海底火山の噴火によって誕生したといわれるガラパゴス諸島。火山でできたその島々では淡水が得られず、人間の居住を阻んだことから、大規模な自然破壊を免れたといわれている。人々の入植が始まったのも1832年とまだ間も無く、大陸と陸続きになった歴史を持たないガラパゴスには、他の大陸から何らかの方法でたどりついた、ごく限られた生物だけが生息している。1978年には世界初のユネスコ自然遺産に指定され、世界が守らなければならない貴重な自然が集まる島として厳重な自然保護対策が講じられている。
「もしも人間がいない地球があるとしたら、こんな場所なのではないでしょうか。」
ガラパゴスで自然の素晴らしさを肌で感じたら、幸せの定義が変わる。それほどの力が自然にはある──そう話すのは、NPO法人日本ガラパゴスの会(以下、JAGA)理事・事務局長である奥野玉紀さん。奥野さんは、ガラパゴスのことを「地球の縮図」だと表現する。ガラパゴスでは「島」という閉鎖空間の中で、一つの生態系が完結しており、約3万人の島民(最新の発表による)がその中で限られた資源を循環させ、自然と共生して暮らしているのだ。
「この半世紀をかけてガラパゴスは、時の流れに合わせてそのあり方を変え、自然と人間が共生する方法を私たちに示してくれています。ガラパゴスには、まさにこの地球上で自然と人間が共生するためのヒントがあるのです。」
経済活動を優先することで、環境が壊れるのではなく、より良くできる。社会が分断されるのではなく、つながりが生まれていく──そんな環境・社会・経済の3つがなりたつ仕組みのデザインは、本当に可能なのか?自然と人間が共生することは、ありえるのか?今回は奥野さんと、JAGA会員である柴田一輝さんの二人に、そのヒントを伺った。
話者プロフィール:奥野さん
1973年東京生まれ。NPO法人日本ガラパゴスの会(JAGA)理事・事務局長。チャールズ・ダーウィン財団国際ボランティアスタッフ。高校生の交換留学プログラムで1年間エクアドル(本土)に滞在。卒業旅行で初めてガラパゴスを訪れる。大学で生物学を専攻し、長期休みを利用してガラパゴスにガイドの研修を受けに通う。その後、法改正で外国人ガイドが規制されたことから、生物系研究機関での研究、欧州居住などを経て、2005年ガラパゴスに関わる日本人研究者らとJAGAを起ち上げ、保全支援を始め、日本とガラパゴスの橋渡しを始める。以来、書籍やテレビ番組の監修、講演、ガラパゴスツアーの企画、現地との連絡や視察など運営全般を担う。
話者プロフィール:柴田一輝さん
1979年、富山県生まれ。大学卒業後、教育系NPO、国際協力団体、有機農業会社勤務を経て、ガラパゴス諸島で技術協力に携わる。その後エクアドル本土の現地企業に就職しガラパゴス通いを続けるも、政治に振り回されエクアドル永住失敗。帰国後、JAGAへ入会。小笠原諸島で緊急の外来種対策事業に従事ののち、民間企業に移り中南米通いを続ける。ガラパゴス諸島と小笠原諸島両方に住んだことのある唯一の日本人。
ダーウィン研究所と日本の支援者をつなぐ「日本ガラパゴスの会」ができるまで
現在でも、人の手の入らない原始の地球の姿を見ることができるガラパゴス。その科学的価値を発見したのは、1835年に島を訪れたイギリスの自然科学者であるチャールズ・ダーウィンだった。彼の著書『種の起源』にはガラパゴスが論証として登場している。
そんなダーウィンの著書に影響を受けた科学者たちが、ガラパゴスの科学的価値を守るため『種の起源』発刊から100年目に立ち上げたのが、ガラパゴス諸島の保全機関である国際NGO「チャールズ・ダーウィン財団(Charles Darwin Foundation=CDF)」だ。財団では、ガラパゴス諸島の保全には「科学の力」が必要不可欠であるという方針のもと、財団が運営する現地の研究所では研究者らがボランティアと共に日々保全のための研究活動を行っている。
日本ガラパゴスの会が担うのは、そんなダーウィン研究所と日本の支援者の橋渡しだ。ガラパゴスの自然や、その科学的価値を人々に認知してもらうために、講演や出版物などを通じた広報活動を行っている。
「経済を回すだけでは自然が壊れてしまう」ガラパゴスの危機
