「多様な食文化」とは、選択肢を持つこと。ヴィーガンシェフが考える、ソーシャルフードガストロノミーとは?【FOOD MADE GOOD#3】

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食のあり方や、飲食業界のあり方を変えていくため、より多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している団体がある。英国に本部があるSRA(SUSTAINABLE RESTAURANT ASSOCIATION)の日本支部、日本サステイナブル・レストラン協会だ。そんな日本サステナブル・レストラン協会の加盟レストランを巡り、先駆者となってサステナビリティへ向かう飲食店の取り組みを紹介していく連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」の第三回目。

いま人口が増え続けている中で、地球規模で資源を確保し、同時に増大するであろう環境負荷を軽減していくことが必要とされている。そんな中、その一つの策としてヴィーガンへの関心がますます高まっている。英国ヴィーガン協会によると、2014年では15万人だったヴィーガン人口は2018年には60万人となり、4年間で4倍にまで増加している。食肉を削減してヴィーガンが広がることで、温室効果ガスを3分の2削減できるというオックスフォード大学の研究もある。

そうしたヴィーガンの人々の増加に伴い、植物由来の食事の選択肢も多様化している。英国ヴィーガン協会によると、英国では牛1,600頭分に値する代替肉を生産できる世界最大の工場が建てられたり、大手スーパーマーケットではヴィーガン専門の商品数が倍増したりするなど、植物由来の代替肉も浸透してきた。

本記事でご紹介するのは、「ヴィーガンの新しい領域に挑む」「食を通じて世界をつなぐ」を掲げながら、サステナブルデリ&カフェをコンセプトとした『ブルーグローブトウキョウ』の監修をする、杉浦仁志シェフだ。杉浦シェフは、多数メディアに出演するなどヴィーガンシェフとして第一線で活躍している。

それらの活動の中で、食を通じて異文化理解や健康、環境問題にアプローチする「ソーシャル・フード・ガストロノミー」を提唱し、持続可能な社会を目指すプロジェクト「1000 VEGAN PROJECT」を立ち上げた杉浦シェフ。そんな世界で活躍するヴィーガンシェフが、ヴィーガンとその可能性をどう捉えているのか、話を聞いた。

話者プロフィール:杉浦仁志シェフ

杉浦仁志シェフJames Beard受賞歴代シェフJoachim SplichalのLA・NYCのミシュラン1つ星レストランにて感性と技術を磨く。2014年・15年と2年連続で、NY国連日本政府代表部大使公邸で開催された、世界の国賓約300名が集うレセプションで日本代表シェフを務める。2017年“The Vegetarian Chance”野菜のみ使用の世界料理大会で“トップ8シェフ”受賞。2018年“ザ・ベスト・オブ・シェフ50”受賞。2019年”Vegetarian Award 2019“にて “料理人賞”受賞。同年ONODERA GROUPのExecutive Chef就任。活躍の場を国際舞台に広げている。

アメリカでの料理人修行で出会った、多様な食文化

料理人修行のため渡米した際に、ヴィーガンという概念に出会ったという、杉浦シェフ。

「アメリカは異文化が集まる場所で、驚くほどに食文化が多様でした。世界的に見ても、色んな人種の人たちが住んでいる場所です。そのため自国の文化がありながらも、他文化をリスペクトする雰囲気があります。多様な食文化について理解をしないとエグゼクティブシェフとしてやっていけない、そんな世界でした。」

さまざまな食文化に対応して料理を作らなければいけない環境に飛び込んだ杉浦シェフ。そんな環境にいるうちに、ヴィーガンに対する見方が変化していった。どのような食文化を持つ人にとっても寛容なヴィーガン料理に、次第に惹かれていったという。

「厨房にいると、ヴィーガンやベジタリアン、ペスカタリアンの方々から、多様なオーダーが入るのが日常でした。色々な国籍の人たちが同じダイニングテーブルを囲む様子を見て、ヴィーガン料理が多様性に対応する食事だと実感したのです。」

留学中の杉浦シェフ

留学中の杉浦シェフ(右から二番目)

