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ケアリング・シティとは・意味

ケアリングシティ

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ケアリング・シティとは?

ケアリング・シティとは、すべての市民に質の高い生活を提供することに努める都市を指す。ケアリング・シティは、ヒューマニズム(一般に人間性を尊重する立場や思想)や分かち合いといった価値観を基に、すべての市民に快適さと尊厳を提供し、市民のニーズに合った解決策を提供する新しい都市モデルの1つだ。

また、ケアリング・シティはケアワークの社会的価値を認めるものでもある。ケアワークとは、1人または複数人の他人の身体的、心理的、感情的、発達的なニーズをケアする仕事を指す。具体的には高齢者福祉や児童福祉、障害福祉分野があげられ、ケアを受ける人は一般的に、乳幼児、学齢期の子供、病気の人、障害のある人、高齢者があげられる。

ケアリング・シティは、「ケア」を中心に据えた都市の再構築を目指す。そのため、都市計画や政策の中心に人々の幸福を確保するための条件を据えている。よってケアリング・シティでは、都市部を生産と消費の場としてだけでなく、市民の権利行使の場としてアプローチすることを可能にするものでもある。

ケアリング・シティが登場した背景

ケアリング・シティという新しい都市モデルが登場した背景には、世界各地で起きた新型コロナウイルス(以下、コロナウイルス)の影響がある。

コロナウイルスの大流行は、利潤を優先する生産形態と社会的再生産の必要性との間に内在する矛盾、言い換えれば、資本と生活の対立を明確に示した。

ドイツの政治教育団体であるローザ・ルクセンブルク財団はウェブサイト「Caring Cities」にて、コロナ禍で浮き彫りになった資本と生活の対立について、「公的医療制度の廃止と社会インフラの民営化が進行したことは、生活のあらゆる領域から利益を得ようとする欲望の表れであり、多くの人が亡くなった原因となった」と痛烈に批判している。

またコロナウイルスの大流行は、資本と生活の対立を露呈させたとともに、真に必要な社会的労働を人々に思い起こさせるものとなった。先述したケアワークである。

たとえば日本では、コロナ禍でテレワークやデジタル化が推奨される中、テレワークが可能な仕事に就く層と、テレワークができない仕事に就く層の2分化が明らかになった。後者に当てはまる「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる職種の人たち(医療や福祉、第一次産業や物流など、最低限の社会インフラを維持するために必要不可欠な労働者)は、テレワークによって感染リスクを避けることができない状況にあった。

なお、一部の人々は、ケアサービスを市場で購入することで公共インフラの不足を補うことができるが、多くの人々は物価の高騰や不安定化、貧困の増加などの影響を受けやすく、その結果、家族や社会的ネットワークに頼らざるを得ないことが少なくない。

加えて、このケアワークは多くの場合、主に家庭内において、女性が担うケースが多く、女性の経済的自立と個人的成長の可能性を犠牲にして行われてきた仕事ともいえる。この性別による分業は、ジェンダー ・ヒエラルキー(※1)の基盤として確立されてしまうという問題にもつながる。

このような背景から、すべての市民、特にコロナウイルスの大流行によって改めて重視されるようになったケアワークを行う人々のニーズを中心に据えた都市が求められるようになった。

※1 ジェンダー ・ヒエラルキーとは、ジェンダーを「男性・女性」という二元的なものと捉え、それを前提として、一方のジェンダーにかかわるものが、他方のジェンダーにかかわるものより優れているという認識を表す。たいていの場合、男性が女性より優れているとされる。

ケアリング・シティの視点で見る〇〇

ケアリング・シティがどのように新しい都市モデルを構築しようとしているかを以下に記載する。

高齢者介護

営利志向と予算削減政策によって、高齢者介護の状況は介護従事者にとっても高齢者本人にとっても悪いものになりがちだ。高齢者介護に関する包括的な公的政策がないために、家族が自らの時間と労力を犠牲にして介護に向き合わざるを得ない状況に陥れば、高齢者へのケアは不足し、生活環境の悪化やウェルネスの低下、病気になったり、避けられるはずだった死を迎えたりといったことさえ起きうる。そして要介護者とその家族(たいていは女性)は、その責任を一人で背負い込むことになる。また、介護者としてこうした不足を補うのは移民女性であることが多いが、彼女たちの大多数は労働権利のない極めて不安定な状況下にある。

したがって、高齢者介護は自由に利用できる公共政策の一部として含まれなければならない。そうして初めて、質の高いケアと、十分な報酬を得られる魅力的な内容の仕事を創出することが可能になる。高齢者へのケアは、私たちが生きる社会の将来、私たちがどのように生きたいのか、どのように年を取りたいのかという問題と結びついているのだ。

