GDPでも幸福度指数でもない。「地球の幸福度」を基準とした生き方を考える【ウェルビーイング特集 #36 新しい経済】

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豊かさって、なんだろう。欲しいものがあればお金を貯めて買うことができ、要らなくなったものは、手放せばいい。SNSを使えば遠く離れた人ともつながることができる。しかし、近所に住む人とはまともに話したことがない。電車では、みんな揃ってスマホに目を落としている。先人たちが戦って勝ち得た経済発展の結果、いま十分便利な社会を生きる私たちは、本当に豊かになったのだろうか。

そんな問いの答えとなるような指標がある。英国のシンクタンク、ニューエコノミクス財団が3~4年ごとに発表している「地球幸福度指数(Happy Planet Index、以下、HPI)」だ。国民の生活への満足度や、環境負荷などから「国の持続的な幸せ」をランキング形式で表したもので、経済価値を評価する国内総生産(GDP)に代わる、私たちが人間らしく生きるための新たな指標だと注目を浴びている。

この指標のユニークさは、所得が高くて選択肢も多く、自立している西洋の国々が評価されるのではなく、経済発展が「遅れて」いる中南米やアジアの一部の国々こそが、資源効率や生活の満足度が高く、幸福度を達成していると見なされている点だ。2021年10月末に発表された最新版では、太平洋とカリブ海に面する自然豊かなコスタリカが1位。日本は57位(152か国中)となった。

ラテンアメリカ

金銭的な価値でも、自立・自由を基準とした人々の幸福度でもない、「地球の幸福度」を測ることは、私たちの生活にどのような意味をもたらすのだろうか。本記事を読み終えたときに、あなたは、より人間らしく生きることとは何かを模索しはじめるかもしれない。

ウェルビーイングエコノミー

経済発展=豊か、というフィクション

HPIの最初のバージョンが発表されたのは2006年。ニューエコノミクス財団の創業者ニック・マークスは、これまで信じられてきた「経済発展が私たちを豊かにする」という考えに疑問を感じていた。

広がり続ける格差や、増え続ける人口に対する資源の枯渇、そして気候変動という差し迫った課題。それでも人々は、他のすべてのことを捨てて経済成長を優先する政党を支持し、政治家はそれに応えてGDPが増加するような政策を行ってきた。このやり方は、短期的な利益にはつながるが、健康や生活の質など長期的な豊かさを得ることにはつながらない、と財団はウェブサイトで述べている。

ニックは自身が登壇したTED Talkの中で、現在世界で当たり前のように使われている国内総生産(GDP)や、人間開発指数(HDI)などの指標について、このような疑問を投げかけている。

「私たちの社会の進歩を計測する指標は、あらゆるものを測りますが、人生を“生きる価値のある”ようにするものは測れません。(中略)驚くことでもありませんが、世界中で人々は、自分自身や子ども、家族やコミュニティの幸せを望んでいます。お金は、幸福や愛ほど重要ではありません。われわれはみな、誰かから愛し愛されることを望んでいるのです。お金はまた、健康ほど重要でもありません。みな、健康で充実した暮らしを送りたいのです。これらは人間が自然に持つ願望です。ではなぜ、統計学者はこれらを計測しないのでしょう?」

このような問いを起点に考えだされたのが、HPIの指標だ。「ウェルビーイング」「平均寿命」「国内格差」の三つを足し「エコロジカル・フットプリント」で割ることで、人間が本来あるべき姿で、自然と共存しながら生活している地域が導き出される。

HPIの測り方・基準

  • ウェルビーイング:各国の住民が生活にどれだけ満足しているか
  • 平均寿命:各国で予想される平均余命年数
  • 国内格差:寿命や幸福度の観点から各国内で生じている不平等
  • エコロジカル・フットプリント:各国の住民一人ひとりが環境へ与える影響

人として幸せになるための5つのポイント

2021年10月に発表された最新ランキングの1位に輝いた中米コスタリカ。2位はバヌアツ、3位はコロンビアと、いずれも「世界幸福度指数」のランキングで常に上位にあるような、いわゆる高所得・高福祉社会(北欧など)ではない国名が並ぶ。

コスタリカは、ウェルビーイングが10点満点中7点。平均寿命が80歳。そして何よりエコロジカルフットプリントが2.65グローバルヘクタール(※1)。日本も含めた先進国のエコロジカルフットプリントが平均4.5~6グローバルヘクタールであることを考えると、環境負荷は非常に低い国だといえる。

※1 国民が消費するエネルギー、水、食料その他の物質を持続的に提供するとともに、国民が排出する廃棄物を持続的に吸収するために必要な土地の面積。Global Network Footprintによる計測

また同国は軍隊を持たずに非武装・中立を貫いてきているほか、世界全体のわずか0.03%の面積でしかない国土に、地球上の全動植物の約5%が生息しているといわれるほど生物多様性も豊かだ。

