お金がなくても環境はよくできる?貧困国でアグロフォレストリーを進める「reNature」【ウェルビーイング特集 #9 再生】

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環境にいい行動をしたい。そのために、日々の行動を変えたい。そう思う人はますます増えてきている。デロイトトーマツが2020年に発表した調査によると、ミレニアル世代の半分以上(58%)が公共交通機関の利用を増やし、半数がファストファッションの購入を減らしたと回答し、3分の2(64%)が使い捨てプラスチックの利用を減らしてリサイクルを増やしたと回答した。

人々の行動変容について語るとき、考えなくてはいけない観点がある。環境をよくする以前に、現時点でお金に余裕のない人の存在だ。たとえばアフリカの農村地域で農業で生計を立てている人が、自らの経済状況を度外視して、環境をよくすることを前提に行動するだろうか。取り組むビジネスの方向転換をしたり、環境にいいものを買えたりするのは、結局経済的に余裕がある人に限られるのではないか。

オランダには、環境の再生と経済性の両立に本気で取り組む団体がある。さまざまな地域で農家の再生型の農業への転換を支援する「reNature(リネイチャー)」だ。オランダ人のマルコさん、そしてブラジル人のフェリペさんという二人の起業家によって立ち上げられたこの団体は、アグロフォレストリーの手法を使い、環境を持続可能に保つのではなく、積極的に“再生”する農業である「リジェネラティブ・アグロフォレストリー」に取り組む世界でも稀有な存在である。

reNature創設者たち

はたして、環境をよくすることはお金に余裕のある人じゃなくてもできるのだろうか。「農業」という切り口で、どのような経済状況の人でも環境再生に取り組めるシステムをつくるreNatureの創業者の一人、マルコさんに話を伺った。

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環境を再生するアグロフォレストリー

Web広告やデジタルマーケティングの業界で長年働いてきたマルコさん。もう一人の創業者のフェリペさんと環境ビジネスのイベントで出会い、互いに地球資源の限界を感じていたことから、環境を再生するためreNatureを共に立ち上げた。現在は14人のメンバーで、問い合わせがあった農家や企業を対象にオンラインでコンサルティングを行ったり、ワークショップを開いたり、実際の移行に必要なモデルの提供をしたりしている。

アグロフォレストリーとは、農業(アグリカルチャー)と林業(フォレストリー)を組み合わせた言葉だ。樹木を育て、森を管理しながら、そのあいだの土地で農作物を栽培したり、家畜を飼ったりする農業を指す。木でアサイーやマンゴー、その下の農地ではコショウやバナナ、カカオなどを育てるなど多様な作物を時間をかけて育てる手法で、ある程度作物が成長すれば、時期にかかわらず年中収穫が得られるようになる。

この農法には多くのメリットがある。まずは環境面だ。アグロフォレストリーは、木を植え続けながら農業や養豚などを続ける、いわば多様性のある森をつくっていく手法といえる。さまざまな種を一度に育てることで、植物や動物がお互いの恩恵を受けるのだ。たとえば、養豚とカシの木の関係性。カシの木は、栄養価の高いどんぐりを提供して豚の成長の糧となり、優れた豚肉を育てる。同時に、豚の排泄物が堆肥となり、土壌を豊かにさせ、新たなカシの木の種まきができるスペースをつくっていく。そうして成長した生物多様性のある森が、温室効果ガスを吸収し、気候変動の対策になるのだ。

マルコさんらは、食物や飼料の生産だけでなく土地も回復させる「リジェネラティブ・アグロフォレストリー」を提言。以下の5つの目標を掲げている。

  • 土壌:土壌の肥沃度と健康を保つとともに、土壌の構築に貢献する
  • 水:水の浸透、保水、および清潔で安全な水を増やす
  • 生物多様性:生物多様性の強化と保全
  • 生態系の健康:自己更新と回復力の能力
  • 炭素:隔離炭素による気候変動の抑制

