椿の油で、森を再生する。島根・出雲で始まっている、静かな革命【ウェルビーイング特集 #11 再生】

Browse By

古くは日本書紀や万葉集にも登場し、古来より日本人に愛されてきた常緑樹、椿(ツバキ)。光沢のある緑色の葉に凛とした赤い花をつける椿は、園芸用の植物として楽しまれるだけではなく、その実からとれる椿油が食用や化粧用など様々な用途に活用され、長らく日本人の生活を支えてきた。

日本の文化や生活とも関わりの深いこの「椿」の魅力に取りつかれ、椿油を通じて人間と自然との関わりを見つめ直し、日本の森を再生していこうと取り組んでいるのが、島根県・出雲市で「椿レボリューション」を展開する志賀厚雄さんだ。

志賀厚雄さん

志賀さんは、最高品質の椿油の製造に向けて自ら椿の森づくりに取り組むだけではなく、椿や椿油について学べる講習会や、椿油のハンドセラピーや搾油、椿の森の散策など様々な体験ができる「Guest Salon椿舎」など、椿を軸に様々な事業を展開している。その根底にあるのは、人間と自然との循環を通じて人と人の絆も育み、地域の幸せにつながる「善なる行いの循環」を生み出したいという思いだ。

今回、IDEAS FOR GOOD編集部では、志賀さんに椿との出会いや現在の活動の裏にある思い、椿油と森の再生との関係について、詳しくお話をお伺いしてきた。

The Tsubaki Forest from Jeremy Rubier on Vimeo.

椿との出会い

19歳のときにイギリスに渡って環境デザインと古代都市生成史を学び、その後、一度日本への帰国を経てアメリカに移住。シリコンバレーで様々な起業家やクリエイターと交流を重ねながら、CGやITに関わるリサーチャーやコンサルタントとして活躍していた志賀さん。そんな志賀さんが椿と出会ったのは、アメリカから日本に帰国して伊豆大島に移住したときだった。

「アメリカから帰ってきてからは、伊豆大島で循環型の社会づくりに取り組んでいました。伊豆大島は島なので水がなく、ほとんどが火山なので田んぼもありません。何があるかというと、椿が300万本あり、かつてはお米の代わりに椿を年貢にしていました。」

「伊豆大島で椿に出会い、もともとは研究対象として椿を見ていたのですが、3月11日に起こった東日本大震災をきっかけに、いつ死ぬかも分からない世の中だからこそ、いま自分ができることは全てやろうと思い、仕事として椿に関わり始めました。」

「東北にも気仙沼大島という椿のある島があり、大島では椿の種を集めて油を搾っていました。最初は復興支援でこの大島の椿油に関わっていたのですが、徐々にいろいろなことが分かってきました。例えば、椿の種の質は伊豆大島と気仙沼では異なり、絞り方によっても油の質が変わってくること。また、気仙沼ではただ種をとるだけでは事業が成り立たないので、観光に使用したり油を製品化したりなど、6次産業化していく必要がありました。そのようなアドバイスをしているうちに、自ら取り組もうと思い始めたのです。」

伊豆大島での椿との出会い、そして震災、東北での復興支援の経験を経て椿の持つ可能性と魅力に惚れ込んだ志賀さんは、自ら椿油を使った地域循環型の事業づくりに向けて動き始めた。

「まずは自分で油を搾ろうと考え、素人ながらも最高の油を搾ろうと試した結果、すごくよい油ができました。また、量産しようとするとどうしても油の質が落ちてしまうことも分かりました。そこで、油をたくさん売るのではなく、少量でもよいので本当に質のよい油をつくることで椿の存在価値を高め、森の保全につなげようと考えました。」

出雲と椿

椿油の事業をはじめる場所として志賀さんが選んだのは、「出雲大社」があることで知られる島根県・出雲市だった。もともと多くの椿が自生していた出雲には、古くから椿が貴重な資源として様々な用途に活用されてきた歴史がある。

