いままでどの国もGDPを指標として、必死に経済成長を図ってきました。では、その成長は私たちを幸福にしてくれたでしょうか?
上記は、今回インタビューをしたWellbeing Economy Alliance・Amandaさんからの最初の問いかけだった。振り返れば、いつの間にかGDPなどの経済指標が世界で支配的な物差しとなり、経済的に豊かな国は「先進国」、そうでない国は「後進国」「発展途上国」と呼ばれるようになった。しかし当の「先進国」の状況をみてみると、多くの人が日々の労働に疲弊し、自然と切り離された都市部で生活を営み、PCやスマホから入ってくる情報に溺れてしまいそうになっている。これは本当に自分にとって豊かな状態なのか?新型コロナ禍という特殊な状況も加わり「本当の豊かさ」「自分の幸せ」について改めて考えた人も多いだろう。
資本主義の綻びに気が付く一方で、経済システムそのものと切り離した生活を営むことは、いまや多くの人にとって難しいことだ。それでは数多くの問題を生む経済システムから脱却し「私たちを幸福にする経済」をつくるにはどうしたら良いのだろう──そうした問いに真正面から向き合うのがWellbeing Economy Alliance(以下、WEALL)だ。WEALLは、2018年に設立された新しい組織であり、世界各地で約200の自治体や企業と協働して、新しい経済のあり方を模索している。WEALLが志す新しい経済とはどのようなものか、政策リーダーを務めるAmandaさんに伺った。
話者プロフィール:Amanda Janoo氏
WEALLのナレッジ・政策リーダー。産業政策・構造変革の専門家として国際連合やアフリカ開発銀行に勤務したのち、WEALLに参画。現在まで、世界中の政府や国際開発機関とともに働く。目標のある参加型のデザインプロセスを通じてサステナブルな経済の形を模索する。
世界中でウェルビーイング・エコノミーの浸透に励むWEALL
Q. WEALLとはどのような組織ですか。また、その中でのAmandaさんの役割を教えてください。
WEALLは、各国政府、政策立案者、学者、活動家、企業、NGOなどのグローバルな同盟です。非常にフラットな組織で、内部ではウェルビーイング・エコノミーを達成するための様々なプロジェクトやイニシアチブが動いています。
WEALLの組織の内部には8名のメンバーがいて、私自身はWEALLのナレッジ・政策のリーダーとして働いています。簡単に言うと私の仕事は「ウェルビーイング・エコノミーとは何か」「人々を本当の意味で説得し、ウェルビーイング・エコノミーに到達するためにはどうすればよいのか」などの相談に乗ることですね。人々にウェルビーイング・エコノミーが望ましいと理解してもらうだけではなく、それを実現可能なものとして未来のビジョンを思い描いてもらえるようすることが私自身のゴールです。
Q. 「ウェルビーイング・エコノミー」とはどのようなものなのでしょうか。
ウェルビーイング・エコノミーとは「経済活動が、社会や自然界の他のものの一部であるとする経済」のことです。そのためあらゆるWEAllの施策では、単なる経済成長ではなく、人間と生態系の幸福の観点を忘れていません。実際にスコットランドなどで行われているように、「健康」「生活水準」「自然環境の質」「労働保障」「市民の政治参加」など多面的な指標を、GDPと並ぶ経済の指標として捉えているのが特徴です。
