昨今、女性の「生理」に関する議論が世界的に盛り上がりを見せている。2020年11月、イギリスのスコットランドでは、すべての女性に生理用品を無償で提供することが議会で可決された。続いてフランスでも、政府がホームレスの女性や刑務所の女性、女子学生を対象に、生理用品を無償で配布することを2021年に発表した。
日本でも、新型コロナウイルスの蔓延後、「生理の貧困」という言葉を以前より頻繁に聞くようになった。経済的に厳しい状況に追い込まれ、生理用品の購入が困難な状況にある人が大勢いることが、今回の危機によって明らかになってきたからだ。それに伴い、自治体が生理用品の無料配布をはじめたり、教育機関が学生を支援したりと、国内でも少しずつ変化は起こりはじめている。
そんななか、政府や教育機関主導のアプローチとは全く異なる方法で、ビジネスを通してこの課題の解消に取り組む企業がある。公共のトイレの個室で生理用品を無料配布するシステム「OiTr(オイテル)」を開発する、オイテル株式会社だ。
2019年から開発がスタートされたOiTrは、2021年3月に埼玉のショッピングパーク「ららぽーと富士見」での実証実験を終え、同年8月からは関東圏を中心に区役所や学校へ着々と導入が進められている。実証実験前から多数のメディアに取り上げられ、注目を浴びていたOiTr。彼らが本当に実現したいことや、目指している未来はどのようなものなのだろうか。オイテル株式会社代表取締役社長の小村大一氏に、お話を伺った。
話者プロフィール:小村大一(おむら・たいち)
1986年東京生まれ。アパレルメーカー入社後、取締役就任。関連会社2社で代表取締役を歴任。2016年オイテル株式会社設立、代表取締役就任。
「おかしな当たり前」を、「新しい当たり前」に更新するために
OiTrは、ショッピングモールやオフィス、学校といった公共施設のトイレの個室に設置し、便器に着座すると広告が流れるサイネージのついた機械を用いて、生理用ナプキンを無料で提供するサービスだ。ユーザーはOiTrのスマホアプリをダウンロードすると、すぐに生理用品がひとつもらえる仕組みとなっている。
オイテル株式会社は、OiTrの開発を2019年の夏にスタートした。その頃には「生理の貧困」という言葉は全く知られていなかったそうだが、どのような経緯で開発に踏み切ったのだろうか。
「当時、“社会課題をビジネスで解決する”をミッションに、SDGsのターゲット5の『ジェンダー平等を実現しよう』に関して、できることはないかと考えていました。そんななか議論にあがったのが、『トイレットペーパーはどこのトイレにも常備されているのに、なぜ同じ生理現象である生理のためのナプキンは常備されていないのか?』という問いでした。
これは、生理のない人はもちろん、生理のある人さえも当然だと思ってしまっている『おかしな当たり前』なんですよね。僕らはこの『おかしな当たり前』を変え、『新しい当たり前』をつくりたいと思い、トイレットペーパーと同じように、トイレの個室で生理用品が無料でもらえるサービスの開発を始めました。」
彼らは当初5人のチームで、生理用品を提供するディスペンサーを自社で一から開発。その際、女性のニーズをできるだけサービスに反映させるため、不特定多数の女性から生理に関するアンケートを集めた。
「有料で生理用ナプキンを買える機械が公共のトイレの共用部に設置されていることはありますよね。しかし、女性たちへのアンケートから見えてきたことは、女性同士であっても、他の人に生理用品を買う様子を見られたくないと感じる人が多いことや、用を足すときと同時に生理がくることも多い、といったリアルな意見でした。また、ちょっと出かけたときにたまたま生理が来てしまい、生理用品を買うために薬局やコンビニなどに駆け込まないといけない、という意見も多かったです。それならば、やはり機械を個室に設置することは、女性にとってベストなのではと考えました。」
広告を流すモニターは、トイレの個室という狭い空間で邪魔にならないよう、機械の奥行きをトイレットペーパーのホルダーと同じくらいの大きさに設計。さらに、個室といえども個人のプライバシーを守るため、ナプキンが出てくるときに音が出ないようにすることにもこだわったという。
