カーボンニュートラルに向けた施策が日本でも急ピッチで進められている。2021年7月に経産省がまとめたエネルギー基本計画の改定案では、30年度の総発電量に占める再生エネの比率を現行から14%以上引き上げ、太陽光発電所の普及を急ぐ考えを示している。(※1)
実際、日本において住宅に設置された太陽光パネルは、特に珍しくない風景の一部になりつつある。では、この発展した都市の象徴ともいえるようなパネルが、ブラジルのスラム街の屋根を埋め尽くしている、と言われたら、どのような印象を受けるだろうか。
ブラジルには、ファベーラと呼ばれるスラム街が各地に存在する。住民は最低賃金でその日暮らし、治安や衛生環境は劣悪で、教育もままならず、紛争も絶えない。そんな生活インフラの整いきっていない場所で、いま、太陽光発電を通して格差縮小を目指すプロジェクトが実施されている。
非営利団体Revolusolarのプロジェクトでは、民間セクター、地方公共団体、地元住人など様々なステークホルダーが協力し合い、ブラジルのファベーラに太陽光パネルを設置。住民たちの電気代コストを下げるとともに、街にサステナブルな電力供給を行うことを目指している。
このプロジェクトの注目すべき点は、単に太陽光パネルを設置・普及させるだけでなく、ファベーラの住民たちに太陽光パネルの設置や修理の技術教育を行っているところにある。これにより、新たな雇用を生み出し、地元住民たち自らの力で貧困から脱出できるよう促しているのだ。
なぜいま、ファベーラで再生可能エネルギーなのか。異なるセクターを巻き込むコツは何なのか。こうした疑問を解決するため、今回はプロジェクトを率いる非営利団体・Revolusolarのエドアルド・アヴィラさんに話を伺った。
リオのファベーラと、Revolusolarのはじまり
Q.Revolusolarのプロジェクトについて簡単に教えてください。
私たちRevolusolarは“太陽光発電”を通してスラム街の安定的なエネルギー供給を実現しようと活動しているNGOです。日本の皆さんにはあまりなじみがないと思いますが、ブラジルには多くのファベーラ(スラム街)が存在し、中でも電力供給は喫緊の課題の一つです。電力不足は当たり前、品質が非常に低いにもかかわらず、電気代は世界で一番高いと言われています。
実は、ブラジル自体は再生エネルギーの強化国なのですが、前述の通りファベーラ住民は日々とても不自由な思いをして暮らしています。そんな問題を解決しようと発足したのがRevolusolarで、現在は地元でイニシアティブをとった初期メンバー、外部の専門家、そして国内外のボランティアによって構成されています。
エネルギー源として太陽光に着目したのは、電力価格が年々下がってきていることや、リオの専門グループとつながりがあったこと、そして何よりブラジルという国自体が地理的にも太陽光発電に非常に適しており、今後の成長が期待できることなどが背景にあげられます。これまでの活動で、3基の小型太陽光パネルを住宅地に設置し、これまでに35世帯が電気代の30%以上の節約(30,000レアル/年=約60万円)を実現しました。
私自身はもともと経済学と再生可能エネルギーについて大学で専攻しており、エネルギーシフト自体に非常に興味があったため、大学卒業後にこのプロジェクトに参画しました。いまは第三セクターとのコミュニケーションや交渉を担当しています。
Q.ファベーラとは、一体どのような場所なのでしょうか。
ファベーラとはいわゆるスラム街のことで、戦争の帰還兵や、農村からの都市流入者が住む場所を確保するために、あちこちに掘っ立て小屋を建て始めたのが最初です。ですから、私たちにとってファベーラとは何かきっかけがあって新しくできたようなものではなくて、もうずっと昔からそこにあったものというのが正しい表現でしょう。ファベーラは政府に認知されないため、中央集権体制に組み込まれず、ある意味独立して存在しています。
私たちの活動するファベーラであるBabiloniaとChapeu-Mangueriraは、スラム街ではありますが、他のファベーラと比べると最貧困地域ではない、というのが特徴です。また、過去に政府の実証実験プロジェクトのモデル地域としても選出されたことがある地域で、治安もそこまで悪くはありませんね。また、人口も約8,000人と大規模なファベーラの五分の一程度と非常にコンパクトで、制御がきくという側面があるため、プロジェクトの実施には適している地域だと思います。
ファベーラの電力問題を解決する、太陽光発電の可能性
Q.Revolusolarが取り組む「スラム街と電力」の関係やその問題について教えてください。
私たちがアプローチしている電力のアクセス問題は、ファベーラに限らず、ほとんどの低所得コミュニティに共通する課題です。代表されるのは原住民のコミュニティや田舎の農村、Que Longbolaという奴隷地域等ですが、そこでは生活に必要不可欠な電力が常に不足していたり、品質が劣悪だったり、値段が高かったり……など何かしらの問題を伴っています。
この背景には、ブラジルの電力市場の事情と、電力構成(エネルギーミックス)の問題があります。まず、ブラジルの電力市場では二大電力メジャーが市場を独占し、価格競争やサービス向上が期待できないという事情があります。また、ブラジルのエネルギーは60%以上を水力発電に依存してきたのですが、近年91年ぶりの水不足を経験し、インフラはほぼ壊滅、そのぜい弱性があらわになりました。従来の石炭火力発電等は大気汚染の危険性から利用はほぼ不可能ですし、現在のブラジルでは電力の安定供給が確約できていない状態です。
