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自文化中心主義とは・意味

多様性

自文化中心主義とは?

自文化中心主義とは、自分の育ってきたエスニック集団(族群)、民族、人種の文化を基準として他の文化を否定的に判断したり、低く評価したりする態度や姿勢のことをいい、エスノセントリズム(ethnocentrism)と呼ばれる。

この言葉は、1096年にアメリカの社会学者ウィリアム・グラハム・サムナーの著書「Folkways」の中で初めて利用された。サムナーはエスノセントリズムを「自分のグループがすべての中心であり、他のすべてのグループは自分のグループを基準に評価するような物事の見方を表す専門用語と説明している。

自分の持っている常識が普遍的に優れていると考え、そのほかの文化は劣っていると判断することで、しばしばレイシズムや外国人嫌悪などの問題と関連づけられる。

自文化中心主義の具体例

具体的にどのような考え方が自文化中心主義に当てはまるのか、日本で起こりうる例をいくつか挙げてみる。

  • 欧米人が室内で靴を脱がないのはマナーに反している。(室内では靴を脱ぐのが当たり前だという思い込み。)
  • 手で食事をする人を不潔だと思う。(手づかみで食事をする国は多く存在するが、そのような文化のない国の人々が、嫌悪感を抱く。)
  • 韓国人が食事をする際、膝を立てることは無作法だ。(韓国では食事中、女性は立膝、男性はあぐらをかくことがマナーだが、日本では無作法という考えから否定的に捉える。)
  • 「日本人は電車や行列ができているお店でもきちんと順番を守るので、常識がある。」といった発言。(無意識にほかの国の人より日本人の方が正しい行いをすると判断している。)

自分自身が所属する国・民族・人種の文化は、そこで生まれ育った以上、その枠に当てはまらない文化に出会ったとき、無意識に違和感を感じてしまうのは仕方のないことだ。しかし、この考え方が過激化すると、文化の多様化を受け入れず、攻撃的な態度に変わってしまう場合がある。

過去のナチスドイツによるユダヤ人の虐殺や、民族紛争などの背景には、自文化中心主義の思想が根底にあると言えるだろう。

自文化中心主義の対義語である「文化相対主義」

自文化中心主義の対義語には、「文化相対主義」が挙げられる。アメリカの人類学者フランツ・ボアズによって提唱されたこの思想は、「全ての文化はそれぞれに価値のあるもので、その中に優劣や善悪は存在しない」という考え方である。

しかしながら、アフリカを中心に行われる割礼など、文化の名の下に、抑圧されてしまう人々がいるのではないかといった批判的な声があるのも事実だ。長い時間をかけて伝承されてきた文化であっても、倫理や道徳に反する可能性のある行為は、見直す必要があるのかもしれない。

自文化中心主義にならないために

多様性が叫ばれる昨今、自分自身の価値観を大切にしながらも、オープンなマインドで異なる文化を知り、受け入れようとする姿勢を持つことが大切だ。

異文化に出会ったとき、「こうでなければいけない」という固定概念から離れ、新しい価値観に出会えたという喜びを感じることはできないだろうか。同じ時代の中に生きる人同士、お互いを尊重し、認め合う。きっといくつもの文化の色に染まった世界は、一つの文化の色に塗りつぶされた世界より、はるかに美しいはずだ。




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