芸術の都・パリ。黒いコートに赤のベレー帽と赤のストールを合わせたパリジェンヌや、グレーのスーツにグレンチェックのハンチング帽をかぶった年配のムッシュー──その土地で暮らす人間がただ歩いているだけで様になる街だ。古くから残る建造物と緑が美しく融合した、歴史を感じさせる街並みを見ていると、「あの偉人もこの道を通ったのだろうか」とつい想像したくなってしまう。
今回は、時を超えて文化とつながる感覚を味わえるパリらしいサーキュラーエコノミープロジェクトをご紹介したい。
Swapbook(スワップブック)は、フランス発の学生向け古本売買プラットフォームである。教育にアクセスできる機会を全ての人に与えることを目的として作られたアプリで、本の売買だけでなく学生同士のコミュニティづくりにもフォーカスしているのが特徴だ。編集部は、CEOのロールさん(Laure Desegaulx)とナディーヌさん(Nadine Mouchet)にお話を伺うことができた。
読み終えた本に価値を与えなおす
Q:Swapbookとは?
ロールさん:Swapbookは、すべての人が教育にアクセスできるようにすることを目的として立ち上げられた、学生向けの古本売買プラットフォームです。
このアイデアを思い付いたのはまだ自分が学生だったころ。自分ではもう読まない本が家に溢れているのに気づき、もったいないと思ったことがきっかけです。テキストは学生にとって必要なものですが、年度が変わったり、授業を取り終えたりすると、家のどこかにどんどん積まれていって埃をかぶる運命をたどります。
家に眠っている本を流通させ、必要としている人に活用してもらえるような仕組みを作れたら、学生のためにも地球のためにもなる──そう思い、サービスの立ち上げを決めました。
ナディーヌさん:学校で使用する本や教科書は高額であることも珍しくありません。そうでなくても、何冊も手に入れる必要があれば出費はかさみますよね。これまでテキストを買えなかった学生たちも含め、すべての人が手ごろな価格で必要な本を手に入れることができるようにしたいというのが私たちの考えです。
また、読み終えた本の売買を通して、本にかけるコストを減らしてもらいたいとも考えています。Swapbookをうまく使用すれば、本にかける予算を1年に75%以上へらすことも可能なんです。学生たちがこれまで本の購入に使っていたお金を、自分のために使ってもらえたら嬉しいですね。
ロールさん:また、ただ本を売り買いするのではなく、学校での生徒間のネットワーク構築をサポートしているのも特徴です。ソーシャル機能を利用して、おすすめの本を紹介しあったり、オフラインのイベントを企画したりして、つながりを育んでいます。
Q:Swapbookが生み出すバリューとは?
ロールさん:Swapbookには、ソーシャルバリュー・環境バリュー・文化的バリューの3つのバリューがあります。コアとなっているのはは、「すべての人のための教育を促進する」「誰もが文化にアクセスできる環境を築く」というソーシャルバリューですね。
ナディーヌさん:文化や知識は、人間にとって欠かせないものです。人と会うときには、自分の持ちうる情報や言葉をシェアしあいます。仕事をするにしても、必要な知識を得るために学ぶ必要がありますよね。あるいは、文学を読むことで、普通に生きているだけでは得ることができなかったかもしれない何かを感じ取り、人生の学びを補完することもできるでしょう。本があれば、自分が自分の先生になるようにして様々なことを学び取っていくことができるのです。
人間には学ぶことで自分を上へ上へと引き上げていく力があります。自分で学べるって本当にすばらしいことですよね。
ロールさん:人はときに間違いを犯します。でも、学ぶことで、人間は善くなっていけるのです。その意味で、教育は一番強力な武器だと言えるでしょう。だからこそ、私たちは、「本にアクセスできること」が人生を豊かにするために欠かせないことだと考えているのです。
ロールさん:ソーシャルバリューを基礎として、私たちが提供したいのが環境バリューと文化的バリューです。
近年、パリでも少しずつエコ意識のシフトが起こっていて、3年前とくらべるとシェアリングエコノミーのコンセプトに興味を持つ学生が増えているように感じます。Swapbookは、そんな学生たちによりエコ・レスポンシブルな選択肢を提供するツールでもあるのです。
新しい本を発行する際には、大量の水や電力が使用されています。一方、Swapbookで古本1冊を購入した場合、平均で7.5kgの炭素排出を抑え、58リットルの水を無駄にせずに済む計算になるんですよ。
また、イベントの企画・開催などを通して、若い世代の「紙の本」に対するイメージをより魅力的なものに変える試みも行っています。
Q:Swapbookの使い方は?
