「地域による格差はたしかにあります。でも、今に満足してる同い年の子たちにまで格差の現状を伝えることが、本当にその子たちを幸せにするのかなって。いつも自分に問いかけてます」
そう語るのは、青森県に住む高校2年生の木村栞(しおり)さん。木村さんは、都市と地方の情報格差・機会格差・意識格差に取り組む学生団体「LINDEAL(リンディール)」の活動メンバーである。
LINDEALは、「東北の高校生が “自分の未来は自分で作る” という意識を持つ」ことを目指して、青森の高校生らが立ち上げた団体だ。地方でのあらゆる格差をゼロにすべく、同じ世代に向けたサマースクール・課外活動についての情報発信や、高校生同士の交流の場の提供などを行っている。
都市と地方の格差。街の規模も、環境も、文化にアクセスする機会も、将来の選択肢も違うなかで、青森に住む若者たちには、格差の実態がどのように見えているのだろうか。「格差を埋める」活動をしているなかで、彼女たちはどのようなことを感じているのだろうか。編集部は、LINDEALで活動する木村栞さん(高2)、下日向亜澄さん(高2)、中尾ひとみさん(高1)ら3人に話を聞いた。
団体プロフィール:LINDEAL(リンディール)
2018年10月、青森県に住む高校生たちによって立ち上げられた学生団体。都市と地方の間に存在する格差について広く知らせ、同年代の学生たちの変化・行動につなげるためののイベント・ワークショップの開催を東北各地で行う。「linkage(つなぐ)」と 「ideal(理想的な)」を組み合わせた造語が団体名となっている。メンバーは全員高校生なので、上級生卒業のタイミングで世代交代があり、2021年現在は3期目である。
データで見る地域間の教育格差
はじめに、LINDEALが挑む教育分野の地域間格差の実態について、簡単にさらっておく。
ベネッセ教育総合研究所の調査研究報告書(※1)によると、全国学力テストにおいては、基礎問題・活用問題ともに大都市圏(この調査では、政令指定都市およびそこへの通勤通学内の市)に住む子供たちのほうが、市部や町村部に住む子供たちよりも平均正答率がわずかに高いことがわかっている。
また地域による親の学歴を見ると、大都市圏の親の大卒率は市部や町村部に住む親の1.5~2倍。また、大都市圏では「一人あたり、1か月分の学校外教育への支出」について「2万円以上」支出している割合が33.1%と、他を圧している(市部9.5%、町村部6.2%)。学校外の塾や英会話レッスン、プログラミングスクールなどの学習についても熱心な親が、都市には多いようだ。
他にも、都市と地方の「大学進学への期待度」の違いについて、教育社会学者の松岡亮二氏は、著書『教育格差: 階層・地域・学歴』の中でこう述べている。
三大都市圏(※3)や大都市(東京都の区部など)に居住している児童・生徒は、他地域と比べて、より大卒の大人に成人に囲まれていることになる。近隣効果研究を踏まえると、大卒ロール(役割)モデルとの交流・ネットワーク形成、それに大卒を前提とする規範の内在化などが大学進学への期待を持つことに繋がると考えられる。
近隣住民の大卒者割合に大きな差があり、その差が近年において拡大していることは、義務教育段階で公立学校を学習指導要領や財政支援などで全国的に支援しても是正できない広い意味での教育 “環境” 格差の存在とその拡大を意味する。
(松岡亮二. 『教育格差: 階層・地域・学歴』.筑摩書房, 2019 より引用)
※3 三大都市圏=東京・大阪・名古屋
ここでのポイントは、子供本人にはどうしようもない初期条件(地域や出身家庭、周辺にいる大人たちなど)によって子供の選択肢の幅が狭まってしまうこと。その結果、最終学歴や人生の選択の仕方などにも影響が及び、将来的な働き方や収入などの「次世代の格差」が再生産されてしまう仕組みがあることだ。
現役高校生が挑む、都市と地方の「差」
青森に住む高校生たちは、普段の生活でどのような「差」を感じているのだろうか。
木村さん:TOEICやTOEFLなど、英語の外部試験は青森県内で受けられるものが少なく、一番近くて仙台まで行かないといけないことも。また大学のオープンキャンパス一つ行くのにも、たとえば東京の大学を目指すなら、自宅からの交通費・そして現地での宿泊費が十分に用意できないといけません。アクセスは、都会の学生に比べて不利だと感じます。
