デンマークの食、と言われて何が思い浮かぶだろうか。デンマークには元来、西欧の食文化が混合し、2000年頃まで変化がなかった。現在、その歴史を大きく変えるムーブメントが起こっている。それが「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ(新北欧料理)」と呼ばれ、その先陣を切るのは新しいデンマークの食文化として代表的なデンマークのレストラン、「noma(ノーマ)」だ。
IDEAS FOR GOOD編集部はデンマークのロラン島で開かれた、noma共同創業者のクラウス・マイヤーと共催のフォルケホイスコーレのプログラムに参加した。このプログラムでは5日間、全部で20種類もの料理を20人ほどの参加者がチームとなって作る。
下記が「ニュー・ノルディック・キュイジーヌにおける10のマニフェスト」である。食文化がサステナブルであり、かつ食に従事するすべての人が食の豊かさを享受するためのマニフェストであると言える。
1,我々が大切にしたい清潔感、新鮮さ、シンプルさ、道徳観を表現をすること
2,食で季節感を表現すること
3,地域の気候、地形、水特有の食材の調理を基本とすること
4,食べ物のおいしさに対する追求と、健康や「よりよいありかた」についての認識を組み合わせること
5,ノルマンディの食べ物や生産者たちを後押しし、それらの背景を広めること
6,動物の福祉や海、耕地、自然の生態系を守ること
7,伝統的な北欧の食材の新しい可能性を伸ばすこと
8,北欧料理の料理手法や伝統と、外部からのアイデアを組み合わせること
9,ローカルな自給自足と高品質なものを組み合わせること
10,北欧の国々におけるすべての強みや利益に向けて、消費者、シェフ、農業や漁業、食産業、小売りや卸売り、研究者、教師、政治家や権威者が協力すること
そして下記がマニフェストを実践するための「ニュー・ノルディック・キュイジーヌの10の規則」だ。季節に合わせた野菜やヘルシーな食にフォーカスを当てている点は和食に通ずるものがある。
1,より多くのフルーツや野菜を食べる
2,より多くの手作りの食事をする
3,全粒穀物を食べる
4,より多くの海産物を食べる
5,肉は控える
6,できるだけオーガニックの食材を食べる
7,自然の恵みから採集した食事をする
8,食品添加物を避ける
9,季節に応じた食事をする
10,ゴミが少なくなるような包装で食事をする
今回は、このような「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」に焦点を当てたワークショップの1日とそこから得られたことを紹介していこう。
ワークショップのとある1日
ホテルでの朝の集会から1日が始まる。朝の集会の内容とは業務連絡ではなく、歌を歌う。朝からポジティブな歌詞に触れて気持ちが前向きになる。これはデンマークのフォルケホイスコーレ伝統のようだ。
朝の集会が終わるとキッチンスタジオに移動し、ワークショップが始まる。配られたレシピは英語で書かれ、完成写真もない。そこでワークショップの参加者が集められ、デンマークで有名なレストランのシェフに料理を作るうえでのポイントを簡単に教えてもらう。そして参加者でチームに分かれてそれぞれの役割分担を行い、料理を始める。
この日はチームごとにレシピに書かれた料理を1品ずつ作る日だ。レシピの中には日本でも見慣れない食材や調理器具の名前が英語で書いてある。言葉の理解の難しさだけでなく、さらに追い打ちをかけるのは、レシピ特有の「酢を少々」など大まかな書かれ方だ。完成した状態が分からないまま、シェフに「これはなに?どこにあるの?」「アップルビネガーはこのくらい?」と聞きながら料理の工程を進めていく。
今回注目したチームでは前菜を作っていた。粉々にして焼かれたライ麦パンの破片、卵黄で作ったペースト、細かく刻まれたケール、ローストされた菊芋。それぞれが出来上がったところでシェフによる盛り付けだ。
