パブリック・ラグジュアリーとは・意味
パブリック・ラグジュアリーとは?
パブリック・ラグジュアリーとは、私的な消費や贅沢ではなく、公共の場や共有資源に重点を置くことで社会全体が豊かさを共有できる状態を指す。この言葉は、イギリスのジャーナリスト/環境活動家ジョージ・モンビオが提唱した概念で、個人が享受する「プライベート・ラグジュアリー」に対抗する考え方だ。
具体的には、きれいで安全な公園、便利でアクセスしやすい公共交通機関、誰でも利用できる文化施設や自然環境など、個々人の消費に依存せず、広く社会全体が恩恵を受けられるものを指す。
モンビオは、環境破壊や資源の枯渇が進む現代社会において、個人の贅沢を追求するだけのライフスタイルは持続不可能であり、代わりに公的な空間や資源に投資することで、より持続可能で公平な社会を実現できると主張する。パブリック・ラグジュアリーは、環境保護や社会的平等を目指す取り組みの一環として、資源の共有と共同体の豊かさを追求するアプローチとして重要な位置を占めている。
パブリック・ラグジュアリーとプライベート・ラグジュアリー
私たちの生活様式にどのような変化を加えれば、私たちはより幸せになり、同時に二酸化炭素排出量も減り、資源効率も良くなるのだろうか。そのアイデアの一つが都市や大きな町におけるパブリック・ラグジュアリーの追求だ。
「個人」の犠牲は本当に必要か
たとえばスコットランドの地方紙The Evening Telegraphは記事にて、環境保護主義の一派には、世界を救うために「個人」の大きな犠牲が必要だと考える人がいる、と記した。確かに私たちが環境問題において危機に瀕している事は間違いなく、そこから公平に抜け出す道を見つけるためには抜本的な改革が必要になる。だが、同記事はこうも続ける。
しかし、「より少ないものでよりよく生きる」という言葉は、すでに不安定な状況で生活し、働いている人々には特に不快感を与える。
同記事では、富裕層による資源の消費量がはるかに多いことを指摘し、すでに「個人」間に不平等が生じていることを表している。
加えて、環境保護の観点から必要になる抜本的な改革は、菜食主義者を増やしたり、移動手段に飛行機ではなく長距離列車を利用したりするといった「個人」の活動では実現できないと訴える。また、環境問題の解決には「個人」の努力が必要だと説得する企業や規制当局の働きかけに抵抗し続ける必要があるとも記した。
プライベート・ラグジュアリーは空間や経済面に不平等を生む
イギリスの日刊紙ガーディアンの記事では、パブリック・ラグジュアリーの提唱者であるジョージ・モンビオが、パブリック・ラグジュアリー(公共の贅沢)とプライベート・ラグジュアリー(個人の贅沢)の対立について論じている。
モンビオは記事中で、もし都市をゼロから設計するなら、すべての人が利用できる公園や公共施設を十分に作るための空間が存在することに気付くと述べた。しかし、同じ空間を富裕層に割り当てると個人が所有するプールや庭ができる。その結果、都市は不効率になり、崩壊するリスクを抱えると警告する。
パブリック・ラグジュアリーを楽しむための空間は十分あるはずなのに、富裕層など限られた人が作り出すプライベートな空間が大多数の人々を除外し、他の人々のための空間を減らしてしまう。このような不平等は、特に世界の貧しい地域の都市で見られる。大多数の人々が小さな住居に詰め込まれ、公共の設備や公共交通機関がない不便な状態を強いられる一方で、都市の他の地域では、巨大な別荘が建ち、巨大な庭ができ、立派な車が毎日道路を埋め尽くしている。
この公共と個人の対立は交通やインフラ整備にも見られる。公共交通機関を整備すれば、少ない資源で多くの人を効率的に移動させることができるが、自家用車に頼ると膨大な資源を浪費することになるとモンビオは指摘した。
この対立は経済的な面でも繰り返されている。たとえば、富裕層の税負担を軽減するために、公的な遊び場や図書館が荒廃したり、公共トイレが閉鎖されたりする一方で、富裕層がそのお金で自宅の贅沢な設備を整える、公営の美術館が次々に閉館していく一方で、富裕層が自分たちのアートコレクションを拡大できるように入場料が徴収されるなど。本来、すべての人々が共有し楽しむことができる富が、一部の人々によって独占されている現状がある。
個人的な支出によって個人的な空間を確保するだけでは、「すべての人」に素晴らしい生活を提供することは不可能なのだ。
