紙の本が電子書籍に、CDやMDがデータに、旅券がEチケットに……デジタル化は私たちの生活に利便性をもたらし、必要となる資源を削減してきた。それではウェブサイトそれ自体のサステナビリティについては、考えたことがあるだろうか。
IT業界は、資源を多くは使わない「エコな」業界だと思われがちだが、電力消費の側面から考えると実は環境負荷が大きい。2016年の時点で、1時間あたりのデータセンターに関わる消費電力はイギリス国内全体の電気使用量を凌駕していると報告されており、それは2026年以降3倍以上に膨らむとも試算されている。データセンターの生み出すカーボンフットプリントは産業全体の2パーセントを占め、航空業界と大差がない。新型コロナでDXに拍車がかかるなか、IT業界のサステナブル化は急務であると言える。
イギリスのロンドンに拠点を置くWholegrain Digitalは、WordPressを使ったサステナブルなウェブサイトを制作する企業だ。イギリス国内で大きな注目を集め、Marks&Spencer、Network Railなど大手企業のサイト制作を手掛ける。ウェブ業界は今後どのようにサステナブルに移行していけるのだろうか。同社でアカウント・マネジャーを務める、Vineeta Greenwoodさんにお話を聞いた。
話者プロフィール:Vineeta Greenwoodさん
Wholegrain Digital共同創設者
チームのオペレーションを推進し、常に「良いデザイン」の地平を開いている。趣味はカフェや洋服屋めぐり、海の近くにいること。
14年前に夫婦で始めたグリーンなウェブビジネス
2007年3月、Vineetaさんとその夫Tomさんはそれぞれエンジニアとメーカーの仕事を辞め、Wholegrain Digitalを開業した。Tomさんはもともとプロダクトのライフサイクルアセスメント(※資源回収から廃棄・リサイクルまで、それぞれの過程の環境負荷を評価すること)をする仕事に従事していたが、これをデジタルの業界にも導入できないかと考えたことが開業のきっかけであるという。
「現在Wholegrain Digitalには、18名の社員が在籍しています。職種はプロジェクトマネージャー、ウェブデザイナー、デベロッパー、アカウントマネージャーなど様々です。メンバーのほとんどがロンドンとその周辺で暮らしており、ロンドン中心部のサマセット・ハウスに会社の拠点を構えています。
もともと週2日の通勤をベースとするセミリモートワークを導入していたので、ロックダウンによって在宅勤務への移行したときのストレスはメンバー含めあまりなかったと思います。私自身、『仕事』と『遊び』のバランスを自由に見つけていくのが楽しいですね。」
オフィスの賃料はチャリティに、ロンドン市内はフリーサイクル、飛行機は使わない
クライアントワークだけではなく、Wholegrain Digitalが自社で展開する取り組みも革新的だ。日本でも新型コロナを契機に在宅勤務が進み、企業の中にはオフィス自体を手放したところも少なくない。在宅勤務でも問題なくオペレーションができているWholegrain Digitalが、オフィスを手放さないのにはある理由があった。
「私たちのオフィスはとても歴史的な建物の中にあります。オフィスのある建物には多くの企業が入居しているのですが、賃料はすべて建物の保全に役立てられているのです。そうした歴史のある場所が残っていくことが私たち自身にとっても大事なので、引き続き拠点として守っていこうと思っています。新型コロナによって多くの業界が打撃を受けた中、大きなダメージを受けなかったのはIT企業だけだったと言っても過言ではありません。だから他の業界へのサポートを手放すわけにいかないとも思っています。」
また、Wholegrain Digitalの福利厚生システムも独特だ。
「会社としてロンドン市内のフリーサイクルに登録しているので、社員のロンドン中心部の移動は基本的に自転車です。また出張などの移動には、一般的に環境負荷が高いと言われる飛行機を使わないというポリシーを掲げています。鉄道などの代替手段を使うことに加え、オンラインのミーティングもできるため、飛行機を使わずにビジネスをすることに不便を感じたことはほとんどありません。」