「『伊豆』と『出雲』は似ていますが、いずれも『出ずる』場所です。潮と潮が出会い、いろいろなものが湧き上がってくる場所です。伊豆大島も親潮と黒潮が出会う場所にありますが、山陰でも日本海で親潮と黒潮が出会う場所に出雲があります。」

「その出雲では、奈良時代や平安時代から大陸と交易が行われていました。出雲の風土記に『つばき』という文字が登場するのが733年。これは、遣唐使がペルシャ人の医者や学者を連れて日本に帰ってきたときです。当時、ペルシャと日本の交易はとても盛んでした。出雲の風土記では椿が三通りの文字で表記されているのですが、『海石榴』はどう見てもペルシャ人が使った言葉です。」

「椿を使う日本の宗教儀式としては、東大寺の二月堂で行われる修二会がありますが、この起源は古代ペルシャが発祥のソロアスターの祭りだと考えられます。ペルシャ起源の宗教儀式が日本に入ってきたときに使われていたのが椿なのです。石榴(ザクロ)の原産はペルシャですが、当時のペルシャ人は日本で儀式をやろうと思ったときに石榴がなく、似た性質を持つ椿に目を付けたのではないでしょうか。」

「また、出雲では鉄器づくりが盛んですが、鉄器をつくるのに必要なバイオマス燃料として椿の炭が使われていました。鉄の精錬をするときの温度と、それを一定時間維持するための技術には、椿の炭がとても関係しています。」

大陸との交易の歴史や日本古来の製鉄法である「たたら製鉄」など、出雲の歴史を語るうえで椿の存在は欠かせない。また、椿は当時の日本の社会システムにとっても重要なものだった。

「椿の特性は、椿の灰にあります。日本に律令制度が入ってきて官僚のランキングが決まったとき、最高位の人々は深紫の衣をまとっていました。その次の位が紫です。当時、紫色は一番高貴な人々が使う色とされていたのです。そして、この紫色を出すためにどうしても必要だったのが、椿の灰なのです。だからこそ、当時から椿の灰が交易に使われていました。」

このように椿との深いつながりの歴史を持ちながらも、今では製鉄もほとんど行われなくなり、椿の需要も減ってしまった出雲で、もう一度新しいやり方で椿を通じて人間と自然との関わりを生み出し、ともに繁栄していくことはできないか。そう考えた志賀さんは、2014年6月に出雲市大社町に移住し、伊豆大島や気仙沼大島での経験を活かして椿の6次産業化に取り組み始めた。

椿の森は「油田」になる

現在、椿レボリューションでは大きく分けて「椿を育てる」「椿から学ぶ」「椿コミュニティをつくる」という3つの事業に取り組んでいる。

活動のベースとなるのが、椿の森を育てるという取り組みだ。移住して2年後の2016年には、自宅近くの耕作放棄地となっていた山林に椿油を採取するための椿苗200本を植樹した。現在では、80ヘクタールの山に約3万本もの椿を植えるプロジェクトに取り組んでいるという。

また、それらの椿の森から採取したオイルを販売するだけではなく、椿について学べる講習会の開催や椿油のハンドセラピー、搾油体験など、椿と触れ合いその価値を体感できる様々な体験プログラムも提供している。

志賀さんがこれらの活動に取り組む背景には、椿を通じて人々に自然が持つ価値を再認識してもらい、日本の森林の再生につなげたいという思いがある。

なぜ、椿の森をつくり、椿油を6次産業化していくことが、森の再生につながるのだろうか。志賀さんはこう話す。

「サーキュラーエコノミー(循環経済)という考え方がありますよね。日本では、昔から山の面倒を見る山守がいて、木を切る木こりがいて、木こりに依頼する大工がいて、大工に家を建てたいと依頼する人がいて、みんな分業をしていました。家を建てる人がいないときは、木こりは切った木を薪にしたり炭にしたりということを副業でやっていて、一つの仕事がいろいろな意味を持ちながら循環する暮らしをしていたのです。」