Q. WEALLが設立され、必要となった背景には、どのような問題がありましたか。
WEALL設立の背景には、従来の経済が見落としてきたあらゆる問題がありました。大きなものでいうと、「富の集中がもたらす不平等」「環境問題」「メンタルヘルスの問題」でしょうか。
現在世界の「不平等」はすさまじいですよね。いままで大企業や投資家は最も効率的な「富のクリエイター」であるとされてきました。しかし、経済の目的が富を生み出すことではなく、幸福を生み出すことに置いた場合、最も優れた「幸福のクリエイター」は誰なのでしょうか。それはアーティストかもしれませんし、介護者かもしれません。そうした視点が見落とされたまま不平等がどんどん広がっている現状があります。
「環境危機」は言わずもがな深刻です。私たちが本当に望むのなら、環境の状態を改善することはいますぐにでもできるはずです。しかし、「地球にいかに還元するか」ではなく、「いかに地球から効率的に資源を採取するか」の考えがいまだ根深いですよね。生態系の再構築はいまだ目標に止まっており、具体的にどのようなアクションするかがまだ明らかになっていない状態だと思います。
そして「メンタルヘルスの問題」。世界で裕福とされる国は、必ずメンタルヘルスの問題を抱えています。確かに、GDP成長の観点からは成功しているかもしれません。しかし、人々は不幸そうで、孤立しています。アメリカでは不安やうつ病のレベルが本当に高いのですが、多くの人がそれを「自分のせいである」と感じています。経済の構造は、「時間」そして「仕事」の価値の捉え方にも大きな影響を及ぼしているのです。
最近出てきた調査によると、世界人口の50%以上が、資本主義は善よりも害を及ぼしていると考えているそうです。こうした状況でWEALLがやろうとしているのは、「これが現在の経済システムの問題だ」という批判から脱却し、「じゃあどうすればいいのか?」というポジティブな代替案を描くことです。
またWEALLは、ウェルビーイング・エコノミーの重要な要素は「参加」であると考えています。私たち全員が発言権を持っているのにもかかわらず、多くの人は、もはや自分たちが経済のシステムに対して「声」を持っているとは感じていません。WEALLは多くの人の声が響くプラットフォームを作っていきたいと思っています。
Q. 最近では「サーキュラーエコノミー」「ドーナツ経済学」「リジェネラティブ・エコノミー」も新しい経済の形として捉えられています。ウェルビーイング・エコノミーはそうした新しい経済の中でも、どのような存在とされているのでしょうか?
ウェルビーイング・エコノミーは新しい経済の「(ピクニック用)毛布」や「傘」と表現されることがあります。それぞれの経済学に独自の原則や動きがありますが、ウェルビーイング・エコノミーはそれぞれの経済が相互接続を探しと対話をするための土台として機能しています。「経済の目的を確認する場」とも表現できるでしょうか。
現在の経済のあり方は「私たちが経済に奉仕している」ことを前提にしていますよね。新しい経済に共通しているのは「経済が私たちと環境のために存在する」という考え方を前提にしている点です。そもそも経済は「地球を再生可能にし、事前に富を分配する」ための道具なのです。そう考えると、「経済を成長させ、その一部を使って不平等を減らす」必要がないとわかるのではないでしょうか。
