人を大事に、想いをつなぐ。LUSHのリジェネラティブ・バイイング【ウェルビーイング特集 #15 再生】

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気候危機や生物多様性の喪失などあらゆる環境問題が深刻化するなか、もはや人間の活動がもたらす環境への影響をゼロにする「サステナビリティ」の考え方では不十分であり、人間の活動を通じて環境の再生を目指す「リジェネレーション」への移行が必要だという認識が高まりつつある。

この「リジェネーション」の考え方をいち早く事業に取り入れ、リジェネラティブなビジネスモデルに取り組んできたのが、英国に本拠を置くコスメ大手のLUSH(ラッシュ)だ。

ラッシュジャパンでは、2016年頃から「リジェネラティブ・バイイング」という再生型の調達活動を通じて、顧客が同社の製品を購入すればするほど環境やコミュニティが再生されていく仕組みづくりを進めてきた。

原発事故の被害を受けた福島県・南相馬で育った菜種油を使ったソープ「つながるオモイ」、絶滅危惧種のイヌワシが住める森の再生に取り組む「イヌワシ・プロジェクト」、渡り鳥のサシバを追って日本の里山再生に取り組む「サシバ・プロジェクト」など、すでにリジェネレーションの概念を体現した具体的なプロジェクトを複数展開している。

今回IDEAS FOR GOOD編集部では、ラッシュジャパンでリジェネラティブ・バイイングを手がける黒澤千絵実さん、細野隆さんのお二人にお話をお伺いしてきた。環境やコミュニティを再生する調達とは一体どのような取り組みなのか。その本質や実践に向けたヒントを知りたい方は、ぜひ参考にしていただきたい。

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「リジェネラティブ・バイイング」とは?

そもそも「リジェネラティブ・バイイング」とはどのような調達活動を指すのだろうか?2013年からバイイングチームに異動し、新たな調達の形を作り上げてきた黒澤さんは、その意味をこう説明する。

「リジェネラティブ・バイイングは、一言でいうと購買を通じて環境や社会にポジティブな影響を及ぼすことを指します。ラッシュではこれまで持続可能な購買を目指して取り組んできたのですが、やはり資源は買い続ければ減ってしまいますし、環境を維持するという考え方には限界があるということを数年前から感じていました。」

「そのため、これまでは例えばパーム油などを『買わない』ことで持続可能な社会を目指していたのですが、逆に『買う』ことで環境や社会をよりよい状況に変えていくことはできないかと考え始めたのがきっかけです。」

左・黒澤千絵実さん/右・細野隆さん

原材料や製品を「買わない」ことで事業活動がもたらす負の外部性をゼロにするのではなく、むしろ積極的に「買う」という行為を通じて環境や社会にポジティブな変化をもたらしていく。リジェネラティブ・バイイングとは、従来の持続可能な調達の発想とは180度異なる新しい購買概念だ。

しかし、実際に購買活動を通じてどのように自然環境や地域社会を再生していくことができるのだろうか。ここでは、ラッシュジャパンが取り組んでいる代表的な事例を3つご紹介する。

福島を再生する菜の花ソープ「つながるオモイ」

ラッシュジャパンが手がけるリジェネラティブなビジネスモデルの象徴ともいえる取り組みが、2011年に起きた福島第一原発事故の影響を受けた福島県・南相馬の農地再生協議会との取り組みだ。

福島県南相馬市ではもともと米作が盛んに行われていたが、原発事故による放射性物質で土壌が汚染され、農地が使えなくなっていた。除染作業を行い、安全性を確認したうえでお米を出荷したとしても、風評被害により販売が見込めない。そのような先が見えない状況のなか、南相馬で2000年より前から有機米農家として取り組んできた杉内清繁さんは、福島の農地再生を目的として「菜の花プロジェクト」を始めた。

菜の花には、根を通じて土壌から汚染物質を吸収する力がある。お米の代わりに除染効果を持つ菜の花を栽培し、収穫した菜種から油を搾る。絞った菜種油には汚染物質が移行しないため、商品化して販売できるだけでなく、搾りかすからバイオガスを作り、エネルギーを再利用することもできる。

