性はグラデーション。“心の溝”を埋める診断アプリ「anone,」【ウェルビーイング特集 #24 多様性】

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「単純に、人々をマジョリティとマイノリティに分けて多様性を謳うだけでは、“本当の意味での多様性”は実現しないのではないでしょうか。」

近年ますます広がるSDGsという言葉。その理念は、「誰一人取り残さない」。そこに欠かせないキーワードが「多様性」だ。このテーマの話をするとき、中心にいるのはおそらくマイノリティ(少数派)と言われる人たちではないだろうか。外国にルーツを持つ人、障害者、ホームレスの人、そしてLGBTQ+と言われる人などが含まれることが多いだろう。

だが、この「誰一人取り残さない」を実現するのは簡単なことではない。単にマイノリティの人たちの存在を「知る」だけではなく、その人たちのことを「深く知り、考える」といった踏み込んだ姿勢が必要である。それを貫ける人は、そう多くないのではないだろうか。

多様性って大事だよね。──最近耳にするこの言葉にどこか表面的な響きが感じられる今、本来の意味での“多様性”を追求している人に出会った。セクシュアリティ診断アプリ『anone,』を開発した中西高大さんだ。

「“真の多様性”に必要なのは、“誰もが生きやすい社会”をつくることです」。そう話す中西さんに、思い描く社会とその実現に欠かせないヒントを伺った。

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カミングアウトのハードルを下げたかった

セクシュアリティ診断アプリ『anone,』は、ジェンダーとセクシュアリティに特化した診断サービスだ。「心の性」「恋愛指向」「性的指向」「表現したい性」という4つの分類をもとにした66個の質問が存在し、その一つ一つに答えていくと、ユーザーの今の状態に最も近いジェンダーやセクシュアリティの分析結果が出てくる。

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セクシュアリティ診断アプリ『anone,』

anone,の診断結果は、「あなたはレズビアンです」「あなたはトランスジェンダーです」といった単純なものではない。たとえば、「心の性はトランスジェンダー、性的指向はバイセクシュアル、恋愛指向はヘテロロマンティック(異性に対して恋愛感情を抱く)、表現したい性はXジェンダー(男性でも女性でもない)」などと細かく分析され、そのパターンは全部で約2,000通りもあるという。さらに、その一つ一つの結果に詳細な解説が記載されている。

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実際の分析結果の例。4つの分類それぞれの結果が詳しく解説されるほか、セクシュアリティ関連用語の説明や特徴なども記載されている。

anone,の生みの親である中西さんは、開発にあたって大学を休学し、ゼロからプログラミングや必要な知識を学び始めながらアプリをつくった。制作に至ったきっかけは何だったのだろう。

「ジェンダーやセクシュアリティというトピックは、自分にとってはずっと身近なものでした。高校生の頃、自分自身が周りの人たちと性に関する価値観が違うなと感じ始め、大学に入ってからは、多様なジェンダー、セクシュアリティの人たちと出会いました。あるとき、その人たちと話していて、ある一つの課題に気づきました。それが、“カミングアウトの大変さ”です。」

「僕が出会った、いわゆる“性的マイノリティ”と呼ばれる人たちの多くが、自分のセクシュアリティを友達や家族などにカミングアウトするとき、直接打ち明ける前にジャブを打っていました。たとえば最近では、『おっさんずラブ観た?』と相手に尋ね、それに対するリアクションで、打ち明けるか否かの判断をする。そんな人が少なくありませんでした。」

中西さん

中西さん

セクシュアルマイノリティの人たちの多くが抱える努力や苦労を知ったとき、中西さんは「どうして自分のセクシュアリティを伝えたいだけなのに、こんなに頑張らないといけないのだろう?」と疑問に思ったという。しかし、それだけではなかった。中西さんは同時に、別の壁にも直面した。

「この人なら自分のことを正直に話しても受け入れてくれるだろう、と思っていざ打ち明けると、打ち明けられた相手はどう反応していいか分からず戸惑う。そんな状況も少なくないようでした。カミングアウトする人とされる人、その二者の間には“心理的なギャップ”があったんです。それに気づいたとき、『ならば自分がそのギャップを埋めたい』と思いました。」

