革新を生み出し、伝統を継承する。FAROのシェフがこだわる「器」のストーリー【FOOD MADE GOOD#5】(後編)

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私たちが、生きていく上で欠かせない「食」。食は、社会のあり方全てに関わっている。地球温暖化による異常気象、森林破壊、水資源の枯渇、農薬や化学肥料の問題、プラスチック問題、食品ロス、そして労働問題──今、私たちの日常を脅かすこうした世界の問題を考えるときに、フードシステムを考えることは欠かせない。

そんな食のあり方、飲食業界のあり方を変えていくため、日本でより多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している団体がある。英国に本部があるSRA(SUSTAINABLE RESTAURANT ASSOCIATION)の日本支部、日本サステイナブル・レストラン協会だ。今回、日本サステイナブル・レストラン協会の加盟レストランを巡り、先駆者となってサステナビリティへ向かう飲食店の取り組みを紹介していく連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」5回目。

本記事でご紹介するのは、前回に引き続き東京銀座の資生堂パーラービルにあるレストラン『FARO(ファロ)』。

入り口のカーテンを開けると、その瞬間から異空間──FAROが作り出す世界に入る。FAROの空間に存在する全てのインテリア、オブジェには、ストーリーがある。それは、ここでエグゼクティブシェフを務める能田シェフのこだわりが詰まっているからだ。

食材の生産者さんの元だけでなく、器の作陶家さんの元へ自ら足を運び全国を巡る能田シェフ。後編ではあえて料理ではなく、器、カトラリー、オブジェのセレクトをした経緯を聞きながら、伝統を継承することについて考えていきたい。

(前編:食品ロス問題をスイーツで表現。東京銀座FAROのシェフが語るサステナビリティとは?【FOOD MADE GOOD#5】

話者プロフィール:能田耕太郎シェフ

能田耕太郎シェフ愛媛県生まれ。1999年に渡伊。2007年までイタリアの名店で修業を積み、その後、現地でシェフとして活躍。2013年、「ノーマ」(コペンハーゲン)など最高峰の北欧料理店での研修を経て再びイタリアへ。自身が共同経営するローマの「bistrot64」では、ネオビストロのスタイルで人気を支える。2016年11月『ミシュランガイド・イタリア 2017』 にて二度目の一つ星を獲得。イタリア料理のシェフとして二度の評価を得るに至った初の日本人となる。2017年には「テイスト・ザ・ワールド(アブダビ)」の最終コンペティションにローマ代表として出場し優勝。「ファロ」では、風情や旬を大切にする日本文化の中、イタリアで培ってきたことを東京・銀座で発揮し、自身の感性とチーム力で“お客さまが楽しむレストラン”を創り上げていく。「ミシュランガイド・東京 2021」にて一つ星を獲得。

多様性に対応できる場所

イタリア料理をベースにした料理を提供するFAROは、完全菜食、ヴィーガンに対応したコース料理があることでも知られており、世界中の人々が彼の料理を堪能するためにここ銀座に訪れる。
ヴィーガンの中には、さらに五葷(ネギ、ニラ、ニンニク、らっきょう)を避けるオリエンタルヴィーガンというジャンルもあり、今年の1月には高野山金剛寺とコラボした期間限定のオリエンタルヴィーガンコースも話題を呼んだ。

そんな新進気鋭のFAROをイタリアンレストランやヴィーガンレストランといった既存の言葉で表現するのはなぜかためらってしまう。能田シェフ自身は、FAROという空間のことを「多様性に対応できる場所」と表現する。

以前は、東京のお客様に対してイタリア料理を提供していたFAROだが、2018年イタリアから帰国した彼がレストランのリニューアルを任された時、当時のコンセプトをひっくり返した。今の時代にあったレストランとして、この場所から日本を世界に発信していくことを念頭に置いたという。

「世界に対して何を発信したいか、と考えた時に、日本の伝統文化の継承というテーマが浮かび上がってきたんです。“イタリア”というキーワードを使って日本の伝統文化を発信し、世に知らしめるのが自分の仕事だと。」

