「小学生の時、スティーヴン・ホーキング博士の子ども向けの宇宙冒険小説『宇宙への秘密の鍵シリーズ』を読みました。その時から僕は、“二酸化炭素マニア”になったんです。」
そう話すのは、東京大学工学部に通う学生でありながら「化学者兼発明家」の肩書を持つ、村木風海(むらき かずみ)さんだ。小学4年生の頃から、地球温暖化を止めるための発明と人類の火星移住を実現させる研究に取り組んでいる村木さんは、2020年、一般社団法人炭素回収技術研究機構(以下、CRRA)を立ち上げ、その代表理事・機構長を務めている。
「地球を守り、火星を拓く」――この言葉をミッションに、CRRAで二酸化炭素の回収や空気から石油の代替燃料を製造する研究、有人火星探査の研究を行う村木さん。なぜ彼はこれらの研究を行うのか、炭素が持つ可能性とは何なのか――彼の思い描く未来の世界について、編集部がお話を伺った。
話し手:村木 風海(むらき かずみ)さん
一般社団法人 炭素回収技術研究機構(CRRA)代表理事・機構長。2000年生まれの化学者兼発明家。専門はCO2直接空気回収(DAC)、CO2からの燃料・化成品合成。現在は東京大学に在籍する傍ら地球温暖化解決と火星移住を実現すべくCRRAで独立した研究開発を行っている。2021年1月よりポーラ化成工業株式会社フロンティアリサーチセンター特別研究員、同年3月より株式会社Happy Quality科学技術顧問を兼任。代表的な発明にCO2回収装置「ひやっしー」などがある。
炭素研究のきっかけは、「火星に住みたい」という想い
村木さんの活動の原点は、「ホーキング博士の本」にあるのだという。
「本の内容は、主人公が、『ドラえもん』に出てくるどこでもドアのようなモノを使って、宇宙を旅していくというもの。中でも印象に残っているのは、火星の写真です。『人類が一番住めそうな惑星は火星だ』と書かれたページに挿入されていたのは、広大な赤い砂漠に青い夕日が沈んでいく火星の景色。青い海に夕日が沈んでいく地球とは真逆の光景に心を動かされ、『絶対いつかここに行きたい』『自分が、人類で最初に火星に降り立ち、一番初めに青い夕日を見る人になろう』と思ったんです。」
ホーキング博士の本と出会ってから、「取りつかれるように火星の研究を始めた」村木さんは、調べる中で、火星の空気の95%が二酸化炭素で覆われていることを知る。「いつか火星に行きたい」「住んでみたい」という強い想いを持っていた村木さんは、この「二酸化炭素をどうにかする」ことこそが、火星で暮らすために欠かせないと考えた。そして、「二酸化炭素をどうにかする」一歩目として、まずは「大気中の二酸化炭素を集められるようにしよう」と決意。こうして彼は、二酸化炭素の研究へと駆り立てられたのだった。
火星への憧れから二酸化炭素の研究を始め、やがて「地球温暖化を止めて地球上の77億人全員を救う」という大きな目標も抱くようになった村木さんは、これまで数々の発明をしてきた。しかし、今日に至るまでの道のりは決して簡単ではなかったという。
「特に大変だったのは、周りから理解が得られなかったこと。特に中学生や高校生のときは、やりたい実験をすることが許されず、自分のアイデアを証明する機会さえもらえませんでした。あのときは本当に辛かったです。」
自身のアイデアを諦めきれなかった村木さんは、当時、周囲に隠れて実験を行ったことがある。そのときに行った、空気中の二酸化炭素を集める実験は見事に成功。その後も、周囲から無理だと言われ続けた実験を幾度も成功させてきた。
「僕はメンタルが強い方ではないし、心ない言葉を言われるとすごく落ち込むんですけど、実験が上手くいった頃から、『逆境の中でこそ上手くいく』と思い込むことにしたんです。それ以来、周囲から『できるわけがない』と言われることこそ、『やってやるぞ』という気持ちで成功させてきました。」
世界最小の二酸化炭素吸収マシン「ひやっしー」
先述の、村木さんが高校生の時にこっそりと行った実験から生まれたのが、二酸化炭素吸収マシン「ひやっしー」だ。
「ひやっしーは、世界で一番小さい、ボタン一つで誰でも簡単に空気中の二酸化炭素を集められるマシンです。ひやっしーの中には、アルカリ性の薬品が入ったカートリッジが入っています。アルカリ性の物質は、二酸化炭素を吸い込むという性質があるので、入ってきた空気のうち二酸化炭素だけがひやっしーの内部に残り、残りの空気はもう一度外に出される仕組みになっているんです。」
