つながりを感じ、多様性を祝福し、対話を重ねよう【ウェルビーイング特集 #40】

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新型コロナウイルスの世界的な感染拡大から約1年が経過し、多くの人々が新しい日常の中で自身の生活やありかたを見つめ直すなか、2021年4月、IDEAS FOR GOODは「ウェルビーイング特集」を開始した。

本特集では、個人や社会全体のウェルビーイングの実現のためには環境、社会、経済という3つのバランスを整えることが大事だと考え、脱炭素、再生、循環、多様性、格差、あたらしい経済という6つのテーマで世界中の30を超える企業や団体を取材し、ウェルビーイングの輪郭を模索してきた。

ウェルビーイングとは何か。この問いに対し、同じ答えが返ってくることはなかったものの、取材を重ねる中で、世界中の実践者たちがゆるやかに共有し、実践している、いくつかの大事な要素が見えてきた。本記事では、それらをご紹介したうえでウェルビーイング特集を総括したい。

つながりの中で生きる。

本特集の取材の中で最も頻出した言葉の一つが、「つながり」だ。人間と自然や土とのつながり。他者とのつながり。過去の文化や歴史と現在の生活とのつながり。現在世代と将来世代とのつながり。気候危機と格差とのつながり。取材した方々の多くが、これらの目には見えない「つながり」に意識を向け、大切にしているのが印象的だった。

人間と地球の回復には、土壌の健康が欠かせないと考え、世界を舞台に都市の循環や土壌回復プロジェクトに取り組んでいるJINOWAの斎藤由佳子さんは、微生物の重要性を教えてくれた。

「最近の腸活ブームにより、人間の免疫力を高めるためには腸内細菌が大事だという認識が高まっていますよね。つまり対症療法ではなく、そもそもの人間が持つ自然回復力を高めるには、腸内環境を整える必要があるんです。それとまったく同じで、生命である地球を根本的に回復させようと考えたとき、地球における人間の腸内細菌は何にあたるのかと考えたら、それは『土の中の微生物』なのではないかと思いました。」

私たちの身体の中にも数十兆の微生物が生きており、私たちの健康を守ってくれている。土を食べる文化を持つ民族もいるが、それは土壌の微生物を体内に取り入れることで体調を整えるためだ。微生物を通じて土と人間、人間と地球全体とはすべてつながっており、私たちはそれらの微生物が生み出す大きなエコシステムの一部として存在しているだけなのだ。

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ナマケモノ倶楽部の辻信一さんは、太陽も水も、私たちの身体自身も、すべては本来自然からの「いただきもの」であり、これらを所有していると考えるのは天に逆らうことではないかと疑問を呈したうえで、日本語で話すときに主語をつけないように、本来、自分(わたし)と他者(あなた)との境界線は私たちが思うよりずっと曖昧なものだと話していた。

辻さんは、ウェルビーイングを実現するのに大切なことは「つながり」であり、「本当のつながりを実現する場はローカル、つまり身の回りの生活、身近な人々」だとしたうえで、ケア、シェア、フェア、という3つの「エア」が大事だと教えてくれた。

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自分という存在をつながりの中で捉え直し、「私」や「私たち」の範囲を他者や人間以外の動物や植物、微生物、そして地球全体へと拡張していくと、人間中心の概念を超えた地球全体のウェルビーイングの地平が見えてくる。

人間を「動物」の一種として見ることで、地球における人間の役割を模索しているベルリン在住のアーティスト、井口奈保さんは、「海、湖などを含めて拡大している人間の生息地が、もっと他の生き物に解放されることでしか、ウェルビーイングは達成されない」「地球という同じ場所を、同じ時間軸で共有している、人間を含めたすべての生き物に優しくすることが一番重要」と話していた。

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人間も他の動物や植物と同じように大きな生態系システムを支える一部であり、その関係はフェアなもの。人間という動物に与えられているスペースを超えることなく他の生物とともに生きていくことが、地球全体のウェルビーイングを生み出し、結果として私たちのウェルビーイングにつながるのだ。

こうした人間中心の概念を超越した考え方は、他の生物と同じように人間にも地球における役割を認めるという点において、実はめぐりめぐって私たち人間にとっても優しい考え方だとも言える。