WEALLが考えるウェルビーイング・エコノミーの指標
Q. ウェルビーイング・エコノミーは、GDPの成長だけを指標とする経済に比べると、計測が難しいようにも思います。どのような指標を使って、ウェルビーイングの観点から経済活動を評価していくのでしょうか?
それは非常に大切な質問だと思います。まず「GDPが捉えているもの」について考える必要があります。世界的な金融危機が起こったとき、そして新型コロナが蔓延したとき、危機から生まれた動きはGDPをもとに捉えられる動きだけだったでしょうか。メンタルヘルスを損なった人々もいましたし、新型コロナによって皆が地元にとどまったことで、地域のつながりがかえって濃厚になったというデータもありました。それらは、私たちがどれだけ生産し消費するかという数字だけでは表せなかった変化だと思います。
GDPの成長と市民の幸福度のギャップは、高いGDPを誇っている国でこそ露見しました。そして現在、そうしたギャップに気づいた政府が、「教育」「格差」「環境の持続可能性」「生物多様性」など代替のパフォーマンス指標を持ちはじめています。OECD諸国の大半がそうです。指標が増えると、そのエリアの状況をより多角的に捉えることができるようになります。
Q. それぞれ国・都市によっても重要視される指標は異なりそうですね。そうした指標を定める際に重要になることはどのようなことなのでしょうか。
「対話」と「それぞれの場所のコンテクストを大切にすること」だと思います。ウェルビーイングに関しては、同じエリアで暮らしている人でも異なる意見を持っています。それを人々に尋ねるプロセスこそが、ウェルビーイング・エコノミーを築く上で必要なことなのです。ワークライフバランスが取れていること、安全な住居で暮らせること、健康であること…… 自身が大切にしていることを、経済活動を通じて実現できると感じられ、政策にも反映されていると感じることこそが、ウェルビーイング・エコノミーが本当の意味での人々のウェルビーイングを達成するために必要となります。
従来の経済学の主要な問題の一つは、すべての経済がまったく同じように機能すると想定していることです。しかし、私たちの歴史、文化、資源、政治システム、これらすべてが経済に影響を与えていることは明らかです。ウェルビーイング・エコノミーを達成するための旅路は場所によって異なります。WEALLでは普遍的な原則を持ちながらも、地域ごとの文脈による「揺らぎ」を許容することが必要だと考えています。
スコットランド、カリフォルニア、アイスランド、コスタリカ…… WEALLのグローバルハブでの取り組み
Q. WEALLは世界各地に「ハブ」と呼ばれる拠点を持っていると思います。そうしたハブはどのように選定しているのでしょうか?また実際にハブではどのようなことが行われていますか?
WEALLはまだ若い組織です。最初の数年間は、ウェルビーイング・エコノミーの概念に共鳴し、実際にプロジェクトを動かしたいと思っているメンバーがいるところにとにかく拠点を構えるという形を取っていました。組織としても経験を積むために、それらのハブでは実験的なプロジェクトをいくつか行っていました。
私たちがやろうとしていることは、ウェルビーイング・エコノミーの基盤を各地で作ることです。そしてそれらの基盤ができたら、各地のコミュニティが自走していけるといいなと思います。WEALLがいつまでも存在し続けることを考えているわけではありません。
いままでWEALLの活動を通して、ニュージーランド、アイスランド、フィンランド、スコットランド、ウェールズにて、ウェルビーイング・エコノミーを指標に持つ政府が作られようとしており、GDPではない代替指標が開発されつつあります。そうした経済の改革はトップダウンだけではなし得ないことです。WEALLは草の根の動きと政府をつなぐことで、そうした指標の開発をサポートしてきました。ニュージーランド政府は、2019年に国民のウェルビーイングを促進するために予算を確保するようにもなりました。
また、カリフォルニア、カナダ、スコットランド、ニュージーランドなどのハブは協働で、「幸福にとって何が重要か」という質問に基づいた調査を行っています。これは本当に重要だと考えられる経済活動と行動を特定するためのウェルビーイングのビジョンを作成するためです。
Q. それぞれのハブが個別に活動するだけではなく、グローバルにガイドラインなどを共有しているんですね。
そうなんです。スコットランドがウェールズにアドバイスし、ウェールズがニュージーランドを支援するというような有機的な動きが生まれつつあります。2か月ごとに、グローバルハブが集まる機会があり、世界中のハブからの代表者がオンラインで顔を合わせます。つながりの時間があるということは非常に重要なことです。今後はまったく文脈が地域にも進出すべく、マレーシアにも拠点を作ろうとしているところです。
WEALLが考えるこれからの経済成長は?
