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2019年12月、中国の武漢を皮切りに世界中に広がった新型コロナウイルス感染症によるパンデミック。2021年4月時点で全世界の感染者数は1.4億人、死亡者数も300万人を超えており、その勢いは未だとどまるところを知らない。
未曽有のパンデミックという人類共通の体験をきっかけに、世界はその方向性を大きく修正しようとしている。コロナからの経済復興においては「グリーンリカバリー」が叫ばれ、気候危機に立ち向かうために脱炭素とサーキュラーエコノミー(循環経済)への移行が世界の共通言語となった。
また、Oxfamが今年の1月に公表したレポート「The Inequality Virus(不平等ウイルス)」にもある通り、コロナによる世界の格差と貧困の深刻化が懸念されるなか、より公平な経済社会システムへの移行がかつてないほどに求められている。
「環境正義」という言葉に代表されるように、もはや気候危機や生物多様性の喪失といった環境課題と貧困や差別といった社会課題は切り離して考えられるものではないという認識も一般化しつつある。
2021年のダボス会議のテーマは「グレート・リセット」だが、いままさに世界は経済成長のために環境を破壊し、格差と分断を生み出してきた従来のシステムをリセットし、環境を再生しながら社会的公正を実現できる新たな経済システムへと移行する必要性に迫られているのだ。
このような大きな動きの中で、私たち一人一人の価値観も大きく変わりつつある。コロナにより健康や命と向き合う時間が増えるなか、自分が生きる意味や働く意味について改めて考えたという人も多いだろう。人と会うことが難しくなり、改めてつながりの大事さを感じた人や、地元や家族などすでに足元にあるものの価値に気づいた人もいるかもしれない。
誰も正解を持たないなかで新しい経済・社会システムや生き方を模索していく必要があるこれからの時代、私たちはどのように「よりよい未来」を描けばよいのだろうか。そこでIDEAS FOR GOODがキーワードになると考えているのが「ウェルビーイング」だ。
ウェルビーイングとは?
ウェルビーイングとは何か。この問いに、辞書で調べた定義以上の自分なりの回答を見つけることが、この特集のゴールでもある。
一般的に、「ウェルビーイング」とは肉体的にも精神的にも社会的にも全てが満たされた状態にあることを指し、日本語では「幸福」や「幸せ」と訳されることも多い。また、ウェルビーイングは短期的・瞬間的な幸せを意味する「Happiness」とも異なり、人生にわたる長期的な幸せの実現を意味している。さらに、ウェルビーイングには個人のウェルビーイングもあれば、地域・コミュニティ全体としてのウェルビーイング、社会全体としてのウェルビーイングもある。
コロナを経て、この「ウェルビーイング」というキーワードに対する注目は世界中で高まりつつあることが分かる。
(Googleトレンドより。検索キーワード:Wellbeing / 対象:全ての国)
なぜ、ウェルビーイングなのか?
IDEAS FOR GOOD編集部では2020年1月に「欧州サーキュラーエコノミー特集」を開始し、気候危機や格差といった喫緊の環境・社会課題の解決策となりうる新たな循環型の経済モデルを模索していた。
そしてその後にパンデミックが起こり、グリーンリカバリーや”Build Back Better”といった言葉がメディアを賑わせ、世界中で新たな経済社会システムへの移行が叫ばれるなか、サーキュラーエコノミーやドーナツ経済学といった概念に対する注目はますます高まることになる。その潮流を追うなかで最終的にたどり着いたのが、「ウェルビーイング」というキーワードだった(参照:IDEAS FOR GOOD Business Design Lab *2020年8月号*コロナ禍で広がる、ウェルビーイング・エコノミーとは)。
ウェルビーイングは、サーキュラーエコノミーをはじめとする新たな経済や社会の概念に対して究極の目的を提示するものだと言える。どんな経済も社会も、究極的には私たち一人一人の幸せを実現するためにあるはずだが、いつの間にか手段が目的化してしまい、結果として私たちの幸せが脅かされる状態になっている。それがいまの世界ではないだろうか。
ウェルビーイングを実現するためには、環境・社会・経済の全てを考えることが欠かせない。これは個人のレベルで考えてみると分かりやすい。私たちの健康には綺麗な空気や水が欠かせないし、自然は心を安らかにしてくれる。私たちが手にする食べ物からスマートフォンにいたるまで、元を辿ればすべては自然の恵みからできている。しかし、それだけで私たちが幸せになれるかというとそうではない。社会的な存在である人間にとって、人とのつながりやコミュニティへの帰属、仕事など、社会における役割も重要だ。そして、健康で文化的な生活を送るための経済的な土台も欠かせない。
そのため、ウェルビーイングを追求しようとすると、必然的に環境・社会・経済という3つのつながりを理解し、バランスをとることが求められるようになる。これは、個人・地域コミュニティ・都市など、どのレベルのウェルビーイングを考えるうえでも共通して言えることだ。
ウェルビーイングの実現を目的に据え、人間が創り上げている様々なシステムをそのための手段として考えると、何を残し、何をリセットすべきなのかが少しずつクリアになっていく。だからこそ、IDEAS FOR GOODでは「ウェルビーイング」という概念を、次なる「よりよい世界」を読者の皆さんと考えていく上でのキーワードにしたいと考えた。