南相馬の菜の花畑

この菜の花が持つ自然の力を活用して土壌を再生するという杉内さんのプロジェクトが、もともと震災の復興支援に取り組んでいたラッシュのチャリティ担当者の目に留まり、ラッシュのほうから杉内さんにアプローチをかけ、南相馬の菜種油を使ったソープの商品開発につながった。

細野さんによると、当時ラッシュではグローバルで石鹸の素地をよりエシカルなものへと変えていきたいという意向があり、世界中で原材料を探していたのだという。リジェネラティブ・バイイングというビジョンを持っていた本国のバイイング・マネジャーに福島の菜種油を提案したところ、すぐに興味を示して開発に取り組んでくれたそうだ。

そして震災から5年が経過した2016年に誕生したのが、福島・南相馬の人々の想いをつなぐ菜の花由来の石鹸「つながるオモイ」だ。

商品開発に込められた想いがまっすぐに伝わってくるこの素敵な商品名も、ラッシュ社内の投票により決められた。この名前になったと決まり、菜の花プロジェクトに取り組んできた杉内さんは、商品そのもの以上にこの商品名を喜んでくれたという。

南相馬の菜種油を使ってできた「つながるオモイ」

黒澤さん「商品名は英語だと“Drop of Hope”。希望の一滴です。グローバルからの福島のために何かしたいという想いと、日本中の想いもつながり、あの商品名が決まったときは全員がまとまった瞬間でした。」

細野さん「福島の菜種油を使うことは僕らのアイデンティティの一部でもあり、杉内さんは良いときも悪いときも、ともに歩み続けようと言ってくださっています。買えないときもあるけど、向いている方向は一緒だし、ずっと手をつないでいる必要もないからと言ってくださっていて。だからこそ、僕たちもこれから色んな商品開発をしていくなかで、できる限り福島の菜種油を使っていこうと思っています。本当に人ありきの取り組みですね。」

「つながるオモイ」が売れれば売れるほど、南相馬の菜の花に対する需要が高まり、汚染された土壌は再生されていく。また、農家には新たな収入が生まれ、コミュニティが再生されていく。そして、石鹸に込められたストーリーを消費者が知ることで、そのつながりの輪はどんどんと広がっていく。まさに調達を通じて環境とコミュニティを再生するリジェネラティブなモデルの象徴だといえる。なお、現在は「つながるオモイ」の販売は終了しているが、南相馬の菜種油を使用した商品として「南相馬 シャワーオイル」が展開されている。

イヌワシが暮らせる森を再生する「イヌワシペーパー」

二つ目にご紹介するのが、絶滅危惧種にあるイヌワシの住める森を再生する「イヌワシペーパー」だ。

物語の舞台は、群馬県・みなかみ町にある赤谷の森だ。群馬と新潟の県境に位置し、約1万ヘクタールの広さを持つこの森は、戦後の拡大造林時代に植林されたスギやカラマツなどの人工林が放置されており、もともとあった森林生態系への悪影響が懸念されていた。

また、1980年代には赤谷の森にダムの建設計画とスキー場の開発計画も持ち上がり、温泉や上水道への影響を心配した地元住民が日本自然保護協会に協力を要請し、10年におよぶ運動の結果、2つの開発計画を白紙に戻したという歴史もある。

みなかみ 赤谷の森

しかし、この運動が始まったころ、日本に約500頭しかおらず、絶滅危惧種とされている「イヌワシ」が赤谷の森に生息することが確認されたのだ。森林生態系における食物連鎖の頂点に立つイヌワシが生息しているということは、その森にはイヌワシの餌となる下層の種も多く生息し、豊かな生態系があるという証拠でもある。

そのため、イヌワシが暮らせる森を保護することは、豊かな生態系や綺麗な水など人間にとっても恵みがある森全体を保護することを意味する。そこで、2004年には、人工林が増えてしまった赤谷の森を整備しつつ、絶滅の危機にあるイヌワシが子育てをできるような豊かな森に戻す「赤谷プロジェクト」が発足した。