リジェネラティブ・バイイング(再生型調達)を掲げ、原材料の調達を通じて日本の里山再生に取り組んでいるラッシュジャパンの黒澤千絵実さんは、「人が自然から身を引き、手を加えないことで自然環境が守られるという考え方もあると思いますが、里山の場合、人間も生態系の一部として自然に必要とされているような環境があり、私たちとしてもすごく救われた気持ちになる。」と話し、細野隆さんは「里山はフェアですよね。僕らは自然の一部であって、互いに資源を取っては返してというギブアンドテイクの公平さがあるということですね。」と話してくれた。

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黒澤さんの「保全(人が手を加えることで自然を守る)」と「保護(人が手を加えないことで自然を守る)」をめぐる考え方は、世界で最も自然が守られるべき場所、エクアドルのガラパゴス諸島の保全に長年にわたり携わってきたNPO法人日本ガラパゴスの会の柴田一輝さんの話しにもつながってくる。

柴田さんによると、ガラパゴスはかつてその歴史の中で自然を守ろうと国立公園に人が入れないようにしたことがあったが、その結果、自然に興味がない子供たちが出てきてしまったという。その結果、自然に囲いをして子どもたちを遠ざけるのではなく、自然の中に連れていき、体験してもらうことで、その価値を感じてもらうという方向にシフトしたそうだ。

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価値を身体で理解するという意味でも、私たちは自然とつながり、その中に身を置くことが重要なのだ。私たちが何に価値を置くのか、という話は、経済のありかたそのものに関わる議論でもあり、COP26開催中のグラスゴーから取材に応じてくれた、Wellbeing Economy Alliance のAmanda Janooさんの話しにもつながる。

Amandaさんは、「GDPという指標では、値札がないものはすべて存在しないものとされてしまう。Amazonは世界で最も価値のある会社の一つとされているが、収益を生み出さないアマゾンの熱帯雨林の価値はゼロということになってしまう。人々がその価値を思い出すのは、熱帯雨林が失われて、人間の活動に不便が出るとき。私たちはGDPがカウントできないものにもっと焦点を合わせる必要がある」と話していた。

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ナマケモノ倶楽部の辻真一さんも「月末に太陽が請求書を送ってくることはない」と話していたが、私たちは、実際には自然から多大な恩恵を受けているにも関わらず、その価値を正しく理解できていない。それは、できるのに何億年もの時間がかかる石油を使って作られたプラスチックを、たった一度使用しただけで捨ててしまう人間の行動を見れば明らかだ。

これらの見えないものの価値を理解するということは、自然や微生物、他者などあらゆるものとのつながりの感覚を持つということと同義だ。私たちを見えないところで結び付けている「あいだ」に目を向け、「つながり」の中を生きること。それが、ウェルビーイングを実現するうえで最も重要なことの一つだと感じた。

多様性を、祝福する。

「つながり」というキーワードと並び、取材した方々の多くが大事にされていたのは、「多様性を祝福する」という考え方だ。

今年10月に公表された最新版の「Happy Planet Index(地球幸福度指数)」において、世界で最も幸福な国に輝いたコスタリカでリジェネラティブ農業(環境再生型農業)とエコビレッジの運営に取り組む「Finca Luna Nueva(フィンカ・ルナ・ヌエバ)」のTom Newmarkさんは、ただ「その人がその人らしく生きる」ことを大切にするコスタリカの文化と、多様性を祝福することの大切さを教えてくれた。

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「コスタリカには、『Pura vida(プラピダ)』という『純粋な人生』を意味する言葉があります。コスタリカの人に、朝はどうだった?調子はどうだい?と聞くと、答えは『Pura vida』と返ってくるでしょう。この言葉は、コスタリカの生活の本質を捉えています。人々は純粋な人生──ただ人が人らしく生きることを、謳歌しているのです。水、太陽、食べ物、そして自然に対する正しい姿勢。コスタリカの人々は、とてもシンプルです。」

「正解はいつも、ひとつではありません。正しい文化が1つだけだとも思いません。私たちはみんな、数々の共通項を持ち団結していますが、人類の歴史を振り返ると、何千もの言語、何千もの文化、何千もの宗教、何千もの生き方や組織のあり方がありました。答えは、さまざまな生態系の中にいる人々が、その生態系とのつながりや、自分たちの過去とのつながりの中で、さまざまな組織化の方法や、異なる物語、宗教、経済の中から考え出すということなのかもしれません。私が望むのは、世界中のすべての人々が、自分たちの関係や文化を発展させる自由を持つことです。そして、私たちはそうした異なる文化を尊重すべきです。もしこのビジョンに共通項があるとすれば、食料生産と経済の両面で社会が再生可能であることでしょう。地球を破壊するような国が、あってはなりません。」

