修理する権利(Right to repair)とは・意味
修理する権利とは?
修理する権利(Right to repair)とは、パソコンやスマートフォン、自動車など、買った製品をメーカーに通さず、消費者自身で修理できるようにすることを意味する。
従来のビジネスでは、メーカー側が製品の修理を独占、あるいは限定された修理業者を指定し、そのほかのメーカー(業者)のパーツの入り込む隙間を与えることはなかった。競争相手がおらず、修理費用も自由に決められるため、「修理するより買った方が安い」ことが頻発し、多くの廃棄を生み出している。
国連グローバル電子廃棄物統計パートナーシップの報告「The Global E-waste Monitor 2020」によれば、2019年には全世界で5,360万トンの電子廃棄物(E-waste)が発生し、2030年までには7,470万トンに増加すると予測されている。しかし、これらの廃棄物のうち約17.4%しか回収・リサイクルされていないという(※)。
そんな中、サーキュラーエコノミー(循環経済)を促進する欧州では、電化製品がより長持ちし、部品が簡単に取り外せ、安全に修理ができる設計になるように法整備を進めている。こういった流れを受けてアメリカでも、マイクロソフトやアップル、グーグルといったGAFAM(アメリカの巨大テック企業)が近年この修理する権利への対応を始めている。
アメリカでの修理する権利の広がり
2012年に初めて、アメリカのマサチューセッツ州で「自動車所有者の修理する権利法」が制定された。この法律により、誰でも車両を修理できるようにするために、自動車メーカーは、必要な書類と情報を提供することが義務付けられたのだ。
この自動車業界の動きに触発され、電子機器業界でも2013年にDigital Right to Repair Coalition(DRRC)、後に改名しRepair Association(TRA)が発足し、「電子機器を修理する権利」に向けて働きかけるようになった。
アメリカの電子機器メーカーの筆頭ともいえるアップル(Apple)は、知的財産の保護やセキュリティーに懸念が生じるとして、「電子機器を修理する権利」の動きに反対の立場を示し、デジタルミレニアム著作権法(DMCA)を根拠として、独占的に修理を行っていた。
しかし、アップルがバッテリーが古くなったiPhoneの操作が遅くなるように意図的に設定していたことが明らかになった。本来なら、バッテリーを交換すれば症状が改善するが、アップルがその情報を公開していなかったため、不具合と思い込んだ多くの消費者が、新たにデバイスを購入する結果を招いた。
これまで消費者は、製品のパッケージの保証ステッカーやシールを破ったり、サードパーティの交換部品や修理サービスを使用したりすると保証が無効になるとされていた。しかし、2018年にアメリカ連邦取引委員会(以下、FTC)は、上記のような理由による保証の無効を消費者に通知することが、詐欺行為にあたると明確に示した。その後の2019年、アップルは独立した修理業者がアップル製品の公式の交換部品を購入できるプログラムを発表した。
2021年7月には、バイデン大統領の命令により、FTCが「修理する権利を制限するメーカーの慣行に対する法的措置を強化する」との声明を発表。
さらに2022年6月、米のニューヨーク州議会がアメリカ初となる広い範囲の電子機器を対象にした「修理する権利」を定める法案を可決した。法案は、ニューヨーク州で販売される大部分の家電製品について、メーカーが消費者や修理工場に対して技術や修理に関するマニュアル、診断用ソフトウェアの無償提供、交換部品や修理用具を手頃な費用で提供することを義務づけている。
巨大テック企業の修理する権利への対応
上記のような流れもあり、2021年頃からは巨大テック企業3社が本格的に修理する権利への対応を次々と始めている。順番に見ていこう。
マイクロソフト Microsoft
修理する権利に巨大テック企業の中でいち早く対応したと言えるのが、マイクロソフトだ。同社は2021年10月、米のNGO団体「As You Sow」の要求に答え、2022年末までに消費者の修理の選択肢を増やすことに合意した。
具体的には、修理する権利を促進することによって環境や社会にどのような影響があるのかを明らかにするための研究の開始や、製品の特定のパーツと修理マニュアル使用範囲をマイクロソフトの認定サービスプロバイダ以外にも拡大することなどを宣言した。