イヌワシ

一方のラッシュでは、2017年頃から日本でも「リジェネラティブ・バイイング」に本格的に取り組もうと考え、「Freedom of Movement(移動の自由)」という信念を掲げる同社にとって象徴的な存在ともいえる渡り鳥を追いかけ、その先々で再生可能な原材料を探すという「渡り鳥プロジェクト」が始まっていた。そして、渡り鳥を追い求めるうちにラッシュジャパンのバイイングチームが偶然にも日本で最初にたどり着いたのが、このみなかみ町の赤谷プロジェクトだった。

イヌワシが住める豊かな生態系を取り戻そうと現地で活動している人々の熱い想いにバイイングチームの心が動かされ、赤谷の森を再生するリジェネラティブな取り組みができないかと思考を巡らせた末に誕生したのが、みなかみ町で日本の伝統的な工法で家づくりをする過程で出た木くずを原料とするギフト包装紙「イヌワシペーパー」だ。

赤谷の森の人工林を伐採し、その木を地元の職人が加工する。その際に出た木くずを四国にある老舗の和紙屋さんに和紙にしてもらう。放置されている人工林に対する需要を生み出すことで赤谷の森を整備する経済的な仕組みを作りつつ、ペーパーづくりを通じて地域の伝統文化の継承にも貢献するイヌワシペーパーも、まさに売れれば売れるほど環境も社会も再生されるリジェネラティブな和紙だといえる。

人工林の整備を目的として間伐材を利用するというプロジェクトは他にもあるが、あえて和紙に「イヌワシ」という名前をそのままつけることで、その価値を消費者に分かりやすく伝えている点もポイントだ。

黒澤さん「やはりイヌワシは象徴というか、守りたいという愛着心が芽生えますよね。ただし、イヌワシだけではなく、イヌワシを取り巻く生態系を守るという考え方はとても大事にしています。」

細野さん「自然を守るために間伐材を使っていると言われても、テーマが大きすぎて消費者の方がピンとこないのではという懸念がありました。イヌワシという言葉を使うことで、『僕たちが商品にイヌワシペーパーを使うことでどんな変化が起きるのですか?』と聞かれたときに、『イヌワシが住める環境になります』と言えるようになり、消費者の方との感覚がぐっと近づくのではないかなと。」

みなかみの水を使ったトナー商品

赤谷の森に限らず、放置人工林は日本中の山間地域で課題となっている。ラッシュのイヌワシペーパーには、地域の環境保全団体と信頼関係を構築し、ともにプロジェクトを進めていく、ただ間伐材を使うだけではなく製品づくりの過程で伝統工芸の振興といった社会的な価値も付加する、そしてそれらの価値がしっかりと消費者に伝わるよう、ストーリーテリングを意識してネーミングにもこだわるという、リジェネラティブなモデルを作るうえでのエッセンスが詰まっている。

現在、この取り組みは宮城県の南三陸町でも水平展開されている。10年ほど前からまちのシンボルバードだったイヌワシが姿を消してしまった南三陸に、もう一度イヌワシが戻ってくる環境を再生するべく、ラッシュでは持続可能な木材の国際基準であるFSC認証を取得した宮城県南三陸町のスギを使ったディスプレイ什器を一部の店舗で使用している。また、イヌワシペーパーは現在ラッシュジャパンの名刺にも使用されている。

南三陸の木を使った什器

渡り鳥を追う「サシバ・プロジェクト」

2018年の夏、ラッシュとともにイヌワシ・プロジェクトに取り組んできた日本自然保護協会から、バイヤーのもとに一本の連絡が入った。それは、深い森や山に生息するイヌワシだけではなく、人里に近い里山に生息している渡り鳥、サシバの数も減少しているという話だった。

サシバは豊かな里山のシンボルとして里山の生態系ピラミッドの頂点に君臨する猛禽類だが、現在では絶滅危惧種に指定されている。サシバの減少は、かつて人間と自然とが共生していた日本の里山が荒廃していることを意味している。