「しかし、いまでは誰も山に入りません。たまにトレッキングで入っても、お弁当を食べて帰ってくるだけです。昔はみんな何かメリットがあって山に入っていた。山に入るということは、意味があって起きていたことなのです。」

「その点をもう一度見つめ直してみると、例えば現在では森林がCO2を吸収する資源とみなされ、植林なども行われていますが、CO2を削減するためだけに一体どれだけの人が山に入ろうと思うでしょうか。」

「椿を植えれば、CO2の吸収源として活用できるだけではなく、必ず種をとることができるので、これはある意味で貯金をしているようなものです。椿を1本植えれば、20年後には種がとれて、ただの森が油田へと生まれ変わります。」

良質な油がとれる椿の森を増やすことで、人々がかつてのように森と関わる経済的なメリットを生み出す。そうすることで、森は人の手によって持続可能な形で手入れされ、循環を取り戻していく。

現在、日本では高齢化や安価な輸入木材などが理由で林業の担い手が不足し、手入れの行き届かなくなった人工林の荒廃や、それらに伴う森の保水力低下、災害リスクの増大などが問題となっている。こうした現状を打開し、人間と自然との豊かな共生関係を取り戻すためには、人がもう一度森に関わりたいと思う理由が必要だ。志賀さんは、その役割を椿に期待しているのだ。

価値を伝えるための品質

ただし、いくら椿の森をつくり、たくさんの種がとれるようになったとしても、その油を使ってくれる人がいなければ、経済的な価値は生まれない。だからこそ、志賀さんはその「品質」と、それをしっかりと使い手に「伝える」ことにこだわっている。

「私たちの椿油は原油で余計なものが入っていません。椿油は量産しようとすると、いろいろなところから集めた種を搾る必要があり、搾油工程では100度以上の熱が発生します。油をたくさん搾るためには温度を上げたほうがよいということで焙煎するのですが、そうすると椿の成分が変質してしまいます。そこで、私たちはコールドプレスという非加熱搾油法を使っています。また、椿の種の殻をとり除き、カーネルだけを絞ることで、手間はかかりますが、よりピュアな製品ができるのです。」

「なぜこんなに手間をかけるかというと、日本の椿油がよいものだということを知ってもらい、そんな良質な油がとれる椿を育てられる山があるということを知ってもらわないと、安いものに流されてしまうからです。」

日本の森が持つ価値を伝えるためには、最高品質の油をつくる必要がある。素晴らしいオイルだと評価さえしてもらえれば、そこに経済的価値が生まれ、結果として森にも価値が生まれる。だからこそ、志賀さんは品質に徹底的にこだわるのだ。

また、志賀さんは、椿油の使い手となるサロンや美容関係の人々にも、その価値をしっかりと伝えることを大切にしている。

「もともと自然は人間が創り出したものではなく、何十億年もかけてできたもの。その価値を分かってもらうためには、椿油をつくるところから関わってもらう必要があります。椿はどのように育っているのか。椿油はどうやってつくられるのか。椿の種や花びらを収穫し、そこから油を搾り、同時に使い方も勉強してもらうなど、セラピストの方につくるところから体験していただくと、椿油の活用のされ方が変わってくるのです。ただ椿油を売るのではなく、いろいろな関係性をつくることを大事にしています。」

椿油の品質だけではなく、それがつくられるプロセスや効果的な使い方もしっかりと使い手となる人々に伝えることで、結果として森の価値が高まっていく。そのために、椿レボリューションではオイル販売だけではなく、講習会や体験といった学びの場やコミュニティづくりに取り組んでいるのだ。

