スペキュラティブデザインとは・意味
スペキュラティブデザインとは?
スペキュラティブデザイン(Speculative Design)とは、思考するきっかけを与え、「問い」を生み出し、いま私たちが生きている世界に別の可能性を示すデザインのことである。スペキュラティブ(Speculative)とは英語で「思索の」「思索にふける」「熟考する」などを意味する。
スペキュラティブデザインは、もともと90年代にイギリスの王立芸術大学院(Royal College of Art)で教鞭をとっていたアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーが提唱した造語である。
従来のデザインとスペキュラティブデザインの違いとは?
デザインという言葉の使われる範囲は幅広い。ポスターや雑誌のグラフィックデザインから、建築などの空間デザイン、さらにユーザーの体験を指すエクスペリエンスデザインまで、私たちの毎日の生活になくてはならないものだ。そして、これらのデザインは、商品の売上増加やユーザー体験の改善・向上といった課題を解決するためのものとして使われてきた。
しかし、新たなテクノロジーの急速な発展や人間がコントロールできない地球環境の変化で、これから私たちの将来はますます予測不可能になってくる。そんな世界の変化に対応するためには、これまでの価値観や考え方を変えなければならない。
そこで現在ある課題を解決する手段としてのデザインではなく、未来について考えそのあり方をデザインすることが必要となる。それが、スペキュラティブデザインと呼ばれるものだ。
スペキュラティブデザインは、未来のシナリオや可能性を想像することに焦点を当てたデザインへのアプローチである。また、社会的、政治的、技術的、倫理的な問題を探求し、新しいアイデアや解決策を生み出すために用いることができる。
注意したいのが、スペキュラティブデザインは未来に向けられるアプローチではあるが、未来を予測することではないということだ。未来のさまざまなあり方を探求することであり、そうすることで現在をより良く理解し、未来へのより良い決断を下すことができる。
スペキュラティブデザインと「デザイン思考」の違い
デザイン思考とはデザイナーが行うような課題解決の考え方を指す。
つまり、顧客のニーズを観察したうえで仮説を立て、プロトタイプを作成し、実際に何度もユーザーテストを行いながら新たな商品やサービスを作り出す過程のことである。
デザイン思考は、現在と過去のユーザーに焦点を当て、未来に向けられるアプローチはわずかである。したがって、未来に向けた解決策を生み出すには不十分である。
一方、スペキュラティブ・デザインは、現時点ではまだその影響が表れていない未来の問題に取り組むものといえる。
スペキュラティブデザインと「クリティカル・デザイン」の違い
クリティカル・デザインは、議論を提起するためのデザインのことを指す。クリティカルは直訳すると「批判的な」「危機的な」という意味で、デザインで議論を起こすことで、それを見た人の自己反省を促す姿勢や、疑問をうながす立場を意味している。
スペキュラティブデザインを提唱したアンソニー・ダンが著書『Hertzian Tales』(1999年)で初めてこの用語を用いた。
クリティカル・デザインは、日常生活において製品が果たす役割への前提や先入観、既成概念を明らかにし、議論を活性化させ、現状を打破する行動につなげることを目的としている。
ブログ型プラットフォーム『Medium』の記事「THE BASICS YOU NEED TO KNOW & UNDERSTAND ABOUT SPECULATIVE DESIGN」で、スペキュラティブデザインという言葉はクリティカル・デザインの補助的存在としてアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーによって広められた、と書かれている。
同記事がクロアチアのスプリト大学、視覚伝達デザイン学科のイヴィツァ・ミトロヴィッチの学術記事「An Introduction to Speculative Design Practice」から引用した文章には、「スペキュラティブデザインとは、クリティカル・デザインの実践、あるいはそれに関連するものである」と書かれている。
したがってスペキュラティブデザインはクリティカル・デザインの一形態であり、未来の提案に関わるクリティカル・デザインの一つといえる。
スペキュラティブデザインの具体例
人工臓器「Shenu」
Takramというデザイン・イノベーション・ファームにより考案された人工臓器「Shenu」は、体から出る水分を浄化し体にもどして再利用する仕組みを持つ。まさに、人間を水筒化する発想から作られた。
水質汚染によって清潔な水が枯渇するなか、人体から排出される水分を少なくすれば摂取する量を押さえられるのではないかという思考から作られたものだ。
この人工臓器をみんなが装置したらどうなるだろうか。人工物を埋め込むことに対して抵抗感がともなうだろうか。しかし、そうすることで水不足が解決するとしたら?
