“年齢差別(エイジズム)”――年を取っているという理由で排除されたり、劣っていると判断されたりすること。1969年に、アメリカ国立老化研究所の初代所長のロバート・バトラーによって提唱された。
「老い」と聞くと想像されるネガティブなイメージ。たとえば「いい年してこの服装はイタい」「年を取って(見た目が)劣化した」「年寄りは邪魔(「老害」などの蔑称)」などだ。このような認識は世代間の分断を生み、いずれは自分の首を絞めることになる。若者にとって今は他人事でも、年齢を重ねれば、遅れている、これだから高齢者は、と差別される側に回ってしまうのだ。
そんな年齢差別に対して、オーストラリアの広告代理店が動いた。国内で複数の拠点を持ち、若者に人気の広告代理店Thinkerbell社が2020年11月に新たに始めたインターンシップ・プログラム。応募の条件が、55歳以上であることだったのだ。「Thrive@55」と呼ばれるこのプログラムは、同社での8週間の有償インターンシップを提供するもの。映画『マイ・インターン』を彷彿とさせる取り組みだ。
「55歳を過ぎると、特にデジタル・クリエイティブの世界では“劣っている”と見られがち。でも考え方や経験の多様性って必要だと思うんです。」Thinkerbell社のCEO・Margie(マーギー)さんはそう話す。
広告業界のような若者の多く働く場で、年齢を重ねることに「ポジティブ」な職場は作れるのか。第一弾の8週間のプログラムを終え、第二弾の実施を控えているマーギーさんに話を伺った。
年を取る=採用されない、が普通の広告業界
Thinkerbell社によると、オーストラリアの広告業界で働く人のうち、50歳以上の人の比率はわずか5%だという。たしかに、昨今の急速なインターネットの発展に伴い、デジタルネイティブであるミレニアル世代やZ世代が強みを発揮しやすい環境なのは間違いない。高齢化社会にもかかわらず、広告業界が若者ばかりになっている現状は、採用時にそのような思考が働いていることも起因している、とThinkerbell社は話す。
Q. 年齢差別の現状を教えてください。
多様な人が住むオーストラリアでも、多様性が必ずしも歓迎される訳ではありません。たとえば広告業界で働く人のほとんどは、20代から30代の若い人です。こうした若い人ばかりが起用される理由には、業界が安価で、スピード感を持って、ハードに働いてくれる人材を求めていることもあります。年齢が上がっていくたびに、人件費が高くなり、働き方もゆっくり、そしてあまり長くは働いてくれないだろうという考えがあるのです。そういった高齢者に対するネガティブな雰囲気が渦巻いています。
今回、私たちが有償インターンシップにあえて「55歳以上」という年齢制限を設けたのは、そんな「年を取ると劣化していく」イメージを打破するためです。
Q. 「55歳以上のインターン募集」を大々的に打ち出すことに、ためらいはなかったですか?
もちろん、勇気のいる取り組みだという認識はありました。このプログラムに対して法的なアドバイスを受けたとき、担当弁護士には「やめた方がいい」と言われたんです。このプログラムは、55歳以下の人を排除することになるのではないか、と。多様性を歓迎するための取り組みだけれど、場合によっては逆に若い人々から差別として訴えられてもおかしくないと言われました。
ですが、私たちは今回あえて「55歳以上」に挑戦してみようと思いました。時間をかけて身に付けてきた知恵や経験、戦略、判断力はきっと組織の強みになると感じたからです。
また、才能を持った高齢の人たちは、普段このような広告業界のインターンに応募しようとも思わないことも知っていたからです。彼らは、企業が一定以上の年齢の人々を求めていないことをよく理解しています。ですのでThinkerbellは、そういった人たちに門戸を開いてみました。
Thrive@55の募集を開始してさまざまなメディアに取り上げられましたが、私たちが思っていたよりも人々には好意的に受け止められた気がします。支持すると言ってくれた方々もいましたし、他の企業から「同じような取り組みをしたい」といったお問い合わせも相次ぎました。今回のような取り組みが増えれば、55歳以上の人々に対するネガティブな見方も変わっていくと思います。年齢を重ねること自体がネガティブではないのです。
