トーンポリシングとは・意味
トーンポリシングとは?
トーンポリシング(Tone Policing)とは、社会的課題について声を上げた相手に対し、主張内容ではなく、相手の話し方、態度、付随する感情を批判することで、論点をずらすこと。話し方のトーン(Tone)を取り締まる(Policing)という意味から、「話し方警察」等とも訳される。
Collins dictionary.comによると、トーンポリシングは「議論の内容ではなく、口調を理由に議論を拒否すること」と定義されている。
この言葉は2000年代初頭にアメリカで広まり、SNSの浸透により世界中に広がった。日本で使われるようになったきっかけの一つは、2017年にアメリカのWeb漫画『「冷静に」なんてなりません!』が日本語で紹介され、SNSで話題になったことだった。
近年、インターネットやソーシャルメディアが普及したことで、差別やハラスメントといった社会問題に対し人々が声を上げやすい環境となった。それにより社会課題の認知向上や、議論の活性化につながる例もある一方で、いつの間にか発言者の話し方や態度に注目が移り、議論が脱線してしまうこともある。
そうした状況が、典型的なトーンポリシングの例だ。具体的には、議論の場で特に怒りの感情を伴って何かを主張した人に対して「伝え方が悪い」「そんな言い方では伝わらない」「もっと良い伝え方があった」「怒らないで主張してほしい」などと指摘することが挙げられる。
トーンポリシングの特徴
”何が”語られているかではなく、”どのように”語られているかに焦点を当てて論点をずらすトーンポリシングは、意識的であれ無意識的であれ、発言者の主張内容に関する議論を妨げる効果がある。
あえて口調や論調を非難することにより、相手の発言の妥当性を損ない、主張を無視したり、退けたりするのだ。具体的には、以下のように論点をずらしていく。
- 問題を提議する発言者の態度を問題視することで、問題をすり替える。
- 発言者の話し方を「感情的だ」「攻撃的だ」「子どもっぽい・稚拙だ」等と批判することで、相手に緊張を強い、発言することを躊躇させてしまう。
- 感情表現と共に主張を訴える方法を認めないことで、被害を受けている人が、悲しみ、苦しみ、怒りといった感情や体験を他者と共有する手段を妨げる。
- 声の上げ方を批判することで、声を上げること自体を止めさせてしまう。
- 議論の参加者の関心を他に向けることで、本来の論点に戻りにくい状況を作ってしまう。
トーンポリシングとマイクロアグレッション
トーンポリシングは声を上げた女性や有色人種、LGBT、障がい者などのマイノリティや、社会において不利益を被っている側が被害者となる可能性が高い。場合によっては、差別や抑圧を受けている者同士の議論の場でトーンポリシングが発生することもある。
いずれにしてもトーンポリシングする側は「女性は感情的だ」、「あの人種はうるさい、怒りっぽい」、「自閉症の人は癇癪を起こしやすい」などと、性別や人種に対する偏見や固定観念を基に、レッテルを貼って相手を否定する場合がある。このことからアメリカなどでは、トーンポリシングはしばしば差別問題と共に語られる。
上記のように相手を差別したり、傷つけたりする意図はなくとも、無意識の偏見から知らず識らずのうちに相手の心に影をおとす言動や行動をしてしまう行為は、”小さな攻撃性”を意味する「マイクロアグレッション」にあたる可能性がある。
また議論の場で男性が「女性は非科学的だ、論理的でない」などと、性別に関する偏見から女性の発言者を遮って口調を取り締まる行為は、マイクロアグレッションのみならず、「Manterruoting(マンタラプティング):男性が女性の話を不要に遮る行為」だと指摘されるかもしれない。
トーンポリシングはなぜ起きるのか
トーンポリシングは意図的に行われることもあれば、無意識で引き起こされる行動でもある。意見を交わす中で相手の態度や言い方に目が行ってしまい、そこに対して批判的な態度をとってしまったという経験はないだろうか。
意図的にも無意識的にも、トーンポリシングを行ってしまう心理としては以下のようなものがある。
既得権益を維持するための戦術
トーンポリシングはマジョリティとマイノリティ、差別をする側と受ける側等、関係性が対等ではない場合に既得権益を守るための戦術として使われることがある。「話し合いは冷静であるべきだ」「合理的であるべきだ」というような議論のあり方を社会的強者の立場にある人々が決め、同じ枠組みの中で議論することを相手にも求めるのだ。逆に、抑圧された人々が感情と共に訴えようとしたときに、「感情的では建設的な議論にならない」「中立の目線で語るべきだ」と否定することで、会話の主導権を相手から取り戻し、議論を避ける。
