私たちが、生きていく上で欠かせない「食」。食は、社会のあり方すべてに関わっている。地球温暖化による異常気象、森林破壊、水資源の枯渇、農薬や化学肥料の問題、プラスチック問題、食品ロス、そして労働問題──今、私たちの日常を脅かしているこうした世界の問題を考えるときに、フードシステムを見直すことは欠かせない。
そんな食のあり方、飲食業界のあり方を変えていくため、日本でより多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している団体がある。英国に本部があるSRA(SUSTAINABLE RESTAURANT ASSOCIATION)の日本支部、日本サステイナブル・レストラン協会だ。今回、日本サステナブル・レストラン協会の加盟レストランを巡り、先駆者となってサステナビリティへ向かう飲食店の取り組みを紹介していく連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」をスタートする。
第5回目となる本記事でご紹介するのは、2018年、東京銀座の資生堂パーラービルにリニューアルオープンした『FARO(ファロ)』。連載第5弾は『FARO』でシェフパティシエを務める加藤峰子シェフと、エグゼクティブシェフを務める能田シェフのお二人にインタビューをした。本記事では前編として、加藤峰子シェフの作るデザートに込められた彼女の想いを、言葉に落とし込む。
「食べ物は体の中に入っていくものであり、私の気づきや思いを込めたお菓子を食べることで、今まで他人ごとだったものを自分ごととして捉えてほしい」という彼女の考えから生み出される数々のデザートは、お皿の上でまるで絵画のように美しく、深く鋭いメッセージを発している。彼女のデザートの裏側について、今回は「食品ロス」という課題を切り口に紐解いていきたい。
話者プロフィール:加藤峰子シェフ
東京都生まれ。デザイン、美術、現代アートやモノづくりに興味を持ち、食の分野からパン・お菓子の道を選び進む。約10年間、「イル ルオゴ ディ アイモ エ ナディア」「イル・マルケジーノ」「マンダリンオリエンタルミラノ」(ミラノ)、「オステリア・フランチェスカーナ」(モデナ)など、イタリアの名立たるミシュラン星獲得店にてペイストリーシェフを勤める。「エノテカ・ピンキオーリ」(フィレンツェ)のチョコレート部門を経験。「ファロ」では、旅するように“特別な体験として脳裏に残るようなレストラン”を目指し、日本の自然や和のハーブをリスペクトしたデザートを提案。自家製酵母など原材料からこだわりメニュー開発に取り組む。
パンのデザートの裏側に隠された社会課題
加藤シェフのデザートは、見た目の美しさと口の中に広がる美味しさで人々を魅了する。一方でその真意はあまりにも残酷な人間の地球環境の破壊への警鐘である。一つの皿の上では収まりきらない、壮大なメッセージを私たち食べる人に訴えかけている。
例えば、彼女が作るデザートのひとつである、「毎日のパン」。これは、デザートを食べてもらうことで、「食品ロス」という社会課題に対する気づきを与えたいという加藤シェフの考えを、お皿の上で表現した作品だ。
「パンは、やはり焼き立てが一番美味しいですよね。レストランでも、オリンピックの競技レースのように、パンが焼けた瞬間にすべてのタイミングを合わせて一番最高の状態でお客様にお出します。でも、そのレースから抜けてしまったパンは、いったいどこへ行ってしまうのでしょう?次の日、食べることはできても、レストランで再び同じようにパンとして出すことはできません。それならば、今日表舞台に立てなかったパンたちを、明日のデザートとしてお皿にのせてあげればいいのではと思い、パンで全てを構成するデザートを作りました。」
ロスを使うことがかっこいい世の中に
世界では8億人もの人たちが飢餓で苦しんでいる一方で、飽食の時代とも言われる現代では、生産された食べ物のうち、およそ3分の1もの量が捨てられている。そして飲食業界におけるパンは、食品ロスを顕著に表す例である。
本来、その土地にある食べ物をその土地の人が食べる「地産地消」が健康にも環境にも良いと言われているが、パン用の国産小麦の日本の自給率はわずか1%だ。
「国内自給率が低い小麦で作られたパンが、日本中どの飲食店でも有り余る背景に疑問を感じた。」と加藤シェフは語る。
「そして、レストランにおけるパンと同じことがスーパーマーケットや、業者、生産者、ホテル、小売販売店でも起きていることを考えると怖くなります。」