土に見立てたザクザク触感のライ麦パンの破片の中から、ホクホクの菊芋が顔を出し、青々としたケールが飾られ、田園風景から切り取ったような一皿に仕上がった。予想もしていなかった美しい盛り付けに歓声が沸く。
それぞれの料理が完成した後は、メインディッシュやデザートといったほかの料理を作ったチームメンバーと一緒に「おいしい、おいしい」と言いあいながら食べ終える。そしてほかの参加者の作った料理を味わう。デザートまで食べ切ったあとはホテルに戻り、ほかの参加者とともにロウソクを囲んでヒュッゲを楽しむ。
このワークショップから培われたことは3つあったように思う。
・「よりよく生きる」ための食のあり方
・「正解がない」アート思考
・デンマークの民主主義が反映された「チームワーク」
「よりよく生きる」ための食のあり方
目の前の食事を消費するだけの生活が長いと、食事の前段階の苦労や喜びに気づけない。しかしこのワークショップでは、実際に食材に触れて匂いを嗅ぎ、1人1尾の魚が配られてさばくという体験もできる。
サーモンを燻製する匂いや、バターが焦げる音、ドレッシングを作る途中の味見、魚をさばく時に感じるコリコリした骨の触感、そして美しい盛り付けの見た目。5感をフルに活用しながら自分の手で作り出した食事には、これまでに味わったことのない感動がある。
食そのものや、食事を囲む周りの人との時間を大切にしているデンマークの文化が、「well-being(よりよく生きる)」に反映されているように感じた。
「正解がない」アート思考
先生であるシェフからポイントは伝えられるものの、完成までの道筋は細かく教えてもらえない。英語で書かれた文章だけのレシピを見てチームの中で役割を決め、ネットで日本語訳しても分からない調理器具や野菜についてシェフに聞いて試行錯誤しながら前に進んでいく。黙って悩んでいても、誰もフォローしてくれないのだ。ゴールや全体像が見えないなか、限られた情報だけを頼りに主体的に自分が実行する次のアクションを決めなくてはいけない。
また、レシピ内の調味料の表記は「好きなだけ」「1つかみ分」など、細かい指示が書かれていない。盛り付けもシェフが例を出すだけで正解はない。たった1つの正解を探すというより、1人ひとりの正解があっていいのだ。
これがまさに、現代で言うところの「アート思考」である。前例がなく、先が見えない中でコラボレーションを繰り返しながら正解を創り出していくという現代に必要な考え方だ。
デンマークの民主主義が反映された「チームワーク」
デンマークでは民主主義的な教育に重きが置かれた政治の方針がある。このワークショップでは、料理というプロセスの中で生じる疑問に対してチーム内で意見を言い合い、相談し合うことで完成に近づいていく。
そして全員が役割を持って共同作業し、最後にそれぞれが作ったものを全員でシェアするのだ。結果として1人ひとりの仕事が反映され、それを全員で享受するというデンマークならではの民主主義的なクッキングであると感じられた。
自分や周りの参加者が精を出して作ったものだからこそ味わって食べ、それぞれの努力を褒めあうという流れが自然に生まれるのだ。
編集後記
まさに、自然が豊かでデザインに長けており、大国に挟まれた小国としての役割を果たすデンマークだからこそ生まれたワークショップだった。便利さや効率性を追求しつくした日本の都市型生活に浸っている身として学ぶことが多かった。また、知っている誰かが作ったものだからこそ、食材の味の奥深さをしっかり味わい、料理の工程における苦労話や感想を言い合うようなコミュニケーションが生まれた。
たった1週間のプログラムではあったが、このプログラムを通して参加者同士が落ち着ける家族であるような、不思議な連帯感を持っているように感じられた。これは、レストランで作られたものや一人で作ったものを食べていても経験できないことだ。
「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」を通して、食がもたらす豊かさを享受できた。料理の作り手と受け手が孤立しつつある日本にこそ、こんな経験が必要なのではないか。日本でもできることを考えていきたい。