新型コロナウイルスの感染拡大は、外食産業などに大きな影響を与えている。2020年3月にドイツのホテル・飲食店業連盟(DEHOGA)が発表したアンケート調査結果(調査実施日:3月4、5日 回答数:9574社)によると、宿泊業の82.9%、外食業の72.9%がコロナウイルスによりマイナスの影響を受けていると回答。また、回答企業全体の45%が1万~5万ユーロ(約120万円~600万円)の売り上げ減を経験しているという。
日本でも政府の外出自粛要請以降、売上げが通常の6割〜8割減少する飲食店が出てきている。特に個人経営店への打撃が大きいようだ。一方、デリバリー業態は、右肩上がりで消費が増えている。外食産業は、いかにしてこの状況を耐え忍べばいいのだろうか。
シアトルにある家族経営の老舗高級レストラン「Canlis(キャンリス)」は、2020年3月16日にレストランのダイニングルームを閉鎖し、代わりにポップアップストアへと業態転換を行った。この状況下で、人々の助けになるのは高級レストランではないと判断したのだ。実際ワシントン州は、同月15日にバーおよびレストランの一時閉鎖を命じたため、このキャンリスの業態転換は英断となった。
同店は当初ベーグル屋、ドライブスルー式のハンバーガー屋、ワインが1本付く「ファミリーミール」宅配サービスという3種類のポップアップストアをオープンした。しかし3月29日時点のウェブサイトの情報によると、ベーグル屋およびハンバーガー屋はなくなり、宅配サービスと肉や野菜などの店頭受取サービスを提供している。
店舗の完全閉鎖を避け、従業員の雇用を守るための試行錯誤が続いている。キャンリスは従業員に対して、このまま店で働き続けるかどうかは任意の選択としたが、全員が残ったという。同店は従業員に無利子の融資も提供している。同店の共同所有者であるマーク・キャンリス氏は「私たちの事例から、『これは自分にも当てはまる。たとえレストランやキッチンを経営していなかったとしても、彼らがやっていることは自分にもできる』と思ってほしい」と、話す。
また、この業態転換により、レストランの立地を新しい視点で見直すことができたという。同店のすぐそばには交通量の多い高速道路があり、高級レストランでこの立地はあまりセールスポイントではなかったが、デリバリーであれば最適な立地だ。
今回の迅速な業態転換には、地域のコミュニティの協力が大きかった。売上がなかった地元のシーフード会社は、魚介類をキャンリスに寄付し、パッケージ会社はテイクアウトの容器を寄付。さらには予約管理プラットフォーム「Tock(トック)」と協力し、数日足らずでデリバリーシステムを作り上げた。
同店が創業から69年間の歴史の中でダイニングルームを閉鎖するのは、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の後などを含め、今回が3度目だ。需要と政策の変化に機敏に反応し、ビジネスモデル全体を設計しなおす様子からは、コロナウイルスとの前向きな闘い方を学べる。
キャンリス氏は、「変わっていないことが2つある。人は食事をする必要があり、仕事をする必要があるということだ」と語る。仕事とは、生計を立てる手段としての職業に限らず、私たちの日頃の行いすべてを指す。互いを守り、互いの力となること。そのために個人として、企業として何ができるだろうか。
ちなみにケネディ大統領は、こんな言葉を残している。
「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」
【参照サイト】Canlis(業態転換後)
【参照サイト】Canlis(業態転換前)