インフラの提供

今日、介護従事者と介護を受ける人の両方が不平等に分配されている。貧困層、移民、人種によって特徴づけられた人、性別によって特徴づけられた人(たいていは女性)が介護従事者のカテゴリーに含まれる一方で、ケアは主に、その費用を支払う余裕のある人々が受けている。

ケアリング・シティは、必要なケアのインフラ(病院、託児所、学校、精神保健施設など)を提供するのは社会である必要がある、と考える。そしてこのインフラは、人の一生を通じて多様に変化するニーズを考慮し、地域のさまざまな状況に対応した形で確立されなければならない。そのためにはまず、経済的な可能性とは別に、誰がどのような支援を望み、必要としているのかを見極める必要があるとしている。そして、介護従事者や介護を受ける人など、ケアの影響を受けるすべての人が参加できる民主的な計画が必要だ。たとえば、地域協議会などが考えられる。

住居

今日の都市部では住宅へのアクセスが以前にも増して悪くなっている。家賃が収入の大半を占める人もいれば、友人や家族、住み慣れた環境から遠く離れた場所への引っ越しを余儀なくされる人もいる。また、立ち退きを迫られ、住むところが見つからずに路上生活を余儀なくされる人もいる。

適切な住居へのアクセスは、私たちの生活や人間関係を形作る重要な要素だ。にもかかわらず、都市の公共空間は一部の人々や企業の手によって私有化されているようだ。誰もが快適で安全に暮らせるようにするために、ケアリング・シティの構想では、手頃な家賃と、大衆住宅を建設するための公的プログラムの必要性が説かれている。

公共交通機関

公共交通機関が削減されてしまうと、自動車を買う余裕のない人々にとっては移動するのに困難を招くだけでなく、ストレスや孤立を招く結果となる。したがって、社会的にも、そして自動車の排気ガス汚染を減らすといった環境面への影響においても、持続可能性のある移動手段が必要になるといえる。

地域および地方の公共交通機関の大幅な拡大や、公共交通機関の無料化、乗車券が手頃な料金で提供されることが必要とされる。また誰もが快適かつ安全に自転車や徒歩で移動できるような環境も重要だ。

ケアリング・シティの事例

スペイン・バルセロナ

スペイン・バルセロナでは、ケアリング・シティのアプローチに関する興味深い事例がいくつか生まれている。バルセロナ市議会は、以下のことを目的とし、68の取り組みからなるプログラムを開始した。

  • ケアワークの重要性を強調する
  • ケアワークの責任を社会化する
  • ケアワークを提供する労働者や事業体、個人に適正な労働条件を確保する
  • ケアサービスの品質を向上させる
  • ケアを受ける人または提供する人をエンパワーする

取り組みの大半は、ファミリーセンターや託児所などの新たな公共インフラの設置、すでに存在するインフラの拡大、社会的弱者のアクセス向上を目的としている。

また、新たに導入されたものに「介護者カード(tarjeta cuidadora)」がある。これは家庭内で病気や依存症、障害のある人、高齢者などにケアを提供する人々が、都市の介護インフラや社会サービスなど、適切なサポートを受けられるようにするものである。

「ケアリング・シティ」バルセロナが高齢化社会に向き合ってみたら

スペイン・マドリード

同様のアプローチが、スペインの他の都市の自治体でも採用されている。たとえばマドリードでは、アオーラ・マドリード連合が率いる左派政府が、その任期中(2015年〜2019年)に「City of Care(ケアの都市)」と題する行動計画を可決した。この行動計画では、男女平等を達成するために、ケアワークに対するより広範な社会的責任と自治体責任を高めることにも焦点を当てたものである。

同計画では、ケアワークの再分配と提供されるサービスの改善に加え、民主的な参加に関する問題と地域の自己組織化の支援にも重点を置く。これは、社会構造全体を強化することを目的としたものであり、ケアリング・シティの構成要素として、(草の根的な)民主的な意思決定プロセスは、強力な社会構造なしには機能しないという考えに基づいている。

マドリードの行動計画には、フェミニズムの都市計画に基づいたプロジェクトやイニシアティブも数多く盛り込まれている。ジェンダーやケアに配慮した方法で都市を整備すれば、公共空間の使われ方は変わる。その結果、人々の日常生活や社会的関係は変化するものだ。

たとえば、子供たちのための遊び場が人目につかない片隅にあるのではなく、街の広場や公園と一体化していたり、異なる年齢層やさまざまな趣味を持った人たちのための施設やアクティビティが近くにあったりすれば、親たちは近所の人やお年寄りとも触れ合うことができる。

先述したように、マドリードの行動計画にはフェミニズムの都市計画に基づいた案も数多く盛り込まれている。そのため、マドリードのケアリング・シティは、都市空間を通じてジェンダー平等を促進するアプローチである「フェミニスト・シティ」が求める視点に通じるところがある。