二酸化炭素の量を減らすことは、温暖化対策になるだけでなく、人間の集中力向上や頭痛の緩和といった効果もある。そのため、ひやっしーはこれらの効果を狙い、自宅やオフィス、学習塾、病院の受付など、さまざまな場所での導入を目指してつくられたという。
村木さんは、「ひやっしー」の製作を試みた理由についてこう語る。
「2030年まで、つまりあと9年以内に、世界中に存在する二酸化炭素量を半分に減らさなければ、地球温暖化を止めることはできないと言われています。そのためには、今あるすべての乗り物の稼働を止め、すべての会社のオフィスや工場を営業停止にする必要があります。短期間ならそれらを停止することは可能かもしれませんが、2030年以降も同じ状態を続けなければ温暖化は止まりません。それはかなり難しいことだと思います。」
「今世界は、これまでに排出した二酸化炭素を回収しなくてはならない段階にあります。海外ではすでに、大きな化学工場のような施設で、空気中の二酸化炭素を回収するプロジェクトが実際に行われています。その化学工場を、例えば僕の故郷である山梨県の半分の面積に敷き詰めるだけで、世界中の一年間の二酸化炭素排出量を全部回収できることが分かっています。地球温暖化を止める技術はすでに確立していますが、そうした技術がなかなか社会に実装されていないのが現状です。」
ではなぜ、まだ実行に至っていないのか。理由について、村木さんはこう分析する。
「科学者がどれだけ頑張って研究をしても、予算がなければ研究を続けることはできません。またどれほど素晴らしい研究であっても、多くの人にそれが価値あるモノだと認めてもらえなければ、その研究結果は政策に反映されません。二酸化炭素の回収も、多くの人が温暖化に対する危機感を持ち、やる意義を感じていなければ、社会に実装するのが難しいんです。」
「もちろん技術の開発も大事ですが、今一番必要なのは、一人ひとりの意識が根っこから変わることだと思うんです。だから僕は、あえて“大型化”の流れとは逆行した、世界最小の炭素回収マシンを作りました。個人でも使えるようにすることで、一人ひとりにとって身近なものにしたかったんです。」
身近なものにしたい、という村木さんの想いは、ひやっしーのデザインにも反映されている。二酸化炭素回収マシンと聞くと、どこか無機質な“機械”を想像する。しかし、ひやっしーには顔が付いており、その表情は周辺の二酸化炭素濃度によって変化する。例えば、ひやっしーを外に連れていくと満面の笑みを見せてくれ、二酸化炭素が多いところに連れていくと息苦しそうにする。さらに、「おしゃべり機能」もついていて、話すことも可能。「化学に馴染みがない人にも使ってほしい」という想いから、ドラえもんのような親しみやすさを意識してつくったそうだ。
「そらりん計画」で、究極の二酸化炭素の固定化
そんなひやっしーが集めた二酸化炭素を何かに活用できないだろうか……?そう考えた村木さんが始めたのが、空(二酸化炭素)からガソリンをつくる「そらりん計画」。二酸化炭素からエタノールや軽油を作り出す計画だ。
「ひやっしーが集めた、薬品の中に溶け込んだ二酸化炭素を、藻類を使って光合成で糖分に変え、それをイースト菌(酵母)と一緒に混ぜて発酵させることでエタノールが完成します。これは、お酒をつくるのと同様の方法ですね。エタノール自体は、F1レーシングカーやロケットの燃料として使われることが多く、このエタノールに家庭や飲食店などから出る排油を混ぜ、5分くらいかき混ぜておくだけで、軽油に似た燃料ができます。この燃料は、トラックなどの大型乗用車、船や飛行機まで動かせるんです。」
「あと9年以内に乗り物の稼働を全部止めると言っても、今所有している車の使用を止めたり、買い替えたりすることは現実的に厳しいと思います。ですが、車に入れる油の種類を変えることなら難しくないと思うんです。近い将来、そらりん計画でつくった燃料をガソリンスタンドに導入できるよう、現在も研究を進めているところです。」
さらに、この燃料は燃料そのものとしてだけでなく、モノをつくる原料としても使えるのだという。例えばレジ袋、ペットボトル、ゴムなど……石油燃料由来のモノも、今後は二酸化炭素由来の燃料で、つくることができるというのだ。