「ものは、加工し、つくっていくところで付加価値が生まれます。椿油でも、それをやることで、どこにでもあるような油ではない最高の油をつくりたいのです。そうでなければ価値が伝わりません。ワインやオリーブのように、日本中に椿油の産地ができてもよいと思います。そうすれば、それぞれの地域が誇りを持って自分たちの山や自然をリスペクトするようになるはずです。それが、僕が考える、自然とともにある暮らしです。」

Guest Salon 椿舎

自分なりのやり方で自然と関わればよい

志賀さんにとって、最高品質の椿油をつくることは、自然が本来持っている価値を人々に伝え、人間と自然との関係性を再考してもらうための手段でもある。そんな志賀さんは、自然との関わり方についてこう話す。

「私は素人なので、自然を大事にするためにはまず自然が持つ価値を引き出すことが大事だと考えました。それで自然とともに暮らしているいろいろな人に聞いてみたら、みんな違うことを言うのです。みんな自分が正解だと思っているから(笑)。それで、実際には正解などなくて、それぞれの人が自分なりに工夫しながら自然と向き合い、関わっていることが分かりました。だからこそ、自分も自分のやり方で関わってみようと思ったのです。」

椿油づくりを通じて自然が持つ価値を理解してもらうという志賀さんのやり方も、あくまで方法の一つに過ぎない。大事なのは、自分なりのやり方で自然と関わり、その価値を伝える方法を見つけることなのだ。

正解がないからこそ多様な視点から自然の価値が見いだされ、その多様な関わり方こそが人間と自然の持続可能性をともに高めあっていくのだろう。

自然から学ぶことで人間は進化する

志賀さんと自然との関係性も双方向だ。志賀さんは椿を通じて自然の価値を人々が学ぶ機会を創り出すだけではなく、自らも自然の中で多くを学んでいる。

「山に入りだすと、いろいろな知恵、インスピレーションが生まれます。それは、人間は自然の一部であり、自然から知恵を授かってきたからでしょう。そこを切り離したら、ある意味サイボーグにはなれるかもしれませんが、人間以上にはなれません。人間以上にはなれないということは、人間が持つ可能性がまだフルには発揮されていないということです。」

「シンギュラリティ(AIが人間よりも賢い知能を持つようになる時点)が起こったとき、私たちは、これまで人間が道具を使ってやってきたことよりもさらに進化する必要があります。そのために、私たちは自然を必要としています。自然を使うのでなく、自然から学ぶことに切り替えたとき、人類は進化できるのです。そうすれば、いろいろなインスピレーションが生まれ、進化につながるでしょう。自然はエモーショナルなものです。知識ではなく感性を大切に、楽しく自然と関わっていくことが大事です。」

人間は自然を開発し、加工することで自らの能力を拡張してきたが、皮肉にもその結果として生まれたテクノロジーが、人間という存在を脅かしている。このような時代だからこそ、人間と自然とを分けて考えるのではなく、人間も自然の一部とみなし、自然の叡智に学びながら自然とともに進化をしていく必要がある。そのためには、自らの身を自然の中に置き、知識ではなく心で自然と関わっていくことが大事となる。志賀さんの言葉には、自然とともに暮らし、その恩恵を存分に知る人ならではの謙虚さと自信が共存している。

編集後記

良質な椿油づくりを通じて自然の価値を人々に伝えるという志賀さんの取り組みには、リジェネラティブな事業づくりを考えるうえでのヒントが多く詰まっていた。自然を守り、再生していくことに人々が興味や価値を感じるようになるために、そのプロセスに経済性が生まれるモデルをデザインする。そして、その経済価値を高めるために、商品の品質にこだわるだけではなく、使い手にもその価値を正しく理解してもらうための体験をデザインする。

「椿レボリューション」という名の通り、出雲では人間と自然との関係性を破壊的なものから再生的なものへと変える大きな可能性を秘めた革命が静かに始まっている。

【参照サイト】椿レボリューション

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

ウェルビーイング特集に関する記事の一覧

FacebookTwitter