持続可能性(サステナビリティ)から再生(リジェネレーション)へ。
政府主導のキャンペーンポスターや企業のウェブサイト、百貨店の中や、電車の中吊り広告…… 街中のいたる所で「サステナブル」というワードを見かけるようになった。私たちがこれからも地球に長く健康に住んでいくための概念として、サステナビリティが盛んに叫ばれている。
そんな中、サステナビリティの先を行く概念として海外で注目を集めているのが、リジェネレーションだ。未来に向けて地球環境をこのまま持続させるだけでなく、すべての生物にとって良い状態になるよう、積極的に再生させていく考え方である。
日本でもサステナビリティという言葉がようやく企業にとって当たり前となりつつある中、なぜ世界はリジェネレーションに移行しようとしているのか。再生する社会を目指すにあたり、一体どのような視点が必要になるのか。本記事ではリジェネレーションについての基本的な情報をおさらいし、読者のみなさんと考えていきたい。
再生(リジェネレーション)とは?
リジェネレーション(Regeneration)は、「再生」「繰り返し生み出す」といった意味を持つ言葉だ。人口増加に伴う地球資源の枯渇や、気候変動といった危機に直面する中、このままの環境を維持する、という意味での「持続可能」では地球資源の枯渇に間に合わないとして、環境を良い状態に「再生」する概念として生まれた。名詞のリジェネレーションのほか、形容詞のリジェネラティブという言葉も使われる。
身近な例を出すと、生物多様性で重要な役割を果たすミツバチやサンゴのすみかを回復させること、植物の力を活用して土壌汚染を改善することなどは環境を再生する活動といえる。
これらの行動により生物多様性が守られ、土壌が豊かになり、人々は自然のシステムからの恩恵を受けてウェルビーイング(良い状態であること)を保つことができる。豊かな自然が、大雨による土砂崩れを阻止したり、きれいな水を作ったり、美味しい作物を育んだりしてくれているのだ。
しかし、木を植えてハチのすみかを作るような自然の再生は、一見新しい概念ではないようにも思える。リジェネレーションが画期的な考え方として世界で注目されているのはなぜなのだろうか。
サステナビリティとの違い
サステナビリティ(Sustain-ability)は、将来の世代のニーズを満たす能力を損なう事なく、今日の世代のニーズを満たすことができる状態をあらわす言葉だ。地球に対するネガティブな影響を減らす、つまり「環境負荷のできるだけ少ない方法で生活する」ことがこの考え方の中心となっている。
スタンフォード大学による、起業家のための情報サイト「Stanford eCorner」に掲載された動画の中で、アメリカの建築家でありデザイナーのウィリアム・マクダナー氏は、以下のような言葉を残している。
Being Less Bad is Not Being Good. (悪い影響を少なく活動しようとすることは、別に良いことをしているわけではない。)
彼の言葉は「環境負荷ができるだけ低い建築を作ろうとするのではなく、そもそもの建築のシステムを変えよう」といった文脈で発されたものだったが、これは他の活動にも言えることだとして多くのメディアで引用されている。私たちの行う「サステナブルな」活動の多くは、地球への環境負荷をスローダウンさせているだけで、決して自然に良い影響を与えているわけではないということを念頭に置いておかなくてはならない。
そこで出てきた言葉が、リジェネレーション(Re-generation)である。リジェネレーションが指すのは、完成された状態ではなく、再生的な動きや、変化だ。以下はRegenesis Groupを率いるビル・リード氏による「Trajectory of Environmentally Responsible Design」の図である。
この図によると、言葉の違いは以下の通りだ。自然のシステムにおいて、右上に行くほどエネルギーを使わず、より包括的で、再生的だということをあらわしている。
- Regenerative:人を自然の一部として捉え、全体のシステムで相互に作用する
- Restorative:人が自然システムの一部に対して良いことをする
- Sustainable:中立的。“悪い中ではマシ” な活動
- Green:Conventional Practiceよりは進歩している状態(一般的にはここから“エコ”だと言われ始める)
- Conventional Practice:違法の一歩手前