下日向さん:周りの子たちの意識も違うかもしれません。最近、急に学校の先生が「ボランティアなどの課外活動をしてみたらどうだ」とおすすめしてきています。私にとって、課外活動は自分の選択肢を広げるものですが、活動を終えた友達に正直な感想を聞くと「めんどくさかった」と答える人が大半でした。将来の夢や、行きたい大学が決まっていない人も多いです。
中尾さん:私の通っている公立高校では、生徒たちが自分で考えて発言する機会がほとんどありません。授業は先生が黒板に内容を書いて、たまに挙手して答えを言うくらいです。
また、大学はとにかく勉強して入るもので、それ以外の時間は重要ではないかのような教え方をされます。課外活動の選択肢が少なく、ひたすら受験勉強に時間を割くのです。勉強のゴールが「大学入学」になってしまっています。何か勉強したい目的があり、その手段として大学を選ぶ、というわけではないので、入学したら燃え尽きる人もいると聞きました。地方での意識格差が、ゆくゆくは仕事の選択・経済格差につながると感じます。
LINDEAL設立のきっかけも、2018年に行われた「高校生のための日本の次世代リーダー養成塾」に参加した同団体の初代代表の高校生らが、都市と地方の格差を感じたことだったという。
全国の学生たちが集まってディスカッションをする場で、東京や大阪出身の学生たちが学校の勉強以外にボランティア活動や模擬国連への参加、海外経験をしているなか、青森の高校生たちは「同い年の子がそんな活動をしていることすら知らなかった」ことに気が付いた。
模擬国連などの場では参加者の多様なアイデアや事業内容などが飛び交っており、インターネットでは得られない能動的な学び・体験ができる。また、そこで出会った人との「つながり」が生まれることも魅力だ。イベントに参加できないのなら、後で当日の資料を読めば良い、という話ではなく、その場に参加できる人とできない人の間には、確かな「情報格差」「体験格差」がうまれてしまう。
しかし、こうしたワークショップなどの課外活動の多くは大都市で開催されるため、都市に住む高校生と地方に住む高校生の間に課外活動における「機会格差」があるのは確かだ。
課外活動で得た情報は、その後の自己形成の材料や物事に対する見方の変化、視野拡大、社会課題への意識向上、モチベーションアップなどにつながる。それらを得ている都市の高校生と地方の高校生のあいだには新たに、「意識格差」がうまれることとなる。
情報格差、体験格差、機械格差、意識格差……
「これらの格差をゼロにすることで、私たちは都市部の高校生と『同じスタートライン』に立つことができる。」
LINDEALのウェブサイトにはこう書かれている。
LINDEALの主な活動は二つ。サマースクールや課外活動に関する情報の提供(SNS上)と、地域を越えた高校生同士の交流の場となるイベント企画だ。スポンサー企業による金銭的支援や、影響力のある東京の学生団体、またLINDEALを卒業した大学生たちのアドバイスを受けながら、東北の高校生に情報を届け、参加することで新たな世界がひらけるような企画を日々考案している。
たとえば、「英語が喋れない生徒でも異文化交流はできる」ことをテーマにした交流会や、学生団体「Let’s MUN!」と合同で開催する模擬国連などだ。
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「いざ活動をはじめてみると、青森県内でもさまざまな探求学習や課外活動をしている学生がいることを知り、驚きました。」と木村さんは言う。コンセプトに共感した人々から応援してもらったり、これまで課外活動に関心のなかった地元高校生が、LINDEALの主催イベントをきっかけに他の課外活動にも参加したいと報告してくれたりしたこともあったという。
押しつけになっていないか?格差是正に取り組むうえでの葛藤
活動を続けるなかで、難しさを感じることも多々あるという。
下日向さん:課外活動に関しては、気候変動、ジェンダーなど「難しいことばかり話すんでしょ?」と思っている方も多いです。ですが実際は、「『好き』ってなんだろう」など自分に身近なトピックについて話し合うようなイベントもたくさんあります。国際〇〇会議に参加することだけが課外活動ではないんです。興味のない人に課外活動の面白さを伝える難しさは日々実感しています。
また、中尾さんは「格差自体の存在」が伝わらないこともあると話す。
中尾さん:都市でも地方でも「格差なんて存在しない」と思っている方はいるようですが、少なくとも、青森に住んでいる私からすれば、学力やジェンダー観など含め格差は「ある」と日常的に感じています。大人が何気なく、ぽろっと呟いた一言に傷つくこともあります。格差がないと思っている人にも、今一度視野を広く持って、日常を見つめ直してみてほしい。そのための伝え方には日々悩んでいますね。
