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ヴァナキュラーとは・意味

ヴァナキュラー

ヴァナキュラーとは?

ヴァナキュラー(vernacular)は、言葉や建築様式などがその土地や時代、共同体に特有のものであること。日本語では「土着の」「その土地固有の」「日常的な話し言葉の」などと訳される。

ヴァナキュラーの語源

ヴァナキュラー(vernacular)の語源は居住や根づいていることを意味するインドーゲルマン語系の言葉であり、ラテン語のvernaculumは「家で育て、家で紡いだ、自家産、自家製のもののすべて」を意味する(※1)

古代ローマの文脈では、「ベルナ(verna)」が「その地で生まれた奴隷」を指すことから、ヴァナキュラーという言葉が土着の、地元のものを意味するようになった経緯がある。

中世・ルネサンス期のヨーロッパにおいては、ヴァナキュラーは国際的に通用したラテン語に対して、地方ごとの言語や方言を指す意味で定着した。当時ラテン語は、王族や貴族、政治家や聖職者などが使用する言語であり、ヴァナキュラーは地方の民衆の間で使われる話し言葉を指すものだった(※2)。これにより、ヴァナキュラーは「地域社会の日常生活に根差した言語や文化」という意味合いを持つようになった。

フォークやインディジネスとの違い

ヴァナキュラーによく似た用語に「フォーク(Folk)」や「インディジネス(indigenous)」があげられる。

フォークは日本語で、人々や家族、民族、民謡などを意味し、土地の住民、文化、伝統、歴史を指す形容詞としても使われる。

一方、インディジネスは日本語で(ある土地・国に)土着の、原産の、生まれながらの、生来の、などと訳され、特にその土地が入植される前に、土地や地域に生まれ、発生した、土着の意味を表す。

ヴァナキュラーは、これらの用語と同様に「土着の」という意味合いを含むが、その地域の人々が日常生活で自然に用いる言語や、地域に根差した生活様式、伝統など、非公式なコミュニケーションや地域社会の日常的な表現に焦点を当てているのが違いである。

ヴァナキュラー言語

ヴァナキュラー言語は日常生活で使われている言語を表す。日常で使う言語と非日常語の区別として最も分かりやすい例には話し言葉とフォーマルな場で使われる書き言葉の区別があげられる。この場合、ヴァナキュラー言語は話し言葉に当たる。ただし、ヴァナキュラー言語は、日常的なコミュニケーションのために用いられる言語であり、その形態は話し言葉に限らず、書き言葉にも及ぶことがある。

先述したとおり、中世・ルネサンス期のヨーロッパにおいて、ヴァナキュラーは国際的に通用したラテン語に対して、地方ごとの言語や方言を指す意味で定着した。この場合のヴァナキュラー言語は、地方の日常的な話し言葉である。

なお、ヴァナキュラー言語は日本語で「土語(どご)」とも表される。「土語」はその地域に土着している住民の用いる言葉、また、その地に特有の言葉を指す。ヴァナキュラー言語は、母語とその土地の日常生活に根づいた言語であることが特徴だ(※2)

また、こうしたヴァナキュラーな話し言葉の特徴を取り入れつつ、その地域の文化やアイデンティティを反映した文学も存在する。それが「ヴァナキュラー文学(※3)」だ。ヴァナキュラー文学の代表例にアフリカ系アメリカ人作家、ゾラ・ニール・ハーストンの作品がある。ハーストンは作品中に差し込んだ民話やその土地の人々の会話に、黒人独自の英語を取り入れた。作品中に取り入れられた黒人独自の発音や語彙はヴァナキュラー言語といえる。

※3 ヴァナキュラー文学のそのほかの具体例には、高度な口承技術で伝えられるアイヌ神話やマザー・グースのような童謡などがあげられる。現存する日本最古の書物『古事記』も、元々は口頭による伝承で伝えられていたものである。