ウェブデザインの事業以前に、自社での取り組みを極力サステナブルにし、社会と環境へポジティブなインパクトを残そうとしている。Wholegrain Digitalは2017年に社会や公益のための事業を行っている企業に発行されるB Corp認証を取得し、他の業界の企業とも積極的にコラボレーションを続けている。
ウェブデザインをサステナブルにする“Less is More”原則
それでは、サステナブルなウェブデザインを実現するために、具体的に何を実践すれば良いのだろうか。
「必要ないものはサイトに載せない──これに限ります。カスタマーが本当に必要としているもの、サービスやケーススタディの情報など、それ以外は載せないことです。
画像一つとっても、それが意思決定や情報収集に必要な情報なのか、単なる飾りなのかを考えます。必要な画像だけを載せる、必要な画像の中でも最も軽いものを載せる、場合によっては圧縮する。画像以外のスクリプトなども、重くならないように気を配っています。」
「効率的なSEOキャンペーンも大切です。ターゲットが狙っている情報をピンポイントで置き、もっとも少ないクリック数で情報にたどり着ける導線を引くようにしています。効率的でアクセスがしやすいコードやデザインを施すことも鍵となります。
ここまででおわかりかと思うのですが、サステナブルなウェブデザインとは、サクサクと自分の欲する情報にたどり着けるという意味でユーザーエクスペリエンスを快適にします。そしておまけに電力消費が削減され、環境にとっても良いものなのです。これを私たちは“Less is More”の原則と呼んでいます。」
クライアントは一緒にサステナビリティを実現できる企業のみ
現在、Wholegrain Digitalは150以上のクライアントを相手に、ウェブデザインの領域で仕事をしている。いまやクライアントは「お客様」というよりも「パートナー」。プロジェクトが始まる際には、先方の企業が共通するビジョンを描いていける相手かどうか、Wholegrain Digitalの方でスクリーニングも行う。
「クライアントになりうる企業に対しては、利益追求の前にどのようなパーパスを設定しているかということはもちろん、今後の展望や計画、出資先についても担当のアカウントマネージャーが事前に調査をします。そしていつも『そのプロジェクトの結果が世の中にポジティブな影響をもたらすか?』という問いに向き合って考えます。それでも判断が難しい場合は、Moral Compassというソフトウェアを使って、客観的な評価を取り入れていますね。」
スクリーニングをしたクライアントであるとは言え、意見がぶつかることもあるだろう。クライアントが成し遂げたいことがサステナビリティの側面からは評価されないとき、どのように対処しているのだろうか。
「そのページが『誰に』『何を』届けたいものなのかを徹底的に議論します。すべての先に立つものは『ユーザーエクスペリエンス』です。例えば、サイズの大きな画像や動画を入れた方が効率的にユーザーに情報を届けられることもあります。そのようなときはその方法でなるべくサステナブルにできるように工夫を凝らします。
一番の鍵になるのは『予算』です。予算は限られているけれど、サイトをサステナブルにするために大幅な変革が必要な場合は苦労しますね。クライアントがデベロッパーほどシステムに詳しくないことも往々にしてあるため、そのときはクライアントの中の優先事項をプロジェクトマネージャーの方で整理し、もっとも効率的で、もっとも経済的で、もっともサステナブルな方法を模索します。プロジェクトマネジャーは翻訳者のような立場でクライアントとデベロッパーを繋いでいます。」
Wholegrain Digitalのビジネスは、クライアント、ユーザー、そして環境・社会のすべてが納得のいく地点で展開されているのだ。
サステナブルビジネスのムーブメントを起こすためには、具体例を示すこと
世の中の大きな動きとして、「サステナビリティ」「SDGs」などが尊重されつつある一方、各企業の取り組みとして抜本的なトランスフォーメーションが行われているかというと、疑問が残ることも多い。「余裕のある企業」だけが取り組むのではなく、社会全体にさらに大きなうねりを起こしていくためには何が鍵になるのだろうか。