Q.ブラジルでの再生可能エネルギーへの期待はどのようなものなのでしょうか。
全体のエネルギーミックスが依然として水力頼りであることには変わりません。最新のデータによると、61%が水力発電、9%が風力、8.4%がバイオマスによって構成されています。太陽光発電は2%以下と未だ成長途中ですが、2012年に最初の太陽光発電推進政策が施行されて以来、ブラジルにおける太陽光発電は過去10年で驚くべき速度で成長しています。ここで強調したいのは、ブラジルの太陽光発電には他の再生可能エネルギーと比べても非常にポテンシャルがあるということです。というのも、地理的なアドバンテージが大きく、最近の研究ではドイツの最も日照時間が長い都市、フライブルクよりも、ブラジルの最も日照時間が少ないエリアの発電量の方が40%も高いということが分かっています。これらの事実を鑑みても、太陽光発電の成長には今後も大きく期待できます。
地元住民を巻き込むための地道な努力
Q.今回のプロジェクトには地元住人、民間セクター、地方公共団体など様々なステークホルダーが参画していますが、どのようにして彼らを巻き込んでいったのでしょうか。
私たちの活動には、地元住民、民間セクター、一般企業、政府、基金、約80名の国内外ボランティアなど多くの機関や個人がかかわってくれています。まさに、私たちの活動はこうしたネットワークに支えられているんです。
多くの民間企業や公共セクターに参画してもらえたのは、私たちの活動の意義について理解してもらえた結果だと考えています。世の中で、ESGやSDGsの重要性が広く認知されるようになるにつれ、私たちとのコラボレーションを魅力的に思ってくれる専門家の方が増えているようですね。また、私たちの活動はソーシャルメディアや一般メディアでも広く認知されているため、民間企業や公共セクターにとっても参画する利点が大きいと言えるでしょう。
Q. では、住民にはどのように理解を得られたのですか?
Revolusolarのコアメンバーには地元出身者も含まれていましたが、ファベーラの住民に太陽光パネルの設置プロジェクトや、その重要性を理解してもらうのは大きな課題でした。住民の多くは「その日暮らし」。日常に追われていて、食べていくために、本当に忙しくしているのです。新しい政策や、私たちのような活動に注意を割く時間と余裕がありません。
私たちはこの根本的な課題を完全に解決したとはいえませんが、理解を得るためのメカニズムを作りました。例えば、パネル設置やメンテナンスに関する職業訓練、地域住民向けの環境教育等、まずは足元からの普及活動を行ったのです。それが私たちの信頼性を高め、徐々に活動をスムーズに進めることができるようになりました。実際に48人が太陽光パネル設置技師としての訓練を受け、職に就くことができ、65人の子供たちがワークショップに参加しました。住民が多忙なことに変わりないですが、こうした地道な活動を通して理解を示してくれる人も増えました。現在は、多くの地元住民が、様々な形でプロジェクトに参画してくれるようになってきました。
また、私たちがファベーラ自体の文化を否定せず、うまく彼らの懐に入ったというのも大きかったと思います。ファベーラは政府組織からは度外視されているため、街づくりやリノベーションは全てファベーラの住民が自主的に行っています。私たちが提供する太陽光パネルの設置という作業も、まさにこの自助的な文化との相性がいい。これに加えて「より良い電力供給が実現するならば」ということで理解を得られたのも大きかったと思います。
電力状況の改善をもっと広いエリアで──Revolusolarのこれから
Q.パンデミックを経て、Revolusolarがこれから目指す姿とはどのようなものなのでしょうか。
2020年の世界的なパンデミックにより、計画していたパネル設置工事の遅延や、在宅勤務による意思決定、コミュニケーションの遅れなど様々な影響がありましたが、ロックダウン中も活動自体は続けていました。パンデミックの終息にかかわらず、私たちのミッションは太陽光エネルギーを通したスラム街の電力供給の向上、および生活の改善です。
電力不足の問題は、前述の通り、多くの貧困エリアで共通の問題なので、中長期的にはプロジェクトのエリアを拡大し、よりスケールアップして活動を継続していきたいと考えています。
短期的な目標としては、このプロジェクトをある程度モデル化したいと思っています。顧客サービスや、NGOとのコミュニケーションのノウハウ、職業訓練のプロセス等を一般化し、他のファベーラや南アメリカ地域でもこのプロジェクトを応用できるようにしていきたいと思っています。
編集後記
スラム街は貧しいもの、再生可能エネルギーは富裕層のもの──私たちが無意識のうちに抱えている固定概念を破壊し、貧しい者と富める者の間にある分断を埋めようとしているRevolusolarの再エネプロジェクト。
スラム街というと、「社会問題の温床」のように言われることもある。だが、このプロジェクトでは、社会から取り残されていたファベーラが、住民の手により、内側から希望の街に生まれ変わった。どんなに困難に見える課題でも、アプローチ次第で解決することができる──そんなことを改めて教えてくれたプロジェクトであった。
※1 エネルギー基本計画について(経済産業省資源エネルギー庁)
【参照サイト】Revolusolar
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