「多様性や、違いを歓迎すること──それは美しいことではありませんか?私は人々に『あなたはこうしなければならない』というためにここにいるのではありません。私が『こうすべきだ』だと誰かにいうよりも、世界中の人々が『こうしている』という話を聞きたいのです。私は、日本の皆さんとも一緒に、世界の再生の一部になりたい。いまからでも、決して遅くはありません。可能性がある限り、私たちは行動を起こさなければなりません。豊かで喜びに満ちた未来を、共に祝福するそのときを、一緒に見たいのです。」

農業でCO2は削減できるのか?コスタリカの「リジェネラティブ農業」最前線【ウェルビーイング特集 #8 再生】

世界で最も生物多様性が豊かで、軍隊がなく、中南米で最も生活水準が高い国の一つであるコスタリカ。そのコスタリカにあるのは、多様性に美しさを見出し、誰もが純粋な自分を生きることを大切にする価値観であり、それが「Pura vida」という言葉に集約されているのだ。

拡張生態系という考え方を基盤に、生態系が本来持つ能力を活用する農法「協生農法(シネコカルチャー)」を実践している一般社団法人「シネコカルチャー」の太田耕作さんも、生物多様性における「協生」の概念は人間にも当てはまると話していた。

「協生農法という漢字は、よく『共生農法』と間違えられます。共生は、『共に生きる』という意味。自然の生態系における『捕食者ー被食者(食べるー食べられる)』の関係は、一方が食べられて損をしてしまっているので共生ではありません。」

「しかし、たとえ損する個体が生じたとしても、全体としては食料が生産され、生物多様性が高まり、結果として環境が良くなるのが生態系の仕組み。食べられてしまった種も協力し、生態系に貢献している。個々の種が協力して生きているから“協生”農法なんです。」

「これって人間社会にも当てはまると思います。人間も多様な人がいて、それぞれが違った機能や能力を持っています。何らかの能力が他の人より劣っている人であっても、その人が社会で発揮できる別の機能や役割があるはず。一人ひとりが持っているポテンシャルを使い切ることができること。それが、その人にとってのウェルビーイングですし、社会にとっても大きなプラスになると思うんです。」

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インターンの応募条件を55歳以上とする「Thrive@55」プログラムで話題を呼んだオーストラリアの広告代理店Thinkerbell社のCEO・Margie(マーギー)さんも、関わるすべての人々がウェルビーイングを保つために大事なことは、「みんなが違うことを理解し、尊重すること」であり「全員に『自分にとっての最適解』を当てはめようとせず、人は真に多様だということを理解すること」だと語っていた。

ウェルビーイングを遠ざけるものの一つは「自分はのけ者/孤独だ、と感じること」だから、自分はCEOとして、そんな多様な人たちと寄り添い、共感し、つながりを持ち続けていきたい。そう答えるMargieさんは、多様な人とのつながりこそがクリエイティビティの源泉になると信じていた。

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誰もが自分らしい純粋な状態で、お互いを受け入れ、つながり合うこと。その状態を、多様性というのだろう。自然界における生物多様性の話しと、人間の世界における多様性の話しは、根本でつながっている。そう確信させられる取材の数々だった。

傾聴し、対話し、協力する。

つながりと多様性。いずれもウェルビーイングを考えるうえで欠かせないキーワードだが、それらを表面的に捉えていては、むしろ逆の効果を引き起こしてしまう。そう教えてくれたのは、日本最大のコリア・タウン、大阪市生野区で貧困と差別の問題に取り組むNPO法人クロスベイスのスタッフ・金和永さんだ。金さんは、いたるところで「多様性の尊重」が叫ばれる昨今の風潮の中で、現実を視ることをしないままに言葉だけが上滑りしていることに危機感を募らせていた。

「『多様性を尊重しましょう』という言葉を聞くことが増えました。この言葉を嚙み砕くと、『国籍やルーツ、セクシュアリティ、障害の有無など一人一人違うけれど、差別することなく一緒に生きましょう』というような意味になると思います。そしてそこには、『違いなんて関係ない』『みんな同じ人間だから』というメッセージも含まれているように感じられます。」

「しかし、どれほどの人たちが、マイノリティを取り巻く日本社会の課題や背景を理解したうえで『違いなんて関係ない』という言葉を発しているのでしょうか。現実は、マイノリティを取り巻く社会の課題、そこから生じる生きづらさなどを知らないまま、『多様性』や『多文化共生』という言葉が使われていることが少なくない気がしています。」