「具体例を示すことが大切だと思います。社会的にサステナブル、経済的にサステナブル、環境的にサステナブルなプロダクトを世の中に開示していくと、自ずと他の会社からも問い合わせが集まります。それぞれの企業が得意なセクターで具体例を作っていくことが重要です。本当に問題を解決していると考えられるプロダクトは売れますし、そうでないものは売れない。そんな時代になっていると思います。
あとは、ミスを含めコミュニケーションをしていくことが何より大切ですよね。『困っています、助けてください』と企業間でやり取りができると、補い合いの関係が作れてなお良いと思います。このコミュニケーションの方法は、競争を原理としていた従来のやり方と比べて、関係性づくりも含めて対話に時間がかかると思いますが、時間がかかったとしても、ビジネスや業界全体をより深いところに連れて行ってくれると私は確信しています。」
サステナブルビジネスは人々のウェルビーイングに繋がっているか
最後に、Wholegrain Digitalをはじめとするサステナブルなビジネスが社員の、ひいては社会全体のウェルビーイングに繋がっているかということを伺った。
「つながっていると思います。社会にとって何かポジティブなことをしようとするとき、その人々は満たされるからです。
美味しい料理ができたとき、全部一人で食べようと思うでしょうか。普通シェアしますよね。サステナビリティに関しても同じで、一本の木を植えたとして『私が植えた木を見て!』とはならないと思います。それが素晴らしい体験だったとしたら、一緒にやろうとしてくれる仲間を探すはずです。そうやって人と繋がっていくことが、ウェルビーイングとサステナビリティを促進していくと思うのです。」
「共に歩む人たちと足並みを揃える必要は決してありません。自分のワクワクする分野で社会に還元するのが一番です。『使用するプラスチックを削減しよう』『海が好きだから清掃をしよう』『肉食について考えよう』…… それぞれが個性を発揮して、他の人々を引っ張っていけると良いなと思います。
以前Wholegrain Digitalでは、Ambitious with Autismというチャリティー機関と共同で、自閉症の子どもたちが安全に遊べるように屋外の空間の清掃をしたり、We are possibleという機関と植樹の活動をしたりしたこともありました。チームビルディングもでき、すごく楽しかったです。楽しくないとそもそも続かないですし、楽しんでいる背中を見せることで一緒に活動をしてくれる人が現れてくると思います。」
編集後記
今回Wholegrain Digitalの取材を通して、ビジネスとして一貫した姿勢を貫く潔さと美しさを感じた。事業としてサステナビリティに熱心に取り組んでいたとしても、会議のときに大量の紙の資料が配られたり、来客用にペットボトルのお茶が配られたりすると、それが厚意であるとわかりながらも、ちぐはぐ感を感じてしまうことがある。ステークホルダーのことを信頼しながら、すべての接点で一貫してサステナビリティを追求していくことが、お互いにとって本当に気持ちの良いことなのではないだろうか。
クライアントのスクリーニング、飛行機を使わないポリシー、シティサイクルなど、Wholegrain Digitalの施策はどれもユニークで魅力的だ。しかしそれだけを他の企業が輸入したとして、うまくいくとは思えない。Wholegrain Digitalには、環境や社会に誠実でありたいというフィロソフィー、またそれをチームで楽しもうとするマインドがあるからこそ、それらの施策がパーツとなり全体が回っているのだと感じた。
サステナビリティは正義でもなければ、強制でもない。何かポジティブな変化を起こして、それをシェアしたいと願う心こそが、私たちのウェルビーイングと社会のサステナビリティをつくりあげていくのではないか。
【参照サイト】Wholegrain Digital
「問い」から始まるウェルビーイング特集
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