現代において、多くのヴァナキュラー言語は絶滅の危機に瀕している。

ユネスコ(国連教育科学文化機関)が発表した“Atlas of the World’s Languages in Danger”(第3版)によると、世界では約2,500に上る言語が消滅の危機にあると掲載されている。オンラインメディアCommonerはブログプラットフォームMediumにて、2021年の時点でフィリピンには絶滅の危険にさらされている言語が45個も存在すると紹介している

日本国内においては、以下の8つの言語、方言が消滅の危機にあるとされている(ユネスコは「言語」と「方言」を区別せず、全て「言語」で統一している)。

  • アイヌ語
  • 八重山方言
  • 与那国方言
  • 八丈方言
  • 奄美方言
  • 国頭方言
  • 沖縄方言
  • 宮古方言

ヴァナキュラー言語の話者が大幅に減少すると、その言語は次世代に受け継がれにくくなる。そのため、絶滅の危険にさらされている言語はコミュニティの若い世代に伝わる可能性が低く、絶滅のリスクが高まっている。オンラインメディアCommonerは、ヴァナキュラー言語が生きているネイティブスピーカーによって完全に使用されなくなると絶滅したものとして分類される、としている。

ヴァナキュラー言語は決して文字を持たない言語ばかりではないものの、文字で書き表すのが困難だったり、文法も難しかったりすることが少なくない。それでも、ヴァナキュラー言語の絶滅を防ごうとする試みが見受けられる。

テックカルチャーメディアWIREDで紹介された事例によると、1870年代、カナダに移住したばかりのアレクサンダー・グラハム・ベルは、北アメリカの先住民族・モホーク族の言語で、文字で書き表すのが難しいモホーク語の響きに魅了され、正書法を考案した。

また、マサチューセッツ州に住むマシュピー・ワンパノアグ族のジェシー・リトル・ドウ・ベアードは、部族の絶滅した言語、ウォパナアク語を復活させる取り組みを行った。ウォパナアク語の最後の話者はおよそ100年前に亡くなってしまったが、文字による記録が比較的豊富にあったことが絶滅した言語を復活させるきっかけとなった。

日本ではアイヌ語が消滅の危機にある。現在、日常の生活用語としてはほとんど用いられることがなくなり、母語話者はゼロとなったものの、アイヌ文化財団の事業や地方自治体の補助金によるアイヌ語教室などによって、アイヌ語が継承されている。

ヴァナキュラー建築

ヴァナキュラー建築は、その地域に利用可能な材料を使用し、地元の気候や生活様式に適応した建築スタイルや技法を採用する。この種の建築は、その地域の文化的価値観、伝統、自然環境を反映しており、サステナブルな建築の好例とされることが多い。

ヴァナキュラー建築自体の概念や実践は古くから存在していたが、1964年に出版された建築家でエッセイストのバーナード・ルドフスキーの著書『建築家なしの建築』でヴァナキュラーという言葉を使ったことをきっかけに、建築を含む芸術分野で注目を集めるようになった。

『建築家なしの建築』で紹介されているのは、アジアやアフリカやオセアニアにおける、建築家のいない、土着的な建築である。これらの建築は、「書き言葉」にあたる設計図ではなく、「話し言葉」にあたる口承で蓄積された経験をもとに築き上げられているのが特徴である。

現代において「ヴァナキュラー建築」という用語はさまざまな解釈のもとに成り立っている。「話し言葉」で築き上げられた建築だけに限定されるということはなく、土着的思想に基づいて、その地域の気候や立地、風土に対応した住居や施設などの建築を表す。

ヴァナキュラー建築の具体例には、モンゴルの遊牧民が用いる移動式住居「ゲル」(「パオ」「ユルト」とも呼ばれる)やグリーンランドとカナダのイヌイットの人々が氷のブロックを重ねて作るドーム状の家「イグルー」、インドネシアやフィリピン、エチオピアやパナマ、コロンビアやメキシコといった地域で見られる竹を用いた建築物などがあげられる。