ウェルビーイングを模索する6つのテーマ
本特集では、ウェルビーイングという概念の本質をより深く捉えるために、あえて少し遠回りをしながらその輪郭を埋めていく。ウェルビーイングを実現するうえで欠かせない環境・社会・経済という3つの視点から6つのキーワードを設定し、世界の潮流を踏まえながら、私たちが目指すべきウェルビーイングとはどのようなものなのか、そのヒントを探っていく。
脱炭素
一つ目のキーワードは、昨年10月の菅首相による「カーボン・ニュートラル」宣言以降、日本でも毎日のようにメディアを賑わせている「脱炭素」だ。「脱」と聞くと何だか炭素が悪者のようにも聞こえるが、実際のところ炭素は私たち生命や地球に欠かせない元素である。問題は、炭素そのものではなく私たち人間が炭素の居場所を変えてしまったことにある。ウェルビーイング特集では、「炭素」そのものの理解からはじめ、炭素の循環という視点を踏まえつつ、世界中で取り組みが進む脱炭素の流れと新たな経済・社会システムとの関係性を紐解いていく。
再生(リジェネレーション)
二つ目のキーワードは、「再生(リジェネレーション)」だ。気候危機や資源枯渇が深刻化するなか、世界では環境負荷をできる限りゼロに近づける“Less bad”の考え方に基づいた「サステナビリティ」では不十分であり、経済を通じて環境を再生する”More good”を目指す「リジェネレーション」への移行が求められている。人間と自然を分けて考え、自然を開発・管理可能な対象とみなすのではなく、人間を自然の一部と捉え、大きな生態系システムの中でともに繁栄していくことを目指す「リジェネレーション」の考え方をいち早く取り入れ、新たな事業モデルの構築を進めている企業や団体の事例を通じ、人間と自然とのリジェネラティブな関係性を問い直していく。
循環(サーキュレーション)
三つ目のキーワードは「循環(サーキュレーション)」。英国に本拠を置くサーキュラーエコノミー推進機関のエレン・マッカーサー財団は、サーキュラーエコノミーの原則として「Regenerate Natural System(自然のシステムを再生する)」「Keep products and materials in use(製品と原材料をできる限り使い続ける)」「Design out waste and pollution(廃棄や汚染を出さない設計)」の3つを掲げている。サーキュラーエコノミーは、経済活動を通じて自然を破壊するのではなく自然を再生し、自然界と同じように一切廃棄物のない循環型の経済システムを構築するという壮大なビジョンだ。人間は、経済活動のスピードとリズムを、自然にもとから備わっている循環のスピードとリズムに合わせて設計し直すことはできるのか?先進企業の事例も踏まえつつ、「循環」という概念の本質を探っていく。
多様性(ダイバーシティ)
四つ目のキーワードは、「多様性(ダイバーシティ)」。循環するシステムの実現に欠かせないのが「多様性」であることは、自然界を見れば言うまでもない。自然の摂理に従い、経済や社会のシステムを設計し直すとすれば、多様性をめぐる議論は避けて通れない。人は本来ひとりひとりが異なる多様な存在であるはずなのに、生産性と効率を重視するシステムが画一性を要求し、わたしたちがありのままでいることを許してくれなかった。いま人間の社会に起こっていることは、システムが想定した人間と、私たちの実態との間に生まれた歪ではないだろうか。ここでは、そもそも多様性とは何か?なぜ多様性が必要なのか?という根本に立ち返りつつ、多様性とウェルビーイングの関係性について掘り下げていく。
格差
五つ目のキーワードは、「格差」だ。コロナをきっかけにESG投資の世界でも「S」に注目が集まり、Green & Just Recovery(グリーンかつ公正な復興)という言葉も生まれるなど、格差や貧困の解消に向けてより包摂的で分配的な移行を目指そうとする動きは加速している。しかし、理想とは裏腹に、コロナをきっかけに世界の経済格差はますます拡大しているのが現状だ。飲食店の倒産や失業者のニュースと、最高値を更新しつづける株価のニュースを同時に見ながら、言葉にできない違和感を覚えている人も多いだろう。パイを増やすのは得意でも、分配するのはとても苦手な今の経済システムを、私たちはどのように再設計できるのだろうか。ここでは「格差」という視点から、世界全体のウェルビーイングの実現に向けて立ちはだかるリアルな課題についても洞察していく。
あたらしい経済
そして最後のキーワードが、「あたらしい経済」だ。GDP偏重からの移行が叫ばれるなか、世界ではステークホルダー資本主義、ドーナツ経済学、脱成長、ウェルビーイングエコノミーなど、様々な経済概念が生まれている。最後は、これらの概念が持つ共通点や違いを明らかにしつつ、ウェルビーイングを実現する経済とはどのような経済なのか、読者の皆様とともに考えを深め、その姿を模索していく。
自分なりのウェルビーイングを、見つけよう。
環境・社会・経済という3つの側面に基づく6つのキーワードからウェルビーイングを見つめ直すことで、最終的に、自分にとっての「ウェルビーイング」とは何か。それを実現するためには、いまの経済や社会システムをどのように変えていけばよいのか。そのヒントを見つけていただき、読者の皆様に自分なりの「よりよい未来」を描いていただくことが、ウェルビーイング特集のゴールだ。半年程度の長い旅路となるが、ぜひ一つ一つの記事をゆっくりと味わい、楽しみながら読んでいただければ幸いだ。