「『多様性を尊重しよう』という意識を持つことは大事なことです。しかし、一人一人が『なぜ多様性を尊重しなければならないのか?』と問い、背景を知ろうとしなければ、表面的な言葉だけで終始してしまうと感じているんです。」

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また、青森県の高校生らが立ち上げた、都市と地方の情報格差・機会格差・意識格差に取り組む学生団体「LINDEAL(リンディール)」の木村さんも、多様性や格差といった問題を伝えていくことの難しさをこう表現していた。

「私も、よく自分に問いかけてます。同い年の課外活動に興味のない子たちに情報を届けて、本当にその子たちを幸せにするのかなって。都市と地方の格差のことを、現状に満足している子たちにまで伝えることは、その子たちを否定していることにならないだろうか、と。」

同じ団体で活動する中尾さんも、「これが100%正義だ、という考えがコミュニティに広がると、格差も断絶も広がります。こういう活動もある、こういう人もいる、というふうに柔軟に理解できることが大切」と話していた。

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つながりの感覚を持つことも、多様性を祝福することも、ウェルビーイングを実現するうえで大事なことは間違いなさそうだ。しかし、それを一つの価値観として誰かに押し付けることは、その行為自体が多様性を損ない、つながりではなく断絶を生むリスクを抱えている。

等身大の高校生たちが投げかけるこの問いに、私たちはどのように答えを出していけばよいのだろうか。

そのヒントになるのが、オランダでリジェネラティブ・アグロフォレストリ―に取り組むreNatureのマルコさんの言葉だ。

「ウェルビーイングは自分の心の中にあるもの。自分と、自分の周りの人々、そして豊かな自然との調和が保たれて得られるものだと思う。私たちは、仕事でかかわるすべての人になるべく多くの過程にかかわってもらい、そしてとにかく話を“聞く”ことを徹底している。Learning by Listeningだね。」

マルコさんの出身国オランダはサーキュラーエコノミー先進国として知られており、首都アムステルダムでは “Learning by Doing(やりながら学ぶ)”が合言葉となっている。そんなオランダ出身のマルコさんが、”Doing” の前に、まずは “Listening” を大事にしているというのがとても印象的だった。

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話をしっかりと聴いてもらえる環境ほど、私たちが安心感を覚える場所はないだろう。傷ついている植物や動物、自然の声を聴き、悩みや痛み、苦しみを抱える人の声を聴き、自分の内なる声を聴く。“Listening(聴く)”ことによって “Learning(学ぶ)”という姿勢こそが、私たちに求められる “Well-Being(よいありかた)”なのだ。

お互いに相手の声をしっかりと聴くことができるようになって初めて、対話ができるようになる。日本ガラパゴスの会の奥野玉紀さんは、ガラパゴスが環境と経済の両立に成功した一番の要因は、対話と合意形成にあったと説明してくれた。

「ガラパゴスから私たちが学べることは、対話による『合意形成』の大切さではないでしょうか。たくさん丁寧に話し合い、合意形成していかなければ、これまでのプロセスは絶対に実現できません。ガラパゴスの特徴は、“良いこと”についても話し合うことです。たとえば、スカレシアの森林再生プロジェクトでは、農家の人たちに対して何度も説明会を行いました。『良いことであれば勝手に進めてしまえばいいのに』と、思うかもしれませんが、そうではなくて目的や内容、協力の必要性を丁寧に説明し、そこで少しずつ島民と信頼関係を築いていきます。教育も人材育成でも、前提となるのが徹底的な対話と合意形成です。」

良いことについても話し合う。これは、分断を避け、つながりを生む上で欠かせない視点だ。価値観も考えも異なる人々同士が納得し、合意形成をするうえで大事なのは、良い結果そのものではなく、その結果を生み出すためのプロセスに等しく参加できていることなのだ。その意味で、ウェルビーイングと民主主義との接点も見えてくる。

ガラパゴスが直面した環境と経済の両立という問題と、その解決に取り組む中で培われた智慧は、そのまま地球全体に適用することができる。

ウェルビーイング特集の取材の中で最も印象的だったことの一つが、人類が抱える気候危機を始めとする問題に対し、最先端のテクノロジーで解決に立ち向かっている人々ほど、テクノロジーよりも、人間の「協力」や「対話」を大切にしていたという点だ。

