クィアベイティング(Queer‐baiting)とは・意味
クィアベイティングとは?
クィアベイティングとは、実際に同性愛者やバイセクシャルではないのに、性的指向の曖昧さをほのめかし、世間の注目を集める手法である。
性的マイノリティや、既存の性のカテゴリに当てはまらない人々の総称であるクィア(Queer)と釣りなどに使うエサを意味するベイト(bait)を組み合わせた言葉だ。由来の通り、同性愛者やバイセクシャルであるかのような匂わせをすることで、LGBTQ+の人々をはじめ、世間の人々をひきつけようとするマーケティング・ブランディング手法である。
クィアベイティングはテレビ番組、映画、音楽、演劇といったエンターテイメント分野や、本、広告、ファッションなどの分野で見られることが多い。作品の登場人物が LGBTQ+である可能性を繰り返し示しているにもかかわらず、セクシュアリティに言及することを避けている場合などに、クィアベイティングが指摘される傾向にある。
LGBTQ+が注目を浴びる昨今、その注目度や話題性を商業的に利用するクィアベイティングは批判の対象となっており、SNSやメディア上での炎上要因にもなりえる。批判される理由は、同性愛者やバイセクシャルのアイデンティティを商品化し、注目を集めるための釣りエサにしている点にある。
クィアベイティングの起源
クィアベイティングという言葉が誕生したのは、約10年前の2010年代初頭。当時、大ブレイクしていたアメリカCW局のドラマ「スーパーナチュラル」や、イギリスBBC局のドラマ「シャーロック」の登場人物の関係性について言及が起こったことからはじまった。
ドラマ中では、同性同士の登場人物が友情以上の関係をほのめかしながらも、結末はそういった関係ではなかった。そういったドラマの構成にLGBTQ+コミュニティや作品ファンから「視聴者を誤解させる」という批判が殺到したのだ。
アメリカアリゾナ州立大学のジュリア・ヒンバーグ教授が上記の流れをクィアベイティングという言葉が生まれるきっかけとなったと解説している。彼は上記のようなドラマの構成について、「クィアベイティングはさまざまな視聴者をターゲットにするため、保守的な人々を攻撃しない。その一方で、LGBTQ+のマーケットもターゲットにしたいために、彼らにも伝わる方法を使用した」と語っており、これが計算尽くの戦略だとされ、クィアベイティングに批判が高まるきっかけとなった。
クィアコーディングとの違い
クィアベイティングと同様に、映画やアニメの登場人物のセクシャリティをはっきりと明示はしないものの、クィアとして読み取れるようコード化(暗号化)して描くことをクィアコーディングといい、以前から演出手法の一つとして使われてきた。
2つの用語の異なる点は、クィアベイティングがマーケティング目的で売上のためにLGBTQ+を利用しているとしてネガティブに捉えられるのに対し、クィアコーディングはそれ自体はネガティブでもポジティブでもないとされる。
クィアコーディングは歴史的にLGBTQ+のアイデンティティが受け入れられなかった時代に、差別や批判を避ける目的で、登場人物の人となり・セクシャリティを明確に示さず表現するために使われてきた背景がある。ただし、あえて悪役側の登場人物をクィアとして描き、悪い印象を植え付けていると捉えられる表現や、差別的な描写が見られる場合は、クィアコーディングもネガティブに捉えられる可能性がある。
海外でのクィアベイティングへの批判事例
先述の通り、LGBTQ+が注目を浴びるなかでクィアベイティングへの批判や指摘は増えてきており、一流ブランドや海外セレブが標的になることもしばしばある。ここでは、いくつかの事例を挙げ、どういった内容に人々は声を挙げているのか考えてみたい。
カルバン・クラインのキャンペーン
2019年5月に世界的アパレルブランドのカルバン・クライン(Calvin Klein)が発表したキャンペーン「SPEAK MY TRUTH IN #MYCALVINS」。このキャンペーンで公開された動画で、女性モデルのベラ・ハディットとバーチャルインフルエンサーの女性であるリル・ミケーラの熱烈なキスシーンが話題になった。
しかし、ベラ・ハディットは実生活では男性と交際する異性愛者であるため、LGBTQ+コミュニティからクィアベイティングだと批判が殺到。炎上を受け、カルバン・クラインは異性愛者を同性同士のキスシーンに起用することは、クィアベイティングだと認識される行為だと認め、公式に謝罪している。
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アメリカ人女性歌手たちへの指摘
クィアベイティングへの批判や指摘は、先述の通り海外セレブに向けられることもある。
例えばアメリカの女性歌手アリアナ・グランデは自身の楽曲「Monopoly」で、I like women and men(訳:女性も男性も好き)と歌ったことで、クィア・ベイティングだと批判を受けた。
また、同じくアメリカの女性歌手ビリー・アイリッシュは自身の楽曲「Lost Cause」のミュージックビデオで女の子たちと絡んだり、キスの真似事をしたりと同性愛をほのめかす演出をしている。曲の宣伝としてインスタグラムに投稿された画像にも「I love girls(女の子たちが大好き)」とキャプションもつけられており、自身のセクシュアリティを明かすべきだと批判を受けた。
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こういった批判を受け、実際に自身のセクシャリティを明かすことになった海外セレブがイギリスの女性歌手リタ・オラだ。彼女も自身の楽曲「Gilrs」で、女性同士の性的関係を歌ってクィアベイティングだと批判を受けた。彼女は異性愛者だと思われていたからだ。しかし批判を受けた彼女はツイッターで謝罪と共に、自身がバイセクシャルであることをカミングアウトしたのだ。
映画やドラマでのクィアベイティング
映画『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』の公開後のインタビューで、出演俳優が登場人物2人の関係性についての質問に答える様子や、それを取り上げたメディアの報道がクィアを匂わせてファンを誘導していると批判を集めた。