奥野さん「ガラパゴスはもともと無人島でしたが、100年ほど前から本土からの本格的な移住が始まりました。1960年代から始まった保全は、当初、農民や漁民など天然資源を搾取する島民に対して、保全側が一方的に規制するやり方を行っていました。観光客が徐々に増え、規制がより厳しくなっていった1980年代から島民の不満は増大し、ついに『これ以上自分たちの経済活動を規制するなら、野生動物を殺すぞ』という脅しや保全側との衝突に発展したのです。
当時、特に漁業の標的になっていたのは海洋資源の中でもナマコで、中華食材として高値で大陸の業者に買い取られていました。海の中からナマコが姿を消し始めた1990年代半ば、エクアドル政府は海洋保護区における禁漁を言い渡しますが、これに対して漁民は大きく反発し、国立公園事務所やダーウィン研究所へ抗議行動を起こしました。このようなガバナンスの混乱から、ユネスコからはこのままでは危機遺産リスト入りするという勧告を受けることになります。
「衝突をきっかけに、『みんなで同じ方向を向くにはどうしたらいいか』という話し合いが島で始まりました。そして1998年には『ガラパゴス特別法』という法律が制定されて大陸からの移民が一切禁止され、島民に居住や、島で就業する特権を与えたのです。それにより、保全の担い手として島民を育成する必要が出てきました。そこでダーウィン研究所が主導で、ガラパゴスの環境教育や人材育成を手厚く行うようになったのです。」
さらに、1990年代以降のガラパゴスの急速な観光地化と、それにともなう人口急増により、大陸との物資の往来が増えたことから外来種がどんどん入ってきてしまったり、制定した法律の施行が進まず、不法滞在が頻発したりしたことが大きな社会問題となった。それが原因で、2007年にガラパゴスは危機遺産リストに登録されてしまう。
その際に発令されたのが「大統領令」だ。これは“国家の事業として”ガラパゴスの保全に取り組むという法令であり、国を挙げてガラパゴスの自然を守っていくことが正式に決まったのだ。この国家政策の姿勢が評価されたことや、島民への啓発や教育の方針が一定の評価を得たことから、ガラパゴスは危機遺産リストから脱することとなった。
自然と経済を両立するガラパゴスの智慧
奥野さん「ガラパゴスの保全や教育の根幹はシンプルで、『ガラパゴスの自然を守ること』が最優先事項とされています。経済を回すだけでは自然は壊れてしまう。そこで自然と経済を共生させ、自分たちの生活も守るにはどうしたらいいのかと、島民や保全指導者、科学者でアイデアを出し始めました。」
衝突などの一連の大きな社会問題が起こったことで、ガラパゴスでは地域社会と保全との関わり合いが重要な課題となった。ダーウィン財団や国立公園局のアウトリーチ、そして教育活動により、島民の意識が少しずつ変わっていったことでガラパゴスは今、自然と人間がお互い利益を得ながら、共生する社会をデザインしている。
入島料を保全に。観光客が増えれば増えるほど、再生される仕組み
年間25万人を超える観光客が訪れるガラパゴスには、観光客が増える中でも自然を壊さないための様々な仕組みがある。
その一つが、「入島料」だ。ガラパゴス諸島への入り口であるエクアドル本土のキトとグアヤキルの空港では、入島管理及び荷物の検疫が行われ、そのための20ドルの支払いが必要となっている。さらにガラパゴスのメイン空港がある島、バルトラ島に到着後には、外国人大人一人あたり100ドル(2021年6月現在)の入島料を支払う。エクアドルの物価水準からすると高額であるこの入島料は、50%がガラパゴス国立公園局によって環境保全に使われ、30%が自治体によるごみ処理など、20%はガラパゴス特別行政区審議会によってインフラ整備などに使用されるといったように、行先が明確に公表されている。このように、観光客が来れば来るほど保全資金が集まって保全が促進され、ガラパゴスの価値が守られる。そしてその価値を求めてまた観光客が来る、という循環の仕組みができているのだ。
奥野さん「この入島料をはじめとした、管理型観光(エコツーリズム)の原形ができたのは、1970年代半ばでした。それ以前より一部の科学者からは『ガラパゴスが今後保護区として守られるのであれば、この野生生物たちは観光の大きな魅力になる。」という報告があり、ダーウィン研究所が中心となって、法整備を検討し始めたのが最初です。それが徐々に社会に応じてアップデートされ、現在でも引き継がれています。」
