近年、地域の直売所や近所のスーパーで「顔が見える野菜」を見かけることが増えてきた。たとえ遠く離れた知らない人が作った野菜だとしても、ラベルや包装紙に生産者の顔や名前、似顔絵などが印刷されているというだけで血が通った商品のように思えてくる。「顔が見える」ことは、食のトレーサビリティを確保するだけでなく、野菜の作り手と買い手の心理的な距離を近づける効果があるのだ。
さて、あなたは自分の家で使う「電気の作り手」を見たことがあるだろうか。2016年に電力が自由化されてからも、特に昔から使っていた電力会社を変更していない人もいるかもしれないし、食には興味があるが電力には特にこだわりがない人もいるかもしれない。しかし日本のCO2排出量のうち約2割は家庭から出ており、家庭から出るCO2の4割は電気に起因する(※1)。私たちがどの電力を選ぶかによって、昨今の課題である気候変動を抑制することも、さらに進めることにもつながってしまうだ。
電力自由化の流れで多くの小規模な電力会社が生まれる中、「顔の見える電力™」として注目を浴びているのが、みんな電力株式会社だ。同社は、再生可能エネルギー(以下、再エネ)とFIT電気(※2)を組み合わせ、発電時にCO2を排出しない自然エネルギー100%の電力プランを提供。小売電気事業者の中では自然エネルギーの利用率がトップクラスだ。
最大の特徴は、「電気の作り手」の顔が見えることにある。ウェブサイトでは、地域の発電所が写真つきで紹介されており、各地の電力生産者たちが綴った想いを読むことができる。また、月々の電気代から100円を好きな発電所に「応援金」として贈ることができる仕組みがあったり、発電所ツアーを通して電気の生産者の方々との交流を楽しんだりできるのもポイント。まさに「顔の見える電力™」だ。
地球のために電力シフトをする流れが広がりつつある中で、みんな電力のような新電力は持続可能なのだろうか。また、買い手と売り手、社会に貢献する「三方良し」になるのだろうか。広報の中村麻季さん、企画営業を担当する髙村祐貴人さんのお二人に話を伺った(以下、敬称略)。
環境、社会、経済に取り組む
Q. 「顔の見える電力™」と聞いたとき、キャッチーでとても面白い発想だと思いました。創業のきっかけは何だったのでしょうか?
中村:きっかけは、みんな電力の創業者・大石の個人的な経験にあります。過去に、大石が東京メトロの有楽町線に乗っていたとき、携帯の充電がなくなりかけていることに気づきました。そのとき、たまたま近くにいた女性がソーラーバッテリーのキーホルダーを鞄に付けているのを見て、「この方が作った電気を今すぐに買えたら面白いのにな」と思ったことが、創業につながっています。
以前は、それぞれが住んでいる地域の大手電力会社から電気を買うことが普通でした。東京であれば東京電力さん、愛知であれば中部電力さんなど……。しかし、2016年の電力自由化からは、どこの電力を買うのかが自由になりました。小規模な電力事業者を選んでもいいし、究極「知り合いの農家の〇〇さんが自宅のソーラーパネルで作った電気」を選ぶことも可能なのです。
私たちの生活に欠かせない電気は誰でも作ることができるし、売ることもできる。そう考えると、たとえばおじいちゃん・おばあちゃんや子供など、普段は生産人口に含まれていないような個人でも電気を生み出して収入源にできるので、富の分散をすることも可能になるのではないか。そんな考えから、電力の生産者を開示して買い手とつなげる「顔の見える電力™」ができました。
Q. 電力自由化にあわせて、他にも再エネを推進する会社がいくつも生まれましたね。みんな電力の再エネへのこだわりを教えてください。