「環境・健康・多様性」に働きかける

ヴィーガンシェフとして活動してきた杉浦シェフは、ある一つの価値観に辿り着いた。それが、「ソーシャルフードガストロノミー」という概念だ。

杉浦シェフは、「環境に働きかけること」「食で人を健康に導くこと」「国際的な食文化を理解すること」という3つに働きかけることをソーシャルフードガストロノミーとして提唱している。ひとつひとつ見ていこう。

1. 環境に働きかける

「今の世の中は、人と自然の関係がアンバランスです。気候変動に対して、生活の中でできるアクションの一つが、ヴィーガンだと思っています。今後世界の人口が90億人にまで増えると言われているなかで、人が食によって摂取する必要のあるタンパク質が足りなくなる未来が来るとも言われています。環境への負荷などを考慮したときに、ヴィーガンや代替肉にシフトすることが一つのソリューションではないでしょうか。」

飼育に多くの資源が必要になる家畜は、環境負荷が高いと言われている。その背景からも、ヴィーガンはCO2削減につながる一つの選択肢であり、海外では動きが活発になっているという。

「デンマークやスウェーデンなどを中心に、北欧では世界的に見ても環境に配慮した食事が進んでいます。『食から改善できることは何か』『環境に対して何かできないか』と、私自身も考えを巡らせています。」

杉浦シェフが地球環境への影響を考慮して料理をしているのは、情報感度が高く、世界でのムーブメントにアンテナを張っているという背景があるからだろう。

2. 食で人を健康に導く

ヴィーガンは「環境」だけではなく、「健康」にも働きかけられる食だと、杉浦シェフは続ける。

「食を通じて『健康』な身体を作ることができます。社会には生活習慣病や認知症などの社会問題がありますが、料理人は食事療法を通して病気を解消させる可能性を持っていると思います。そのための取り組みのひとつとして、料理人と医師がコラボレーションし、病気を未然に防ぐレシピを作っています。薬に頼らず食事で人を健康に導くような食事療法を提案しています。」

杉浦シェフ

「今の日本人の食事は、50年前と比べて劇的に変化している」と、例示しながら杉浦シェフは食生活には潮流があると話す。だからこそ、現代人はより健康への意識を高める必要があると強調する。

「戦後、海外の文化が日本に入ってきて、経済成長と同時に一人暮らしや単身赴任のような新しい生活様式が定着しました。生活の変化は食事にも変化をもたらし、人々はより手軽でおいしい食事を求めるようになりました。そして今、惣菜やコンビニ飯が大量に増えています。その結果、糖質や油の摂取が過多になっています。加工食品に含まれている添加物は、身体に蓄積し、生活習慣病にもつながっています。だからこそ、食を見直すことが大事です。」

3. 国際的食文化を理解する

ヴィーガンの価値観を広げている杉浦シェフだが、自身は野菜だけではなく肉も好んで食べるという。杉浦シェフが伝えたいのは、選択肢を広げたうえで、自分自身で「選ぶこと」の大切さだ。

「食事は好んでするもの。だからこそ、ヴィーガンという食の選択肢だけを進めるのではなく、常に柔軟でいたいと思っています。例えば、『昨日は肉を食べたから今日は野菜を食べよう』『週に1回ヴィーガンの食事を食べてみよう』というように、一人一人が選択肢を持つことこそが、『多様な食文化』であるといえるのではないでしょうか。」

日本独自の文化があることはよい一方で、島国である日本では、他国の多様な文化にあまり触れてこなかった人々も多いのではないかと話す杉浦シェフ。「日本でもヴィーガンが選択肢の一つになって、多様な食事を楽しむことができるようになってほしい」と、語る。

以上のように杉浦シェフは、ヴィーガンという食事によって環境問題を解決すると同時に、人々を健康に導き、食の多様化を進めている。ヴィーガンを広げることでベターな社会をつくることを目指しているのだ。

杉浦シェフ

料理人は、新しい価値を生み出すことができる

ヴィーガンの価値を浸透させるにはどうしたら良いのだろうか。杉浦シェフは、「野菜の可能性を追求すること」と語る。

「『野菜だけで作る料理はおいしくなさそう』『野菜だけの料理だと味の想像ができない』などと言われてしまうこともあります。野菜の真価を理解してもらうために、肉料理と同じくらいの満足感を得てもらえるような野菜料理を作りたいと思っています。日本では野菜だけのコース料理を高価格で提供するにはまだまだハードルが高いですが、ニューヨークではヴィーガンやベジタリアンのコース料理を高い値段で提供することは珍しいことではありません。」