まずは、アプリをダウンロードします。そして、自分のプロフィールをアップロードすることで、本を出品できるようになります。出品する際は、本についているバーコードを写真に撮るだけでOK。自動的に本の情報すべてがアップロードされる仕組みになっています。
価格も自動で設定されます。WEBから他の古本購入サイトからデータを収集し、それをもとに機械が適切な価格を計算してくれるのです。本ごとに値段にバラつきはありますが、どの本もほかのマーケットプレイスで買うより低価格で購入できるようになっています。また、ほかのマーケットよりはるかに少ない10%の手数料で出品ができるのも特徴です。売り手にも買い手にもフェアな仕組みとなっています。
また、Swapbookの収益の1%は、自分たちと同じようなバリューを持つ団体に寄付しています。寄付する団体は、環境保護のための学生団体や、教育や文化の普及を推進している団体などが中心で、ユーザーがサポートしたい団体を選ぶことができます。
マーケット×ソーシャル──学生がつながれる場づくり
Q:Swapbookを通して、どのように学生同士のつながりを深めるのか?
ロールさん:Swapbookには、売買の機能だけでなくソーシャル機能が備えられています。いわばマーケットプレイスとソーシャルな場のミックスといった感じでしょうか。
例えば、ソーシャル機能を使って「○○の科目について勉強しているのだけど、おすすめの本はない?」とアドバイスを求めたり、「イーロン・マスクやミシェル・オバマのようなインスパイアリングな人物の本を教えて」と尋ねてみたり……インターンや授業について相談することもできます。人によっては、学年の違う生徒と交流する機会が全くないこともありますよね。アドバイスが欲しいのに、誰に相談したらいいのかわからないことも。そんなときに、Swapbookを活用してほしいなと思っています。
ナディーヌさん:本を売りに出したり寄付したりするときに、Swapbookではちょっとしたメモを書いて残せるようになっています。どこがおもしろかったのか、なぜ手放すことにしたかなど、次に本を手にする人に向けてメッセージを残しておくのです。読書経験をコラボラティブエコノミーの形成に活かしていく、という感じですね。元の持ち主からの一言があると、なんだか親しみが持てませんか? 他のマーケットプレイスでは、売り手の顔や温度感がわかりませんが、Swapbookにおいては売り手と買い手お互いの顔が見えるのも一つの特徴なんです。
ロールさん:また、アプリ上のみにとどまらずリアルイベントも開催しています。
フランスの街中に無料のシェアリング本棚を設置する「シェアリングブック」。それから、街全体を使ったレクリエーションイベントも開催しましたね。行ったのは、アプリ上に掲載されるストーリーに沿って、出題されるパズルや暗号を解きながら街をめぐる謎解きゲーム。現実と想像の世界を行ったり来たりしながら、仲間と協力して街のどこかに隠された宝箱を探すんです。宝箱のなかには本が入っていて、イベントのあとも本を読んで冒険を続けることができる、というわくわくするようなイベントでしたよ。そのときは1000人くらい参加してくれましたね。
ナディーヌさん:ミレニアル世代の代表であるロールは、若い人にとっての本のイメージをより魅力的なものにアップデートさせたいと考えていたんです。
私たちは、ただ本をシェアしたいわけではありません。「Share more than books」──本以上の何かを、いろんな人と分かち合うことができるようにといつも願っています。
お金だけのために働く時代は、終わり
Q:社会起業家として大切にしていることは?
ロールさん:きちんとインパクトを起こすこと、そのために今の状況を見つめ、きちんと効果測定をすることですね。
「何でもかんでも新しいものを買うより、ユーズドのものを買うほうが環境にやさしいということ」や「本のもつ力を循環させられる素晴らしさ」に人々が気づいてくれているかをいつも気にかけていますし、そう伝えられるようなコミュニケーションができるようにしています。
また、経済的な目標を達成するだけでなく、社会にとって意味のあることを成し遂げることがとても重要だと思います。お金を貯める、あるいはさらにお金をかせぐことだけのために働くのは時代遅れなやり方です。
ナディーヌさん:お金を稼ぐのが悪いということではありません。ただ闇雲に利益を上げようとするよりも、「やりたい事業を行うためのお金」を得ることのほうが大切だと私たちは考えているのです。
Q:紙の本と電子書籍の違いは?