サステナビリティは、自然を持続可能な形で管理・開発していくという発想に基いており、そこには「人間と自然を分ける」前提がある。一方のリジェネレーションは、人間の活動を通じて環境を破壊し、社会に分断を生むのではなく、環境を再生し、コミュニティを再生していく概念。人間を「自然の一部」として捉え、システムの内側から共に繁栄できるよう働きかけていく点がサステナビリティとは対照的である。
コミュニティの再生については、エレンマッカーサー財団と、グローバルデザインファームのIDEAOが共同で公開しているRegenerative Thinking(リジェネラティブ思考)のページが参考になる。ここでは、組織に関わるすべての人(顧客、従業員、パートナーなど)が幸せであることや、長期的に繁栄することの重要性が説かれている。
サーキュラーエコノミーの三原則にも入っている
リジェネレーションは、世界中で盛り上がりを見せるサーキュラーエコノミー(循環型経済)における、重要な三原則のうちの一つでもある。国際的なサーキュラーエコノミー推進機関として知られる、エレン・マッカーサー財団が掲げたのが以下だ。
- 自然のシステムを再生する(Regenerate natural systems)
- 製品と原料材を捨てずに使い続ける(Keep products and materials in use)
- ごみ・汚染を出さない設計をする(Design out waste and pollution)
出たごみをリサイクルするのではなく、製品やサービスの設計段階からごみが出ないように循環させ、事業を行えば行うほど自然が再生されていくようなビジネスづくりが求められているのだ。
「繁栄」とは?今、再生について考える意義
リジェネレーションという概念を説明するときに欠かせないのが、繁栄(Thrive)という言葉である。これは、人が生き物として豊かになることを指す。繁栄した社会では、誰もが自分の「尊厳」を保つことができ、やりたいこと、なりたいものを選ぶ「機会」が与えられること。一人ひとりの潜在的な能力(健康や創造性など)が引き出され、信頼できる人々の「コミュニティ」と、地球の限られた資源内のなかで、幸福に暮らすことができることなどが、繁栄の意味するところである。
英オックスフォード大学の経済学者ケイト・ラワース氏が提唱したドーナツ経済学によると、繁栄のキーワードはこの「尊厳」「機会」「コミュニティ」の3つだ。
地球レベルの再生は最も包括的な目標だが、より身近なところでは、個人の生き方や、これからのビジネスを考える場合にも、リジェネレーションの概念から学べることは多い。
たとえば、企業経営やビジネスの文脈で組織のレジリエンスを高めるには、組織を構成する一人ひとりが成長しやすい環境を創出し、多様な個人が目的意識を持ちつつ組織に貢献できるシステムを作れるかどうかが重要な鍵となる。Regenerative Thinkingにもあるように、組織の繁栄は、組織を構成する個人の繁栄を大切にするところから始まるのだ。
アフターコロナ時代の経済システムや、社会システム、医療システムなどを考える際も、システムを以前の状態に戻すという発想を超えた、再生と繁栄のための新たな挑戦が必要になるのではないだろうか。
リジェネラティブ・エコノミー
リジェネレーションの概念を、経済の文脈に落とし込んだものを「リジェネラティブ・エコノミー(再生経済)」という。すべての人にとって健康で安全であり、循環していく経済システムのことで、2010年に創立した学際的なコミュニティネットワークCapital Instituteが提唱した。
そんなリジェネラティブ・エコノミーの8つの原則は、以下の通りだ。
1. 適切な関係性(In Right Relationship)
一人の人間と他の人間、そして他の生物たちの間に明確な線引きをしない。自然への損傷は、私たちへの損傷。私たちは互いにつながって生きているのだという認識を持つ。
2. 包括的な豊かさの見方(Views Wealth Holistically)
真の豊かさとは、お金の潤沢さだけを意味しない。社会・文化・生活・経験などの充実とお金の調和を通じて達成される。一部だけでなく、全体の繁栄を考える。
3. 革新的で適応性があり、変化に対応できる(Innovative, Adaptive, Responsive)
常に変化し、加速し続けるこの世界においては、イノベーションの質と、場面に合わせた対応をするなどの柔軟性が大事になる。変化の波に乗り、適合していく力が必要。
4. 権利のある参加(Empowered Participation)
