【デンマーク特集#9】そろそろ、良い空気吸おうぜ。空気をデザインするマキタさんが考える、地球とジブンの幸せ設計とは

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「健康のためといって、人は食べ物や飲み物の成分を気にかける。それなのに、同じように体内に取り入れている『空気』についてはどうして気を遣わないの?」

取材は、こんな問いかけから始まった。

人間は1日に食物1キログラム、水2リットルを体内に取り入れる。一方、人間が1日に吸う空気の量は18立方メートル―6畳間一杯分に相当するほどになるのだという。

「自分の生活を振り返ってみて、完全な屋外にいることってどれくらいあります?店や駅、電車も除いてですよ。現代人は、1日の8割を室内で過ごしているんです。そう考えると、家やオフィスの空気が悪かったらまずいな、って思いませんか?」

思わずドキッとさせられるようなこの質問を投げかけたのは、デンマークで「空気のデザイン」を行う建築エンジニア・蒔田智則(まきたとものり)さんだ。

話者プロフィール:蒔田智則(まきた・とものり)

エネルギーデザインの視点からさまざまな建築プロジェクトに携わる建築エンジニア。空気のデザイナー。ライター。ロンドンの歴史的な街並みに魅了され渡英し、歴史的建造物の保存や改修について学ぶ。デンマーク人との結婚を機にデンマークへ移住後、デンマーク工科大学院にて建築工学修士課程を修了。「ウォーターカルチャーハウスコンペティション」で最優秀賞を受賞したプロジェクトにも関わっており、エネルギー消費、室内環境及び持続可能性の観点からストラテジー作りに貢献した。

人と地球のハッピーを設計するエンジニア・蒔田さんから見た、デンマークとは?そして彼の大切にしている考え方とは?

スーパーヒーローひとりじゃ、地球は救えない

Q:なぜ、空気に注目するのか? 

先ほどお話ししたように、私たちは1日に18立方メートルもの空気を身体に取り込んでいます。良い空気が人間の作業効率を15%アップさせるということがわかっているんですね。個人がストレスなくハッピーに良く働き仕事の量と質がアップできれば、会社の雰囲気も良くなるし全体としての業績も伸びる。採用のしなおしなどのコストもかかりません。結局めぐりめぐって企業や社会全体の幸せにも影響していく。みんながハッピーになるんですよ。

スーパーヒーローひとりの力で、地球全体を救うことはできないんです。誰かひとりがものすごく環境にやさしくしてもその他大勢が大量のエネルギーを消費している限り事態は変わらない。逆に言うと、悪党ひとりで地球環境を滅ぼすこともできないんです。個々人の少しの変化が積み重なった方が影響力は大きいということですね。

蒔田さん

蒔田さん

住む、働く、楽しむなど人間は皆いろんな形で建物を使います。建物にかかわらない人はいません。エネルギー使用量全体のうち、建物で消費するエネルギーはかなりの部分を占めています。建物の構造が環境にやさしいものをつくれれば、ひとりひとりの行動にも変化が起こる。

だからこそ、サステナブルな建物をつくりたいし、建てるときにもできる限りCO2を出さないように、と考えています。

Q:蒔田さんが行う「空気のデザイン」とは?

できるだけ自然の力を建物に活かす「パッシブデザイン」という考え方をベースに快適な室内環境をつくること。それが僕のやっている「空気のデザイン」ですね。室内環境を構成する要素は3つあります。光、換気、そして温度です。これまでは機械の力でこの3要素をととのえていく設計の仕方が主流でした。ですが、本当は建物を取り囲む自然というエレメントの方が室内環境に影響力をもっているんです。

蒔田さんの所属する建築事務所henrik・innovationが入っているシェアオフィスの一室

蒔田さんの所属する建築事務所henrik・innovationが入っているシェアオフィスの一室

空気を循環させるなら換気扇ではなく風の力を使う。部屋を暖めるならエアコンを使わず、太陽の熱を取り入れる。自然の力を受け取って最大限活かせるように空間の組み立て方や、窓やドアの位置を決める。使う材料にしても、効果的に快適な空間を作り出すため、蓄熱する、湿気を吸うなど素材の性質を考えながら選ぶ。

そんな風に、使用する素材や空間の使い方を工夫して自然の力を最大限取り入れるのがパッシブデザインの手法です。

僕たちの事務所は、隈研吾建築事務所を中心としたデザインチームで「Paper island water culture house」という親水施設の建設プロジェクトを進行中なのですが、そこでも快適な空間づくりのためにパッシブデザインを取り入れているんですよ。

