コロナウイルスの感染拡大により自宅で過ごす時間が増える中、人との繋がりもオンラインを活用した形が広まっている。友人や同僚達とのオンライン飲み会や、IDEAS FOR GOODでも以前紹介した有名アーティストによるバーチャル・ライブなど、外出規制下でも自宅から参加可能なソーシャルイベントが数多く生まれている。
有名シェフから料理を学ぶライブ配信「I stay at home cooking」
オンラインの場を活かした新しい繋がり方として、筆者の住むスペインでは、有名シェフから料理を学ぶ無料のバーチャル・ライブ「#yomequedoencasacocinando (I stay at home cooking)」プロジェクトが注目を集めている。
スペインでは3月14日に外出規制が敷かれて以来、飲食店はデリバリー以外の営業停止を余儀なくされ、シェフ達がレストランのキッチンに立つ機会が大幅に減ってしまっていた。その一方で、多くの市民は家で過ごす時間が増え、料理をする機会も増えている。
「I stay at home cooking」では、3月15日のプロジェクト開始以来、毎日1名から3名のシェフがレシピを公開し、インスタグラムでライブ配信を行っている。配信スケジュールは「I stay at home cooking」のアカウントに掲載され、ライブ動画はシェフ自身のアカウントから配信される。
プロジェクトには、ミシュラン2つ星を獲得したスペイン・バスク地方の「ムガリッツ(Mugaritz)」のオーナーシェフ、アンドニ・ルイス・アドゥリス氏(Andoni Luis Aduriz)を始め、約150名のシェフがスペインと南米から参加している。家で手軽に作れる料理を中心に、プロジェクト開始以降約170のレシピが配信された。視聴者は、ライブ配信中にシェフに質問やコメントを送ることもできる。
自宅で過ごす人々にとって、おうち料理の幅を広げられると同時に、これまであまり見ることのできなかったシェフの人柄や、プロが使う食材や調理方法を見ることができる点も魅力の一つだ。また、参加するシェフにとっては、ライブ配信中に視聴者と双方向のコミュニケーションが取れると同時に、多くの人に料理への関心をもってもらい、自身のファンやフォロワーを獲得する機会にもなる。
アンドニ・ルイス・アドゥリス氏によるライブ配信の告知
外出規制から新しい日常へ。持続可能なガストロノミーへの挑戦
「I stay at home cooking」プロジェクトは、スペイン在住の二人の女性起業家、カルラ・モウリニョ氏(Carla Mouriño)とソフィア・ソレル氏(Sofia Soler)の呼びかけで始まった。二人は「持続可能なガストロノミー」をテーマにプロジェクトを企画する「Dinar」の共同創立者だ。
今回、プロジェクトを立ち上げた経緯や、外出規制緩和後を見据えた今後の活動予定について、カルラ氏にメールで話を伺うことができた。
Q. まずプロジェクトを立ち上げた背景について教えてください。
『I stay at home cooking』は、外出規制下でも食を愛する人々がバーチャルに繋がることのできるプロジェクトです。普段レストランの客席からはあまり見ることのできないシェフの人柄や、食材や調理過程を知ることができる点が特徴です。
以前から私たちDinarは、美味しい食事の在り方(ガストロノミー)は転換期を迎えたと感じていました。人々のサステナビリティへの関心が高まる中、誰がどの食材でどう料理したかを知った上でレストランや料理を選びたい、自分の選択が健康や社会に与える影響を知りたい、と考える人が増えています。料理や場を提供する側にとっては、透明性と誠実なコミュニケーションが以前より求められています。
このような背景を踏まえ、『I stay at home cooking』は『持続可能性』『身近さ』『誠実さ』をコンセプトに、プロのシェフが料理をライブ配信し、視聴者が質問やコメントを投稿できる形にしました。
Q. 3月15日の立上げ以来、約150名のシェフがプロジェクトに参加し、インスタグラムのフォロワーも1.2万人を超えました。どのように活動の輪を広げていったのでしょうか?
プロジェクトに参加してくださるシェフは、地域もお店の規模も様々ですが、プロの方ばかりです。プロジェクトの立上げ以来、多くのシェフにコンタクトをしましたが、まずはアンドニ・ルイス・アドゥリス氏のように世界的に著名な方々に参加をお願いしました。誰もが知っているシェフに参加してもらうことで、より多くの方に参加いただけると考えたからです。
Q.スペインでは、徐々に感染拡大ペースが落ち着きを見せ始め、5月からの外出規制緩和と飲食店を含めた経済活動再開の暫定スケジュールが政府から発表されました。感染拡大を防ぎながら日常生活を送るという新しい段階に入りますが、今後どのようにシェフ達を応援していく予定ですか?
幸いにも少しずつ日常生活が戻り始めており、いずれシェフ達はレストランのキッチンに立ち、人々は外食に出かけられるようになるでしょう。『I stay at home cooking』は外出規制下に始まったプロジェクトですが、料理を愛する人々の繋がりとサステナブルな取り組みが今後も進化するよう、私たちの活動も新しい段階に入りました。
具体的には、これまでシェフ自身のインスタグラムで配信されていた料理動画を、レシピと共に『I stay at home cooking』のHPとインスタグラム上に順次掲載し、人々が情報にアクセスしやすい環境を作っていきます。また、シェフの経歴やお店のコンセプト、サステナブルな取り組みもあわせて紹介していきます。情報発信を続けることで、料理を愛する人々がサステナビリティへの関心を高め、行動を起こせるよう後押しをしたいと考えています。
この新しい取り組みで最初に紹介されたレストランは、日本からの観光客にも人気がありミシュラン二つ星を獲得したバルセロナの「ディスフルタール(Disfrutar)」だ。ディスフルタールのシェフ、オリオール・カストロ氏(Oriol Castro)が『I stay at home cooking』で紹介したレシピと動画と共に、品質の優れた地元食材を用いることで地域生産者の支援と環境負荷の低減に貢献するといった、ディスフルタールのサステナブルな取り組みも紹介されている。
カリフラワーのベシャメルソースという定番料理をココナッツクリームを使ってアレンジしたレシピ
まとめ
コロナウイルスの感染拡大と外出規制により、多くの経済活動が停滞し人々の生活にも影響が出てしまっている。その一方で、人々の繋がり方やビジネスの在り方が見直される機会にもなり、新しいアイデアも生まれつつある。「I stay at home cooking」が築いた、料理の作り手と消費者のオンライン上の繋がりや情報のオープン化は、外出規制下だからこそ進んだ「持続可能なガストロノミー」への一歩かもしれない。
新しい日常が始まり、人々の生活が再びオフラインに戻ろうとする中、持続可能な社会に向けた取り組みも更なる一歩を踏み出そうとしている。