プライベートからパブリックへ
やや強い表現ではあるが、モンビオは非営利団体「Schumacher Center for New Economics(※1)」の講演会で、私たち一人ひとりが望むだけ、あるいは望む限り、プライベート・ラグジュアリーを追求することは、他の国々や人々から資源を奪うことになる、と話している。
しかし都市空間をすべての人のために賢く使うこと、公共の空間や設備、公共交通機関、公共財に重点を置くようにすれば、誰もがパブリック・ラグジュアリーを楽しむことができる。
※1 経済学者E. F. シューマッハの思想を継承し、より人間的で持続可能な経済システムの構築を目指す非営利団体。E. F. シューマッハは20世紀中頃に活躍した経済学者で、大規模な産業化や経済成長が必ずしも人間の幸福や環境に良い影響をもたらすとは限らないと主張し、より小規模で、地域に根ざした、人間らしい経済のあり方を提唱した人物。「スモール・イズ・ビューティフル」という著書で知られる。
パブリック・ラグジュアリーの提案例
公共施設
スコットランドの地方紙The Evening Telegraphによると、現在のスコットランドの公共施設は資金不足で豪華とは言い難いが、ヴィクトリア朝後期、地方自治におけるフェビアン理想主義(英国における社会主義運動の主流をなす思想)が広まった時代には、見事な公共施設が建設されていた。
その頃のような見事な公共施設を、現代のすべての都市に再構築した姿を想像してみる。
たとえば、必要な人のために本やメディアにアクセスできる図書館に、無料で利用できるコワーキングスペースや高速Wi-Fiがあったら。自由に利用できるフィットネス施設やプール、お風呂があったら。持参した弁当を食べても咎められないカフェがあったら。
このような場所があれば、人々はその場所で積極的に時間を過ごしたくなるのではないか。The Evening Telegraphは、このような公共施設の姿にパブリック・ラグジュアリーとしての可能性を見ている。なお、これらの資金源は累進課税によって賄うことを同記事では想定している。
自動車の公共化
環境保護の観点からいえば、交通手段に対する措置には、公共交通機関を改善し、通勤・通学に膨大な時間がかかることを避けるような町づくりが求められるはずだ。そのような措置を行えば、町や都市を徒歩やバスや電車などで移動することが可能になるかもしれない。
しかし、体に障害がある人に限らず、自動車やそれに類するものでしか対応できない正当なニーズがあり、自動車に乗らないという選択肢は難しい場合もある。
そこで自動車をパブリック・ラグジュアリーとして提供する案がある。各地方自治体が、電気自動車を中心としたカークラブを提供し、地域住民のために毎週2、3時間無料で利用できるようにするというアイデアだ。
自動車を公共化し、皆で共有することで、「個人」で所有する場合にかかるお金(税金や車検、保険、修理の手配など)の負担軽減にもつながる。その地域にふさわしい共同所有の車を選び、きちんと手入れすれば、長く使い続けることができるはずだ。
パブリック・ラグジュアリーの事例
パリ市長アンヌ・イダルゴは、ソルボンヌ大学のカルロス・モレノ教授が提唱した「15分都市(15-minute city)」の概念を採用し、推進した。これは、市民が徒歩や自転車で15分圏内で生活に必要なものがすべて揃う街という構想だ。この構想は、単に交通問題を解決するだけでなく、都市設計全体を見直すことを目指している。
「15分都市」は当初、都市交通の機能不全を解決するための手段として提案された。多くの人々が通勤に車を使用することで、都市はひどく汚染されていたし、車の使用が多いことから、人々が公共のものとして使用できるはずの空間の多くが駐車場や道路に使用されていた。それに、人々は歩いたり自転車を使ったりする代わりに自動車で移動するため、健康面での課題も浮き彫りになった。
イダルゴは、この問題を都市設計の問題として捉え、そもそもなぜ人々は、仕事や学校、買い物など、どこかへ行くためにそんなに遠くまで行く必要があるのかという問題について考えた。そしてイダルゴは「15分都市」の構想、すなわち都市を、徒歩や自転車で15分圏内で生活に必要なものがすべて揃う街に分ける、というアイデアを打ち出した。