髙村:「自然エネルギーを使っている」といっても、実際の状況はわかりにくいですよね。広く行われているのが、非化石証書(※3)を購入すること。非化石証書とは、「CO2を排出しない」という環境価値を証書化したものです。通常、卸電力取引市場から調達する電力は化石・石炭由来と再エネ由来が混じりあっていて、再エネ由来だけを抽出して調達できるわけではないのですが、この非化石証書にお金を払い、自社で発電した電気と組み合わせて供給することにより、どの電力会社でも「実質CO2ゼロ」を実現することができています。
しかし非FIT非化石証書では、電源の種類が記載されておらず、原子力発電を主体にした「再エネ指定なし」の取引量が増えています。エコでクリーンな電力ですよと謳っていても、実際は火力電源を卸電力市場から調達している場合があるということです。
みんな電力は、ほとんど卸電力市場から調達はしておらず、再エネ発電所と直接契約することにこだわっています。主に再エネとFIT電気の2種類を仕入れており、再エネの比率が高いです。私たちの提供する「自然エネルギー100%」の電力プランではFIT電気60%、再エネ40%で、ともに非化石証書(再エネ指定)を組み合わせています。
Q. そもそも、みんな電力はなぜ脱炭素に取り組んでいるのでしょうか?気候変動と私たちの生活は一見遠く感じられるという人もいるかと思いますが、どのようにつながっているのでしょうか。
中村::今は気候変動というよりは気候危機、気候崩壊の時代になってきています。ゆっくり苦しめられる状況なので「時間差殺人」と書いている記事もありましたね。日本では桜の時期もずれ、毎年8月には猛暑日があり、黄砂で大気汚染も起きている。日常的に異常事態が起こっていて、後戻りができない状況です。そんな中で、自宅から排出するCO2を半分に削減できる、誰にでもできるアクションを伝えていきたい、ということが私たちが脱炭素に取り組む動機になっています。
髙村:気候変動については、海に繰り出すサーファーの方や、雪山で活動するスキーヤーの方など、自然に触れる機会の多い人は特に感じているといいます。ですが、私たちの日常生活でも気候変動の影響を体感する機会はあります。たとえば夏に飼い犬の散歩をしようと思ったら昼間は暑すぎるので、早朝や夕方以降にしかできなくなりましたよね。
以前はそれがストレスだったはずなのに、時が経つにつれて、いつの間にかそうした状況に慣れている。もともとは異常だった出来事が当たり前になり、好きだったことができなくなっていく。
そんな世の中で、気候変動への有効な対策として脱炭素を推進することが、私たちの幸せにつながると思っています。
Q. 社会や経済に対しては、みんな電力はどのように貢献にしていますか?
中村:社会面では、誰でも電気を作り出すことができるシステムを作ることで、富の分散ができることが貢献だと思っています。これまで大きな電力会社が独占していた電力を、たとえば自宅に一定の規格をクリアした太陽光パネルを取り付けることで発電でき、収入を得ることができるので。実際に、東日本大震災の被災地に暮らしていた人たちが、津波の被害があったところに自分たちでパネルを置いて、収入を得るといったことにも挑戦されています。
髙村:経済面では、みんな電力の行う「横横プロジェクト」が地域に貢献できていると思います。これは、再エネが豊富な地方(青森県横浜町)で作られた電力を、エネルギーの大消費地である都市(神奈川県横浜市)で使うという、地域同士を電力で結ぶ取り組みです。青森では地元民に嫌われていた強風が貴重なエネルギー源となり、大量に電力の必要とされる神奈川で人や企業の役に立っているのです。
2019年には、丸井グループと提携して「電気と食の物産展」も開催しました。おばあちゃんの住む地域から生まれた電気や復興につながる電気、故郷の学校で作った電気など、さまざまな選択肢から「自分の使いたい電気を選べること」を伝えるイベントを行うと共に、丸井グループが選んだ下北半島の風力発電にちなんで下北半島の魅力的な産品を取り揃えショップをご用意。電気の産地と食の産地を同時に知ってもらうことができる内容にしました。電力が地域同士をつなぎ、お金の循環を生み出しています。