この渡り鳥・サシバの渡りルートに沿って日本全国の里山がもたらす恵みを原材料として購入させていただきながら、里山の再生につなげていくことができないか。そう考えたラッシュのバイイングチームは、サシバの繁殖地の北限とされている岩手から、栃木県市貝町、神奈川県の三浦半島、愛知県豊田市、山口県の秋吉台、そして南は熊本県の山都町にいたるまで、サシバを追って日本全国の里山をめぐり、その土地土地で出会った自然の恵みを原材料に活用する「サシバ・プロジェクト」をスタートした。

サシバ

細野さんは、里山の魅力についてこう説明する。

「僕は約20年バイヤーをやっているのですが、ここ5年ぐらいはすごく里山にはまっていて(笑)。バイヤーとしてモノを買っているとどうしても資源を搾取しているという気持ちになるのですが、里山にいると、人が介入することで自然はよくなるという本当に初歩的な気づきがあります。里山には、環境のさまざまな資源であったり、米も作るし味噌も作るといった百の仕事をする百姓の働き方だったりと、2,000年前から農業が営まれてきたなかでみんなが次の世代につないできた人と環境とのよい関係が残っているのです。」

黒澤さん「人が自然から身を引き、手を加えないことで自然環境が守られるという考え方もあると思いますが、里山の場合、人間も生態系の一部として自然に必要とされているような環境があり、私たちとしてもすごく救われた気持ちになりますよね。」

細野さん「里山はフェアですよね。僕らは自然の一部であって、互いに資源を取っては返してというギブアンドテイクの公平さがあるということですね。」

もともと里山には、人間が自然に手を加えながら、人間自身も自然の一部となり、自然とともに繁栄してきた生態系があった。だからこそ、放置林などにより荒廃してしまった里山を再生し、再び豊かな生態系を取り戻すためには、人間の力が必要なのだ。人間が外側から自然を守るのではなく、自然の一部として内側からシステム全体に働きかけ、ともに繁栄していくというリジェネレーションの本質が、里山という場所に詰まっているのだ。

各地の里山から収穫された原材料は、ラッシュの商品の様々な場所で使用されている。

黒澤さん「田んぼからお米がとれるのですが、お米を収穫するときに出る藁を粉砕して、和紙のリサイクルペーパーと混ぜて、ギフトの中にある白地のボックス『サシバボックス』を作っています。また、お米は精米するときに米ぬかが残るので、その米ぬかもクレンザーのハーバリズムという商品になっています。」

里山で収穫された米

「そして、お米は、粉砕して『ドントルックアットミー』というフェイスマスクのスクラブ剤として使っているほか、さらに細かく粉砕した米粉はライススターチとしてギフトボックスや緩衝材に使っています。あとは、田んぼの外側にもあぜ道があるのですが、そこに咲く花もすごく綺麗なので、新宿店では一部のお花を販売しています。」

里山の田んぼからとれるお米だけではなく、その藁や米ぬか、あぜ道に咲くお花にいたるまで、まさに里山の資源を丸ごと使って商品が作られているのだ。

また、石川県の能登では、里山の管理をするなかで伐採された木を使って炭を作っている炭焼き職人のパートナーとともに、炭を作る過程で崩れてしまった未使用の炭を粉砕して洗顔料の原材料として活用する取り組みも行っている。

失敗に寛容な文化があるから、できる。

福島のつながるオモイ、イヌワシペーパー、サシバ・プロジェクトなど様々な形でリジェネラティブな商品づくりを実現しているラッシュだが、逆にリジェネラティブ・バイイングを進めるうえでの課題や難しさについてはどのように捉えているのだろうか?