セクシュアルマイノリティの人のカミングアウトのハードルを下げたい。打ち明ける人と打ち明けられる人の間の“心の溝”を埋めたい。──そんな強い想いから、中西さんが思いついたのが、「診断アプリ」だった。

「僕の周りには、LGBTQ+という言葉は知っているし、関心はあるけれど、具体的に自分に何ができるか分からないという人が少なくありませんでした。同じような人たちは、社会にも多くいると思っていて……。その人たちがanone,を利用し、診断結果をSNSでシェアしたり日々の会話のなかで触れたりすることで、よりカミングアウトしやすい環境がつくれるのではないかと考えました。」

「診断結果をシェアすることは、『自分には打ち明けていいよ』という意思表示にもなり、それがカミングアウトのハードルを下げることにもつながります。診断アプリをつくることで、そんな“ポジティブな循環”を生み出せると思ったんです。」

自分自身の意外な面を改めて知るきっかけに

中西さんがanone,を通して実現したかった「カミングアウトのハードルを下げること」。アプリのリリースから3年が経った今、その効果は実感しているのだろうか。

「一定数の効果はあったと感じています。たとえば、『大学のサークルのメンバーが全員でanone,をやってみた結果、チーム全体が優しい雰囲気になり、カミングアウトできた。』『家族で一緒にやったあとに打ち明けてみるとすんなり受け入れてもらえた。』そんな声もあがりました。」

「そのほか、カップルで一緒に質問文を見て、『これについてはどう思う?』と聞き合いながら診断をしたという人たちもいました。普段はカップル間でセクシュアルな話をしないけれど、anone,を通して深い話をすることで、お互いの仲がより深まった。そんな声もあり、嬉しかったですね。」

カップル

実際に、anone,のウェブサイトを訪れると、利用した人の声が掲載されている。そこには、客観的な診断結果が出ることで「気持ちが楽になった」「自分を認められるようになった」といった言葉が並んでいた。

「診断を通して、ユーザーはこれまで気づかなかった自分自身の意外な面や、自分だけでは言語化できなかった想いを第三者による診断結果として受け取ることができます。2,000通りもあるため、誰かと全く同じ結果が出る方が珍しいので、実際にやってみた人からは、『普通なんてないと感じ、安心しました。』といった意見も聞かれました。」

マジョリティとマイノリティ、両方の生きづらさに向き合うこと

anone,を通して、「カミングアウトする人とされる人の間のギャップが少し埋められたのではないか」と、その効果を実感している一方で、ジェンダーやセクシュアリティの課題に対して、「真正面から挑んでいく難しさも感じた」と話す中西さん。人の潜在意識や行動はそう簡単に変わるものではない。そんな事実を痛感するとともに、「人の差別意識や言動の根本的な原因」へのアプローチが必要だと思ったそう。

その根本原因を、“私たち人間一人一人の抱える生きづらさ”だと中西さんは考える。

「社会的に、マイノリティという立場にある人は一定数います。その人たちが、マジョリティが享受している社会保障などの権利を享受できていないのはおかしいと感じますし、制度面で変えるべきことは多くあります。ですが同時に、属性によって人々を『マジョリティ』『マイノリティ』と分類し、マイノリティの生きづらさがフォーカスされすぎることも危ういと感じます。」

「anone,でやっているのが、まさにマイノリティの生きづらさにフォーカスを当てた取り組みでした。それはもちろん意義のあることですし、結果としてポジティブな反応も多く、開発して良かったと心から思っています。一方で、たとえば性的にマジョリティとされるシスジェンダー(※1)の男性のなかにも、会社での昇進や社会からの評価を過剰に意識しすぎるあまりに生きづらさを感じたり、自分が稼いで家族を支えなければならないと考えたりする人がいます。そういった価値観の下で生きている人が少なくない一方で、その人たちの苦しみや生きづらさは、ないがしろにされやすいのが現状です。」