「今まで食品ロスは、それを生み出している企業、社会、人間一人一人の恥であるとして、なるべく見ないように、話題にものぼらないように、目を瞑ってきました。でも、目を瞑っても消えるはことなく、ひっそりと、ずっとそこに存在しています。まずはその問題をありのままに受け止め、『ロスから何かを生み出そう』という思考に持っていく方がかっこいいと思うんですよね。」
解決策は無数に広がっている
「食べ物は、全て余すところなくいただくという事が重要。」と力強く語る彼女のメッセージは、デザートを通して私たちに入り込んでいく。
未解決の問題だからこそ、まだ誰にも試されていない解決方法が無数に広がっている。彼女は解決方法を探るために、常に想像力を働かせ、クリエイティヴなデザートを生み出しつづけているのだ。それがたとえ小さなアクションだとしても、大きく広がりを見せる可能性がある。
“豊かさ”の価値観を変えていく
最終的に捨てられるものであれ、生産過程や流通において、多くのコストがかかっている。
「ロスを発生させるということは、料理人が愛情込めて作った料理が無駄になるというだけではなく、生産者が一生懸命野菜を育てるのに費やした手間や時間も無駄にしてしまうことなのです。食品ロスを減らせば、エネルギーだけではなく、人の働きの無駄遣いも減ります。」
「賞味期限が切れたとしても、自然が与えてくれた大切な意味のある『食材』には、生産者の想いや自然から与えられた命があります。だから、自然を相手にする生産者とのコミュニケーションは、何よりも大切なインスピレーション源になるのです。」
「飽食と偏食が混在している現代の食環境において、持続可能性を意識しながら豊かさの価値観を変えていくことが重要です。本物思考と希少価値をつける事によって、先進国の食に対する価値観を変えることができると考えています。」
小さい革命をつくり、人に伝えること
何事も一人で行動を起こすことは難しい。だからこそ、実際に課題に対してアクションを起こすためには、つながりを広げていく必要がある。学生時代はジャーナリストを目指していたという加藤シェフは、人に気づきを与えるための手段として、自分の作品(デザート)を作っているのだ。
「やっぱり情報って重要で。例えば、飽食をしている人たちは、自分の生活が飽食であることに気づくことはできないですよね。世界で飢餓が起きているという情報を得て、初めて気づきを得る。人間が気づきを得るためには、情報や芸術、文学などのアートが社会に介入する必要があると思います。」
気づきを得ることができれば、同じ思いを持つ人たちは必然的に繋がっていく。そして人や知識、情報が集まることで、革命が起こり、社会を変えるための行動を起こすことができる。
「私は、夢想革命家みたいな感じで、常に小さな革命をつくりたいと思っているんです。最近は、違う業界や業種の中にも、自分のアイディアに賛同してくれている人が増えてきていると感じます。こうした、ジャーナリストやアーティストとしての活動を続けながら社会を変えていきたいです。」
自分が何を食べているのか、好奇心を持って知る
私たちはこうした加藤シェフの想いをどのように受け止め、どんな行動を、どんな食の選択をしていくべきなのだろうか。
「自分たちが食べているものに好奇心を持ち、知ろうとすることが重要で、それだけで自分の中で物事の捉え方が変わっていくと思います。そしてその次に、何を選択するかによって、どんな未来を作りたいかが決まる。食の選択とは、一つの投票みたいなものです。」
そして彼女は自身の食の選択について、明確な宣言をする。
「私は、悲しみがたくさん詰まった食べ物や、工場の製品よりも、50年前の人間が自然と共存していたような方法で、自分が納得できる選択をしたいと思います。」
編集後期
食は奥深く、複雑な地球の生態系と密接に関係している。大量生産・大量消費が加速してきた現代社会の中で、人間は自然のサイクルに合わない形で食べものを摂取することが増えた。食を楽しむ文化を尊重するのであれば、一つ一つの食材に敬意を払うことが大切なのではないだろうか。
同時に、食は、アートやメディアとしての役割も担っている。
複雑で、絶対的に正しい答えのない環境問題や社会課題を言語化して人に伝えることは難しい。これらの課題は、加藤シェフのデザートのように非言語の世界で表現し続ける必要があるのかもしれない。
私たちが生きる、いつでも簡単に食べ物を食べることができ、欲しいものを買える社会。しかし、その社会は一体何を犠牲にして成り立っているのか。
加藤シェフのデザートは、そんな鋭い問いを、私たちに投げかけている。
【参照サイト】日本サステイナブルレストラン協会
【参照サイト】FARO
【参照サイト】小麦生産地での地産地消のパン
Edited by Motomi Souma