ディスペンサーで流す広告は、オイテル株式会社の事業のビジョンに強く共感する企業のものだ。彼らとは「オフィシャルパートナー」として契約し、女性向けの広告を流している。オイテル株式会社は、その広告費用でサービスを運営できる。まさに、広告を出稿する企業、ユーザー、オイテル株式会社の“三方よし”なビジネスの仕組みである。加えて、OiTrを設置するトイレの管理者への配慮も忘れない。
「公共のトイレは、直接的には収益を生むものではありませんが、管理費は非常にかかります。ですから、基本的にはOiTr本体の設置も、中身のナプキンも無料。設置主にはOiTrの広告収益の一部をトイレの管理に充ててもらえる仕組みにしています。」
生理がある人だけが抱える「さまざまな負担」を、少しでも減らしたい
2021年3月に行われた「ららぽーと富士見」での実証実験の際のアンケートによると、OiTrユーザーの満足度は94%、今後も使いたいと思った人は100%と、高い満足度が得られた。一方、冒頭でも述べたように、最近では自治体や学校による生理への支援も徐々に広がってきている。そんななか、OiTrならではの存在意義はどこにあるのだろうか。
「自治体や学校からの支援が増えていくことはもちろん良いことですが、そういった方法は一過性で終わってしまったり、提供主の方針が変わったときに突然に終了してしまったりする可能性もあると考えています。それに対し、OiTrは広告収益によって回っているひとつのビジネスであるため、サステナブルだと考えています。
また、たとえば自治体が配布している生理用品をもらうためには、事前に時間を作ってわざわざ役所に足を運ぶ必要があるため、『今この場で生理用品が欲しいけれど、持っていなくて困っている』という人を助けることは難しい場合があります。その点、OiTrであればトイレの個室で急に生理用品が必要になったときにも使うことができます。」
もうひとつ、気になっていることがある。生理用品を買うことすらままならない経済状況にある人たちが、スマートフォンでインターネットに接続し、アプリをダウンロードできる状況にあるのか。そのような方法は「生理の貧困」の解消にはつながらないのではないか。これについても、小村さんは答えてくれた。
「現代の日本では、ある程度の年齢になればほとんどの人がスマートフォンを所持しています。(※1)それは実際問題、スマートフォンが衣食住と同じくらい生活にとって欠かせないものとなってきているからです。
また、トイレの共用部に『誰でもお取りください』と置いておくと、一度にたくさん持っていってしまう人が出てきてしまい、本当に必要としている人に支援が行き届かないという問題が起こってしまいます。それを避けるためにも、スマートフォンを使うシステムを考えたのです。スマートフォンの使用が難しい小、中、高等学校などに関しては、ゆくゆくはOiTrの収益の一部を寄付し、生理用品の補充にあててもらいたいと考えています。
実は僕たちは、『生理の貧困の解消』に取り組もうとしているわけではありません。もちろん、OiTrで生理用品をもらえることが少しでも誰かの経済的な助けになれば嬉しいです。でも、生理用品の購入に苦労する状態というのは、もっと根本的な日本の相対的貧困や家庭環境の問題なので、現時点で僕たちのビジネスだけでは解決できない問題だと思っています。
僕たちがやりたいのは、あくまで『生理のある人だけが抱えているさまざまな負担をなくすこと』。生理のある人とない人の、社会での過ごしやすさのギャップを埋めることなんです。そのために、トイレットペーパーと同じように、OiTrを日本のトイレにとっての『当たり前のインフラ』にしていきたいと思っています。」
社会全体が、「生理」に目を向けるきっかけに
生理がある人の負担を減らす取り組みは、社会に必要とされている。それを裏付けるように、2021年夏のOiTrの正式リリースに向けて、設置場所は順調に決まっていったという。2021年9月時点では、渋谷モディや豊島区役所、東京音楽大学、中部国際空港セントレアなどですでにサービスの提供が開始されている。(※2)小村さんが言うように、OiTrが日本のトイレにとっての当たり前のインフラとなる日は、そう遠くないのかもしれない。