「一度個体になった二酸化炭素は、燃やさない限り空気中に戻ることはなく、繰り返し循環し続けます。ペットボトルのように多くの製品がリサイクルされ続けることで、二酸化炭素を“モノ”として固定できるんです。これまで使っていた石油製品を、今後は『空気製品』に置き換えていくというのが、今の計画です。」
「僕はこれを“積極的二酸化炭素固定”と呼んでいます。二酸化炭素を地中や海底などに隔離、貯留することで固定するCCSなどとは違い、二酸化炭素を無駄にすることなく活用できるからです。生活を豊かにしながら温暖化を止めていける、究極の二酸化炭素の固定化だと思っています。」
二酸化炭素=悪じゃない。経済の仕組みにまで広がる、炭素の可能性
村木さんのお話を聞いていると、二酸化炭素活用の可能性が見えてくるが、実は二酸化炭素を使ったモノは、すでに私たちの身近に多く存在している。例えば、作物の育ちを良くする肥料や、二酸化炭素入りの化粧水、炭酸飲料、消火器、タイヤの空気など……さまざまな用途で使われている。しかし村木さんは、モノの製品への活用にとどまらない、二酸化炭素を中心とした新しい経済圏をつくることを構想している。
「現在CRRAでは、ひやっしーで二酸化炭素を集めた人に、航空会社のマイルのような『ひやっしーマイル』を提供しています。集めた二酸化炭素の量に応じてマイルが貯まる仕組みで、ランクはエコノミー、ビジネス、ファースト、ゴールドの4つ。1番最初のステータスでも、二酸化炭素1グラム当たりおよそ0.5マイルが貯まります。ひやっしーマイルは、交通系電子マネーとして使用可能で、電車に乗ったり飲み物を買えたりします。」
「僕がやりたいのは、このひやっしーマイルの仕組みをより発展させて、地球全体に『二酸化炭素経済圏』をつくること。お金ではなく、二酸化炭素を集めることで、人々が生活できる仕組みをつくることです。」
村木さんは例を挙げて説明してくださった。
「例えば今、ペットボトル飲料を1本買おうとするとき、100~200円くらい持っていれば購入することができます。しかしこの新たな仕組みでは、飲料の製造や運送にかかるエネルギー量(排出する二酸化炭素量)に相当するマイルも払わなければなりません。いくらお金を持っていても、二酸化炭素の削減に貢献してマイルを持っていなければ、モノを買うことができないということです。お金をたくさん持っている人がたくさんモノを買える世の中から、二酸化炭素をたくさん集めた人がモノを買える世の中に変わります。」
さらに、村木さんは、二酸化炭素マイルを教育や医療を受けられる権利など、公共サービスを受けられる権利と変えられるようにしたり、法定通貨や他の人のマイルと交換できないようにしたりすることで、二酸化炭素マイルの価値を維持できる仕組みづくりを検討しているという。
「他人に頼ることなく全人類が自分で二酸化炭素を減らすことができる。これが二酸化炭素経済圏において大切な要素。ひやっしーで集めた二酸化炭素マイルはもちろん、植林をする、電気代を減らすなど、さまざまな方法で二酸化炭素を削減した人にマイルを付与していく予定です。まずは、これを日本の離島や海外の小さな国などから試験的に導入し、いずれは地球全体で『二酸化炭素を減らす人たちの国』をつくりたいです。」
「これが実現すれば、みんなが目の色を変え、空気中から二酸化炭素を喜んで集めてくる未来が来るかもしれませんよね。最初は、環境問題に前向きなカフェなどから、この仕組みを導入したいと思っています。」
誰もがワクワクする伝え方をする
二酸化炭素を中心に社会が回る。そんな未来はそう遠くないのかもしれない。しかし、未だエネルギー分野などで化石燃料に大きく依存している日本には、石油産業などに従事する人たちが多くいるのも事実だ。そういった人たちはどうなるのか、村木さんの考えを聞いてみた。
「石油産業が培ってきた燃料の生成は、僕らが今進めている二酸化炭素から燃料をつくる際にも欠かせない技術であり、これからも必要とされると思います。さらに今、再生可能エネルギーを広めるための動きが見られますが、現状はかなり人手が不足しているので、今後はますます雇用が生まれるはず。必ずしも、現在石油・石炭関連の仕事に就いている人が、職を失ってしまうということではないと思います。」
