ネイチャーポジティブとは・意味
ネイチャーポジティブとは?
ネイチャーポジティブ(Nature Positive)とは、わかりやすく言うと、自然や生物多様性の損失に歯止めをかけ、むしろ環境にとってポジティブ(プラスの状態)にしていくことを意味する。
気候変動に関して「ネット・ゼロ」という世界共通の目標が設定されたように、生物多様性に関しても同様の目標が必要であるとの議論がされるなかで、2020年に14の民間企業団体や自然保護団体が共同で発表した「A Nature-Positive World: The Global Goal for Nature」という文書で示されたのが、上記のネイチャーポジティブについての考え方だ。
同文書では、2020年比で2030年までに自然をポジティブに転換し、2050年までに完全に回復させるという目標を科学的な根拠に基づいて提示しており、その後の国際的な議論でも「2030年までにネイチャーポジティブを達成すること」が共通の目標として設定されるようになった。
なぜ自然の回復が重要なのか?
人間の生活は、食料、医薬品、エネルギー、 清浄な空気と水、自然災害からの安全、レクリエーションや文化・精神面の豊かさなど、陸上、淡水、海洋の生態系からの恩恵(生態系サービス)によって支えられている。しかしながら、近年の人類による環境の搾取により、生物多様性が持っている自然の回復力、生産力を25%も上回る規模で資源が消費されていると言われている。
2019年の生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES) の「生物多様性及び生態系サービスに関する地球規模評価報告書」では、評価された動物と植物の種群のうち平均約25%が絶滅のおそれがあること、生物多様性損失の要因の力を低減する取り組みが講じられない限り、約 100万種、その多くが数十年の間に、絶滅に直面することが指摘されている。もしそのような取り組みが講じられなければ、現時点ですでに過去 1,000万年間の平均よりも数十倍から数百倍も早まっている地球規模での種の絶滅速度が、さらに加速することも指摘されている。
WWFが2年に一度発行している、地球環境の現状を報告する『Living Planet Report:生きている地球レポート(2022年版)』によると、野生種の相対的な個体群の推移を追跡している「生きている地球指数」で、1970年から 2018年の間に、野生生物の個体群は相対的に平均69%減少している。また、淡水域の「生きている地球指数」(1970年~ 2018年)によると、淡水生息域の個体群は平均83%減少しているという。
私たちの生活は生態系サービスに大きく依存しているのみならず、生物多様性は地球上の生命のすべてのシステムを支えており、かつてない早さで減少しつつある生物多様性をくい止めることは喫緊の課題なのである。
国際的な動向
国際的な議論の場でも、以下のようにネイチャーポジティブ目標が取り入れられている。
国連生物多様性条約
2021年10月に開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第1部の閣僚級会合の成果として、「遅くとも2030年までに生物多様性の損失を反転させ回復させる」と、ネイチャー・ポジティブの考え方が取り入れられた「昆明宣言」が発表された。続く2022年12月に、カナダのモントリオールにおいて開催されたCOP15の第2部では、2030年までに達成すべき新たな世界目標(ポスト2020生物多様性枠組)である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。同枠組みにおいて、2030年のミッションとして「生物多様性の損失を止め、反転させ、回復軌道に乗せるための緊急の行動をとる」ことが掲げられ、ネイチャーポジティブの実現が、世界共通の目標として認識されることとなった。
「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、生物多様性の観点から2030年までに陸と海の30%以上を保全するといった具体的な目標「30by30」も定められ、生物多様性の回復に向けた取り組みが本格化しはじめた。
G7サミット
2021年の6月に英国のコーンウォールで開催された主要7カ国(G7)サミットにおいては、コミュニケの付属文書として「G7 2030年自然協約(G7 2030 Nature Compact)」が合意され、2030年までに生物多様性の損失を食い止め反転させるという目標達成に向け、G7首脳が、少なくとも同じ割合を自国で保全・保護することについてコミットした。
また、2023年4月に札幌で開催されたG7気候・エネルギー・環境相会合では、生物多様性に関する新たな経済枠組み「ネーチャーポジティブ経済連盟」の設立が合意されている。
日本国内の動向
国家戦略
日本国内では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を踏まえた新たな基本計画として、2023年3月に「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定された。同戦略は「2030 年までに、『ネイチャーポジティブ:自然再興』を実現する」ことを掲げており、ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップとして、五つの基本戦略と個別目標が設定された。
環境省の取り組み
環境省は、2021年11月に「2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF )」、2022年3月には「ネイチャーポジティブ経済研究会」を設立するなど、ネイチャーポジティブに向けた議論を推進している。前者はネイチャーポジティブ目標達成のための様々なステークホルダーと連携と情報発信・普及啓発活動、後者は生物多様性・自然資本と企業経営に関する包括的な議論を実施しており、「ネイチャーポジティブ経済研究会」では、2023年末までに「ネイチャーポジティブ経済移行戦略(仮称)」を策定することを計画している。