リアルな感情と向き合うことの居心地の悪さ
社会課題に対する議論において、抑圧された人々のリアルな体験や感情を前に無意識的にも居心地が悪くなり、「気持ちはわかるが落ち着いた方がよい」「もっと柔らかい表現の方がよい」などと、相手の主張と正面から向き合うのを避けてしまう。
自分の希望が通らないことへの憂さ晴らし
相手の主張が正論である場合や、議論において自分の意見が通らない場合に、相手の話し方や態度を非難することで憂さ晴らしをしたり、議論の主導権を取り戻し、上に立とうとする。
トーンポリシングの事例
実際に国内外で起こったトーンポリシングの事例をいくつか紹介する。
「保育園落ちた日本死ね」
2016年に日本で話題になった、「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログの投稿。国の方針として少子化対策や女性活躍推進が掲げられたにもかかわらず、育児環境が整っていない現状を、怒りの感情と共に指摘する投稿だった。この投稿をきっかけに、同じ問題に悩む人々から声が上がり、待機児童問題が注目を集めた。しかし、「母親なのに言葉遣いが汚い」「『死ね』という言葉はないだろう」等、主張内容ではなく表現方法を批判する反応も後を絶たなかった。
グレタ・トゥーンベリさんへの批判
2019年9月の国連気候行動サミットで、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが、気候変動への危機感と環境対策の必要性を各国のリーダーに対し訴える演説を行った。怒りと涙を伴う彼女の演説に、多くの若者が賛同をした。その一方で、「話し方が攻撃的だ」「子どもが大人に向かって何を言っているんだ」といった、論点に直接関係のない批判が見受けられた。
怒る女性たちへの批判
フェミニズムの文脈においてもトーンポリシングは度々起こる。ネット上には、女性の立場を守ったり、女性の権利を主張したりする「フェミニスト的」な発言をする女性は怒りっぽい、感情的といった言説がみられる。
非営利団体LAistのウェブサイトには、人々、特に「Black, indigenous and people of color (黒人、先住民、有色人種の略、以下、BIPOC)」の女性は、職場からSNSなどオンライン上の出会いにいたるまで、あらゆるところでトーンポリシングに遭遇する、とある。たとえば黒人系の女性はしばしば「Angry Black Woman」というステレオタイプにさらされ、「怒らないで」「攻撃的にならないで」といわれることがある。
Black Lives Matterへの批判
トーンポリシングは人種に関係するものではないが、2020年夏に起きた抗議運動「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター、以下BLM)」をきっかけに、人種的な文脈でのトーンポリシングが注目されるようになった。全米の都市で行われた抗議活動に対し、主流メディアは破壊行為や放火などの行為が蔓延していると取り上げた。抗議内容ではなく、抗議活動に参加する人々の口調や抗議へのアプローチに注目が集まるのはトーンポリシングの典型といえる。けれどワシントンポスト紙の調査によると、2020年5月から6月にかけて行われた7,300件以上のデモ・抗議イベントのうち、97%に物的損害はなく、98%にデモ参加者や見物人、警察官に負傷者はおらず、ほとんどのBLMは平和的に行われたことがわかっている。デモ最盛期だった6月6日だけでも、全国約550カ所で50万人以上が抗議イベントに参加していた。
トーンポリシングの何が問題なのか
トーンポリシングは相手を不快にさせたり、傷つけたりするだけでなく、以下のようなネガティブな影響をもたらす可能性がある。
議論の質の低下
トーンポリシングは、論点とは違うところで議論が起きることから、対話の中身を深めることができず、議論の質が低下してしまうほか、問題の解決を妨げてしまうことにもつながる。
差別などの社会課題の常態化
また、意図的であるかは別として、相手を沈黙させてしまう場合も多いことから、マイノリティの声を封じて社会的課題についての議論を避け、課題を内包したままの社会構造を維持し続けてしまう恐れもある。
言論や表現の自由を損なう可能性
