの最前線に立つ医療現場を少しでも応援しようと、封鎖下のスペインで企業と市民が団結し立ち上がった。
医療現場で戦うヒーロー・ヒロイン達を食事で支える
スペインの首都があり、国内で最も感染者数の多いマドリード州では、どの州よりも早く医療現場を心配する声が上がっていた。「日夜私たちを守るために奮闘してくれている医療関係者の皆さんに、自分たちが作った食事を無料で届けたい」とまず立ち上がったのは、マドリードのピザ・レストラングループ「グロッソ・ナポレターノ(Grosso Napoletano)」だった。
警戒態勢下ではレストランやカフェなどは一時営業停止となるが、デリバリーは可能だ。封鎖が始まる直前の2020年3月13日、グロッソ・ナポレターノはWhatsAppというSNSを通して「新鮮で作り立ての食事を医療関係者に提供するつもりだ。」と宣言し、賛同した飲食店が加わった。また、食事を必要とする病院や医療従事者から次々と連絡が入り、多忙を極める彼らを食事の面から支援する「Food4Heroes(ヒーロー・ヒロイン達のための食事)」というイニシアティブが始まった。
現在、Food4Heroesにマドリード州内で80以上の飲食店や食品・飲料メーカーが参加し、15の病院を支援しているという。どのようにオペレーションをしているのだろうか。メールで話を伺うことができた。
「ありがたいことにイニシアティブの参加者が増えているため、病院との地理関係を考慮して参加する飲食店を4つのグループに分けました。病院との連絡はWhatsApp上にグループを用意して行っており、病院からの要望が各飲食店に伝わるようにしています。食事の配達は1日に2回行っています。飲食店で調理を行うスタッフ達も有志で参加しているため、本当に多くの人々の協力でこの活動が成り立っています。」
「外出規制が敷かれているため、配達は各飲食店の持つ自動車や、タクシーやキャビファイ(Cabify、配車アプリ)を使うこともあります。また、『スチュアート(Stuart)』という配送プラットフォームサービスにも協力をいただいています。」
Food4Heroesに共感したスチュアート社は、各飲食店から病院までの配送サービスを無料で提供しているという。
現在はバルセロナでもこの取り組みが始まっている。バルセロナの著名な日本人パティシエ、「タカシ・オチアイ・パスティセリア(Takashi Ochiai Patisserie)」の落合氏も、Food4Heroesに参加をしている一人だ。
「週に2回ほど朝食としてクロワッサンなどを用意しています。材料費は店が負担をしていますが、少しでも皆さんの力になればと思い、息子と始めました。医療関係者の方々に喜んでいただけたという話を聞くと励みになります。何かできることがあれば力になりたいと思っています」と同氏は話す。
また、バルセロナのテイクアウト専門店など6店舗が始めた「ヒーロー・ヒロイン達のためのデリバリー(Delivery4Heroes)」も、市内の病院と警察署に日々食事や軽食を提供するイニシアティブとして注目を集めている。
どちらのイニシアティブも配達時の安全面は十分に考慮し、病院の中には入らないよう徹底している。マスクや手袋着用の上、十分な距離を保ち、あらかじめデリバリーポイントを病院の外(正面玄関前など)に決めた上で渡しているそうだ。
まとめ
コロナウイルスの感染拡大により、人々の距離は広がったように見えた。リモートワークや外出規制、自己隔離による物理的な距離に加え、感染予防への姿勢の違いから生まれる軋轢や人種差別など、社会的な距離を感じた方も多いのではないだろうか。
しかし一方で、切迫する事態を乗り切ろうと新たに生まれた絆や団結もある。スペインの市民活動のレベルでは、虹の絵と共に「私たちは家にいるよ」「きっと大丈夫」「お医者さんありがとう」というメッセージを書き、ベランダから飾る子どもたちの姿が話題になっている。窓越しに虹の絵を見た他の家の子ども達が「ここにも自分と同じような子がいる」と元気づけられ、励まし合っているのだ。
また警戒態勢が始まって以来、日夜対応に追われる医療現場の方々への感謝と応援の心を込めて、一斉に人々がベランダから拍手をするというアクションが毎夜続いている。医療現場の方から「私たちの元にも拍手の音が聞こえました」と言ったお返事のニュースも流れていた。
ウイルスとの戦いにおいて、最も過酷で孤独な環境となりつつある医療現場を支援するこれらのイニシアティブは、自分たちの社会に1日でも早く日常を取り戻そうという市民の団結だ。「医療関係者の方々を社会は応援している、感謝している」という多くの人々の思いは、あたたかい食事と共に医療現場に届いているだろう。