黒澤さん「リジェネラティブ・バイイングは、カタログなども存在しないものを買っているので、やはり一から作り上げていくというのはすごく大変な部分もあります。コストももちろんですが、やはりお客様が求める品質を一度で実現するというのはとても難しいですね。サプライヤーの方も、環境面や農作物を栽培することには長けているのですが、化粧品会社が求める品質というものをこれまで体験したことがない方もいるので、そこに同じ目線を持って進めていくという点には、いつも苦労しています。」

細野さん「欲しいものを買いにいくという形ではなく、品質については生産者の方が出せる状態のゼロベースからはじめるので、導入してみたらやっぱり違った、というのは今でもあります。ただ、これについてはたぶん僕たちの役割なのだろうなと思っています。大きな会社がスターターのような仕事をできるかというと、やはり難しい。だから、ゼロイチをやることは一つの社会貢献だという位置づけで黒澤とはいつも話していますね。」

リジェネラティブ・バイイングという新しい取り組みは、欲しい原材料をカタログから選んで注文するような調達方法とは対極にある。生産者の試行錯誤を重ねながら、ただ環境やコミュニティを再生するだけではなくお客様に求められる品質をゼロから作り上げていかなければいけない。そのプロセスでは当然ながら失敗はつきものだ。そのなかでも、黒澤さんと細野さんは、どのような信念を持ってその困難に立ち向かい続けているのだろうか。

黒澤さん「やはり大変なことはあるのですが、一緒にやっている生産者の方々が、同じ方向を目指して歩んでいる素晴らしい方々ばかりで、その方々と関わってきた経験が私にとってはかけがえのないものになっています。だから、その方々のためにも続けないといけないという思いはありますね。」

「また、私がバイイングチームに異動してきたときに、英国のバイイング担当者が『美しい原材料を取り扱うバイイングチームへようこそ』とメールを送ってくださったのですが、その『Beautiful Ingredients(美しい原材料)』という言葉にすごく響いたんです。現在ラッシュでは約3,000種類の原材料を使用しているのですが、このすべてに『Beautiful Ingredient』だといえるストーリーが持てるようになるまでは、辞められないなという思いがありますね。」

渡り鳥プロジェクトの一環で、リジェネラティブバイイングした泡盛を原材料に使用した「ヴィーナス誕生」

細野さん「それを変わらず言い続けている黒澤さんはすごいですよね。僕が信念で一番大事にしているのは、人を大事にするということです。サプライヤーやお客様はもちろん、社内の人の感性や意見をとても大事にしています。バイヤーはサプライチェーンの川上のスタート地点にいますが、その後に資材倉庫にモノが入り、倉庫の人が検品をしてくれて、その後に製造部門の人が商品にしてくれて、出荷してお店に行くわけです。原材料を仕入れてそのまま売る仕事ではなく、最後はみんなが商品にしてくれている。僕はみんなのために買いに行っているわけです。だからこそ、僕が『これがいい』と思っても、自己満足にならないように気をつけています。もちろん、僕が本当に面白いなと思えないと誰も面白いとは思えないだろうなという感覚は持っているのですが、みんなが心地よくなるか、納得しているか、をいつも大切にしていますね。社員は仲間なので。」

黒澤さん「ラッシュの信念にはすごく救われているなと思いますね。信念の一つに『たとえ失敗してすべてを失ったとしても、やり直せる権利がある』と書いてあり、これはすごく支えになります。やはり失敗することもありますし、自分がどんなにいいものだと思っても、社内に話したら少し違ったということもあります。すべてが成功するわけではないから、失敗したらどうしようと思うときもあるのですが、会社全体としての信念があるからこそ、チャレンジできる。信念の言葉というよりも、その信念を周りが理解してくれているという環境にすごく励まされます。」

リジェネラティブ・バイイングという新たな挑戦には失敗がつきものだ。ラッシュでリジェネラティブ・バイイングが実現できるのは、「失敗してもやり直すことができる」という信念と、その信念を心から理解しており、お互いに助け合い、支え合える仲間がいるからなのだろう。社員同士の信頼と、失敗に寛容な文化こそが、めぐりめぐって環境や社会の再生へとつながっているのだ。

ウェルビーイングとは、自分らしくあること

バイイングという仕事を通じて環境や地域と関わり、リジェネラティブなあり方を追求している黒澤さんと細野さんにとって、この仕事は自分の幸せとどのように結びついているのだろうか?最後に、二人にとっての「ウェルビーイング」とは何か、聞いてみた。