相互に依存し合うシステムに、何かを変える権利を持って参加をする。これにより、自身のニーズについて交渉できるだけでなく、全体のウェルビーイングに対してその人なりの貢献ができる。
5. コミュニティと地域の尊重(Honors Community and Place)
人間のコミュニティは、地理や歴史、文化、環境などによって独自に形成されている。この事実をまず尊重し、それぞれがコミュニティ独自の方法で、健康で回復力のある状態を育むことができる。
6. エッジ効果を使う(Edge Effect Abundance)
生物の生息地の境界部分が外部からの影響を強く受けることを示すエッジ効果。これを人間社会に適応し、異なる者たちが混じりあうことでイノベーションと教育機会が創出される。
7. 丈夫な循環を作る(Robust Circulatory Flow)
人間の健康が酸素や栄養素などの循環をしているのと同じく、経済においても、お金や情報・リソースの交換を積極的に行い、毒素を洗い流した健全な循環フローを作る。
8. バランスの追求(Seeks Balance)
バランスをとることは、ウェルビーイングにおいて欠かせない。効率とレジリエンス、競争と共創など、どちらか一つだけを最適化するのではなく、複数のモノを調和させる必要がある。
世界のリジェネレーション事例
自然を再生して暮らしを繁栄させるために、具体的にはどのような取り組みが行われているのか。ここでは、世界のリジェネレーション事例をいくつか選んでご紹介する。
01. 再生×街づくり
オランダのアムステルダム北区では、汚染されて荒廃した土壌を植物によって回復させていくファイトレメディエーションを行う10年間のプロジェクトが進んでいる。これは、草や樹木、根に生育する微生物を用いて、土壌や地下水などの汚染物質を吸収・分解・大気中へ蒸散させる方法だ。
アムステルダムの住民の協力を得ながら共に場づくりをし、新型コロナ以前には世界から視察団も多く訪れる「クリーンテクノロジーの遊び場」と呼ばれるほどになった。
ファイトレメディエーションは、植物の汚染物質の吸収量が降雨量、日照量などに応じて安定しないことがデメリットとして挙げられるものの、他の土壌洗浄法などと比較して浄化処理後の土壌の物理・化学的状態を大きく変化させないことから、今後も他の場所で導入される可能性がある。
また、ファイトレメディエーションを逆転の発想で活用したファイトマイニングという概念もある。これは植物を用いて、金属を効率的に回収する手法だ。世界各地の研究機関で進められており、産業への応用が有望視されている。
02. 再生×農業
農業には、自然を再生するさまざまな可能性がある。たとえばアウトドアウェアのブランド・パタゴニアが認証を展開するリジェネラティブ・オーガニック。土壌を耕さない保全農業を使ってコットンと食材の製造方法を見直し、環境に貢献する方法だ。土壌攪乱(どじょうかくらん)を防ぐこと、地表を有機物で覆うこと、輪作・混作をすること、の3つが原則で、それらを同時に行うことで土壌にCO2を吸収できるという。
また、ヨーグルトで知られるダノンは2018年に「2025年までに、再生型農業でありフランスで生産された原料を100%調達する」という目標をウェブサイト上で掲げており、土壌を再生していく方法についてわかりやすい解説動画も公開している。
農業分野では、熱帯地帯で森を守りながら作物を育てるアグロフォレストリーも近年注目を浴びている。農業を意味するアグリカルチャー(Agriculture)と林業を意味するフォレストリー(Forestry)を組み合わせた造語で、樹木を植え、森を管理しながら、そのあいだの土地で農作物を栽培したり、家畜を飼ったりすることを指す。森を育てながら、農業もしていく手法だ。
さまざまな種を一度に育てることで、植物や動物がお互いの恩恵を受ける。たとえば、養豚とカシの木の関係性。カシの木は、栄養価の高いどんぐりを提供して豚の成長の糧となり、優れた豚肉を育てる。同時に、豚の排泄物が堆肥となり、土壌を豊かにさせ、新たなカシの木の種まきのスペースをつくっていく。そうして成長した生物多様性のある森が、温室効果ガスを吸収し、気候変動の対策になるのだ。
以下は、マダガスカル産のバニラを日本に届けるCo・En Corporation、そしてアマゾン産のカカオを使ったチョコレートを販売しているアマモス・アマゾン株式会社のスタッフが登壇するイベントのレポートである。
他にも、オランダに拠点を置き、さまざまな地域で農家の再生型の農業への転換を支援する団体reNature(リネイチャー)は、環境を積極的に再生する農業である「リジェネラティブ・アグロフォレストリー」に取り組む世界でも稀有な存在となっている。