建物の上部を開閉式にすることで、空気の温度差と重力を利用して換気ができるようにしたり、シャワーや温水プールの水をあたためるときには熱を効率よく循環させて加熱するようなシステムをつくったり……できるかぎり機械使用を抑え、省エネルギーで心地良い空間をつくれるようにデザインしています。

天窓

Image via shutterstock

人間はもともと自然のなかで生きてきたわけですから、昔は「自然の力を使う」ことを当たり前にやっていたはず。今、もう一度、自然に目を向けなおしてみてもいいんじゃないでしょうか。
 

「今」が終わり、じゃない──日常はつづいていく

Q:デンマークの建築について

デンマークの建築は環境なしには語れなくなってきています。国としてサーキュラーエコノミーへの転換を目指していて、国が作成した建造物のアセスメントツールが誰でも使えるようになっていたり、環境に配慮したものづくりを推奨するレクチャーやセミナーが行われたりしています。サーキュラーエコノミーを体現する自治村、エコビレッジの数も増えていますね。

以前は、お偉い建築家の一声だけで建築プロジェクトが進んでしまうこともありましたが、今は建築の専門家に加えて、建物を使用するクライアントや建設予定地周辺に住む人たち、環境団体など、みんなでアグリーメントをとってサステナブルな建物をつくっていくという手法が中心になってきています。だからデンマークの建築プロジェクトって何十年という単位で計画されていて、ものすごく時間がかかるんですよ。

アグリーメントを形成していくための制度の整備も進んでいますが、認証取得や規格を満たすことにこだわるような風潮は感じられませんね。認証を取得するためにたくさんの書類を揃えるよりも、実際の効果を出すことが大事だと分かっているからだと思います。そして、認証がなくても、「省エネである」という事実がお客さんを呼び込むひとつの旗になっているということもあると思います。

開発者側からしても、つくって30年で壊れる建物をつくってもしょうがないですしね。

蒔田さん

蒔田さん

Q:実際に設計するときに気を付けていることは?

コストを考えるときは「建てるときの費用をいかに安くするか」ということばかりに注目しがち。ですが、建物は作ったら終わりではなく、「つづき」があるんですよね。最初の段階でコストをかけておいた方が、使用電力を抑えられて結果的に節約になるかもしれないし……建てるその時だけのことを考えても意味がないんじゃないでしょうか。

それに幸せや快適さって、お金ではジャッジできないもの。低コストで建てられた建物でも、快適じゃなければ誰も来てくれなくなる。逆に、気持ちの良い空間をつくることができれば、そこに集う多くの人がハッピーになるし、建物自体も愛されていくでしょう。「建物の一生」を考えたときにどっちがしあわせかなんて、イニシャルコストだけでは判断できないんです。

「どんな場合にも当てはまる唯一の解法」なんて存在しません。建築材ひとつ選ぶにしてもそうです。短期的に見ると素材Aのほうが環境にやさしそうだけれども、エネルギー効率をあげるには素材Bを使ったほうが良さそうだ、という具合で、場合ごとに適切な答えって変わってくるんですよ。「いつもこっちを選んでおけばOK」という決まりがあるわけじゃないからこそ、より良い選択ができるように毎回ディスカッションを重ねています。

より良い建物を作るために大切にしているのは、とにかくプロジェクトの最初の最初の最初の……最初から議論に入るようにすること。僕たちエンジニアは出来上がった案を渡され「これを実現するにはどうしたらいいか」という技術的な計算を任されることが多いんですね。そうすると、どうしてもプロジェクトの途中から参加することになりがちなんです。でも、それでは、自分たちのアイデアを活かせない。それって、すごくもったいないじゃないですか。

アイデアのイメージ

Image via O-DAN

案を練っていく段階で、エンジニアならではの知識を活かした提案ができれば、建物の可能性はもっと広がっていくと思うんですよね。例えば、デンマークの人たちって、テクノロジーを「活かす」のが得意なんですよ。ハッピーになるための「ツール」としてテクノロジーを生活にうまく落とし込むんです。今、AIIoTをはじめとした本当に凄い技術が存在しています。ですが、代表的かつ一般的な技術でない限り、認知されていないことも多くて。だからこそ、いろいろな技術を知るエンジニアのほうから「このテクノロジーをこう使えば、理想の建物ができるんじゃない?」という可能性を提示していきたいな、と思います。

デンマークが幸せの国って、本当?

Q:大事にしていることは?