黒澤さん「自分にとっての『ウェルビーイング』は、言葉通り『よいありかた』であり、どのように『自分らしくあるか』ということだと思います。環境や社会によいことをしたいというのは自分の良心で、それに対して正直であることは、自分を認めているということ。自分の中身だけではなく、自分がどんな環境でどんな社会とつながって生きていきたいのか、それが自分のありかたとして心地よいものなのかを全体として考えることがウェルビーイングなのではないかなと思いますね。」

赤谷の森を訪れる黒澤さんと細野さん

細野さん「黒澤と一緒で、心地よさはなるべく多いほうがよいのですが、それは年齢によって感じ方も変わってくるし、社会との関わり方も変わってくるので、僕自身にとってのウェルビーイングをもう一ついうとすれば、『移動しやすい状態』かなと思いますね。僕は数年前に家を買って、海が見えてサーフィンもできて、裏山には野鳥もいるところに住んでいるのですが、今はここにいたいからいるけど、出ようと思ったら出られる。自分の心が変わったときに移動しやすい状態があるというのが、ウェルビーイングが成り立っている状態ではないかなと。

「僕はそんな気持ちでバイイングストーリーも提供しています。多くの人に里山の心地よさを知ってほしいのですが、人にはそれぞれ人生があります。だから、その人が里山に来るのがたとえ1回でも2回でも、そのときにマッチする状態を作りたい。その人はまたどこかへ行くし、同じように色んな人が多様な時期にやってきて、それがつながっていく。みんなが自由につながれるような状態が、よいウェルビーイングの形になっていくのではないかなと思います。分子のように自由に動き回れる軽さ。それがある状態が、たぶん僕にとってのウェルビーイングなのだと思います。心地よさは、変わりますから。」

自分らしくあること。それは、自分がもとから持っている良心に素直になることであり、だから環境や社会にとってよいことをすることは、自分を認めることでもある。また、心地よい環境や社会との関わり方はいつも同じではなく、人生のステージによっても変わっていく。だからこそ、自分が感じる心地よさの移り変わりに正直でいられるよう、自由であること。そして、そうして自由に動き回る人々が、それぞれのタイミングでつながっていくこと。

黒澤さんと細野さんの考えるウェルビーイングは、一人一人が自分らしく動いた結果として自然と生まれていくつながりがもたらす、豊かな関係性のなかに育まれるものなのだろう。

リジェネレーションは性善説

ありのままの自分を否定するのではなく、認めることの大切さは、リジェネレーションの考え方にも通ずるものだ。

人間を、自然を壊す存在として否定するのではなく、自然の一部としてともに繁栄し、自然を再生していく存在として肯定することが、リジェネレーションの出発点となる。その意味で、リジェネラティブなありかたの追求は、ウェルビーイングの追求と同義なのかもしれない。

細野さんは、最後に「リジェネレーションは性善説」だと話してくれた。自分が環境や社会に対してポジティブな変化を生むことができる存在だと信じること、そして、自分と同じように仲間を信じること。それこそが、リジェネラティブなビジネスモデルを実現するための礎となるのだ。

編集後記

取材のなかでとても印象的だったのは、黒澤さん、細野さんのお二人が、どのプロジェクトの説明をするときも、はじめてその原材料と出会った日のことや社内の開発者とのやりとりを鮮明に覚えており、イキイキと語ってくれたことだ。

調達の仕事というとモノを扱う仕事のように聞こえるが、ラッシュのバイイングチームは、人を向いて仕事をしている。現地のパートナーや生産者の方、そして社内の仲間と信頼関係を構築し、一つ一つの出会いや一人一人の想いを大切にしながら商品を作り上げていくその過程こそが、リジェネラティブ・バイイングの本質なのだと感じた。

自然を豊かにしていくようなビジネスモデルは、それに取り組む人々のあいだの豊かな関係性なくしては生まれない。まずは、身近な人々と豊かな関係性を育むところから始めよう。そう思わせられる取材だった。

【参照サイト】ラッシュジャパン
【参照ページ】希望のひとしずくは世界へ 『つながるオモイ』
【参照ページ】みなかみの恵みから生まれたイヌワシペーパー
【参照ページ】渡り鳥プロジェクト – サシバを追え!

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

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