その他、一戸建てがつながっているように並ぶテラスハウス(共用の界壁で連続している形式の低層住宅)や小さなポーチ(玄関の上に突き出ている庇の下の部分)のある低層住宅を指すバンガローなどもヴァナキュラー建築として紹介されることがある。

日本の代表的なヴァナキュラー建築には、神社本殿の建築形式の一つである「神明造」があげられる。日本の三重県伊勢市にある伊勢神宮は「唯一神明造」という日本最古の建築様式が用いられている。

神明造の原型は日本古代の高床式倉庫にあるとされている。唯一神明造では檜の素木(色などを塗らない木)を用い、屋根は茅葺、柱は掘立式で礎石を使用しないことなどが特徴である。また神道の信仰の一環として、20年ごとに再建する「式年遷宮」が1300年にわたり続いていることも、ヴァナキュラー建築であることを印象づけている。

ヴァナキュラーがもたらすもの

昨今、世界経済がさまざまなリスクを抱える中、世界各国がグローバル化からローカル回帰に目を向けている。この背景には、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行した背景にあった、人、モノが国境を越えて移動するグローバリゼーションへの疑問の強まりがあるとされる。

一方、日々の生活の中で生み出されるヴァナキュラーは、時代や環境の変化に応じて、その姿を柔軟に変容させながら受け継がれている。ヴァナキュラーは私たちが生まれたそれぞれの土地に根づくものでありながらも、時代や環境の変化に柔軟である。

今後、グローバル化からヴァナキュラーへの意識の高まりは強くなっていくかもしれない。もちろんグローバル化が完全に終焉したわけではないし、ヴァナキュラーを重視するからといって近代的な技術を全て手放すべきというわけでもない。とはいえ、現代社会のあらゆる課題を解決する上で、ヴァナキュラーの視点は重視されよう。

たとえば、西アフリカのトーゴ出身の建築家で文化人類学者のセナメ・コフィが提唱した「ネオ・ヴァナキュラー・シティ」は土着の知恵と近代都市を結びつけた都市の姿だ。急速な近代化が進むアフリカの都市において、ヴァナキュラー建築を現代のテクノロジーとかけ合わせることで、21世紀におけるヴァナキュラーを探ることを提案している。

ヴァナキュラーという視点が時代や価値観の変遷を見る上で重要になってくるはずだ。

※1 グローバル・サウスと人権 – 関西大学学術リポジトリ
※2 ヴァナキュラー研究とは何か – 立命館大学
【参考文献】木村光豪『グローバル・サウスと人権――「人権のヴァナキュラー理論」の可能性(3・完)』(関法 第69巻 第4号、2016年)
【参考文献】Robert Glenn Howard『A Theory of Vernacular Rhetoric: The Case of the “Sinner’s Prayer” Online』(Folklore, Vol.116,No.2, Routledge Journals; Taylor & Francis、2005)
【参考文献】吉本裕子『新たな話者たちによるアイヌ語復興』(横浜市立大学論叢 人文科学系列第74巻第1号 p.361-397、2023年)
【参照サイト】ヴァナキュラー研究とは何か – 立命館大学
【参照サイト】Folk vs vernacular: what is the difference?
【参照サイト】Indigenous vs vernacular: what is the difference?
【参照サイト】消滅の危機にある言語・方言|文化庁
【参照サイト】Our local languages are dying out. Here’s what’s at stake. | by Medium
【参照サイト】たったひとりのことば──絶滅する言語と失われゆく「世界」|WIRED.jp
【参照サイト】25 Examples of Vernacular Housing From Around the World | ArchDaily
【参照サイト】Vernacular Bamboo Structures Around The World
【参照サイト】The Shinmei-zukuri Architecture of Japan
【参照サイト】日本最古の神明造様式の神殿建築 | September 2020 | Highlighting Japan
【参照サイト】社殿の建築|神宮について
【参照サイト】ヴァナキュラー文学の研究
【参照サイト】土着の知恵と近代都市が結びつく「ネオ・ヴァナキュラー・シティ」の出現:アフリカにおける都市開発の現在地を考える | WIRED.jp




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