「二酸化炭素を吸収する自然界にあるモノは?」
そう尋ねられたら、木や草のなどの植物を思い浮かべる人が多いだろうか。光エネルギーを使い、水と二酸化炭素から有機物と酸素をつくりだす。光合成を行う植物は、生物の生存にための環境維持に欠かせないものであり、同時に、CO2を吸収することから地球温暖化防止にも貢献するとされる。植林は、そういった自然の能力に着目した脱炭素に向けた取り組みの一つである。
しかし、実は地球上に自然に存在するもので、二酸化炭素の削減に役立つものが他にもある。――それが「岩石」だ。
昨今、世界中で「脱炭素社会」の実現に向けて様々な取り組みが見られる。ごみを減らしたり車の利用を控えたりする個人レベルの取り組みから、再生可能エネルギーの導入や移行といった企業や国レベルの施策まで、炭素を削減するための方法は多岐にわたる。
それら取り組みの一つであり、脱炭素社会の実現に貢献する可能性を秘めるのが、岩石と水を反応させた「炭素の石化」。自然の力を利用した炭素の回収技術だ。
炭素を永久に石に変える。――そんな魔法のような技術を開発したのは、アイスランドのスタートアップ企業「Carbfix」。今回IDEAS FOR GOOD編集部は、Carbfixでリサーチ&イノベーション長を務めるKári Helgason博士に、現在行っているプロジェクト、その脱炭素社会への貢献とウェルビーイングへの繋がりについてお話を伺った。
材料は水と炭素と岩だけ。炭素を石に変えるプロジェクト
「必要なのは、水、炭素、そして適した岩だけ。冗談のように思われるかもしれませんが、この3つだけで、炭素は石に姿を変え、地球上に存在する炭素の量を減らすことができるんです。」
炭素を石に変えるとは、炭素を岩に貯蔵し、固定化すること。水に溶けて分解された炭素が、玄武岩などの特定の種の岩層に注入され、マグネシウムやカルシウム、鉄などの成分と反応することで炭素を含む鉱物となる。要する期間は約2年ほどで、その後何千年もの間、つまり半永久に、炭素は地中に貯蔵されるのだ。
世界ではこれまで、産業活動から排出されるCO2を大気放散する前に分離・回収し、地中や海底などに長期間にわたり安定的に貯留するCCSという技術の研究・導入が進められてきた。日本でも北海道・苫小牧などで長期にわたる実験が行われ、導入が検討されている。そんな従来進められてきたCCSとは異なる新技術だというCarbfixのプロジェクト。一体どのようなものなのだろうか。
「我々が進める新たな炭素回収技術は、一度プロジェクトが完了すれば、その後のモニタリングがほぼ不要。CCSで懸念されることの多い漏れのリスクもほとんどなく安全性が高い。そして何といっても、永久的に炭素を地下に貯蔵することが可能なんです。」
日本でのプロジェクト実施の可能性も
Carbfixの技術が生まれたのは2007年。大学の研究プロジェクトの一環として始められた。その後、2014年に産業規模での導入が始まり、企業で排出されたCO2の固定化などを行っている。
現在までは、アイスランド国内でプロジェクトが行われており、地熱発電や廃棄物処理などの産業活動によって排出されたCO2の石化に取り組んでいる。CO2を排煙の状態で直接炭素を水に溶かす方法と、一度何らかの方法で炭素を回収してから水に溶かす2つがあり、高濃度のCO2と適した岩層がある場所であれば基本的に、このCarbfixの技術を利用することができる。
さらに、現在Carbfixは、アイスランド国内に、CODA Terminalと呼ばれる国境を超えてCO2を輸送、貯蔵できるハブを建設中。完了すれば、北ヨーロッパの他地域で排出されたCO2をアイスランドで石化することが可能になる。来年以降は、イタリアやトルコでもCarbfixの技術を運用できるか実験予定で、将来的には国外にも施設を建設し、世界中に取り組みを広めることを目指しているという。そんなCarbfixの技術は、日本でも活かすことが可能なのだろうか。
「日本は、地政学的にアイスランドと似ていることもあり、Carbfixの技術を導入できる大きな可能性を秘めている土地です。もちろん何を行うにも『100パーセント安全』と言い切ることはできませんが、400メートルと比較的浅いところに炭素を貯蔵するため、地震の多い日本でも、漏れや自信を誘発するリスクは小さいと考えられています。」
DACを使ったClimeworkとの共同プロジェクト
そんなCarbfixの技術のさらなる可能性を示しているのが、スイスのスタートアップ・Climeworkと手を組み行っているプロジェクト。大きなファンを使って空気中の炭素を直接回収する「ダイレクトエアキャプチャ(DAC)」という技術で回収された炭素を、Carbfixの技術で地中に固定化している。
「現在はアイスランドの電力会社ON PowerのGeothermal Parkに建設された施設のみで行われています。一年間におよそ4000トン(※2)の炭素を回収することが可能で、将来的には10億トンの貯蔵を目指しているんです。」
空気中に漂う多くのCO2も回収するため、CarbfixとClimeworkは2020年から協力関係を強化。さらなるCO2の回収と石化を進めている。
問題は技術ではなく、「理解してもらうこと」
そんな、脱炭素化に向けた新たな手法として注目されるCarbfixの技術。自然で安全な方法、かつ短期間で炭素を固定化することが可能。さらに、十分すぎるほど多くのCO2貯蔵容量を持つといった利点がある。そんな良いことづくしの新技術だが、そこに課題はないのだろうか。
「課題を挙げるとするならば、一つは水を多く使用すること。かなりの量が必要なため、これまで水資源が限られた土地で、プロジェクトを実行することが困難とされてきました。ただ、来年には海水を使って同様のプロジェクトにチャレンジする予定で、上手くいけば、水不足に悩む地域でも私たちの技術を取り入れてもらえるようになります。」