これまでreNatureはアフリカ、中南米、アジアなどの地域で、一度見放された畑や、伐採によって荒れた森の土壌を回復させ、雨水を効率的に使い、虫や鳥なども含めた多様な生き物の生息地をつくる手助けをしてきた。世界中の土地の生態系に関する情報を提供するマップも活用しながら、農家を支援している。

ウェブサイトでは「砂漠化や土壌侵食、水不足などの問題は、先進国では起こらないことのように思えますよね。しかし、オランダのような雨ばかり降っている国でさえ、気候変動の影響を受けて気温が上昇し、夏の干ばつが起きやすくなっています。」と書かれている。農業の危機が他人事ではなくなってきた中で、その解決策の一つとしてアグロフォレストリーを推し進めているのだ。

農家の収益の安定させる農法

アグロフォレストリーのもう一つのメリットとして、収益面があげられる。限られた種類の野菜だけを育てる単一栽培よりも、安定的に生産者の収益につながる。これは、同時にさまざまな種類の作物や家畜を育てているので、作物のどれかがダメになった場合も他の作物や家畜、森の木の一部を材木として売るなどの方法で収入を得ることができるためだ。自分たちで食べるための作物も同時に育てることで、万一現金収入が少なくなった場合も、食べるものに困ることがない。

また、自然のシステムをうまく働かせることで、化学肥料や殺虫剤を使わなくても元気な野菜をつくることを可能にし、農家は畑の管理をしていない時間を教育や別の仕事のために充てることができる。

他にも、次世代の農家のモチベーション向上や、地域の活性化など、さまざまなメリットがあるこのシステム。経済性の確保について、reNatureの考えをマルコさんが教えてくれた。「資本主義の価値観においては、市場では一番安価で、かつ質のいい状態のものが求められる。このシステムの中で、重労働をして搾取されて苦しむのは生産者なんだ。だから、依頼をしてきた農家に支払いを求めることはしない。大企業との契約や、海外のファンドからの融資で活動をし、農家に還元したいんだ。」

農家の人々

こんなにメリットの多い農法であれば、世界の農家で導入されてもいいはずである。アグロフォレストリーがいまだ「ニッチ」な分野であり、普及が進んでいない理由は何か。

「複雑すぎるからだ。アグロフォレストリーのような農法を始めるには知識がいる。

生態系への理解を怠れば、すぐに麦や穀物だけを育てるようなモノカルチャー(=単一栽培)に戻り、自然の持っている保護機能を失ってしまう。何をどうしたらうまくいくのか、どうしたら土地がダメになってしまうのか、というシステムを理解するのにまず知識と、自分の農地で適用できるようなモデルケースが必要なんだ。だから私たちは、ビジネスを通してその機会を提供することにしている。」

reNatureの2つの「モデル」

reNatureの主な事業は、農家の移行を助けることだ。専門的な知識を持つ地域のパートナーと協力しながら、農家がアグロフォレストリーを導入して、自身の見捨ててしまった畑や森を再生すると同時に、安定的な収入を得られるようにする。サプライチェーンをより環境再生型(リジェネラティブ)に変えていきたいという大手企業と、伸びしろのある農家をつなぐこともしている。

具体的には、以下のようなサービスを提供している。

01. モデルファーム

一つは、アグロフォレストリーのサンプルをわかりやすく見せるモデルファームだ。reNatureには農家から毎日2つから3つの「プロジェクト(土地の再生・農法の改善のための依頼)」が届くのだが、農家の持つ土地の特性は、地域によって大きく異なる。たとえばエクアドルでカカオを育てるのと、インドネシアで白唐辛子を育てるのでは、気候や地質などを含めた条件が違うことが想像に難くない。

そこで各地域の依頼者に最適化された小さなファームの型を2D・3Dモデルで見せることで、理解を促進するのだ。リサーチは必要になるが、デジタルなので作成には手間をかけず、さまざまな農地に適用できるという。これを見せたうえで、その地域に住んでいて農業に関する専門知識を持つパートナーに現地に赴いてもらい、実際の農地運営に関するコンサルティングを行うという方法だ。