「15分都市」には以下の利点がある。
- 通勤距離の短縮:住む場所の近くに職場や学校、商店などを配置することで、長距離の通勤を減らし、大気汚染や交通渋滞を緩和する
- 健康増進:車の利用を減らし、徒歩や自転車での移動を促進することで、市民の健康増進につながる
- コミュニティの活性化:近所で生活に必要なものが手に入り、交流の機会が増えることで、地域コミュニティが活性化し、人々のつながりが深まる
- 公共スペースの増加:駐車場を減らし、公園や広場などの公共スペースを増やすことで、より快適な都市空間を実現する
「15分都市」は、単に都市の効率性を高めるだけでなく、人々がより豊かで充実した生活を送れるような、持続可能な都市づくりを目指すものだ。
パブリック・ラグジュアリーの課題
国家との関係
パブリック・ラグジュアリーの達成においては、国家との関係に注意が必要ともいえる。
国家は、教育や公衆衛生、さまざまな公共物を提供し、社会を規制し、一部の人々だけではなく誰もが経済的な安全網を持っていることを保証するうえでは重要な存在だ。だが、国家が提供するものだけに頼りすぎると、国家自体の存在が大きくなり、民主主義を脅かすことにつながる可能性がある。
そこで重要になるのが「コモン(the commons)」と呼ばれるものだ。コモンとはコミュニティが共有し、管理する資源を指す。なお、ベストセラー『人新世の「資本論」』を執筆した日本の哲学者、経済思想家・ 斎藤幸平はコモンを「本来商品化されるべきでない公共財」と定義している。
コモンは、市場経済の限界を超えた、公平で持続可能な社会を実現するための新たな経済モデルとして注目されている。
コモンは土地や森林といった自然資源だけでなく、インターネットプラットフォームやエネルギー会社などの資源も対象だ。これらは譲渡できない資源として扱われ、未来の世代に無傷で引き継ぐことが求められる。
また、コモンが機能するためには資源を管理するためのコミュニティ、そして資源を適切に管理するためのルールや交渉が必要になる。これは資源を平等に共有するという目的によるものだ。
このような背景から、コモンの資源分配システムは、市場経済とは異なり、公平で、環境保護に優れたものといえる。コモンは、国家による提供だけでは実現できない、より豊かで強力なコミュニティを構築するために重要な要素なのだ。
政治面での課題
また、政治的な面でも課題は残る。たとえば、モンビオはガーディアンの記事の中で、イギリスの労働党の政策に生じる矛盾を指摘した。労働党は公共施設の拡充を目指しているが、その一方で高速道路や空港の拡張といった政策も進めている。
そして、労働党も保守党も経済成長を主とした政策を打ち出しており、環境への負荷についてはおざなりだ。持続可能な社会を築くためには、資源が限られているということを念頭に置かなければならない。限られた資源をどう使い、どう分かち合うかが私たちの生活の質や将来の安全を左右する最も重要な問題であるにも関わらず、それが政治の議論から欠落しているのだ。
加えて、モンビオは非営利団体「Schumacher Center for New Economics」の講演会で、最も課税されるべき経済的レント(※2)が、実際には最も課税されない傾向にあること、その背景には、いわゆる民主主義国家でさえもお金を持っている人々が政治の方向性に強く関与しているからだと語った。
※2 レントとは、天然資源や土地の所有者が受け取る所得のこと。新古典派経済学において、経済的レントとは、生産要素または供給が固定されている資源の所有者への支払いのこと。
すべての人のために、すべての人が関与することが重要
先述したパブリック・ラグジュアリーにおける課題の解決には、「すべての人」が関与できる環境の実現が重要といえる。
陪審員団やコミュニティ参加機関の設置
たとえば、土地の所有権と利用の民主化を実現するためには、まず土地の分配をより公平にする必要がある。暴力や不平等を伴わない方法で、土地の分配を均衡化していき、誰もがその土地にアクセスできる機会を得ることが重要だ。しかし、土地の利用を決定するプロセスも民主化しなければならない。この際、政府や一部の人の発言権が大きく、民主的な意思決定が妨げられている現状があるならば、それを改善する必要がある。