さらに、取り組む中で難しいと感じていることは何か尋ねると、Kári博士からは意外な言葉が返って来た。
「一番難しいと感じているのはコミュニケーションです。Carbfixの技術の重要性を理解してもらい必要なサポートをしてもらうためには、私たちが今やっていることが気候変動に大きく貢献しうることを伝え、理解してもらうことが必要です。でも今それがとても難しいことだと感じています。」
「昨今、グリーンテクノロジーを中心として、環境問題という大きな社会課題を解決しうる技術が多く開発されています。そんな今、課題となっているのは、実は技術ではなく、長期的にプロジェクトを継続するための投資です。たとえCO2を地下に貯蔵できる十分な技術とスペースがあったとしても、それを行うために必要な十分な資金がなければ、サステナブルに継続することができないからです。」
大切なのは、CO2の市場を発展させること
技術は準備出来ているが、政府がその重要性を認識して援助してくれなければ、イノベーションを動かしていくことは難しい。実際にアイスランド政府も、Carbfixの取り組みを取り上げるなど注目はしているものの、資金面でのサポートは十分だとは言い難いという。
「大切なのは、CO2のマーケットをつくったら、どのようにしてそのマーケットが発展するか考えることだと思うんです。例えば、政府は炭素税を導入するなど、さまざまな施策を通して活動をサポートしなければならないはずです。」
「アイスランドは、2030年までにCO2排出を50%削減、2040年までにカーボンニュートラル達成という目標を掲げていますが、目標にはまだ遠い状況です。しかしそんな困難な状況下でも、脱炭素という目標に向けてスピードを弱めるのではなく、むしろ加速させなければならないと思っています。再エネへの移行、サーキュラーエコノミーへの移行などはもちろん、大小問わずできること全てに取り組んでいくことが必要ではないでしょうか。」
目標達成のカギは、技術だけではなく「私たち人間が協力し合えるか」
最後に、パリ協定の目標達成についてどのように考えるか、Kári博士にお伺いした。
「2年前だったらネガティブな回答だったと思いますが、今は違います。最近は世論の意見の中でも実際の行動でも、多くのムーブメントが見られ、人々の環境問題への関心の高まりが見受けられます。だから希望はあると感じていますし、実際、技術的には可能なはずなんです。」
「そんな中、今私たちにとって重要なのが『グローバルな規模での協力』。目標達成のためには、人間同士がいかにして力を合わせ、世界規模の課題に立ち向かえるかがカギを握っていると思います。環境問題を深刻に捉えなかったり、希望を持っていなかったり、他人事だと捉えたりしていたら、技術的に達成可能でも、難しくなってしまうかもしれません。」
人間が国境を越えて協力し合えるかどうかが問われている。そう話すKári博士に、最後にウェルビーイングな社会とはどんなものか、尋ねてみた。
「地球を第一に考える経済、人々が地球のことを考えて行動する経済がある社会です。生産、消費……すべての決定は地球に影響を与えます。その影響がポジティブなモノでありながら、繁栄するような社会になっていけばいいなと思います。」
「何事においても完璧なものはなく、常に何かしらのリスクは伴います。だけど、それでもCarbfixの技術は最高に素晴らしいものだと思っていますし、誇りに思っています。コンクリートや鉄鋼をつくるときには、必ずCO2が排出されるので、単純に再エネに置き換えることだけでは解決が難しい。でも私たちの技術は、そんな産業にとっても希望になると信じています。」
近い将来、日本でもプロジェクトを実行できるよう、これからも研究を重ねていくそうだ。
編集後記
取材中、Kári博士のお話の中で印象的だった言葉がある。
「私は、『何になりたい?』と聞かれる時代に育ちました。私は地球、人間の誕生などに関心があったから宇宙学を専門的に学びました。でも今は、もしかすると『何になりたい?』ではなく、『何になるべき?』もしくは、『何をすべき?』と聞かれる時代なのかもしれませんね。」
それから博士は、こう続けた。
「その言葉には悲しい響きがありますし、実際に人々が『気候変動を減らさなきゃ』『貧困をなくさないと』ということだけを考えて生きていくとしたら、それは、みんなが幸せな社会ではないかもしれません。ただ、実際に関わっている身として、グリーンテクノロジーに関する仕事はとても興味深くて面白いです。だから、もし皆さんが『何になりたいか』分からない時は、私たちが生きる地球環境をより良くする、そんな仕事に関わってみるのもいいかもしれません。」
そう話すKári博士は、10~15年前は環境問題に全く関心がなく、自分の専門に関する仕事をする中でその重大さに気付くようになったそう。今ではCarbfixで楽しみながらプロジェクトの発展に力を注いでいる。
筆者も幼かった頃は、「将来何になりたい?」と、親や周りの人たちから尋ねられることが多かった。でもいつの間にか、歳を重ねるごとに、「私は何をすべき?」という問いの答えを見つけるために一生懸命になっていた気がする。
自分らしく生きるために、“Should(すべき)”ではなく“Want(したい)”を大切にすることは必要なこと。しかし、私たちが生きる今の時代、Wantを追求しながら、そこにShouldを重ね合わせることもできるのかもしれない。そしてそれが真のウェルビーイングなのかもしれない……。
Kári博士の言葉を聞いてそのように感じた。
【関連サイト】Carbfix
【参照サイト】Iceland Startup Wants to Turn Carbon Shipped From Europe to Rock
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