CO2回収・貯留に取り組むアイスランドのスタートアップCarbfixのリサーチ&イノベーション長を務めるKári Helgason博士は、脱炭素という目標の実現に向けて重要になるのは、テクノロジーよりも「グローバルな規模での協力」だと語っていた。

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「目標達成のためには、人間同士がいかにして力を合わせ、世界規模の課題に立ち向かえるかがカギを握っていると思います。環境問題を深刻に捉えなかったり、希望を持っていなかったり、他人事だと捉えたりしていたら、技術的に達成可能でも、難しくなってしまうかもしれません。」

また、複数の企業らが協業しながらお互いの廃棄物を資源として活用し、自然界のようなゴミの出ない循環システムを人工的に作り上げる「産業共生(インダストリー・シンバイオシス)」の成功例として知られるデンマーク・カルンボー市の「Kalundborg Symbiosis(カルンボー・シンバイオシス)」で働くTueさんも、大事なのはテクノロジーよりも対話だと話していた。

「自治体と複数の民間企業で連携するのに、何か特別なアプリや共有ツールを使っているんじゃないか?と聞かれることがあるのですが、特に何もしていません。僕たちのコミュニケーションは、毎日の対話がすべてです。テクノロジーではなく、知識を惜しみなく共有しようと思う気持ちが大切なのではないでしょうか。」

一人一人が異なる私たちが自分らしい状態で他者や自然とつながり、対立ではなく調和をもたらし、繫栄するために求められるのは、結局のところ、傾聴し、対話し、協力することなのだ。

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最後に、トランジションタウン運動発祥の地、英国のトットネスで「REconomy project(リコノミープロジェクト)」などを展開するジェイ・トンプトさんの言葉を紹介したい。

「私にとってウェルビーイングとは、人とのつながりがあり、自然の生き物に囲まれていて、自由がある状態を意味します。ただ、ここで“自由”というとき、それは何でもありの自由ではありません。“満足のいく人生を作っていくことができる能力”のことだと思っています。私たち一人一人は、幸せになる、充実した人生を送る権利を持っていて、人々は協力し合ってそれを実現する権利があると思うんです。それこそが、人間でいること、生存の基本なのではないでしょうか。」

トランジションタウン運動の実践者に聞く。ローカル経済活性化のヒント【ウェルビーイング特集 #35 新しい経済】

自分らしさとは、「何でもありの自由」を指すのではなく、満足のいく人生を作っていく能力のことを指す。そして、それは一人一人が協力し合って実現していくもの。自由の意味をはき違えることなく、他者との関わりの中で自分という存在を育んでいく。その先に、自分だけのウェルビーイングが立ち現れるのだ。

最後に:小さな変化の、一部になる。

トンプトさんは、取材の最後に私たちに向けて明るいメッセージを送ってくれた。

「私たちは世界を変えるヒーローになる必要はありません。だけど、変化の一部になるために居場所を探すことは大事です。わりと楽しいし、充実感がありますよ!日本でも良い動きがたくさん起こっていますから、是非仲間に加わってください。一緒に社会をトランジションしましょう。」

Change the world(世界を変える)ことはできなくても、Make a difference(一つの違いを生む)ことはできる。その一つ一つの変化の積み重ねがやがて大きな変化となり、トランジション(移行)が現実化する。

つながっているということは、不自由ではない。むしろ一人一人の持つ力を拡張してくれる可能性であり、自分たちの未来は自分たちの力で変えられるという自信と勇気をくれる源泉にもなる。今回取材した方々の多くからこうした前向きで力強いメッセージをいただけたことは、冒頭で説明したJINOWAの斎藤さんの話につながるように、それぞれの方々が自分の生きる土地(つち)に深く根ざしながらローカルを拠点に活動を続けていることと無関係ではないだろう。

いま一度、自分の土とつながり、そこにいる人々とつながり、多様性を祝福しながら、まずは自分のいる場所から小さな変化を起こしていく。そうして育まれる一人一人のウェルビーイングが、大きな生態システムの連鎖を通じて地球全体のウェルビーイングへと拡張され、やがて美味しい水や綺麗な空気、豊かな自然となり、私たちのウェルビーイングを支えてくれるようになる。

本特集を最後まで読んでくださった読者の皆様とともに、IDEAS FOR GOODがそのようなウェルビーイングの好循環を生み出す一員となることができれば、これ以上の喜びはない。最後になるが、本記事でご紹介しきれなかった数多くの方々を含め、ウェルビーイング特集に協力してくださったすべての方に編集部一同、心より感謝を申し上げ、特集を終えることとする。

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