そのためには、企画や計画立案を行う陪審員団やコミュニティ参加機関を設置して、より多くの人々が土地利用の決定に関与できるようにすることが重要だ。また、未来の世代を代表するコミッショナー(統制をとるために全権を委任された最高責任者)を置くことで、まだ生まれていない人々の利益も考慮した土地利用が可能になる。
参加型の熟議民主主義の必要性
また、「15分都市(15-minute city)」を推進したパリ市長アンヌ・イダルゴは新しい形式の民主的参加を構築し始めている。それは、参加型の熟議民主主義の必要性だ。熟議民主主義は熟議を重んじる民主主義の形態のことで、「多数による横暴」に陥りかねない民主主義のあり方と対比されるものだ。
現代の政治において、政府は数年に一度の投票の結果として権力を握っている。しかし、その特定の政党に投票したのは有権者の30%かもしれないし、投票権のない子供やその他さまざまな人々が投票しないと考えると、総人口のわずか20%かもしれない。その結果、その政府は、議会多数派を維持している限り、次の選挙が行われるまでの数年間のすべてを決定することができてしまう。
なぜ私たちは政府による決定を日々修正して、政府が私たちに望んでいることではなく、実際に私たちが望むものを決定できないのだろうか。この疑問を解消するためには、参加型の熟議民主主義が必要になる。
パリでアンヌ・イダルゴが新しい政治参加の形を構築し始めたように、マドリードは「Decide Madrid」プログラムで、レイキャビクは「Better Reykjavik」プログラムで、ブラジルのポルトアレグレ市は「参加型予算編成」で、同様の道を示している。
ブラジルのポルトアレグレ市では「参加型予算編成」によって、地元で支出されるお金の使い道を、土地の開発者や政府に近い少数のマフィアに決定させるのではなく、地域の人々がコントロールできるようになった。これにより、人々の生活の質は大幅に向上し、衛生状態や水質、保健医療や教育などがより良いものになった。そして、ポルトアレグレ市はこのプログラムのおかげで、機能不全だった都市から、ブラジル南部のリオグランデ・ド・スル州の州都となり、人間開発指数で最高位に置かれるようになったのである。
国家の力だけでなく「民衆」の力も必要
公共の場を維持するためには、国家も政府も地方自治体も議会も必要だが、同時に、民衆のより豊かな政治的関与も可能なはずだ。私たちが社会的な構造に何が起こるかを知り、どのように使用されるかを決められるようになれば、少数の人々の利益ではなく、すべての人の利益のために資源が使用されるよう決定できる。
個々人の消費に依存せず、社会全体が豊かさを共有できる状態にするために、すべての人に当てはまる私たちも、広い視野をもって、限りある資源をどう共有すべきか、考え、行動することが大事だ。
▽非営利団体「Schumacher Center for New Economics」の講演会動画
【参照サイト】What do we mean by public luxury? Glorious spaces that people can use and enjoy freely, cutting consumption and increasing connection — THE ALTERNATIVE
【参照サイト】JAMES MACKENZIE: The case for public luxury -why saving the world needn’t mean going without
【参照サイト】Public luxury for all or private luxury for some: this is the choice we face | George Monbiot | The Guardian
【参照サイト】Private Sufficiency, Public Luxury: Land is the Key to the Transformation of Society – Schumacher Center for a New Economics
【参照サイト】コモンとは何か? – 視点・論点 – NHK
【参照サイト】熟議民主主義と社会運動: 政治のコンテキストで考える
用語の一覧
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