※1 性自認(自分の性をどのように認識しているか)と生まれたときに割り当てられた性別が一致している人のこと

表面的には見えづらい、男性が抱える潜在的な不安が、女性やマイノリティへの差別意識や心ない言動につながるのではないか、と中西さんは言う。

「性的マイノリティの人たちへの理解が深まり、彼らの権利が守られるようになったとしても、そのほかの人たちが抱える不安や孤独が解消されなければ、差別はなくならない気がします。マイノリティやマジョリティ関係なく、すべての人が、社会がつくりあげてきた固定観念や“○○らしさ”から解放される。そのときに初めて、すべての人にとって生きやすい社会になると思うんです。」

“頼り、頼られる”存在が近くにいること

マジョリティも含めた、あらゆる人が抱える不安や孤独を解消していくこと。それに加えてもう一つ、“マイノリティ”の人たちが生きやすくなるために大切なものがあるという。

「困ったときに頼れる人が近くにいることです。僕自身、かつて『生きているだけでこんなにつらいんだったら、生きることをやめたい。でも死にたくはない。』という葛藤を毎日のように抱えていた時期がありました。でも、僕みたいな人って実はたくさんいるのではないかと思っていて。特に、セクシュアルマイノリティの人たちなど、社会的に少数派とされる人のなかには、そんな葛藤を抱えている人たちが少なくないと思います。」

「自分が同性の人を好きでいたいだけなのに、好きになるだけで周りから色々と言われ、特異な存在のように見られる。そんな現状にモヤモヤしている人たちを含め、“生きているだけでつらい”状態にある人がいなくなってほしい。心からそう思います。今すぐ、その状況を変えるのは難しいかもしれませんが、せめて苦しいとき、周りに手を差し伸べてくれる人たちがいれば、それだけで少しだけ楽になれると思うんです。

「頼り、頼られる。そんな存在が近くいることで、一人一人が生きやすくなるためのではないでしょうか。」

まずは自分自身を知ること

大切なのは、「すべての人の生きづらさに向き合うこと」「頼れる人がそばにいること」──そう話す中西さんは、最後に読者の方に伝えたいことを話してくれた。

「自分はマジョリティだけど、LGBTQ+に対する偏見や差別はないと思っている。マイノリティの人に対して、自分は差別的な意識やネガティブな感情を抱かないようにしている。そんな人たちこそ、『本当にそうなのかな』と疑ってみてください。」

「そして、少しでも差別的な感情など、負の感情を抱いたとき、それを否定せずに『どうしてこういう感情を抱いてしまったのだろう』と問いかけてみてほしいんです。もしかすると、その人自身が“女性らしさ”や“男性らしさ”に囚われ、生きづらさを感じているかもしれません。一見つながりがないように見えても、自分の心の内に存在するストレスが、他者への不寛容につながることもあると思います。」

「今、世の中で言われている多様性社会やマイノリティのインクルージョンを目指すことは大事です。でも、まずは『自分自身を知ること』。これが結果的にその人自身の生きづらさと差別の両方をなくし、“真の多様性”を実現することにつながるのではないかと思うんです。」

編集後記

中西さんの話を聞いて、そして実際にanone,を利用してみて、筆者の心に浮かんだのは、「性はグラデーション」ということ。些細なニュアンスの違いではあるが、「ゲイ」「バイセクシュアル」「アセクシュアル」……などのラベルがたくさん存在するというよりは、一人一人が少しずつ違っていて、全体を通してみるとグラデーションのようになっている。そんなイメージが思い浮かんだ。

グラデーション

赤色の人がいれば青色の人もいて、黄色の人もいる。だけど、赤と青と黄はバラバラではなく、それぞれの間にも色は存在している。濃かったり薄かったり……それぞれの特徴を持ったほんのちょっと違う無数の色が社会に生きている。

性はグラデーション。いつか、この世界に生きる一人一人がそう思えるようになったら──。そこにあるのはきっと、誰でも「あのね……」と打ち明けられる社会のような気がする。

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

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