日本に先駆けて、ヨーロッパは行政およびビジネスの分野で「サステナビリティ」「サーキュラーエコノミー」の実践を目指し、現在に至るまで世界を主導してきた。そんな欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、日本で暮らす皆さんとともにこれからのサステナビリティの可能性について模索することを目的として活動する「ハーチ欧州」。
そんなハーチ欧州メンバーによる「欧州通信」では、メンバーが欧州の食やファッション、まちづくりなどのさまざまなテーマについてサステナビリティの視点からお届けする。現地で話題になっているトピックや、住んでいるからこそわかる現地のリアルを発信していく。
前回は、「スーパー」をテーマに、オーストリア・ウィーンのプラスチック包装ゼロを推進する食品店や、欧州イチ「肉食離れ」がすすむオランダのヴィーガン食事情などをお届けした。第3回目のテーマは「暑さ対策」。今年も記録的な猛暑が続いているヨーロッパ。フランス、イギリス、オランダ、ドイツ、デンマークの最新事情を、現地からお届けする。
【フランス・パリ】市民の誰もが無料で涼むことができる、「Paris Plages(パリのビーチ)」
2003年、かつて記録されたことのない猛暑がヨーロッパ全土を襲った。その後フランスでも毎年、熱波が問題になっている。つい先日も38度まで気温が上がったパリ市。同市では、7月9日〜8月21日まで、市内の川沿いが「海辺の町」に変わる「Paris Plages(パリのビーチ)」を開催しており、今年で20周年を迎える。
バカンスは市民が旅行に行くことが多いフランスだが、仕事などでパリを離れることができない人でも、都心を離れずにバカンス気分を楽しめるようにと、パリ市が2002年に開始したイベントだ。市内の川沿いにビーチパラソルが置かれたり、特設の市民プール、屋外図書館などが設置されたりするなど、市民が熱波から逃れ、文化やスポーツの活動に無料で参加できる機会を提供している。
また、パリ市は、パリに住む人々のために市内で涼むことができる1,100以上のシェルターを市のサイト上で公開しており、これらの場所には誰もが24時間、無料でアクセスすることが可能だ。気候変動が進む現代に適応した、新たな都市の姿ともいえるのではないだろうか。
【フランス・サンセール】中世の面影を残す歴史建造物保存地区で見る、昔から変わらない暑さ対策
フランスのサンセールでは、家の構造に注目したい。サンセールは中世の面影を色濃く残す美しい田舎町だ。町全体が歴史建造物保存地区となっているため、古い建物ばかりである。最古の家は13世紀築、多数の家屋が16世紀から17世紀に建てられたもので、その当時から今日まで修繕や改築を重ねながら人々が暮らしている。
この古い町には、壁の分厚い石造の建造物が外の熱を遮断してくれる、電気を消費しないエアコンシステムがある。そのためクーラーがなくても全く問題なく、実際クーラーを設置している家は一部の店舗以外見当たらない。
例えば、古い建造物の多くは、壁の厚さが80cm以上ある石造のため、外の気温が30度を超えても家の中は20度前後に保たれる。またどの家にも「ヴォレ」と呼ばれる日本でいうと雨戸のようなものがついており、外が暑い日はこのヴォレと窓を閉め切り熱気が室内に入ってくるのを防ぐ。そして夜になって気温が下がり始めた頃に窓を開け放つというのが、この町の住人の夏の暑さ対策である。石造りの家屋の室内はひんやりとしていて非常に過ごしやすい。ハイテクもエネルギーも必要ない昔の人の知恵である。
【ドイツ・ハイデルベルク】パッシブハウスで暑さ対策。冬もほぼ暖房なしで快適に
ドイツでも、家の構造に注目したい。パッシブハウスは、ドイツパッシブハウス研究所の性能認定基準を満たす省エネルギー住宅のこと。断熱材や高性能な窓、熱を逃さない換気システムをもつため、エネルギー効率がよく、夏は涼しく冬は暖かいことが特徴だ(※2)。
ドイツの南西部に位置するハイデルベルク市では、完成後に住民約6500人・労働者5,000人~6,000人を有する投資額約20億ユーロの再開発地区「バーンシュタット(1.16平方キロメートル。東京ドーム約25個分)」プロジェクトが、現在展開されている。
同再開発地区に建てられる住宅・幼稚園・小学校・研究所・公園・映画館など、すべての建物がパッシブハウスでつくられる。ハイデルベルク市は、世界大都市気候先導グループC40に参加しており、生態学的に持続可能なアプローチを同地区開発に反映させた。
筆者の家はパッシブハウスではないものの、16cmの断熱材・3重窓・雨戸での日光遮断によって、外気温が38度のときクーラーなしで室温は24度(湿度は58度)、冬もほぼ暖房なしで快適に過ごせる。
【オランダ・アムステルダム】緑化のため庭のタイルはがし選手権