Q. 実際、どれくらいの人たちが応募をしてきたのでしょうか?
プログラムには、なんと250人超の応募がありました。面接でさまざまな人とお話をしたのですが、いきなり新たな道が開けたように感じた、新しい場所で学びたいと思った、などと言ってくれる人がいました。「これまで仕事を一生懸命頑張っていたけれど、会社からはもう必要とされていないような気がして…… 」と感じていた人も、自分の才能の新しい使いどころがあると捉えてくれたようです。
応募する段階で、私たちの価値観にかかわる複数の質問に答えてもらいました。そこで会社と合いそうな人たちにコンタクトし、25人と面接をしたのです。最初は応募者の中から2人を選ぶつもりでしたが、どの人も才能があり甲乙つけがたく、結局Thinkerbellでは3人のインターンが誕生しました。
3人のインターンシップを通して学んだこと
8週間の有償インターンシップは、Thinkerbellのメルボルンとシドニーにあるオフィスでそれぞれ行われた。今回のプログラムでは、課題や障壁はあったのだろうか。また、会社としてはどのような学びが得られたのだろうか。
Q. 8週間のあいだ、インターンたちはどのような役割を担い、何を経験したのでしょうか?
今回、私たちはインターンたちの「やりたいこと」や挑戦に制限を設けず、ある程度の自由さを持たせてみました。最初の週から、さまざまな業務をしてもらったと思います。たとえばメルボルンのオフィスで働いてくれたジョンは、クライアントへの広告アイデア出しや、ラジオ番組やCMで使われるジングル(※1)の作成などにかかわってもらいました。彼はもともとクリエイティブの業界にいて、私たちにとってみればアイデアの宝庫でした。これまでジングルの作成などは誰も手を出そうと思ったことがなかったのですが、完成したものを聞いて、音楽の持つ力を感じました。どのような挑戦でも「やればできるという空気(Can-do attitude)」を会社に広めてくれたことも、ジョンの功績です。
※1 ジングル:テレビのコマーシャルや、ラジオで場面の切り替わりをわかりやすく伝えるための短い音声。
他にも、シドニーのオフィスで働いてくれたクリスは、とても包容力のある女性でした。みんなのやる気を引き出し、課題解決に向けて動く原動力になっていました。彼女はここで、プロダクトやサービスをただ作るだけではなく、売り込むスキルを学んだと言っています。
インターンたちは全員、他にも職を持って、働いている人たちです。彼らにとっても、オフィスで働くメンバーにとっても、いい影響をもたらし、新しい人生の道を開ける経験になったのではないかと思います。最終的には一人ひとりが、Thinkerbellでの経験と学びをまとめた発表も行いました。
Q. 一緒に働くうえで、課題や障壁はあったのでしょうか?
もちろん、インターンたちが新しいスキルを学んだり、適応したりするのにある程度の時間はかかりました。しかし、違うオフィスで働いていてもよくオンライン通話をしていて、リアルタイムにフィードバックができる体制があったので、課題があればすぐ改善に取り組むことができました。
今回のプログラムがうまくいった要因の一つは、互いに尊重する職場環境を作ろうとスタッフみんなが思っていたことです。どちらのオフィスで働くスタッフも、インターンを「55歳以上の人」として扱わず、同じ職場で働く一人の仲間として接していました。新しいスキルに適応できない=だめな人、というように扱うことがなかったので、インターンたちも申し訳なく感じる必要がなかったのではないかと思います。実際、ジョンなどは「みんなが根気よく接してくれた」と言っていました。