また環境省は、生物多様性に取り組もうとする事業者のための「生物多様性民間参画ガイドライン」を5年ぶりに改訂し、2023年4月に「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-」を公表した。ビジネスと生物多様性に関する国内外の様々なイニシアチブの動向も見据えたうえで、民間企業がネイチャーポジティブに向けた取り組みを具体化するための手引きを提供している。
ビジネスへの影響
自然に関する企業の情報開示
ビジネスへの影響として最も注目されているのが、2021年に発足したTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の動向だろう。TNFDは、民間企業に対して自然資本や生物多様性の観点からリスクと機会を整理し、それに関する情報開示を求めるイニシアチブであるが、TNFD共同議長のデビッド・クレイグ氏は「TNFDは世界の資金の流れを『ネイチャーポジティブ』に貢献できるよう変えるものだ。今後の取締役会や最高経営責任者(CEO)は自然のリスクを報告する必要があり、アニュアルレポートで定量・定性を組み合わせた自然に関する情報開示が必要になる」と強調している。
TNFDの本格的な導入が始まれば、事業活動との関係性(依存、影響、リスク、機会など)の整理、ネイチャーポジティブ目標の達成に向けた自然や生物多様性の保全に関する取り組みの強化などが、より求められるようになるだろう。
ネイチャーポジティブの経済効果
TNFDのように、自然に関する情報開示の要請が高まるという一面もある一方で、ネイチャーポジティブの経済効果が見込まれるとの予測もある。2020年に世界界経済フォーラム(WEF)が、ネイチャーポジティブ経済について10兆ドル規模のビジネス機会と3億9500万人の雇用を創出するとの試算を公表しており、国内では環境省が、自然を回復軌道に乗せるネイチャーポジティブ型経済に移行すると、2030年に国内で47兆円のビジネス機会を創出し、125兆円の経済効果をもらたす可能性があると試算している。
ネイチャーポジティブに向けて現状をどう評価・分析するか
上記の通り、ネイチャーポジティブに向けた潮流は世界中で加速している。そこで課題となるのが、ビジネスや活動が自然に与えるポジティブ・ネガティブな影響や自然への依存などを、どのように可視化するのかという問題だ。
気候変動に関しては目標設定や測定に関する定量的なフレームワークが開発されているが、生物多様性に関しては、未だフレームワークが開発途上である。カバーしなければならない領域も、例えば水の量や質、土壌汚染、生態系や種の保全など、多岐にわたる。
自然資本に対する依存と影響を評価するツールのひとつが、国連環境計画世界自然保全モニタリングセンター(UNEP WCSC)や金融機関が共同で開発したENCORE(エンコア)である。幅広いセクター・業種の企業が、自然への影響や依存度を把握できるようになっており、例えば地下水、土壌の質、水質などに対する「依存度」や「影響」が5段階で提示される。
SBTN(Science-Based Targets Network)では、自然資本に関する科学的な目標設定方法を定めた「Science-Based Targets (SBTs)for Nature」の開発を進めており、2020年には初期ガイダンスを発表した。2022年までに目標設定の手法を開発し、2025年までに水、土地、生物多様性、海洋に関するSBTの幅広い採用を目指すとしている。
上記のほかにも、様々なツールやフレームワークが開発されており、自然関連の情報開示が進展するとともに、ツールやフレームワークも発展していくことが予想される。
事例
SMBCグループは、2023年4月に「SMBCグループTNFDレポート」を公表し、そのなかで「グループと自然との相互作用を認識した意思決定を行い、自然資本の保全・回復を進め、ネイチャーポジティブな取組の実現に努めていく」ことを宣言している。同レポートでは、自然資本との関連性が高いとされるセクターの依存・影響の度合いをENCOREを用いて分析したうえで、特に重視すべき自然資本・生態系サービスやセクターを特定し、ネイチャーポジティブの機会が見込まれる分野に対して、お客さまによる自然資本の保全・回復を後押ししていくといった方針を示している。
今後の動向
2022年は、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」によってネイチャーポジティブという新たな世界目標が認識された年となった。同時に、ビジネスの世界でも、自然や生物多様性への対応の必要性に関する議論が一気に高まっている。
2023年9月にはTNFDの最終的なフレームワークと開示勧告が公表される予定であり、自然や生物多様性に関する評価・分析の手法も徐々に開発が進んでいくと予想される。ネット・ゼロの次の潮流として、ネイチャーポジティブの波が一気に押し寄せそうだ。
【参照サイト】「生物多様性を回復させる」 COP閣僚宣言
【参照サイト】昆明宣言(環境省仮訳)
【参照サイト】UN Convention on Biological Diversity
【参照サイト】ネイチャー・ポジティブに脚光 生物多様性で投資選別
【参照サイト】G7 2030 Nature Compact
【参照サイト】生物多様性維持で経済連盟 G7環境相会合で新設合意へ
【参照サイト】2030生物多様性枠組実現日本会議
【参照サイト】「生物多様性国家戦略2023-2030」の閣議決定について
【参照サイト】「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-」の公表について
【参照サイト】経済効果125兆円、「ネイチャーポジティブ型」の可能性
【参照サイト】TNFD開示対応の先端ツールの使い方
【参照サイト】SMBCグループTNFDレポート
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