目先の利益ではなく、長期的な「観光資源」に
かつてガラパゴスの漁師の街で問題となっていた、ナマコや伊勢海老、サメなどの過剰漁業。漁師たちが海洋資源を守りながら新しい収入源を作る方法はないかと考えられたのが、漁業と観光を同時に行うアイデアだ。これは、漁師たちが漁業だけでなく、観光客と海に出る「体験型フィッシング」や「ペンギンツアー」なども担い、観光業でも収益を得られるようにした。収入が増えることで、地域のものを搾取する必要がなくなり、さらに観光資源である自然を守ることが自分たちの収入につながるという好循環を作ることに成功したのだ。
また漁業だけではなく、農業でもそれと同じ手法がとられている。それが、「ゾウガメ農園」だ。
奥野さん「管理された農地を『ゾウガメ保護区』として観光客を呼び、そこでお昼ご飯を食べてもらうことで農家の人たちは収入を得ることができます。昔は特に、農業に携わるのは経済的弱者が多かったため、これは当時の農家の人たちの収入源を増やすためのアプローチでした。観光客にとっても、間近でゾウガメを見ることができる貴重な機会となっています。」
海洋資源を守るためにガラパゴスで工夫がなされている点は、「自然保全と経済の価値をイコールとして結んでいる点」だと奥野さんは言う。
奥野さん「ガラパゴスでは漁師に対して、ナマコや伊勢海老、サメなどをその場で捕って売るよりも、保全した方が長期的に見たら経済的に利益がでるという伝え方をすることで、海洋資源を守っています。たとえば、1匹のサメのヒレを売ると、およそ150ドルをすぐに得ることができますが、そこでサメを生かして観光資源として活用した場合、年間で36万ドルの利益になります……あなたは、どちらを選びますか?という試算を示して、説得します。」
さらにガラパゴスでは、持続可能な漁業をするために、ナマコやイセエビの生息数やサイズを漁師と共に海に潜って調査して、一緒に漁期や捕獲可能サイズを決定するなど、保全上のルールを決めるプロセスに漁師が参加する仕組みを作っている。保全側が「海の自然が大事」と、一方的に言葉で伝えるだけではなく、島民をプロセスに巻き込むことでより「自分ごと化」させているのだ。
JAGAが日本から支援する森林再生事業
1959年、チャールズ・ダーウィン財団(CDF)が設立された年、実は「種の起源」発刊100年を記念して、日本からも東京水産大学の調査船「海鷹丸」が7名の隊員を乗せてガラパゴスを訪れ、調査をしている。この中に植物研究者小野幹雄氏(東京都立大学名誉教授・故人)がいた。小野氏は1966年に再度ガラパゴスを訪れ、「スカレシア」というキク科の固有植物の種子を日本に持ち帰り、世界で初めて染色体を調べてその分類を発表。
これに先立つ1964年、CDFの運営するチャールズ・ダーウィン研究所の落成式に、やはり日本の植物研究者伊藤秀三氏(長崎大学名誉教授)がいた。伊藤氏も、ガラパゴスで唯一森林を形成する「スカレシア」に注目し、以降同研究所を拠点に数十年に渡り、独特な生態を研究し成果を発表してきた。
JAGA設立時、奥野さんは伊藤氏に連絡し、伊藤氏が長年行ってきたダーウィン研究所への保全支援を引き継ぐ形でJAGAの活動を開始した。伊藤氏はJAGAの初代会長、小野氏は初代理事長となり、設立から一貫して、スカレシアをはじめとした固有植物の保全を支えてきた。
ところがスカレシアの森は近年、農地開拓と外来種の浸食により生育地が大きく減衰し、森がある2島では、本来の面積の1%未満にまでなってしまった。キク科のスカレシアは、本来「草」であった祖先種がガラパゴスで「木」に進化し森林を形成しており、その森は固有の鳥類やゾウガメなどの生息地となっていることから、同研究所では最優先事項の1つとして保全を進め、日本からは企業や助成団体などからJAGAを通じて多くの支援が送られている。
そして2019年、同研究所は、かつてスカレシアの森林があった場所と農民の所有地が大きく重なっていることを研究から明らかにし、スカレシアの森林再生事業を農民と共に行うプロジェクトを立ち上げた。農家の協力なしにはスカレシアの森林再生はできない、という科学に基づいた判断だった。