そんな能田シェフの深く鋭い意志は、FAROの空間に存在する全ての器、カトラリー、インテリア、オブジェに注ぎ込まれ、密かにメッセージを発している。

りんごのオブジェ

能田シェフがセレクトした、りんごのオブジェ

FAROの器に隠されたストーリー

全国の作陶家たちをめぐる中で彼が目にしてきたこと。それは、これまで彼らが身体で習得してきた技術を継承する人がいないという現状だった。

「陶磁器の産地は日本にはまだたくさんあり、作陶家たちはその土地で何をやっているかを熟知した上で未来に向かって歩いていこうとしているんです。僕自身はモノには執着しているわけではなく、その周りにある伝統に執着しているんです。どうにかしてこの日本の伝統を残したいという気持ちがすごく強い。」

彼は窯元を訪ねる際、彼が欲しい器を注文するのではなく、最初に作陶家がやりたいことを尋ねるのだという。

「彼らの気持ちを汲み取った後に、二つのオーダーをするように決めています。一つは、『自分の好きなものを作ってください』そしてその上で宿題として『新しいことにも挑戦してみませんか?』とお願いをしています。これが、『伝統』と『革新』です。」

今回はFAROで使われている数ある器やカトラリーから5つを能田シェフ自身にセレクトしてもらい、それぞれの作陶家のストーリーを伺った。

『見過ごされていた価値に気づきを与える』 新潟県村上市 陶芸家 高橋喬士さん

能田シェフの窯元めぐりの旅は、新潟県村上市という小さな町から始まった。陶芸の伝統がないこの村に、自分の夢を見ながら、ひたすら自分の作品を追求し続けてきた高橋喬士さんという陶芸家がいらっしゃった。彼の作品は、国内で評価をされることはなく、陶芸家となった息子も親の窯元ではなく他の窯元で修行を積むために離れて行ってしまっていた。

それでも彼は、自分で天目釉(※)を追求し続け、村上市の星空が素晴らしいと感じ、それを表現する『宇宙』という名のお皿を作っていた。

※天目釉は、他の黒釉薬と違い釉の薄い部分、例えば器の縁などが柿色または飴色になること

新潟県 陶芸家 高橋喬士氏の作品 宇宙(左)

新潟県 陶芸家 高橋喬士氏の作品 宇宙(左)

能田シェフはそんな彼の作品に惹かれ、FAROで使用することに決めた。

それからというもの、FAROがメディアで紹介されるたびに、FAROの料理と共に彼の作品が日本中の雑誌やインターネットで見られるようになる。親元を離れていた息子は、父の作品より自分の方が良いと思っていたからこそ、父の皿が銀座の一流店で使われたことを知った時、ショックを受けた。

「ある日、息子さんが挑戦をしたいと言って、自分のもとに作品を送ってこられました。でも息子さんの作品はお父さんの作品には到底及ばず、突き返しました。それでも彼はまたリベンジをしたいと挑戦してくれているんですよね。まだまだ頑張れば父を超えることはできると思いますね。」

これは、とあるお皿に隠された父と息子のストーリー。誰にも認められず、見過ごされていた父親の健気な姿を、FAROというレストランを通して一番振り向いてほしい人に見せることができたのだ。

『2つの文化を融合させる。』 京都府京都市 蘇嶐窯  涌波蘇嶐さん

陶芸が盛んな町、京都。清水焼が有名なこの地では、四代にわたり青瓷の色を出す伝統技術を守り受け継いできた蘇嶐窯という窯元がある。

ここでは、当代の涌波蘇嶐さんと福岡・小石原焼の窯元出身の奥様との結婚を機に、異なる窯業地の二つの技が融合した。
福岡の小石原焼の特徴の一つとして、古時計のゼンマイを加工して作った工具の刃先で規則的に土を削いていく「飛鉋(とびかんな)」という技法がある。この技法を青瓷の磁器に施すことで、京都のベースに福岡のデザインが入っているというイノベーティブな器が出来上がった。