口調や論調を非難して相手を黙らせる行為は、議論における意見の多様性を損ない、言論・表現の自由を脅かすことにもつながりかねない。政治の場でトーンポリシングが常態化したり、深刻化したりすると、民主主義が成り立たなくなってしまう可能性もある。
身近な対話におけるトーンポリシング
また社会課題に関する議論に限らず、日常の対話においても同じことがいえる。例えば仕事の場においてトーンポリシングがあると、労働者が意見を言いづらく、安心して意見したり、自分らしく働くことができなくなってしまい、社内全体の心理的安全性が低下する。
こうした状態が続くと、人間関係のあつれきを生んだり、風通しの悪い職場環境を作ったり、社内の問題が解決されずに見過ごされたりする可能性もある。また、離職者の増加や生産性の低下にもつながりかねない。
状況によっては、トーンポリシングはパワー・ハラスメント(以下、パワハラ)やモラル・ハラスメント(以下、モラハラ)に該当することがある。
なお、パワハラは「職権などのパワーを背景にして、本来の業務の範疇を超えて、継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い、就業者の働く関係を悪化させ、あるいは雇用不安を与えること」、モラハラは「言葉や態度、身振りや文書などによって、働く人間の人格や尊厳を傷つけたり、肉体的、精神的に傷を負わせて、その人間が職場を辞めざるを得ない状況に追い込んだり、職場の雰囲気を悪くさせること」を指す(出典:メンタルヘルス関係:用語解説)。
簡単ではないトーンポリシング批判
一般的にトーンポリシングする側が批判されることが多いものの、状況や人によって感じ方や物事の捉え方はさまざまであることから、その行為が本当にトーンポリシングに当たるのかを判断することは簡単ではない。
実際、トーンポリシング批判に対しても下記のようにさまざまな意見がある。
- 言葉の受け取り方は人さまざまだ。相手の口調や言葉が強い場合、どうしても苦痛に感じてしまうのは仕方がないのではないか。
- 不当な扱いを受けた場合の感情的な表現と、大した理由がないのに感情的になる人の表現は、分けて扱われるべきではないか。
- 暴言や中傷は、感情的な表現として認められるものなのか。また、暴言に対する批判は、トーンポリシングに該当してしまうのか。
- SNS上では、個人に対する集団的な非難・中傷が容易に起こり得る。社会的強者と弱者、トーンポリシングの被害者と加害者は、簡単に入れ替わるのではないか。
トーンポリシングする側だけでなく、される側も、互いに相手を否定して正しさを主張し合うばかりになっていないか、自らの発言を見つめ直してみることが必要かもしれない。
トーンポリシングを行わないために
トーンポリシングを行わないための第一歩は、自分がトーンポリシングをしていないか気づくことだ。
教育サービス「Pearson+」の「Mistakes to Avoid when Resolving Conflict(対立を解決するときに避けるべき間違い)」という教育動画では、自分がトーンポリシングをしているかどうかを見分ける2つの方法を紹介している。
まず、相手の訴えを聞いているとき、自分のボディランゲージを見てほしい。あなたがトーンポリシングをしているかどうかが、ボディランゲージに表れる。例えば相手の言い方に不快感を抱いているとき、あなたは眉をひそめたり、腕を組んだり、怪訝な顔をしているかもしれない。そのボディランゲージを前に、相手がこれまでの話し方で話さなくなっていたら、あなたはトーンポリシングをしている可能性がある。
2つ目は自分がどう相手に対応するかを見てほしい。もしあなたが相手の訴えに対して「その言い方は嫌だ」「怒らないで主張してほしい」などの言葉を返していたら、それはトーンポリシングになる。
同動画では、ある口調に対して自分がどう感じているか捉える練習をしてほしいと伝えている。以下の問いかけは、あなたが特定の口調に対して不快感を覚えたとき、なぜその口調に不快感を覚えるのかを理解するのに役立つ。
- その口調はあなたを怖がらせるものか
- その口調は聞いていて落ち着かないものか
- その口調は嫌なことを言われるんじゃないかと思わせるものか
言い方に対する自分の感情を理解したうえで、相手の言い方ではなく相手の話す内容に目を向けよう。目の前にある問題や意見の対立を解決したいのであれば、言い方に注目するのではなく、内容に注目して話を聞く姿勢を忘れないでほしい。