ブラックベリーなどの外来植物が密に生育する土地は、農作物の栽培にとっても不利であり、また最近は「農業」から「観光業」へシフトする農家が増え、耕作放棄された農地にさらに外来種が繁茂するという悪循環が生まれている。農地を適切に管理して活用することで、農作物の生産も促進され、外来種を削減することもできる。特に、近年島内消費や土産物として需要の高いコーヒー豆の生産については、以前よりスカレシアをコーヒーの木の隣に植えると豆の質が良くなる「シェードツリー」として使われ、コーヒー生産が増えることでスカレシアの植林も増えていくという関係にある。
奥野さんは「保全側が自然だけでなく常に島民やその未来の姿にも目を向けているところが素晴らしい」と言う。日本にとっても深い縁のある「スカレシア」。その森を再生する農家を支援する事業を、JAGAでは今後も日本から支えていくという。
自然と経済の両立の鍵は「子どもたちへの教育」
「自然か経済か」ではなく「自然と経済の両立」にまでにうまくシフトができているガラパゴス。これほどまでの大きな転換ができた要因は、一体何だったのだろうか。
奥野さん「確実に『子どもたちへの教育』ですね。子どもたちが物心つくときから、ガラパゴスに生まれたことを意識させて保全活動に参加させたり、イニシアチブを取れるような子どもを育成する学校を設立して自然の大切さを教育したりすることで、子どもたちから親や大人に対して、“逆教育”が行われるようになりました。たとえばイサベラ島では、かつてゾウガメを食べる文化がありましたが、これも子どもたちに『ゾウガメは食べてはいけない』と教育したことにより、それを子どもが大人に伝えるようになり、今ではほとんどゾウガメを食べる文化はなくなっています。
2年前、ガラパゴスの学校での環境教育には年間200時間があてられているといわれていましたが、今ではすべての教科が環境教育につながっています。『学ぶことが、自然を守ることにつながらなければ意味がない』という考え方です。」
ガラパゴスは外からの移住が禁止されているため、自然保全は若者の手にかかっているといっても過言ではないと、奥野さんは話す。「自然がなくなったら自分たちも生きていけない」と、教えられてきた子どもたちが今では先陣を切って、ガラパゴスを守る若者へと成長しているのだという。
奥野さん「また、ガラパゴスの高校の課外活動を見学した際、大陸本土でやっている先住民の人たちの踊りを見せてくれました。文化の浸透も行っているということです。ガラパゴスは、大陸本土から来ている移民の人たちの集まりで、出身地方によりそれぞれ違った文化を持っています。教育を通してガラパゴス独自の文化を作ってあげることで、子どもたちに自分の住んでいる場所への愛着やアイデンティティを芽生えさせ、ひいては自然に対する関心や保全につなげているのです。文化は、人として欠かせない大切なものです。それがないと、若者が非行に走ってしまったり、将来に希望が持てなかったりという状況が、起こりかねません。『社会』も『環境』も、私たちの生活とは切り離せないのです。」
さらに、島のナチュラリストガイドが、ガラパゴスを愛する心を育んでいると、奥野さんは話す。ナチュラリストガイドは、観光客にガラパゴス諸島の生態系や歴史などを紹介すると同時に、観光客が公園内のルールを遵守するよう監視を行う。島民しかなれないというこの職業は、ガラパゴスの子どもたちにとっても憧れの職業になっているという。
奥野さん「このナチュラリストガイドがガラパゴスの自然環境を見回り、国立公園局はこのガイドからの報告も参考にして自然保全策を練っています。ナチュラリストガイドは、ガラパゴス内の情報循環を担う大事な役割も果たしているのです。また、ダーウィン研究所や国立公園局で働くこと、科学者になることが子どもたちの憧れで、目標にもなっています。科学を学ぶことが、ガラパゴスを愛する心を育んでいるのです。」
ガラパゴスの歴史から学べることは「合意形成」の大切さ