03. 再生×観光業
中東・西アジアの砂漠の国サウジアラビアでは、再生型観光(リジェネラティブ・ツーリズム)が始まっている。同国のシュライラ島で進む「コーラル・ブルーム・プロジェクト」は、周辺の海や陸を再生するリゾート地を2030年までに作る計画で、まずは2022年末までに国際空港と初めの4軒のホテルのオープンを予定している。
砂浜の自然浸食を最小限に抑え、島の自然環境を強化する修景によってマングローブやサンゴなどの新たな生息地を創出する計画だ。
持続可能な観光から再生型の観光への移行について、Conscious Travel社のCEOを務めるアンナ・ポロック氏はブログプラットフォームMediumの記事の中で「大切なのは、私たちが生きる場は絶えず変化と適応を繰り返しているという前提の中で、すべての生命の繁栄をサポートするような環境を作り出すことです。古くて断片化された、機械的な見方から、包括的な見方に移行していくことが私たちの課題となるでしょう」と述べる。
最近では他にも「リジェネラティブ・ファイナンス(再生型金融)」や「リジェネラティブ・アーキテクチャー(再生型建築)」などの表現が登場している。持続可能性の先にある概念として、再生と繁栄が主流になる日は近いのかもしれない。
自然を再生するのは誰のため?
リジェネレーションに取り組むうえで私たちが忘れてはならないのは「一体誰のため、何のために自然を再生するのか?」という視点だ。人間が利益を最大化するために自然を利用していくことは人間中心主義と言うことができるが、本当に環境のためになっているのか、生態系の破壊につながってしまうなど新たな問題を生むことにならないか、と考えることが大切だ。
本特集の新電力は持続可能で「三方よし」なのか?という記事の中では、業界で価格競争が起きた結果として、CO2を出さない「エコ」な太陽光パネルを取り付けるために森を切り開く、といった行為などの課題が共有された。日々の仕事をこなしていく中で、私たちは「何のためのアクションなのか?」という目的をつい見失いがちになってしまう。
また、リジェネラティブな社会へ移行する過程で、取り残される人はいないのかも考えたい。たとえば短期間で大量の肉を生み出すことができる工業的な畜産を今後は再生型にしていくとなったとき、何をどれほど変える必要があるのか?その移行に伴って、職を失う人がどれほどいるのか?
工業的で効率的な生産の背景には、その時代の需要があったわけで、そこを無視して「環境にいいから」とだけ考え物事を進めることはできない。自分の目指す社会は、この行動は、本当に誰も取り残さないのだろうか。そんなことを問うこともは必要だ。
再生の行きつく先には何があるのか?
リジェネレーションを突き詰めていくと、環境を守ろうという視点ではなく、自然や動物と人間とを明確に分けるでもなく、ありのままに自然を受け入れてその中の一部で生活を営んでいく、という日本にも古来からあった自然観が頭をもたげてくる。本来、グローバルに暮らしを画一化せずに、その土地それぞれの気候や風土、生物、産業、暮らしに合った自然の形を追求していくことが自然にとってのウェルビーイングといえる。
環境負荷を減らす(Less bad)という意味では、極論として「人間がいないほうが自然にとってはよいのでは、」という話にもなりがちである。しかし、持続可能な暮らしをしようとしているのも、再生しようとしているのも、この記事を書いているのも、読んでいるのも、また人間だ。パタゴニア プロビジョンズのマネージャーを務める近藤 勝宏氏は、2020年10月に行われたリジェネラティブ・オーガニックのセミナーで「それぞれの生き物には役割がある」と述べ、人間も自然の一部として、地球をより良くする役割を担うべきだと話していた。
人間の活動において、動物や植物、微生物などすべての生態系への影響、そして社会的な影響が完璧にポジティブなものはない。それでも、人間も自然の一部だと改めて認識し直し、原点に戻り、人間だからこそ果たすべき役割を今一度考え直していく。そのために私たちはどのような行動ができるのだろうかを、今後も模索していきたい。
【参照サイト】Regenerative Thinking
【参照サイト】What is regenerative architecture?
「問い」から始まるウェルビーイング特集
環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!