水不足という現実課題をまだ解決しているわけではないが、人工臓器「Shenu」をデザインすることで、それぞれが考え話し合うきっかけが生まれていることに意味がある。
虫をエネルギーに変える『Flypaper Robotic Clock』
ジェームズ・オージェ、ジミー・ロワゾー、アレクサンダー・ジヴァノヴィッチの3人のデザイナーによる『Flypaper Robotic Clock』は、ローラーシステムを使って捕らえられた虫をエネルギーに変える。
Flypaper Robotic Clock、すなわちハエ取り紙ロボット時計の仕組みは以下の通り。
- ローラーシステムに張られたハエ取り紙にハエや昆虫が引っかかる
- ローラーシステムにより捕らえられたハエや昆虫は設置された微生物燃料電池へと送られる
- 内部の微生物燃料電池でハエや昆虫が「消化」される際、自然界に見られる化学的相互作用を模倣した電流が生成される
- この電流がローラーの駆動と液晶時計の電源として使用される
テクノロジーや科学、デザインなど、さまざまな分野の進歩を取り上げた記事を掲載するメディア「New Atlas」の記事には、ロボットが人々の家に受け入れられるには家具に溶け込む必要があると考え、ロボット時計をデザインした、と書かれている。ハエ取り紙ロボット時計をデザインした彼らは他に、ネズミを捕まえて消化するよう設計されたコーヒーテーブルや、クモの巣からハエを盗むロボット、食虫植物から着想を得たランプシェードもデザインしている。
この作品は、私たちが未来の環境と、未来の社会の中でどのように関わりたいかを明確にするためのデザイン・プローブ(design probes、probeとは日本語で「探査」「探針」と訳される)として機能している。プロトタイピング(prototyping、日本語で「試作」を意味する)がアイデアの実現方法を扱うのに対し、スペキュラティブデザインは「もしそのアイデアが私たちの社会に普及したらどうなるだろうか?」「私たちはそれを望むだろうか?」と問いかける。
親密さを渇望している人にハグを提供する『The Compression Carpet』
ルーシー・マクレーの『The Compression Carpet』は、親密さを渇望している人にハグを提供するマシンである。人間によるハグのポジティブな効果を模倣したマシンで、1人がマシンの中に横たわり、1人は手回しハンドルを回してゆっくりと圧力を高める。
ルーシー・マクレーは、テクノロジーの利用拡大が人々の精神的ウェルビーイングに大きな影響を与える未来を思い描いている。彼女は人との触れ合いが不足する未来を想像し、他の人間との物理的な接触ではなく、機械的な触れ合いがストレスの解毒剤の役割を果たす解決策になるのではないかと考えた。
デジタルへの関心と執着が高まり、世界的なパンデミックが将来再び起こる可能性もあるため、私たちは物理的に孤立していくかもしれない。だからこそマクレーは、科学技術が人類に与えうる文化的・感情的影響を探求したいといえる。
長谷川愛のプロジェクト『I WANNA DELIVER A DOLPHIN…(私はイルカを産みたい…)』
日本ではタレントの長谷川愛氏による『I WANNA DELIVER A DOLPHIN…(私はイルカを産みたい…)』がスペキュラティブデザインの代表例として取り上げられることが多い。
長谷川愛はこのプロジェクトについて以下のように記している。
このプロジェクトは、潜在的食物不足とほぼ70億人の人口の中、これ以上人間を増やすのではなく、絶滅の危機にある種(例えばサメ、マグロ、イルカ等)を代理出産することを提案しています。
子供を産みたいという欲求と美味しいものが食べたいという欲求を満たす為に、食べ物として動物を出産してみてはどうか?という議論を提示し、そして如何に可能にするかという方法も示します。
上記リンク先に掲載されている「Dilemma chart (Why don’t I get pregnant with…)」も合わせてチェックしてみてほしい。
「問う」姿勢を持ち続ける
課題を解決しようとするのでなく、これからの社会はどうなっていくのかを考え、いま私たちが生きている世界に別の可能性を示すスペキュラティブデザイン。
「問う」姿勢を持ち続けることで、未来のさまざまなあり方を探求していきたい。
【参照サイト】What is Speculative Design? Origins | Future | Definition
【参照サイト】What is speculative design | Vinnova
【参照サイト】THE BASICS OF SPECULATIVE DESIGN by Pradipto Chakrabarty | UX Planet
【参照サイト】Design thinking vs. speculative design – the future to come – Ergodesign.
【参照サイト】THE BASICS OF SPECULATIVE DESIGN by Pradipto Chakrabarty | UX Planet
【参照サイト】Shenu: Hydrolemic System | Takram
【参照サイト】Speculative design for the real world | by Erin Peace | UX Collective
【参照サイト】Feed me Seymour: The flesh-eating robotic clock
【参照サイト】Bloodthirsty Timepieces: The Fly Paper Clock Has a Taste for Bugs
【参照サイト】8 Spectacular Speculative Designs That Will Blow Your Mind | by Giorgia Lombardo | DeMagSign | Medium
【参照サイト】I Wanna Deliver a Dolphin…
【参考文献】 Mitrovic, Ivica (2015). “Introduction to Speculative Design Practice – Eutropia, a Case Study”. Croatian Designers Association, Arts Academy / University of Split. Edition: 1.0.
スペキュラティブデザインに関連する記事の一覧
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S
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