 京都府 蘇嶐窯 涌波蘇龍氏 パスタを入れるお皿「Cappello di prete(牧師さんの帽子)」

パスタを入れるお皿「Cappello di prete(牧師さんの帽子)」

「鉋がなかったら京都っぽいんですよね。陶芸家のみなさんは伝統を守りたいから、他所から来た技法は吸収しないことが多いんです。そうした中、蘇嶐窯の作品は、2つの異なる地域の陶芸家が結婚したからこそできた新しい形で、ありそうで絶対になかったものなんです。」

『多様性を認めるということ。』 滋賀県 信楽町 菱三陶園 小川公男さん

日本六古窯の一つであり、狸の置物で有名な滋賀の信楽は、春夏は農業が盛んだが、豪雪地帯のため冬の間には農作物を育てることができない。そのため冬の産業として焼き物を始めたのが信楽焼の始まりだった。ただ、貧しい地帯であり釉薬がなかったため、もともとは藁を使って皿に色をつけていたという。

「信楽焼の小川公男さんに最初に器をお願いした時は断られました。その理由を聞くと、以前150枚の器の注文があったそうなのですが、完璧な150枚の器を作るために、彼はなんと1000枚もの器を焼いたというのです。それではどうしても採算が合いません。」

器を焼く際の温度と置く場所、時間、釉薬のかけ方や量のわずかな違いで、色の違いが出てくる。そのため、理想の色を出すために失敗作品が出てしまうことは避けられない。

「そこで僕は失敗した作品を見せてくれますか?とお願いをしたんです。見せてもらった上で、『注文した人は完璧な器を求めたかもしれませんが、僕は失敗作でも良いんです。失敗も含めできる限り買うのでどうか焼いてください。』とお願いをしました。そしてできた器がこちらです。」

しろいし蓮根のラビオリと小川公男さんの器

しろいし蓮根のラビオリと小川公男さんの器

「これは実際にFAROで出している器で、色も模様も高さも全部違いますが、僕はそれで良いと思ったんです。一般的には、模様も高さも違うと器は売れません。でも、もし全て同じものを求めるならば、機械製品を買えばいい。」

「プロはかっこいいところしか見せようとしないけど、失敗も含めて人間です。僕だって、動物でもなく、機械でもなく、人間なので、自分の格好悪いところもさらけ出すし、失敗も見せつつ、みなさんとお付き合いする。そうした変化は現れてもいいと思います。そこを殺してまで生きる必要はない。完璧なものだけ出ていても仕方がないし、不完全なものも受け入れてこそ、多様性を認めるということだと思うんです。」

『技術を守るために使う。』 岐阜県多治見市 マルカツ窯 加藤良孝さん

岐阜の多治見焼は磁器土が主流で、古くから分業制だったが、加藤良孝さんは自分の窯元で型を押して、自分で釉薬を塗る。

地元でもかなりの変わり者だとうわさされる加藤さんは、実は誰にも真似できないほど優れた技術を持っており、初めて彼の作品を見た時に衝撃を受けたという能田シェフ。

「籠の中に無造作に入れられた作品を見せてくれて、『これ全部失敗です』って言うんです。僕の中で成功はないんです、と。」

加藤良孝氏の作品

加藤良孝氏の作品

「自分が感銘を受けたのは彼の持っている技術です。彼は、釉薬を外ではなくて内側にかけられる人なんですね。普通釉薬を内側にかけると、お皿が引っ張られて割れてしまいます。彼は一見こだわりもなく『なんでも作りますよ』と言うのですが、それはつまりなんでもできるってことなんですよね。」