「ただ、今みたいに『脱炭素しないといけない!』と、緊迫感を伴った雰囲気がはびこってしまうと、人々は反発するかもしれません。本当はそうでないとしても、仕事がなくなってしまうかも……と不安な気持ちになる人もいるでしょうし、邪魔者扱いされていると感じる人も出てきてしまうと思います。」
だからこそ、誰かに何かを伝えたい、理解してもらいたいというときには、「伝え方を工夫すること」が何より大事だと村木さんは言う。
「例えば、『脱炭素に向けて行動して』と言うのではなく、『再生可能エネルギーは環境に優しくて地球を守ることにつながるから、それを一緒に広めていきませんか』と伝える。もしくは、『今空気から石油をつくる研究が行われていて、それが上手くいけば、世界中の多くのモノが空気からつくれるかもしれないんだよ!』といった、ワクワクするような伝え方をする。そうすれば、反対する人は少なくなるのではないでしょうか。」
「基本的に、人はポジティブな感情でしか動かないと思っています。だからこそ、ゆるく『こうすれば楽しいじゃん』という風に伝えられたらいいなと思うんです。」
明るく前向きに分かりやすく、科学界の池上彰さんに
SDGsやサステナブル、エシカルという言葉がますます聞かれるようになっている今、「伝え方」は誰に対しても大事であるように思われる。もともと社会課題に興味がある人がいる一方で、そうではない人にとっては、課題に対してアクションを起こすことは義務感を伴い、「大変なこと」というイメージを持ってしまうことも少なくないのではないだろうか。
「エコに関心を持つのもSDGsという言葉が広まるのも良いことだと思います。でも、周りから言われてやるというスタンスだと、例えば高い志を持っている人を“意識高い系”と揶揄するような風潮が生まれてしまうこともある気がしています。それはおそらく、一人ひとりが心の底からやりたいと思っているのではなく、地球への義務感や使命感、それをやっているのがかっこいい、といった意識になっているからだと思うんです。そうなると、分断が生まれやすくなってしまうと感じます。」
「だけど今は対立している場合ではありません。だから、僕のような“二酸化炭素マニア”が、明るく前向きに環境問題のことを発信していきたいと思っているんです。文系出身の化学者として絶対に専門用語を使わず、科学のトピックが分からない人にこそ分かりやすく伝える。科学界の池上彰さんを目指したいと思っています。」
逆風を追い風と捉え、次々と世界を驚かせる発明をしてきた村木さん。最後に、活動の源泉は何なのか、伺ってみた。
「もちろん自分の発明によって温暖化を止めて地球を守る、という使命感もありますけど、僕は今やっていることが楽しくて仕方ないんです。ある意味、趣味で地球を救おうとしているのかもしれません(笑)。たまたま自分の好きな化学が、地球を守ることにつながっているだけ。だから誰に何を言われても続けられているんです。」
編集後記
村木さんに、ウェルビーイングについて聞いたとき、返って来た言葉がとても印象的だった。
「僕にとってのウェルビーイングのカギは、“ゆるふわ”です。」
“ひやっしー”や“そらりん計画”というネーミング、そしてひやっしー自体の見た目は、まさに“ゆるふわ”。それは、村木さんの「温暖化のことを誰にでも分かるように伝えたい」という想いから来ている。だが同時に、村木さんの生き方そのものにおいても、ゆるふわは欠かせない要素となっているようだ。
「僕自身の生き方であり、CRRAのミッションでもあるんですけど、誰もが明るく笑いながら、色々な課題が降りかかってきても『まだまだやれる挑戦がたくさんある!』と前向きに考えられるようになれば、それが社会全体の幸せにつながると思うんです。シリアスに問題を考えることも大事かもしれませんが、僕は、ゆるっとふわっとポジティブな思考を持つことが、結果的にウェルビーイングにつながると思います。」
社会と真剣に向き合えば向き合うほど、そして社会で起きていることを知れば知るほど、その課題の多さや、複雑さに圧倒されそうな気持ちになることがある。だけど、悲観的になり、どうすればいいか分からなくなったとき、「やるべきことを淡々とするのみ」とポジティブに考えること。自分自身のサステナビリティを大切に、社会課題と向き合うことも大事かもしれない。村木さんの話を聞いて、そう感じた。
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