再エネを取りまく課題とその対策
Q. 日本の発電電力量のうち、再エネは18.5%(※4)。発電量全体の約8割を占める化石燃料(78.6%)と比べるとかなり少ないですよね。活動をされる中で、課題を感じることはありますか?
髙村:まず、社会全体の風潮はより環境に良い方向に変わってきているとは思います。ニュースや広告でも、サステナビリティやSDGs(持続可能な開発目標)といった言葉をあちこちで聞くようになりましたし、若い世代の消費傾向も「環境を基準に選ぶ」「より少なく持つ」といったスタイルに変わってきました。一方で、日々自分が使っている電力を変えるという発想にはならない方も多くいらっしゃいます。
変わらない理由としては、まず電力会社を変えるのは億劫だと考えられており、さらに毎日の選択の基準が「値段」になっていることも事実だからだと思います。生活のために、毎月の固定費はなるべく浮かせたいですからね。製造業や鉄鋼業などの企業でも、判断軸が環境ではなくコストとなるケースがあります。そこに選択の基準を置いている以上、再エネのことを一から調べて、いくつもある電力会社の中から選んで、「安くもない」会社に切り替える理由がないというか。
また、再エネを使うには自宅に特別な設備が必要ではないのか?という声をいただいたこともあります。実際は、特別な設備は必要なく、ネットで申し込めば、今契約している電力会社の解約手続きをすることもなく自動的に切り替わるんです。ですが、携帯のキャリア変更と同じように、面倒だと感じる人はずっと変えないですよね。今は、オーガニック食品を買ったりプラスチックを極力減らしたりする生活の延長で、電力もシフトできるのだとお伝えしていきたいです。
Q. たしかに「再エネは価格が高そう」というイメージを持たれる方もいるのではないかと思います。価格に関してはどのように向き合っているのでしょうか。
中村:2020年12月から2021年1月にかけて、新電力の価格高騰が話題になりましたが、これは卸売りの市場が電力供給不足の影響を受けたことが要因となっており、FIT電気の価格がその影響を受けた形です。世界的に見るとむしろ再エネの価格は下がってきています(※5)。
髙村:現在、再エネでありながらいかに安価な電力を提供するか、という価格競争が起きています。1円でも安い電力を色々な会社が作ろうとする中で行われるのは、環境破壊です。たとえば生物多様性のある森を無理矢理切り開いて太陽光パネルを設置するなど、自然環境を破壊しながら自然エネルギーが作られることがある。もはや「何のためのアクションなんだっけ?」となりますよね。
みんな電力では、そういった価格競争には乗らずに、サービスに透明性を持たせて適正価格で電力を提供することを心がけています。また電力シフトのための発信をすることも心がけています。需要が増えれば供給が増えて、価格は自然と下がっていきますから。
Q. 日本でさらに再エネの普及を進めるにはどうしたら良いでしょうか?
中村:まず一つは、再エネに対する補助金など行政の支援を増やすこと。そしてもう一つは、電力において「顔が見える」ことの価値を高めていくこと。また、人々の価値観の変容も重要だと思います。環境にいいことをするのが普通だし、かっこいい、というような雰囲気が作れるといいですよね。
髙村:生活の中で、環境に良い行動をまず一つでもやってみるのがいいのではないでしょうか。また、仲間を作ることも重要です。みんな電力にも、丸井グループやTBSラジオなど志を共にする仲間がいます。この指とまれ、というように一緒に行動をしていく。そのためには、ある程度アナログなコミュニケーションが欠かせません。現在はオンラインでできることが増えましたが、やはり人の心を動かすのはリアルな体験ですから。
みんな電力で「働く」こととウェルビーイング
Q. 今回の特集のテーマが「ウェルビーイング」なのですが、お二人にとってのウェルビーイングとは何でしょうか?
髙村:個が活躍できる環境だと思います。人には良いところも駄目なところもあると思うのですが、色々な部分を認め合って、注目されて、その人の個性がいきるような。まさに多様性の概念かもしれません。
中村:選択肢があることだと思います。たとえば働き方でいうと、どこでも好きな場所で働いてもいい、というような。カフェや自宅、オフィスなどそのときの気分や必要性に合わせて変えることができるのはいいですよね。