日本では変わり者だと言われ見向きもされなかった彼の作品は、今、アメリカの現代美術館で展示され世界で高い評価を受けている。

「彼にも後継者がいません。だから、せめて自分の店で使うことでその技術を守りたい。」

『革新と伝統。』 佐賀県有田町 カマチ陶舗 蒲地勝さん

佐賀県の西部に位置する有田町は、日本最古の磁器「有田焼」で有名だ。古くから産業化が進んだ有田の地でも、分業制で全ての工程が家ごとに分かれている。

当代の蒲地勝さんは、それまで主軸であった和食器を転換させ、世界の有名シェフ・レストランとのコラボレーションをし、モダンで新しい器をオーダーメイドで作る。当初は彼が新しく始めたことを地元の人々に反対されたという。しかし彼はそうした逆風を受けながらも自身の芯を貫き、有田焼に革新をもたらした人物である。

「彼は僕の中でアイドルであり、スーパースターなんです。」

蒲地勝さんはシェフと話し、シェフが作る料理も全て調べ上げた上で「私が全てデザインします」と言ったそうだ。能田シェフのシグニチャーディッシュである「じゃがいものスパゲッティ」はローマの店『Bistrot64』でも『FARO』でも、彼の器で提供されている。

じゃがいものスパゲッティ

じゃがいものスパゲッティ

「『じゃがいもが育つ大地をイメージした器です。この中にじゃがいもを入れてください』と言って自ら持ってこられたんです。」

蒲地勝さんは自他共に認める類稀なる技術で世界中のシェフたちを虜にする。そして、伝統を突き破り、革新という方法で有田焼を世界に知らしめたのだ。

「革新ってこういうことなんですよね。先人たちが作ってきたものと同じものは作れない。同じものを作ろうとしても作れるものではないんです。」

革新が時代を経て伝統になる。

どこまで、あるいはどこからが、伝統と言えるのか。

日本も、時代が移りゆく中で、時代に合った文化を作り上げ、それが積み重なることで、伝統が形成されてきた。伝統の継承とは、伝統をそのままの形で守ることだけではなく、伝統を進化させることも含めて継承なのだと能田シェフは語る。

「今伝統とされているものも、革新を繰り返してたどり着いたものなんです。例えば相撲は、相撲を伝統として残すためにとった手段として、外国の力士を受け入れた。洋食も、和洋折衷を繰り返してできた文化で、和菓子もあれば洋菓子もあり、日本にしかない洋菓子もある。150年前は革新だったものが、今は伝統になっているんです。」

「最初は誰も牛を食べなかったですよね。でも今は多くの人が食べる。これからは、あえて牛肉を食べない人が増え始めるかもしれませんが、さらに時代が進めばその次があると思います。
そうした時代の変化をどのようにしてリアルに受け止めて行くかが重要です。多分自分の孫たちの世代はえびせんを食べるようにコオロギ煎餅を食べているんだと思います。」

「僕たちが200年前と同じ体型をしていないように、生物は常に進化し続けているものだし、生き残るための必要手段なんですよね。だからこそ、レストランも、進化しながら革新を生み出し、伝統を継承して行かなければいけないんです。」

料理 集合イメージ

能田シェフの料理と器

編集後期

最初にFAROのコンセプトを聞いた際、能田シェフの口からは「多様性を認めること」「日本文化を世界に向けて発信すること」「時代に則したレストラン」「ヴィーガン料理」といったフレーズが上がっていた。1時間のインタビューを終え、彼の話を振り返ると、その全てのフレーズが『伝統を継承する』という一つの軸に集約されていたことに気がついた。

「レストランが支えているものは、お客様だけではなく、生産者さんや作陶家さんたちの技術であり、文化であり、伝統です。一般的なレストランでは食べ物に対する対価をもらうことが普通ですが、ガストロノミーと呼ばれるレストランは、それ以上のものを提供できるから、付加価値がついているんです。」

彼の一貫した考えは、FAROという空間の中に存在するものを通してちりばめられ、演出されている。「みんながストーリーの塊なんです」と話す彼は、非日常を味わうためにFAROにやってくるお客様に、最高の料理とともにストーリーを提供しているのであった。

【参照サイト】日本サステイナブルレストラン協会
【参照サイト】FARO

Edited by Motomi Souma

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