また『スター・ウォーズ』第三部作では、男性キャラクター2人の間でのロマンスの発展を期待させる演出があったにもかかわらず、監督のJ・J・エイブラムスが「二人の関係はロマンスよりも深い」と曖昧な発言したことで、「男性間のロマンスを匂わせながら否定するクィアベイティングではないか」と指摘された。
最近の事例では、LGBTQ+がテーマのひとつにもなっているNetflixドラマ『ハートストッパー』が話題となった。出演する若手俳優キット・コナーが、自身が演じる役のセクシュアリティに反してプライベートで女性と手を繋いでいたとしてクィアベイティングを指摘され、セクシュアリティのカミングアウトを余儀なくされたのだ。
日本でのクィアベイティング事例
日本では映画の演出や著名人の発言などに加え、アニメの演出に対してクィアベイティングが指摘される事例が多く見られる。
日本ではアニメなどでファンへのサービス演出として、あえて女性同士の同性愛の様子を描くことを百合営業と呼ぶことがあり、その内容によっては批判の声が上がる場合もある。
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』はクィアベイティングか
アニメ放送の最終回で描かれた女性同士の結婚エンディングが、「月刊ガンダムエース」電子版の掲載では一部内容が修正され、「結婚」の表現が「二人のそういう姿」となっていた。
このことが同性婚を認めない差別的な意図や、第三者からの圧力などを憶測するファンによる議論となり、クィアベイティングではとの批判も起こった。これを受け、制作に携わったアニメ会社が謝罪する事態となった。
女性アイドルのSNS投稿への指摘
女性アイドルグループのメンバーが2022年4月1日にエイプリルフールの話題として、同性の元メンバーと「結婚式を挙げた」とSNSに投稿したところ、「同性愛をネタとして消費している」と指摘され議論となった。
特に問題視しない人も一定数いた一方で、「嘘をついてもいい日とされる」エイプリルフールに同性婚について言及したことに対して、同性婚が”あり得ない冗談”で、タブーかのように扱われたとの批判もあった。
クィアベイティング批判が抱える問題点
一人ひとりのパーソナリティ、アイデンティティの一部でもあるジェンダーやセクシュアリティについて、単なるマーケティングのネタとして軽率に利用する行為は認められるべきではない。
しかし先述の事例のように、海外セレブや有名人、著名人に対してクィアベイティングの批判が集まった時に、彼らが聴衆の圧力によって、自身の性的指向を意志に反してカミングアウトしなければならない事態となっていることを問題視する声もある。
また批判に乗じてSNSでの注目を集めるために、本人の了承を得ずに、その人の性的指向を公開する「アウティング」が起こってしまうケースもあり、批判される側の権利が一方的に侵害されてしまう可能性もある。
国連人権委員会のサラ・マクブライド報道官は「どんな方法であれ、誰かに性的指向やジェンダー・アイデンティティーを表現することを強要できない。これは最も重要な事実だと考えている。」と指摘している。
クィアベイティングかどうかの判断の難しさ
クィアベイティング行為が実際に行われていることは事実だ。しかし、同性愛者だけが映画やドラマで同性愛者の役を演じられる、同性愛をテーマとした曲を歌ったり、作品を制作したりできるといった考えは社会的に適切だとは言い難い。
芸術における表現の自由は誰もが持っている権利であり、LGBTQ+のテーマを取り上げたからといって、その全てが商業的に観客を集めるための釣りであるとは限らない。状況によっては、純粋なキャラクター設定や表現方法が、制作者の意図に反して批判の対象となってしまうこともあるだろう。
あくまで作品上の表現としてLGBTQ+を描く行為と、LGBTQ+をマーケティングのターゲットとする行為は同義ではないことを忘れないようにしたい。こうした観点を持つと、その行為がクィアベイティングにあたるのかを一概に判断することは容易ではなく、クィアベイティングについては各方面で議論が続いている。
クィアベイティングの顕在化とインクルーシブ社会への道
クィアベイティングが問題視される一方で、クィアベイティングはLGBTQの存在感が増している現れであり、インクルーシブな社会へ向かっている象徴だという声もある。
もちろん当事者の意思のもとで行われることが前提だが、自身の性自認について悩みを抱えていたり苦しんでいたりする若者にとっては、尊敬する人や著名人のカミングアウトが救いとなることもあるだろう。
国連人権委員会のサラ・マクブライド報道官は「クィアの世界観が楽曲、映画やドラマで表現されることは、クィアである若者の人生を変えるだけでなく、命を救うことにもなりえる」とも語っている。
同性愛者やバイセクシャルの当事者が声をあげ勝ち取ってきた権利を、商用に利用することは許しがたい。しかし、やみくもに全てを批判するのではなく、どういった点が問題であるのか、伝えたいメッセージは何なのか、傷つく人はいないのか、作り手も受け手もお互いを想像し、深く考えることからはじめたい。
そしてジェンダーやセクシュアリティなどでラベリングして物事を捉える前に、インクルーシブな社会が意味するところ、その本質を互いに探りながら、友好的な議論の場を作っていくことが大切なのではないだろうか。
【参照サイト】クィア・ベイティングは搾取か、それとも進歩の表れか(BBCニュース)
【参照サイト】Queerbaiting – exploitation or a sign of progress?(BBC News, Washington)
【参照サイト】WHAT IS QUEERBAITING VS QUEER CODING?
【参照サイト】Why accusing Harry Styles and Cardi B of queerbaiting is regressive
【参照サイト】What’s wrong with queerbaiting? Straight people can be good at acting gay
【関連記事】クィア(Queer)とは・意味
【関連記事】性の多様性とは?(What is Gender /Sexual diversity)
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