Q. 今回のインターンシップの実施から、どのようなことを学びましたか?
正直、インターンシップの初日は私たちも、そしてインターンたちも緊張していました(笑)。しかし8週間のプログラムを終えて、異なるスキルや経験、バックグラウンドを持つ人たちと共に働くことの素晴らしさを改めて実感しました。私たちにとっても、凝り固まった「こうでなければいけない」を取り払い、柔軟に働いてみる機会となったのです。
私たちが今回得たものは、尊重の気持ち、感謝の気持ち、そして共通の経験です。普段は新進気鋭の広告業界代理店には応募してこないような人々に対して広く門戸を開けておくだけで、多くの人にチャンスや気付きを与えることができ、インターンも、私たちも共に成長する経験となったことを嬉しく思います。
Q. 同じような挑戦をしたいと思っている会社に、メッセージはありますか?
実は、今回Thinkerbellがこの55歳以上のインターンシッププログラムを行ったのは、他の会社でもやろうと思えば実行できることを見せるためでもありました。多様な人を受け入れることは、人事部だけが行うことではありません。ビジネス全体で、全員で実践することです。私たちはこのことを伝えたかったんです。
カナダやアメリカの会社でも、今回私たちが行ったプログラムと同様の取り組みが始まろうとしています。私たちの得た知識や経験は、喜んでシェアしますので、ぜひ皆さんにも挑戦してみてほしいです!
大切なのは「人々の違い」を真に理解すること
Thinkerbell社は、2022年に第二弾のThrive@55を実施予定だ。そこには、第一弾のプログラムにインターンとして参加した3人も協力に入り、次の「55歳以上」の人々の先輩となって、サポートを行う。こうして、新たな才能の輪が広がっていく。
広告業界のような若者の多く働く場で、年齢を重ねることに「ポジティブ」な職場は作れるのか。Thinkerbell社のインターンシッププログラムでは思い切って年齢制限を設け、お互いを尊重する雰囲気の中で、双方にとって実りのある経験にできたようだ。もしあなたの働く会社で同じようなプログラムが始まるとしたら、何が課題になり、どのような経験が得られそうだろうか。
多様な人を受け入れた先に何があるのか、それは会社によってさまざまだろう。しかし一つ言えるのは、これまで業界や社会などから排除されてきた人々のウェルビーイング向上、そして会社でずっと働いてきた人が他の視点からものを見て、成長する機会になるということだ。最後に、そんなウェルビーイングについてマーギーさんに聞いてみた。
Q. あなたにとってのウェルビーイングとは?
オーストラリアが厳しくロックダウンしている中で、私もウェルビーイングについて考えていました。大切なことは、自分の心と体にはさまざまなことが起こっている、ということを理解して、自分が一番平穏でいるためのバランスを見つけることだと思います。
辛い状況を乗り越える力も大切ですが、「大丈夫じゃないとき」があってもいいんです。心と体で起こっていることは、一つひとつが点ではありません。すべてがどこか他の場所に作用する流れになっていて、その結果言いようのないストレスを感じることは、どうしてもありますから。
Q. あなたの事業にかかわるすべての人のウェルビーイングを保つために、何が大切だと思いますか?
みんなが違うことを理解し、尊重すること。当たり前ですが、私たちは生活習慣も価値観も違う人たちと働いています。朝型の人もいれば、夜型の人もいる。ストレス発散の方法として、静かにヨガをする人もいれば、思い切り歌ったり全力で走ったりする人もいるでしょう。だから仕事のフィードバックの仕方一つとっても、今あなたの目の前にいる人にとってはベストな言い方が、他の人にとっては違うかもしれないということを認識しなくてはなりません。全員に「自分にとっての最適解」を当てはめようとせず、人は真に多様だということを理解することが大切だと思います。
ウェルビーイングを遠ざけるものの一つは「自分はのけ者/孤独だ、と感じること」だと私は思います。だから、CEOとしてそんな多様な人たちに寄り添い、共感し、つながりを持とうとすることを、これからもしていきたいです。
「問い」から始まるウェルビーイング特集
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【参照サイト】WHO – Ageing: Ageism