たとえば公共の場において、女性は性的嫌がらせや暴力のリスクにさらされており、その恐怖が女性の都市での行動を制限している。ケアリング・シティでは、広くて明るく、見通しのよい緑がある歩道が人々に提供されることで、人々は、特にリスクにさらされがちな女性やクィアの人たちは、その空間をより安全だと感じられるようになり、自由に移動できる。

ラテンアメリカ

ラテンアメリカでも、大規模なフェミニスト運動の影響を受け、ケアワークと社会的再生産をめぐる議論が活発化している。

たとえばチリの都市・バルパライソやその他の都市では、市議会と協力した地域住民の自己組織化により、重要な医薬品を市場価格よりはるかに安い価格で提供する薬局の設立が可能になった。

コロンビアの首都・ボゴダでは、「ケア・システム」と呼ばれる、ケアに従事する人々とケアを受ける人々をまちづくりによって可視化し、支援する取り組みが始められた。ボゴダの貧困エリアには、さまざまな公的サービスが集約された「ケア・ブロック」が設置されている。ケア・ブロックには保育サービスや託児所、職業訓練施設や健康・運動講座、法律相談ができる場などが用意されており、スイミングプールやジムが備えられたケア・ブロックもある。

家事や介護に追われる女性を支援するまちづくり。南米・コロンビアの「ケアリング・シティ」とは?

またラテンアメリカのその他の国でも、Sistemas integrales de Cuidados(包括的ケアシステム)が実施されている。たとえばウルグアイでは、家事労働も対象とした「生活時間調査」の実施と、性別による分業に関する調査が行われた。そして、ケアワークが社会にとっていかに重要か、またそれが「女性の仕事」としてどれだけ軽視されているかについて、国民の認識を高めるために、無報酬のケアワークが国内総生産に組み込まれている。

ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関であるUN Womenでは、ラテンアメリカおよびカリブ諸国の包括的ケアシステムの導入を支援しており、ウェブサイトでは各国の事例や報告書などが公開されている

ケアリング・シティという展望

日本においては、ケアリング・シティではなく、ケアリング・コミュニティやケアリング・ソサエティといった用語を目にすることが多い。ケアリング・コミュニティは、ケアを必要とする人を「地域社会を構成する一人として包摂し、日常生活圏域の中で支えていく機能を有しているコミュニティ(※2)」を表し、ケアリング・ソサエティは誰かをケアする人を支えるための実践として、誰もが支え合いながら人間らしく生きる社会を表している。

いずれの用語であっても、ケアをする人、ケアを必要とする人を筆頭に、分かち合いや支え合いといった価値観を基にして、すべての人々が生きる上で求める快適さや尊厳の提供、人々のニーズに合った解決策の提供に努める点は共通している。

日本はこれから、日本人口の5人に1人が75歳以上の後期高齢者となる超高齢化社会を迎える。超高齢化社会が訪れることで、雇用や医療、福祉などへの影響が見込まれており、「2025年問題」と呼ばれる社会問題として課題視されている。

2025年問題とは?課題や、企業・個人の対応策・海外事例も紹介

ケアリング・シティの取り組みは「2025年問題」を解決に導く一つの手段となるはずだ。

また、各国のケアリング・シティの事例にもあったように、ケアリング・シティの取り組みには、公的機関が率先して公共インフラを拡大するだけでなく、地域の自己組織化やすべての人々がケアリング・シティの取り組みに民主的に参加することも重要といえる。

「2025年問題」は日本社会において重大な課題であり、私たちに無関係なものでは決してない。この問題への対応に多面的なアプローチが必要とされる中、ケアリング・シティが対応の1つとして注目されることに期待したい。

※2 大橋謙策編著『ケアとコミュニティ 福祉・地域・まちづくり』(ミネルヴァ書房、2014年)内容説明より

【参照サイト】What does it mean to be a “caring city”? Register and find out in Johannesburg beginning July 16, 2013!
【参照サイト】Caring Cities: Reshaping urban areas around care | WUF
【参照サイト】「近代を問う!排除されて来たケア労働」元 大阪市立大学特任准教授・水野 博達 | 特集/コロナ下 露呈する菅の強権政治
【参照サイト】エッセンシャルワーカーとは?代表的な職業やエッセンシャルワーカーについて詳しく解説
【参照サイト】The caring city
【参照サイト】Read More | Caring Cities
【参照サイト】care work | European Institute for Gender Equality.
【参照サイト】国際関係論における「ジェンダーの視点」の意義
【参照サイト】Caring City | Barcelona City Council
【参照サイト】Bogotá Care Blocks – Observatory of Public Sector Innovation
【参照サイト】Promocion de politicas y Sistemas Integrales de Cuidados | ONU Mujeres – América Latina y el Caribe




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