髙村:僕は他社からの出向ですが、みんな電力では副業もOKですし、自分の責任で自由にさせてくれる放牧スタイルで良いと思います(笑)。
Q. では、みんな電力が実現しようとしているウェルビーイングとは?
髙村:健康経営に取り組んだり、従業員満足度調査を実施したりということはあるのですが、個人的にみんな電力のユニークなところは、仕事における二大原則だと思います。それが「おもしろくて」「儲かる」を満たす仕事をすること。とても稼げる仕事だとしても、あなたのそれ面白いの?と聞かれたときに答えられないのであれば、しない。面白いけれど、事業性がまったくないこともしない。どちらも満たすことを重要視しているんです。
また、オフィスには畳の和室があったり、お酒が飲めるスナックがあったりと空間づくりにも遊び心に溢れているのもユニークだと思います。
商談でみんな電力のオフィスを訪れる他社の方は、最初は「ビジネス用の鎧を着てくる」イメージです。ですが、スナックで互いに話しているうちに打ち解け、自然と議論が深まる時間になり、デスクを挟んで向き合っていたときとは違う、面白い発想が生まれやすくなります。そんな風に楽しみつつ仕事をしていることが、社員のウェルビーイングにつながっているのではないでしょうか。
Q. 最後に、今後の展望を教えてください。
中村:「みんな電力」という名前ではありますが、私たちは再エネ分野の画期的なベンチャーになりたいと思っているわけではありません。地球規模で直面している気候変動問題の解決にむけて、まずは日本の脱炭素化を目指し、再エネ電力事業に取り組んでいます。
2021年4月には、アーティストが再エネによる発電に参加でき、さらにアーティストの発電所で作った電気を購入できる「アーティスト電力」も始めました。また、電力以外にも、ブロックチェーンを利用した透明性のあるバッテリーサービスの開発を通して児童労働の問題に取り組んだり、空気環境の見える化を行う「みんなエアー」というサービスで、カフェや自宅などの空間を安全で快適にすることに取り組んだりしています。
みんな電力が目指すのは、脱炭素も含めたあらゆる社会課題を解決するソーシャルアップデートカンパニー。電力はあくまでも手段で、目的ではないんです。
編集後記
2021年5月で創業10周年を迎えたみんな電力。電気の作り手と買い手、そして環境や社会、経済にとって良い影響をもたらすような「三方よし」以上の取り組みを絶えず模索し続けている。一方、再エネの世界でも価格競争が起きていて環境を破壊しながら「エコ」な電力が作られている現状など、新電力のリアルな課題も伺うことができた。
「あなたはなぜこの社会課題に取り組んでいるのですか」「何がそんなにあなたを突き動かすのですか」と聞かれたとき、あなたならどう答えるだろうか。組織の中で、創業者や経営者層以外で自社のパーパスについて語れる人が、どれだけいるだろう。今回の取材では、中村さん、そして髙村さんがそれを自分の言葉で語ってくれたことが印象的だった。
日々支払うお金が「生産者」に届けられ、地域や産業の発展につながっていることを実感できる。野菜や電力以外でも、そんな企業がさらに増えることを願う。
※1 日本の部門別二酸化炭素排出量(2018年度)
※2 FIT制度:再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社(小売電気事業者)が一定期間固定価格で買い取ることを国が約束する制度
※3 非FIT非化石証書:天然ガスや石炭、石油などの化石燃料を使わずに作られた電気を証書にしたもの。FIT電気じゃない再エネと指定されているものと、FIT電気でなくそもそも再エネの指定自体もない種類がある(原子力など)
※4 環境NPO法人 環境エネルギー政策研究所「2019年(暦年)の自然エネルギー電力の割合(速報)
※5 太陽光発電は2009年に比べて90%減、風力タービンは2010年に比べて55%から60%減。また、再エネ全体でいうと化石燃料よりも安くなっていることを明らかにする論文が2020年12月に発表されている。
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【参照サイト】みんな電力
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