また、ボランティア活動やワークショップなど、こんな課外活動があるよ、という情報をクラス内のライングループなどで友達に知らせることがあるのですが、「おすすめ」と「押し付け」の加減が難しいと感じます。私がいくら価値のある活動・将来の役に立つ活動だと思っていても、受け取る側に興味がなければ、ただ「迷惑」「しつこい」と思われるだけなんじゃないか……って。
木村さん:私も、よく自分に問いかけてます。同い年の課外活動に興味のない子たちに情報を届けて、本当にその子たちを幸せにするのかなって。都市と地方の格差のことを、現状に満足している子たちにまで伝えることは、その子たちを否定していることにならないだろうか、と。私は勉強だけでやっていく、課外活動がなくてもいい、という人もいるかもしれませんから。
木村さん:だからこそ、LINDEALでは、課外活動の情報を、みんなにとってのテレビCMのような存在になるまで発信し続けたいと思っています。テレビCMというのは、日常生活の中で何度も何度も見かけて、耳にするもの。ですから、CMに触れている人は、商品に興味がなくても、買う気がなくても「こんな商品がある」ということは知っている状態になりますよね。そんなふうに「こんな選択肢があるんだ」ということを、頭の片隅に置いておいてもらえたら、と思うんです。
都市で当たり前のように触れている文化や教育、人間関係を変える機会があるように、青森県の中でもそうやって、「無意識でも、いろいろな選択肢が揃っている」状況を作っていけたら嬉しいです。
高校生たちが等身大で考えるウェルビーイング
LINDEALの理念は、「学びの場の充実による幸せな生活の実現」だ。LINDEALはこれからも世代交代しながら、さまざまな情報発信やイベントの企画を行っていく。今後は、高校生目線での「都市の地方の意識格差」に関する大規模なアンケートの実施なども考えているという。すべての人に情報が届き、学習の機会を提供し、本人や周りの人の意識を変えることでウェルビーイングを実現していくのだ。
最後に、そんな彼女たちにとってウェルビーイングとは何かを聞いてみた。
木村さん:やりたいことが明確になっていて、それを実現できること。幸せの形は人それぞれで、課外活動に参加できることが幸せな人もいれば、そうでない人もいます。自分のやりたいことがわかっており、金銭面でも機会的にも無理なく実現できる社会になったらいいなと思います。
下日向さん:誰かを思いやり、受け入れること。格差以外の問題でもそうだと思います。まずは相手を思いやることで、偏見や差別が減っていくのではないでしょうか。
中尾さん:オープンな環境で、広い視野を持った人たちが周りにいてくれたら幸せです。これをすべき、これが100%正義だ、という考えがコミュニティに広がると、格差も断絶も広がります。こういう活動もある、こういう人もいる、というふうに柔軟に理解できることが大切だと思います。
編集後記
取材の中で印象的だったことの一つは、LINDEALのメンバーがオンラインイベントなどで東京の高校生たちと話しているときに「課題を理解されない」と感じているということだった。
「都市に住む高校生たちは、地方での状況を実際に体験しているわけではないので、私たちも 『情報がないなら探せばいいじゃん』と言われます。ですが、そもそも選択肢の存在を知らないので、『調べてみよう』という発想にすら至れないことが多いんです。」と木村さんは言っていた。
東京近郊に住んでいると、日常的に地域格差を実感する機会はそう多くない。しかし地方から上京したとき、逆に都市部から小さな町に引っ越したとき、また地元の友人との会話をしているときなど、ふとしたタイミングで、住んでいる場所やコミュニティの「差」を目の当たりにすることはある。
今社会を変えようと動いているのは、まさにそんな「痛み」を経験した人々ではないか。周りに目を向けることで、見えてくるものはある。IDEAS FOR GOODでは、彼女たちの、そして同じように「何かしたい!」とやきもきしている人の追い風になるように、今後も情報発信を続けたい。
※1 ベネッセ教育総合研究所 – 教育格差の発生・解消に関する調査研究報告書
【参照サイト】内閣府 – 地域間の経済格差とその要因
「問い」から始まるウェルビーイング特集
環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!