ロールさん:まず、紙の本の場合は目にやさしいですよね。電子画面だとどうしても疲れやすくなってしまいますから。
また、電子書籍だととても早くページをめくれてしまうので、心がどこか定まっていないまま本を読み終えることになってしまいがちです。フルセンテンスでなく途中の単語を拾ってつなげて自己解釈してしまうのですね。これは、TVのチャンネルを気ままに素早く切り替えていくザッピングを行っているような状態で、脳にもよくありません。
ナディーヌさん:生徒たちは、本を読んではいるんですけど、コンピューターなどで読むことのほうが多いみたいですね。
最近はメディアが発達し、すぐに答えがわかったり、瞬時にレスポンスがあったりするのが当たり前になってきました。それに慣れていると、大学に行って、深い思考をする科目やメソドロジーが理解しづらくなってしまうのだそうです。ひとつの主題に集中するのが難しくなってきているのですね。
そういう意味では、物理的に手元にあって、じっくり読むことのできる紙の本と、さっさとスワイプできてしまうデジタルの本には違いが出てくるのではないかと思います。
あと、単に、紙の本を読むのは喜びですよね。私たちもこうしてこの世界に物理的に存在しているわけですから、手に持って存在を確かめられる本のほうがしっくりくるというか……。紙のにおいや、ページをめくる音、ソファに座って、ときどき庭を眺めて本を膝にのせたり、手に本の重みを感じたりしているその時間はとてもしあわせだと感じます。
“Share more than books”
Q:次のステップは?
ロールさん:投資家から5,000ユーロを集めることですね。それから、世界中の他の大学と協働で新たなソリューションを開発していけたらいいな、とも思っています。
ナディーヌさん:Swapbookは、なぜかカナダで有名になっているようなんです。うちでもその取り組みをまねさせてくれないか、と問い合わせがありましたよ!
ロールさん:国内国外問わず、ポジティブなコメントが届いているのはすごくうれしいですよね。このプロジェクトを立ち上げるのは大変だったので。
ナディーヌさん:ユーザーからフィードバックをたくさんもらうんです。ここはこうしたほうがいいんじゃない?こんなこともできるよ!あれもやってみようよ!って。もはやこれは、私たちだけのプロジェクトではなく、「みんなのプロジェクト」になっている。それがとても嬉しいですね。
ロールさん:Swapbookが、本たちのTinder(※世界最大級のマッチングアプリ)みたいになったらいいなって思うんです。自分の本が、自分と同じことを学んでいる誰かの役に立ったら嬉しいですよね。
ナディーヌさん:17世紀ごろのフランスのカフェでは、思想家や政治家、哲学者や芸術家たちが、読んだ本について様々な議論を交わしていたそうです。自分たちの知識を共有して、世界をもっとよくするには、ということを熱く語り合ったといいます。
そういったものって、昔はクローズな集まりで行われていたけれど、今はもっとオープンに語ることができるようになりましたよね。誰だって、何かについて意見を持ち、語ることができます。私たちは、人々が様々なものをシェアするコミュニティをつくりたいのです。「Share more than books」──本だけではないより大きな何かをシェアすることこそ、私たちが目指すものなのですから。
編集後記
取材当日、パリの空には薄暗い雲がかかっていた。すこし湿った空気のなかを歩いて、オフィスへ向かう。ロールさんとナディーヌさんは、明るい笑顔で編集部を迎えてくれた。
インタビューを始める際、ロールさんは「実は私、英語が得意ではないの」とはにかんだ。双方、母国語ではない言語を使用してのコミュニケーションだ。互いに一瞬言葉に詰まったり、単語を度忘れしたりする場面もあった。話がひと段落するたびに2人が「伝わっている?」「大丈夫かな?」と尋ねていたのが印象的であった。
「紙をめくる音やにおい……様々なことを感じながら本を読むのは、とてもしあわせなことですよね。論理的に説明するのは難しいけれど、本は人生にとって欠かせない、とても大切なものだということは分かります」──インタビューの後半、ナディーヌさんはこう言って、やわらかくほほ笑んだ。その場にいる皆が頷き合い、彼女の言った言葉の余韻にしみじみと浸る。その数秒間の静寂の間に、「ああ、私たちは確かに通じ合ったのだな」と感じたのであった。
オフィスを去るとき、「ここから駅のほうに戻るんだったら、ぜひ公園のほうを通ってみて!」と教えてくれた2人。日本に来たら今度はうちのオフィスに来てね、と言い、手を振りながら外へ出る。朝、空にかかっていた雲はほとんど晴れて、気持ちの良い青空が広がっている。公園の木々の葉にのった雨露に陽の光がさしてきらきらと輝く光景が、とても美しかった。
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