今後新しい経済が様々な社会で重要視される可能性はあるものの、GDPを軸とした経済から移行する先が想像の範囲を脱しないだけに、その方向性が議論になることも多い。WEALLのメンバーはそうした議論にどのような眼差しを向けているのだろうか。また、日本の現状に対してもコメントをもらった。
Q. 今後の経済について「グリーン成長」なのか「脱成長」なのか、という議論が起こるなど「成長」という概念が注目を集めています。ウェルビーイング・エコノミーの観点からは「成長」について、どのように考えているでしょうか。
経済成長について話すとき、ほとんどの場合がGDPの成長であるということに留意する必要があります。でも、GDP成長率で捉えられるものは非常に狭いものですよね。GDPはどれだけのものがマーケットで生産・消費されているのかを教えてくれますが、私たちが「正しく」生産しているのか、実際のところ私たちが「どのような方向に向かって」「何をしているのか」を教えてはくれません。ですから、個人的には、成長への種類そのものが問題にはならないと思います。なぜ成長させたいのか、その理由こそが焦点です。
私たちは何を求めているのか?何を達成しようとしているのか?目的が違えば、それを達成するために、私たちが成長させる必要のある項目が変わってくるはずです。そのためにはもっと木を育てる必要があるかもしれません。あるいは、再生農場などをもっと建設する必要があるかもしれません。
そして、ここで重要な視点は「本当にサポートする必要があるものの多くは、収益化されていないものである」ということです。GDPの指標では、値札がないものはすべてなきものとされます。収益という価値基準だけで見ると、Amazonは世界で最も価値のある会社のひとつとされていますが、収益を生み出さないアマゾンの熱帯雨林の価値はゼロということになります。人々がその価値を思い出すのは、熱帯雨林が失われて、人間の活動に不便が出るときです。私たちはGDPがカウントできないものにもっと焦点を合わせ、それをどのように促進し、奨励し、報酬を与えるかを意識する必要があるのです。
例えばアイスランドは、「ジェンダー平等」を一つの重要な代替指標として受け止めています。彼らは自分たちの政策を評価するための価値として「公平性」という視点を重んじています。意思決定をする際に、より公正な判断ができるように、複数の指標による体系的な判断基準を持っているのです。どんな状態が公正なのか?それをどのように測定するか?これらは私たちが直感的に考えるものですが、ウェルビーイング・エコノミーを考える上での最も本質的な問いでもあると思います。
Q. ありがとうございます。最後に日本のことをお聞きしたいと思います。先日発表されたHappy Planet Indexの中で日本は57位でした。もしAmandaさんがこれからの日本の政策に対して提言をするとしたら、どのようにアドバイスされますか。
Happy Planet Indexの指標がすべてではありませんが、レポートを参照することは良い出発点になると思います。いま日本で人々が現状の生活にあまり満足していないとしたら、何が人々の原動力となり、モチベーションとなるのかを見てみる必要があるかもしれません。ワークライフバランスなのか?より有意義な仕事をすることなのか?安心感のあるつながりなのか?政府は、そうした種類の産業や活動に向けてスキルとコストを費やし、人々の社会的および生態学的な幸福を形成していく必要と責任があると思います。
また、基本的なことですが、Happy Planet Indexの分母になっているエコロジカルフットプリントを正しく削減し、どうすればエネルギーや資源を再生できるかを考えることも必要です。日本は古くから自然とのつながりを大切にし、人間を自然の系の一部として位置付ける習慣のあった国だと思います。そうした昔からの知見にインスピレーションを受けながら、環境や社会を再構築していくことが重要になってくるのではないでしょうか。
編集後記
いままで私たちは、資本主義が生み出してきた環境と私たち自身へのストレスを過小評価しすぎてきたのではないだろうか。Amandaさんの話を聞いて急速に汚染される自然環境だけなく、労働で心身を壊した自分自身や周囲の人々の経験が思い出された。
いままでの経済成長はいわば「より性能の良い自動車のエンジンを開発する」ことだけに重きが置かれる状態だった。そして多くの犠牲を出しながらも、速度と燃費の保証されたエンジンを開発することに私たちは成功した。しかし、「その自動車でどこに行きたいのか」ということについては十分に議論がなされてこなかったように感じる。
今後の社会の方向性を決定する上で、重要なコンセプトとなる「ウェルビーイング」。それを実現する第一歩としては、何を大切にしたいのか、周囲の人々に共有し、言語化し、対話する時間を持つことが大切になるだろう。WEALLが大切にする参加型のプロセスを通じて、経済の方向性を位置付けるプロジェクトが今後各地で誕生することが楽しみだ。
【参照サイト】Wellbeing Economy Alliance
【参照サイト】Happy Planet Index
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「問い」から始まるウェルビーイング特集
環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!