奥野さん「ガラパゴスから私たちが学べることは、対話による『合意形成』の大切さではないでしょうか。たくさん丁寧に話し合い、合意形成していかなければ、これまでのプロセスは絶対に実現できません。ガラパゴスの特徴は、“良いこと”についても話し合うことです。たとえば、スカレシアの森林再生プロジェクトでは、農家の人たちに対して何度も説明会を行いました。『良いことであれば勝手に進めてしまえばいいのに』と、思うかもしれませんが、そうではなくて目的や内容、協力の必要性を丁寧に説明し、そこで少しずつ島民と信頼関係を築いていきます。教育も人材育成でも、前提となるのが徹底的な対話と合意形成です。」
また、島民を教育しながら外来種の侵入を防ぐことを目指した「ネイティブガーデンプロジェクト」でも、この合意形成が大切にされていた。ネイティブガーデンプロジェクトとは、人間の住む「居住区」で、個人の庭や公共施設の花壇、庭園、道路脇の植栽や街路樹などに、外来種の植物ではなく「ガラパゴス本来の在来種や固有種(ネイティブ)」を植えて庭を作ることを促すプロジェクトだ。ダーウィン研究所による調査で外来種の6割が園芸種として入ってきていることが判明したガラパゴス。つまり、島民の人たちが庭に植える植物として色鮮やかな外来種を持ち込み、それがどんどん繁茂してガラパゴスの生態系を壊してしまっていたのだ。
奥野さん「ネイティブガーデンプロジェクトでは、外来種の侵入防止を目的に、固有種の苗を安く、もしくは無料で島民に配りました。面白かったのは、島民たちに外来種や在来種、固有種をそれぞれ見分ける知識がついたことです。実際に植えてみると、観光客が好むのはやはりサボテンなどの固有種でした。すると島民も、『観光客も喜んでいるのなら、在来種や固有種をもっと植えていこう』という考えになり、みんなこぞって固有種を植えるようになったのです。結果的に『外来種は植えてはならないもの』『植えるなら固有種があたりまえ』と認識され、このプロジェクトは成功裏に終わりました。」
柴田さん「このプロジェクトでは、外部からきた科学者やボランティアなどの最初から知識のある人だけを集めて成功だけを追い求めたのではなく、現地の島民に知識をつけてもらったことがポイントとなりました。そうすることで、島民が保全に関心を持ったり、次第に知識も自信もついていったりと、保全の担い手として育つきっかけとなったのです。」
奥野さん「また、ガラパゴス政府は2030年に向けて、『Galapagos Islands Strategic Plan 2030』を作っており、『ガバナンス』『コミュニティ』『環境』『生態系』『経済』という5つの分野をすべて連携させ「社会生態系(Socio-ecosystem)」として両立していこうというプランです。(※)そのためには、それぞれの間で話し合いがあり、合意形成が必要です。一つだけできていればいいという状態では、自然だけではなく、経済も壊れてアンバランスになってしまう。全部の分野のバランスをとって、みんながいい方向を作るというのが、本来のあるべき姿ではないでしょうか。
SDGsも同じです。17のターゲットを一つ選び、1個のターゲットさえチェックすればいいという問題ではなく、せっかく“誰ひとり取り残さない”といっているのですから、本来、すべての項目にチェックが入るべきだと思います。どれもおかしていない、もしくはどれも捨てていない状態を作るためのリストですよね。今は、このSDGsが目的化してしまっていないでしょうか?『貧困』のテーマを選んだからといって、『環境』のテーマを捨てていいわけでは決してありません。」
(※) 社会生態系の概念は2015年のガラパゴス国立公園管理計画で発表。
奥野さん「この図を見ると、自然を守ることと自分たちの生活を守ることは一体だということがわかります。これらの自然や社会、経済のつながりがなくては、私たちは生きてはいけないということを、ガラパゴスの人々はみんなが理解しているのです。ガラパゴスにとって自然は観光資源。今85%の経済が観光で回っているガラパゴスでは、観光は豊かな自然があってこそなりたつ。そのサイクルがわかりやすいので、あえて強制しようとしてるわけではなく、頑張っているわけでもなく、みんな当然のこととして、自然を守っているわけです。」
自然のために、人間はいないほうがよい?