都市の気温を下げるに当たり、街に緑地を増やすことは重要だ。街の緑化に力を入れるアムステルダム市とロッテルダム市の行政は、楽しみながら街の緑化を住民たちに呼びかけている。
アムステルダム市緑化のために活動する民営水道局Waternetと、ロッテルダム市緑化のために活動するRotterdam Weer Woordがそれぞれの市行政と共催する形で、アムステルダム市VSロッテルダム市で「NK Tegelwippen(オランダタイルはがし選手権)」を毎年開催している。2つの市で、それぞれの住民が合計何枚のタイルを庭からはがして緑化に貢献したかを競う。
参加するためには、庭のタイルを撤去し、写真を撮影。その後ウェブサイト上の登録フォームから、写真とともに何枚タイルをはがしたかを申告できる仕組みだ。
楽しみながら街の緑化や気候変動による影響緩和にまでつなげようとするオランダの姿勢に、私たちが学ぶべきことは多くある。
【イギリス・ロンドン】誰でも無料でマイボトルに水を入れられる「Refill London」
イギリスは形式上水道水が飲めるということになっており、お店でも「水道水」を頼むと無料で注いでもらうことができる。しかし、常温であるのと、独特のカルキの味が苦手で結局飲料水を買うという人も。ロンドンでは年間で一人当たり175本のペットボトルが消費されており、そのうちの3分の2がリサイクルされていないという深刻な問題もあるのだ(※1)。
そんな問題を解決すべく、飲料水をマイボトルに注ぐことができるリフィルコーナーが、ロンドンの33のすべての区に設置された。このコーナー設置を主催する「Refill London」は民間の組織だが、ロンドン市とテムズウォーターがパートナーとなり、現在ではコスタコーヒー、レオン、プラネットオーガニックを含む何百ものショップや企業がこのスキームに参加。国立劇場やテートモダンにも補充場所が設置されている。水滴のかわいらしいアートが目印だ。利用者が多い地域に重点的に設置されており、例えば通勤の前後にランニングなどの運動をする人にも重宝されている。
【デンマーク・コペンハーゲン】街の公園を貯水池にする「気候公園(Climate park)」プロジェクト
比較的涼しい北欧デンマークにも、夏が来ている。夏は太陽が沈むのが遅く、夜10時ごろまでは日差しが強い中、この国ではとにかく「夏が来たこと」を全力で喜んでおり、多くの人が、公園や海辺で肌を焼いて過ごしている。街の市民プールも、人がいっぱいに。
一方、異常な暑さは台風による洪水も引き起こす。そこで首都のコペンハーゲンでは、まちの公園を貯水池にする「気候公園(Climate park)」プロジェクトが始まった。
90年以上の歴史を持つ公園が、容量2万2,600m3の貯水池を備える公園に生まれ変わったのだ。普段は人々の憩いの場になりながら、非常時にはたっぷり水を貯められる……理想的なデザインであるといえる。
編集後記
今年、ヨーロッパでは記録的な熱波が続いており、フランスやイギリス、スペイン各地では、最高気温が40度を超え、山火事も相次いでいる。日本でも、東京で連日猛暑日を記録しているなど、世界中で「夏の暑さ」は年々深刻になっているといえる。
一方で、そうした事実によって暗い気分になるのではなく、必要なのは、どうしたらその中でもユニークな方法でこの猛暑を乗り越えられるか、都市の気温を下げられるのかなど、思考を巡らせながら適切な対策を取ることではないだろうか。ヨーロッパの事例から学べることは多い。
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ハーチ欧州とは?
ハーチ欧州は、2021年に設立された欧州在住メンバーによる事業組織。イギリス・ロンドン、フランス・パリ、オランダ・アムステルダム、ドイツ・ハイデルベルク、オーストリア・ウィーンを主な拠点としています。
ハーチ欧州では、欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、日本で暮らす皆さんとともにこれからのサステナビリティの可能性について模索することを目的としています。また同時に日本の知見を欧州へ発信し、サステナビリティの文脈で、欧州と日本をつなぐ役割を果たしていきます。
事業内容・詳細はこちら:https://harch.jp/company/harch-europe
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※1 REFILL LONDON
※2 ドイツパッシブハウス認定住宅
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【参照サイト】Drinking fountains for London
【参照サイト】Faktenblatt zur Heidelberger Bahnstadt – der weltweit größten Passivhaus-Siedlung