東京の都心から少し離れた練馬は、商店街や学校、病院などが充実した住みやすい地域だ。練馬区内の西武新宿線武蔵関駅を降りると、自転車と歩行者が行き交う人々の生活感溢れる商店街の入口が見えてくる。その脇には、ブラウンを基調とした小さなピッツェリアが、このまちの商店街に溶け込むようにして佇む。
日本サステイナブル・レストラン協会(以下SRA)のレストラン連載記事12本目の今回は、武蔵関のピッツェリア「OPPLA’!DA GTALIA(オップラダジターリア、以下オップラ)」の地域との関わりという側面に光を当てる。
SDGs(持続可能な開発目標)のゴールとも連動しているSRAに加盟するレストランのサステナビリティ評価項目の中には「地域コミュニティへの支援」がある。レストランが地域社会において果たす役割は、特にSDGs11番目のゴールである「住み続けられるまちづくりを」の目標と深く関わってくる。
「2030年までに、だれも取り残さない持続可能なまちづくりをすすめる。すべての国で、だれもが参加できる形で持続可能なまちづくりを計画し実行できるような能力を高める」(SDGsターゲット11.3)」にも明記されているように、老若男女だれもが住みやすいまちを作る一助となるレストランは、サステナビリティの観点で高く評価される。
今回は、地元の生産者から食材を仕入れ、野菜をふんだんに使用したピッツァやパスタなどを提供するオップラの料理長、野間裕介シェフにインタビューを行った。生産者との関わりや地域の子どもへの食育などを大事にする彼は、生産者やお客さんと同じ目線に立つからこそ見えてくる地元の小さなつながりを大事にしていた。
子どもからおばあちゃんまで、美味しいものを食べて欲しい
本場イタリアンのピッツェリアは、ガヤガヤとした賑やかな店内の雰囲気が一般的だ。一方オップラは、女性が一人でも入りやすい落ち着いた雰囲気のピッツェリア。ここには、地元の住民により密着したい、という野間シェフの思いが反映されている。
「本場のピッツェリアは“庶民の食堂”といった雰囲気のところが多いのですが、オップラでは小綺麗な料理を意識して出しています」と話す野間シェフが経営する当店は、同じく練馬の有名ピッツェリアである「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO(以下フィリッポ)」の姉妹店。2014年からフィリッポで働き、練馬という地域の魅力を再認識した彼は、3年前に新店舗を任され、彼の地元でもある武蔵関で2018年9月にオップラをオープンした。
都心からもお客さんがやってくる有名店フィリッポでは、忙しさゆえに料理人としてやれることの限界を感じたという。前店舗ではできなかったことをやりたかったという野間シェフは、あらゆる世代の方に、ゆっくりと食事の時間を楽しんでもらえるようなお店にしたかったと語り始める。
「うちには、地域のご家族連れのほか、おひとりさまもよく来られます。この前もおばあちゃんが一人でカウンター席でピッツァを1枚食べに来られて、半分包んで持って帰っていました」
調理師専門学校を卒業し、19歳から都内の数々のイタリアンレストラン等で修行を重ねた野間シェフは、「みんなに美味しい料理を食べて欲しい」という一心で料理を振る舞う。彼の料理への熱い想いは、料理の世界に入って18年経った今でも日に日に増していくという。
「正直、僕は今でも料理のことばかり考えていて(笑)もちろんお店を経営していく上で経営者目線での考えも持たなければいけないのですが、美味しい料理をお客さんに食べてもらって、喜んでもらえたらそれだけで嬉しいんです」
コロナ禍でぶつかった「レストランのあり方」
そんな野間シェフは、コロナ禍の営業のなかで、レストランのあり方について考え直さざるを得なくなり、社会情勢と自分のやりたいことの狭間で悩み続けていたという。
「コロナで営業ができなくなり、自分はなんて無力なんだろう、と思いました。ずっと美味しいものを作ることしか考えてこなかった人間が、料理を作れなくなったらどうしたらいいんだろうって。コロナの一番大変な時期でも、社会情勢に乗ってオンラインに移行し売上を立てているお店もあるなかで、ミシュラン星つきの有名店が閉店してしまう様子も目の当たりにしました。美味しいものをただ作っているだけでは、お店は潰れてしまう……。何が正解なのか、どの道に進めば良いのか、今でもずっと悩み続けています」
2年間、焦りを感じながらも「地域の人たち」は彼のなかで大きな存在だった。目の前の人に美味しいものを届けるために始めたことが、結果的にお店の営業にもプラスに働いた。