男性、女性、生理がある人、ない人。誰もが過ごしやすく活躍できる社会を作っていくために、私たちはこれからどのように社会を変えていけば良いのだろうか。現状を変えていくためには、「まずは生理に対する男性の理解が絶対に必要」と小村さんは話してくれた。
「日本の性教育が、男性と女性を分けて行う閉鎖的なものであることが、今の社会のシステムにある問題の根源だと思います。そもそも男性は生理について教育できちんと教えられていないので、男性に生理について聞いてみるとほとんど何も知らない場合が多いです。社会に出てからも、生理に関心を持つ男性は多くありません。
たとえば、最近では日本でも会社の福利厚生として『生理休暇』の導入が進んでいますが、この休暇の取得率は実際にはかなり低いのが現状です。その理由のひとつとして、日本の会社の管理職に圧倒的に多い男性上司に『生理休暇を取りたい』とは正直言いにくい、という声も聞きました。
また、総務部から手渡しで生理用品を配っている会社もあるそうですが、わざわざそこまでそれを取りに行く手間や他の人に見られてしまうといったことを考えると、その方法が本当に生理のある人のニーズに寄り添っているのかを、もう少し考える必要があると思います。」
※2 上記のほか、ららぽーと富士見、イオンモール浜松志都呂、中野区役所、横浜市役所、龍谷大学でもサービスを提供。
「さらに、私物の持ち込みができない工場で働いている女性は、工場の外に出て遠いトイレに行かなければいけなかったり、休憩時間まではナプキンを変えられなかったりということも日常茶飯事だそうです。生理用品のメーカーによると、健康上の理由からナプキンは2時間ごとに変えることが推奨されています。ですから、日々働く現場でそれができない状況を作ってしまっているということは、女性の健康に対して大きな問題があると思います。このように、男性の視点を中心として作られてきたのが、今の日本の働く現場や、さまざまな国の制度のあり方だと思います。
でも、そういった社会の制度や配慮の仕方は、少しでも生理についての知識があれば変わっていくと思うのです。だから、生理に関する課題に気づいた人は、どんどん声を上げていってほしいと思いますね。小さな声でも、集まれば絶対に社会を大きく動かすことができます。
僕は、誰もが生理の話題について必ずしもオープンになるべきだとは思っていません。でも、OiTrがメディアを通して話題になることで、少しでも生理について考えるきっかけを持つ人が増えたり、会社での議題にあがったりすることが出てくる。そんな風に、OiTrが社会全体が生理に目を向ける『ひとつのきっかけ』になるといいなと思っています。」
編集後記
「社会のおかしな当たり前」を問い直す声から生まれたOiTr。生理用品を社会の当たり前のインフラにするという発想は、筆者も女性ながら全く持っていなかったため、非常に驚かされたと同時に、見えにくい課題に光を当ててくれた彼らに、心から感謝したいと感じた。
今回は「生理」に関する話題だったため、「生理がある人」の社会での過ごしやすさに注目したが、性的マイノリティの人や、障がいを持っている人たちに関しても、同様に「見えにくい課題」はたくさんあるのではないだろうか。マジョリティや立場の強い人の視点で構築された社会のシステムは、ときに本人たちすらも気づかない部分で、その人たちの活躍の可能性を奪ったり、生きにくさをつくり出してしまったりしているのかもしれない。
多様な人が共に生きる社会を心地よい場所にしていくためには、違和感を覚えた人が恐れずに声を上げること。そして、異なる立場の人同士が対話し、それぞれの課題を少しずつ丁寧に解消していくこと。それを積み重ねていく過程こそが、本当にウェルビーイングな社会を作っていくために、最も大事なのことなのではないだろうか。
【参照サイト】オイテル株式会社
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