「ガラパゴスは人間が入ってはいけない場所として、厳重に守っていくべきではないか?」
過去に生態学者の人の中には、そう訴える人もいたと、奥野さんは話す。ガラパゴスを守るためには島民全員を大陸に行かせて、生態系だけ守ればいいのではないか。そんなに貴重な自然があるのなら、人間が住んではいけないのではないか──しかし、ガラパゴスはそうではない選択肢を取った。今でもガラパゴスには約3万人の島民が住み、経済活動を行っている。それは一体、なぜなのか。
柴田さん「以前、ガラパゴスの自然を守ろうと、国立公園に人が入れないようにしたことがありました。そうしたら、自然に興味のない子どもたちが出てきてしまったのです。子どもたちへの教育の第一歩は、外に連れ出すことです。たとえば他の島に行ったり、ゾウガメが卵を生んでいるところを見に行ったりする。ガラパゴスにはどんなものがあるのか、それがどれだけ価値のあるものなのかを、体験を通して教えてあげるのです。」
奥野さん「価値は、人間が決めるものなのです。人間がガラパゴスに行かなければ、その価値を誰も知ることはなかった。そこに行った人にしか、ガラパゴスの価値はわからないのです。誰もその場所のことを知らなければ、そこには関心を寄せなくなり、価値そのものがなくなってしまう。ガラパゴスはそうではない道を、選んだのです。
価値を理解している人間がいるからこそお金が集まって、その場所を守ることができる。絶対守らなければいけない自然があって、でも絶対に住まなければいけない人たちもいて──それを、どうやって両立させていこうかと、私たちは必死に考えなければいけないのです。これが『地球の縮図』と言われる所以です。」
編集後記
これまで、人間の経済活動と自然環境保全は、多くの場合トレードオフの関係にあると考えられてきたように思う。私たち人間は今、経済活動と自然環境保全のバランスをどうとるのかを、再考する必要がある。
紛争が起き、一足先にその問題に直面したガラパゴスはこの半世紀の間、自然と人間がお互い利益を得ながら、共生する社会をデザインしてきた。保全側が島民とのコミュニケーションを怠らず、「どうしたら巻き込めるか」を一緒に考え抜いた結果、「自分たちの生活は自然ありきである」という考えが浸透し、島に一体感が生まれていたのだ。アイデア次第で、経済と自然保全のトレードオフはなくすことができるということを、ガラパゴスは私たちに教えてくれている。
ガラパゴスの場合は、自然と「観光」とを結び付けて経済との両立をはかっていた。そして次に私たちが考えなければならないものは、日本にとっての、地球にとっての「観光」は一体何になるのかということだ。地球の縮図であるガラパゴスが出した答えをヒントに、私たちは私たちの答えを探していく必要がある。
【参照サイト】 特定非営利活動法人日本ガラパゴスの会
「問い」から始まるウェルビーイング特集
環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!