「準備に丸一日かかるピザ生地の仕込みは、お客さんが来るか来ないかわからないなかでも毎日しなければいけないので、どうしても余ってしまっていたんです。そこで、余った生地だけをフォカッチャにして商店街の人に配りました。ロスにするくらいなら美味しく食べてもらえたらと思い無料で配っていたのですが、それをきっかけにで商店街のつながりができたり、今までお店に来たことがなかった人たちがこのお店の味を知って食べに来てくれたりするようになりました」
練馬野菜、沿線上のつながり
野間シェフの話を聞いていると、彼の信念は武蔵関という地域に強く根付いているように感じる。それは地元のお客さんへの向き合い方とともに、生産者との関わり方からも見えてくる。
オップラでは、上石神井周辺の農家の元へ直接野菜を取りに行き、卵や肉などの酪農家は顔の見える農家から仕入れている。
「東京で地産地消を実現するのは、すごく大変なんです。食材豊かな地方と同じようにお店の近くから仕入れることはなかなかできません。この辺りには、武蔵野台地という枠で広げてみれば酪農家もいますが、それを地産地消というのも少し違うのかなという気もしていて。いったい、どこまでが地産地消と言えるんでしょうか」
野間シェフも言うように、地産地消を突き詰めていくと、その言葉の定義をするのが難しい。生産現場の少ない都内で地産地消を実践しながら美味しい食材を仕入れるのは難しく、さらには無農薬・有機野菜を優先して調達するのが良いのか、地元の食材を取り寄せるのが良いのか、といったジレンマにも陥ってしまう。
「自分のお店では、食材の調達基準は、味が一番で、無農薬・有機栽培という基準は正直ありません。しかし、この西武新宿線沿いには、有機農法や減農薬といった、環境に配慮した農法を行っている農家さんが多いです。ですから、味を第一に選んではいるものの、結果的に無農薬のものが多くなっていますね。」
オップラの契約農家は、東京都エコ農産物認定を受け、米ぬかや鶏糞などほぼ100%有機肥料を使用している野坂農園(上石神井)や、同じくブロッコリー、じゃがいも、人参、大根で東京都エコ農産物の認定を受け、減農薬、化学肥料を減らす取り組みをしている田中農園(立野町)、有機の鶏糞肥料、牛糞肥料を使用し減農薬に努めているベジファームかのん(上石神井)など、環境配慮や安心安全な野菜を作ることに真摯に取り組んでいる人たちばかりだ。
子どもが走り回るお店に
オップラの店内はオープンキッチンとなっており、料理の様子やピッツァの窯の中も席からよく見える。「絶対この席がいい」といって予約してくれるお子様連れのお客さんもいるという。
「レストランが忙しそうな雰囲気だと、お客さんは気をつかってしまい、お子さんも自由に動けないじゃないですか。でも、うちはどんなに忙しくてもピザ窯のそばにお子さんを呼んで、近くでピザ焼きの様子を見られるようにしていますし、ここに来た子どもたちはギャーギャー言って走り回っていて欲しい。このお店は、それが許される場所にしたいなと思っています」
子どもが大好きだという野間シェフは、パンデミック以前は地元の子どもたち向けのピッツァ作り教室や、地元の小学校へ地産地消をテーマにした課外授業のサポートなどを行っており、地元の子どもたちから憧れられる存在となっている。こうした彼の活動は、子どもたちへの食育の観点で、大きな意義がある。
「本当に美味しいものは、都心の方に行かないと食べられないことも多いです。だから、遠くに行かなくても地元の人がここで美味しいイタリアンを食べられるようにしたかった」と話す野間シェフは、自分がこの地域の人に美味しい食体験を提供しようという信念を持って厨房に立つ。そして、「子どもたちと農園で野菜を収穫し、それをオップラで一緒に焼くなど、この武蔵関だからこそできることを、今後も地域の人とより密着しながらやっていきたいです」と語ってくれた。
編集後期
輸送時のCO2の排出やフードロス、トレーサビリティの欠如、食品添加物や保存料の危険性。フードサプライチェーンが長くなり、生産者と食べ手が分断されることが原因で発生する食の課題は多く存在する。
レストランとは「コミュニティ」のつながりを生み出す場であり、ここでいう「コミュニティ」とは、お客さんや働く人々が交流する場であると同時に、最高の食材が集まる場でもある。
オップラのように、地域に寄り添いながら、人々がより良い方向へ生活を変えていくきっかけを作るレストランは、持続可能な地域社会において、今後さらに求められていくだろう。
【参照サイト】OPPLA’!DA GTALIA
【参照サイト】日本サステイナブル・レストラン協会
Edited by Motomi Souma