つねに疑問をもつこと、人にこれが正解だって言われても「本当にそうかな?」と自分で考え直してみることですね。

例えば皆さん、デンマークっていわれたら「ハッピー!ほっこり!ヒュッゲ!」というようなイメージを持っていると思うのですが、それってどうしてですか?ちゃんと説明できます?

「ちゃんと、説明できます?」

「ちゃんと、説明できます?」

嘘でしょってびっくりされるんですけど、僕、最初はデンマーク嫌いだったんですよ。人は冷たいし、言葉はわかんないし、寒いし、暗いし。「教育費が無料でうらやましい」ってよくいわれますけど、それって教育にお金がかからないっていうこととイコールじゃないですからね。幼稚園や保育園はタダじゃないし、小学校に上がったあとも仕事の間子どもを学童に預けようと思ったらかなりの金額がかかります。気楽でいいなと言われる「監視されている感じがない自由さや寛容さ」だって、逆に言うと「自分は自分他人は他人」っていう冷たさでもあります。そういう部分ってあんまり知られていないですけど……この国はヒュッゲだけじゃなくて、闇だって抱えてるんですよ(笑)

僕が徐々に思うようになったのは、この国のしあわせって「悲しくならない」ことなんじゃないかなってこと。医療制度や失業保険制度などによって、最低限のセーフティーネットが張られている。そういうボトムアップがあるから、どう転んでも生きていけるんですよ。プラスアルファで何かすごく良いことがあるっていうよりも安心していられるっていうのが幸せの意味するところなのかなと思うんですよね。

幸せをどうとらえるかは人によって違うと思いますが、メディアで放映されているイメージだけでは見えないことはいっぱいありますよ。

だからこそ「本当にそうなのかな」と疑ってみる必要があると思います。自分の足を使って現場に行き、きちんと自分で感じる、考える。それは大変だし面倒なことかもしれないけれど、時間がかかっても自分自身で「自分の答え」をつくることは本当に大切だと思っています。

そろそろ、良い空気吸おうぜ

そろそろ、良い空気吸おうぜ

編集後記

エアコンの風やヒーターの熱、蛍光灯や液晶画面の光──機械の力を使って人工的に整えられた環境のなかで、私たちは長い時間を過ごしている。最新の技術や機械によって生活が便利になる事例が多いのも事実だが、忘れてはいけないのが「何のために?」ということだ。目的は「幸せな生活をつくる」ことであり、テクノロジーはあくまでもそれを叶えるための手段。それを忘れてはならない。だが、目的と手段を取り違えてしまうのはベストを追求しようともがいた結果ともいえる。だからこそ私たちがすべきは、起こったことを責めることではなく、何度も何度でも「目的は何だったか」「幸せとは何か」を問い直すことなのではなかろうか。

デンマークで感じたのは「幸せって、単純なものじゃない」ということ。デンマークの街並みは確かに可愛かったし、ヒュッゲタイムはあたたかくほっこりした気持ちになった。想像どおり教育制度はイケていたし、社会保障制度だって整っていた。けれども、それらは決して「誰もが、いつ何時も幸せである」ことを意味するわけではない。道端にはタバコの吸い殻が落ちているし、街で自爆テロが起きた過去もある。貧しい人だって、うつになる人だって、デンマークなんか嫌いだという人だって存在する。表裏どちらの面を見るかによって、事実はかんたんに変わってしまうのだ。

幸せって何だろう?──その答えを見つけるために必要なのは、自分の考えをどんどん広げていくこと。世論が本当に正しいのか、疑ってみる。自分という枠組みから抜け出し、皆にとってよいことは何かを考えてみる。遠い国の人との見えないつながりを想像してみる。人間だけでなく、動植物や地球、生きとし生けるものに想いを馳せてみる。──初めから完璧な答えが出せるわけはない。それに、そもそも絶対的な正解なんて存在しない。だから、自分らしい回答が見つかるまで、たくさん時間をかけていいのだと思う。たくさん、間違えていいのだと思う。今は、過去の終了地点ではなく、「つづき」の始まり。ここから先につづく未来は、いつだって「今この時点」からスタートする。遅すぎるということはないのだ。だから、何度だって、考えなおそう。何度だって問いかけよう。

「『今の私にとって』幸せって何だろう?」

【参照サイト】henrik・innovation
【参照サイト】Water Cultural House
【参照サイト】The Indoor Generation VELUX
【関連ページ】ヒュッゲとは・意味

【追記:2021/9/7】記事公開当時、「人間が1日に吸う空気の量は18リットル」と表記しておりましたが、正しい単位は「立方メートル」でした。訂正し、お詫び申し上げます。

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