また、仮に相手の口調や態度がきついと指摘してしまったときには、相手の意見や訴えに耳を傾け、一緒に改善方法を考える姿勢でありたい。
強い口調で訴えてきた相手に「その言い方はよくない」「そんな態度では話しにならない」などの言葉で退けるだけではトーンポリシングになってしまう。言い方に言及してしまったと気づいた時には、相手の訴えを受け入れ、「問題を解決するために何ができるか?」と一緒に考える姿勢をとってほしい。反対の意見を持っている時こそ、「違っていたら申し訳ないのですが…」と相手を尊重し、配慮する一言を添えるのもいいかもしれない。
トーンポリシングは親から子どもに対しても発生する。けれど、思い通りにいかないとすぐに怒ってしまう子どもの態度に注意しないわけにはいかない局面もあるだろう。そのような場合には、態度は注意しつつも、子どもが怒っている内容にしっかり耳を傾けることが重要だ。
「そのトーンで話すこと」の背景にあるものを知る
確かに感情的に発した言葉でなくても、人によっては口調や態度に不快感を抱くことはあり得る。また、どんな主張があるにせよ、誹謗中傷や人格批判といった人を傷つける過激な言動は認められるべきではない。
しかし同時に、話し方・態度・感情と主張している意見とは全く別の問題であることを忘れてはならない。そして、強い言葉で声を上げる人たちが「そのような強い言葉を使わなければ声が届かない立場にあるのかもしれない」と考えてみてほしい。
特に、社会的課題を解決するための議論の場においては、話し方や表現方法の批評からは距離を置く必要がある。
なぜなら、丁寧で礼儀正しい表現では認知されにくかった社会的課題がリアルな感情と共に伝えられるからこそ、共感を生み注目を集め、課題解決につながる可能性があるためだ。
まとめ
トーンポリシングは意図的に行われることもあるが、その多くは奥底にある深層心理からくる無意識の言動であることがほとんどだろう。だからこそ、自分でも気づかぬうちに相手の話し方や態度にばかり注目して意見そのものを見過ごし、無視してしまっていることもあり得る。
ソーシャルメディアを通して誰もが声を上げられるようになった今だからこそ、誰もが被害者・加害者になり得ることを私たちは意識する必要があるだろう。
トーンポリシングは、無意識的にも相手に対して偏見や見下す気持ちがある場合、相手への理解や共感が足りていない場合に起こりやすい。異なる人間同士の対話だからこそ、マナーや礼節を持って相手と接し、共感力を高めて相手の意見や立場を理解しようと努めることが大切だ。
同時に多様性を尊重し、さまざまな意見を受け入れる柔軟性を持ちながら意見を述べることで、トーンポリシングをなくすだけでなく、課題の本質に向き合った建設的な議論の場を作っていくことができるだろう。
【参照サイト】No, We Won’t Calm Down – Tone Policing Is Just Another Way to Protect Privilege(Everyday Feminism)
【参照サイト】The Privilege of Tone Policing – Parity Consulting
【参照サイト】Racism 101: Enough With The ‘Angry Black Woman’ Stereotypes. Let’s Talk About Tone Policing | LAist
【参照サイト】Calling Out Tone-Policing Has Become Tone-Policing – The Frisky
【参照サイト】Tone policing Video Tutorial & Practice | Pearson+ Channels
【参照サイト】言い争いが泥沼に? SNSで激論を呼ぶ「トーン・ポリシング」とは(ダ・ヴィンチ)
【参照サイト】「日本死ね!」とつぶやいた女性が現在の心境を明かす 「正直、反応の大きさに驚いている」ととまどいも…(産経新聞)
【参照サイト】グレタ・トゥーンベリさん「怒りのスピーチ」を批判するすべての人へ(現代ビジネス)
【参照サイト】Tone-Policing and the Assertion of Authority
【参照サイト】Tone policing is a little-known microaggression that’s common in the workplace — here’s how to identify it
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