コスタリカに生息

しかしこの結果は、人口も文化も違うコスタリカだからこそもたらされたのではないか。ニックは、IDEAS FOR GOODの疑問に対し「私たちの経済システムは、私たちによって設計されています。これは、再設計できることを意味します。コスタリカ以外の国でも、環境的に持続可能になる方法はまだありますよ」と述べ、そのためには各国で生きる「個人の幸せ」も重要だと主張する。

個人が幸せを感じる場面は違うが、5つの共通しているポイントがあると財団は述べる。どれも、お金をかける必要も、成果のために身を削る必要も、地球に負担をかける必要もないものだ。

幸福度を上げる5つのポイント

  1. つながる(Connect):人とつながる、コミュニティの一員となる、自然とつながる
  2. アクティブになる(Be active):散歩など、毎日少しでもいいので体を動かしてみる
  3. 好奇心を持つ(Take notice):季節の移り変わりに気づく、五感を使う、その瞬間を味わう
  4. 学び続ける(Keep learning):やったことのないことに挑戦する、新しい考えに触れる
  5. 与える(Give):何かしらの「いいこと」をしてみる、身近な人を喜ばせてみる

HPIのウェブサイトでは、この5つのポイントに基づいて私たち一人ひとりの幸せを測るWebテストも用意されている。自分の生活を振り返り、本当はどうなりたいのかを見直す機会かもしれない。

「気候変動を食い止めるために、色々なことを我慢しないといけない、諦めないといけない。私たちはそんな風に思い込んでしまうことがありますが、実は違います。個人の幸福度を測るテストは、環境保護のために人としての幸福を犠牲にする必要はない、そして、逆に人々の幸福のために地球が犠牲になる必要もないということを伝えるものです。特に、個人主義が強くつながりが希薄になっているヨーロッパはこの指標から学ばないといけませんね」とニックはいう。

「地球の幸福度」を一つの基準に

経済発展ではなく、人々が助け合って地球を犠牲にすることなく生活を送ることを重視するHPI。この指標はコロナ禍を経た今後の時代の理想的な測り方のように思えるが、課題もあるという。

「私たちの調査では、世界的に有名な調査データを使ってはいますが、集計して結果を出すまでに3~4年かかります。昨日、日本はどれくらいのCO2を出したのか。人々は生活のどの面に満足し、どの面に不満を持っているのか。よりタイムリーな情報は、その地で生活しない限り知りえません。また、現在はパートナーの非営利組織が中立的なデータソースを提供してくれていますが、彼らが利益を出しはじめたときや、戦略的な変更があったときに、このソースが正確ではなくなる可能性は十分にありえます」

HPIは、さまざまな価値観を持つ人間が作り出した、数ある指標の一つだ。ニューエコノミクス財団は、特に物質的に「豊か」になりすぎた先進国に向けて、先に挙げた5つのポイントで幸せを模索する方法もあると提案する。この指標も一つ自分の中の価値観として持っておくと、視野が広がる気がしている。

子供たちの笑顔

編集後記

最後に、ニックがTED Talkに登壇した際の、ある言葉を引用したい。

2050年を視野に入れると、ビジネスや組織づくり、政策や自分たちの生活のあり方が変わります。大切なのは、幸福度を上げていかなければならないこと。選挙で「市民の暮らしの質が下がってもいい」なんていう人はいません。人類の進歩が止まってもよいと考える人もいないでしょう。先に進みたい、もっと豊かになりたいと思っているはずです。ここに気候変動の懐疑論が入り込んできます。暮らしを高めていきたいと考え、一度得たものは失うまいとしているのです。私たちはそうした人々とも、うまくやっていかねばなりません。そのためには、さらに効率を高める必要があります。グラフを描くのは簡単ですが、大切なのは曲線の向きを変えることです。

私たちは心のどこかで満たされない気持ちを持ちながらも、大きく変わっていく社会に適合できないときがある。正直、「環境がこのままだとまずい」といった言論や、西洋的な価値観を押し付けられることに嫌気が差す人もいるだろう。そして、このままある程度お金を稼いで生きていれば、何もせずに幸せになれると信じたい人もいるだろう。そう考える方が、既存のシステムにも都合がいい。

しかし大切なのは、ニックのいうように「曲線の向きを変えること」だ。私たちがものを選ぶとき、職を選ぶとき、政治家を選ぶとき、何を基準とするか。どのような選択をすれば、私たちは幸せになれるのか。現在の経済システムを変えるには莫大な時間がかかるように思えるが、私たちが毎日の、一つひとつの選択を変えていくことで確かに社会は変わっていく。

豊かさって、なんだろう。その一つの答えは、私たちが無理をせず、人間らしく生きることだと筆者は考える。新しくもどこか懐かしい風景から現代の人々が学べることは、まだまだある。

【参照サイト】Happy Planet Index
【参照サイト】Methodology Paper – Happy planet Index 2021
【参照サイト】FIVE WAYS TO WELLBEING

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

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