「料理人のクリエイティビティ」によって野菜の価値を発揮させることが大切だと、杉浦シェフは言う。ヴィーガンが「絶対的に正しい」と押し付けるのではなく、クリエイティビティによって、ヴィーガンの良さを自然と人々に体感してほしいというのが杉浦シェフの考えだ。

「一般的に野菜のみでは、味やうまみが薄いと思われることが多いですが、ヴィーガン料理を新しいクリエイティブな料理として派生させたい。『野菜だけでもこんなに美味しい料理が完成するのか』という感動を人々に届けたいです。難しいことですが、料理人としてやりがいを感じますね。」

杉浦シェフが「料理人はクリエイティブであるべき」と語るのは、美味しさを追求するだけでない「料理人としてあるべき姿」を思い描いているからだ。

「美食を追求することだけが料理人の役割ではありません。料理人のあり方として、まだ世に出ていないものや価値が見出されていないものに価値を付けて発信することが大切です。」

野菜を使ったコース料理

野菜を使ったコース料理

一般家庭に対して野菜の可能性を伝える「1000 VEGAN PROJECT」

これまでは、高級志向のレストランなどのファインダイニングを中心に料理をしてきた杉浦シェフ。しかし、最近ではファインダイニングだけに留まらず、より多くの人々を巻き込むことを意識し、一般家庭に対して野菜の可能性を伝えることに熱を注いでいるという。

「多くの人に健康志向やウェルビーイングにつながる食のあり方を提供し、野菜の可能性を知ってほしいんです。」

そこで杉浦シェフが行っているのが「1000 VEGAN PROJECT」だ。1000 VEGAN PROJECTは、日本全国でプラントベースな食事を提供する社会貢献プロジェクトだ。現在すでに、約700ヵ所で7万食の食事を提供している。杉浦シェフはそうした活動をするなかで、ヴィーガンの社会的認識度が上がっていることを感じているという。

「プロの料理人だけではなく、ヴィーガンに関心を持つ方が大勢関わってくれるようになり、人や組織間でシナジーが生まれていると考えています。食を介して、人や社会がつながっていて、食の素晴らしさを改めて感じていますね。1000 VEGAN PROJECTでは、ヴィーガン料理を作って提供する人たち自身に、ヒーローになってもらいたいと思っています。」

社会がより豊かになるために、食の在り方を追究する

杉浦シェフに今後の目標を尋ねると、「今後は、ヴィーガンやサステナブルな価値を広げ、日本だけではなく、世界と関係を作ることを目標としています。」という答えが返ってきた。

「まずはヴィーガンについて知ってもらうのが第一フェーズ。できるだけ多くの人たちと交流し、野菜の価値を広めていきたいです。第二のフェーズとして、世界との関わりを持つこと。色々な国のシェフとクリエイティブな食で交流したいと思っています。料理人が作る料理は『高級志向』だけではないので、家庭や学生に働きかける食のあり方も発信していくことを目指しています。」

「ソーシャルフードガストロノミーを通じて、『明るい未来をどうやってつくるか』『人が幸せになるためにできることは何か』社会がより豊かになるために、食の在り方を追究していきたいと考えています。今後も、次世代の人たちがより豊かになれる食をデザインしていきます。」

編集後記

取材を通して、ヴィーガンはさまざまなことに働きかけられるものだと実感した。世の中で環境配慮への意識が高まっていることからヴィーガン食を目にする機会が増えているが、環境配慮だけではなく、健康促進や文化理解、さらには料理人の創造性を発揮することにもつながっている。

食の嗜好が多様化していく中で、ヴィーガンはあくまでも一つの価値観にすぎない。杉浦シェフはヴィーガンが人々の選択肢となるように積極的に取り組んでいるが、自身は肉も食べるというように、毎日の食のあり方を選択するのは私たち一人一人だ。選択肢を持ち、自分で理解して選ぶことによって、より責任を持って食事を楽しむことができるのではないだろうか。

【参照サイト】 杉浦 仁志 公式サイト
【参照サイト】 日本サステイナブル・レストラン協会

Edited by Erika Tomiyama

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