モデルファーム

モデルファーム

場所によっては、実際に作物を育て始める前にその土壌の回復から始めなければならないプロジェクトもある。「モデルファームをつくるのに、その場所の衛星写真も確認するときがあるよ。隠された水資源が土壌にあるケースもあるから、その発見に役立つんだ。」とマルコさんは語る。

02. モデルスクール

もう一つは、アグロフォレストリーに関する長期的な教育の場であるモデルスクール。ブラジルやメキシコ、インドネシア、ケニアなどの国々で、現地のパートナーが現地の言葉で開催している。マルコさんによると、ケニアでは現在500の農家が持続可能で再生的な農業への移行を目指して学んでいるという。

他の地域での事例や実際の経験談もまじえながら、それぞれの農家の人に向けて話をする中で、マルコさんは意識していることを教えてくれた。

「気を付けているのは、現地の人が親しみやすい言葉で話すこと。その国の言語を話すのはもちろん、用語も専門的すぎないものを使う。あとは彼らの文化や、農業のやり方に尊敬を持ち、この方法がベストなのになぜやらないのか、などと西洋的な考えを押し付けないこと。一方的にこちらが教え説くのではなく、彼らの隠された“やりたい”を引き出す方がうまくいくと思っている。」

モデルスクール

モデルスクール

モデルスクールの受講生たち

モデルスクールの受講生たち

ここでもう一つ考えたいのは、このような支援団体にたどり着くことのない農家の存在だ。たとえば電子機器を持っていなければ、持っていても英語で検索ができなければ、アグロフォレストリーという言葉を知らなければ、プロジェクトの提出はおろか、自分の農法を変えようとすら思わないかもしれない。また、ケニアの一部の地域に住む農家の人たちにとって、教育機関への距離が遠すぎることも課題だとマルコさんは言っていた。

そんな人々へのアプローチとして、reNatureは各地でリジェネラティブ・アグロフォレストリーという概念を広める講演活動や、人の目に触れることの多いSNSを通した発信、最近は動画配信サービスに載せるようなドキュメンタリーの制作も行っているという。

reNatureとウェルビーイング

reNatureにとってのウェルビーイングとは?事業にかかわるすべての人のウェルビーイングを保つには、どうしたらいいと思う?そうマルコさんに聞くと、こんな答えが返ってきた。

「ウェルビーイングは自分の心の中にあるもの。自分と、自分の周りの人々、そして豊かな自然との調和が保たれて得られるものだと思う。私たちは、仕事でかかわるすべての人になるべく多くの過程にかかわってもらい、そしてとにかく話を“聞く”ことを徹底している。Learning by Listeningだね。」

農業のことを学ぶ

環境を持続可能にするだけでなく、再生しながら利益を上げることができるリジェネラティブ・アグロフォレストリー。一つの作物だけを育てる単一栽培よりも、リスクの分散ができて安定的な収入を得やすいものだが、マルコさんは「日々の生活が苦しい人なら、軌道に乗るまで数年かかるアグロフォレストリーよりも、短期的に利益が出る方法を選ぶかもしれない。」とも述べる。

多品種を少量ずつ育てるため、安定的に収入が得られるようになるまで10年以上かかることもある。記事の最初の質問である「環境をよくすることは、お金に余裕のある人じゃなくてもできるのか?」に戻ると、短期的には効果を発揮しづらそうな方法だということがわかった。そのために、reNatureのような農家が無料で知識を付けるためのコンサルティングを受けられる団体が存在している。

reNatureは、2030年までに100万ヘクタールの枯渇した土地を再生させることを目指している。彼らに出会えた農家の人々は、少なくともアグロフォレストリーに移行するためのアイデアや知識を得ることができている。このような団体に触れる機会をあらゆる方法で増やしていくのが、私たちメディアの役割なのかもしれない。現時点では生活に余裕がない人でも、これならできそう!というアイデアを引き続き共有していきたい。

【参照サイト】Agroforestry Standards for Regenerative Agriculture
【参照サイト】A definition of Regenerative Agroforestry

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

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