その後、2022年3月には自社のパソコンSurfaseの修理方法を解説したビデオ「Surface repair video」を公開するほか、2022年5月には前述の研究結果を発表し、デバイスの修理は買い替えに比べ92%のCO2排出を削減することを明らかにするほか、次のステップとして、製品のリペアラビリティ(修理のしやすさ)の向上や郵送修理サービスの拡大をあげている。
アップル Apple
長年消費者が製品を修理することに後ろ向きな姿勢を見せてきたアップルも、2021年11月に消費者自身の製品の修理を可能にする「Self Service Repair「(セルフ・リペアサービス)」を発表。米国のユーザーは、2022年4月には「iPhone12」と「iPhone13」の修理マニュアルを入手できるようになった。同年8月には、MacBook Air、MacBook Proもサービスの対象となった。
さらに、2022年4月には、アップル製品のパーツを購入できる「Self Service Repair Store」の利用がアメリカで開始された。今後、ヨーロッパ諸国でもiPhone向けのサービスを開始予定。オンラインストアでは、ディスプレイやバッテリー、カメラなどの修理に対応できる200種類以上のパーツや修理ツールを購入できる。2022年末までに欧州をはじめ他国にも展開予定だ。
グーグル Google
グーグルは2022年4月、同年末までにGoogle純正のスマートフォン「Pixel」シリーズの修理・分解キットを顧客に提供し、交換用部品をパートナー企業の「ifixit」から購入できるようにすると発表。最初は欧米を中心に展開し、いずれはPixelシリーズを販売する全ての国に拡大予定だ。
同時に、他企業と提携し、学校や企業で未使用のデバイスを再利用できるようにする「Chromebook repair program(Chromebook修理プログラム)」も立ち上げている。
欧州での修理する権利の広がり
「修理する権利」の流れは、欧州でも広がっている。欧州議会では2017年に、欧州連合(EU)加盟国が消費者に電子機器を修理する権利を認める法律を制定すべきだという立場を明示した。デバイスの修理は、環境対策として廃棄物を削減する手段としても位置づけられている。
また、2020年3月11日には新たな「循環型経済行動計画(Circular Economy Action Plan)」が採択された。今回の計画では、「廃棄」ではなく「循環」を前提とした製品設計・デザインに重点を置き、消費者の「修理する権利」を強化。製品の修復性や耐久性などに関する情報へのアクセスを確保し、できるかぎり長期間使用できる環境を整える。欧州でのサーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行を加速させるのが狙いだ。
また、2023年6月14日、欧州議会は電化製品の寿命に大きな影響を与えているバッテリーの問題に対処するため、全ての電子機器のバッテリーを簡単に取り外して交換可能にする規則案を可決。この新規則には、バッテリーの取り外し不可能な内蔵を禁止するとともに、バッテリーの製造、回収、リサイクル過程でのカーボンフットプリントの透明性、原料のリサイクル、バッテリーの性能と耐久性の表示、交換用バッテリーの提供が義務付けられる。この規則は、2027年に施行予定だが、スマートフォンとタブレットは「エコデザイン」法案が2025年に施行される予定で、これによりバッテリーの自己交換が可能になるかもしれない。
欧州各国の動きとして、大きな動きがあるのがフランスだ。2021年1月から、フランスでは家電製品の「修理可能指数(Indice de réparabilité)」を表示することが義務付けられている。この指数は、0から10のスコアで色分けされたラベルにより、製品の修理しやすさを示す。対象製品は、スマートフォン、パソコン、テレビ、芝刈り機、洗濯機、食器洗い機、掃除機、高圧洗浄機などだ。
フランスではさらに、今後「耐久性指数」も導入予定。この指標は、製品の修理可能性だけでなく、寿命や強度も総合的に評価する。これにより、製品の耐久性がより明確になり、消費者は長持ちする製品を選びやすくなる。フランスの政策は、今後欧州全体の政策に影響を与えていくだろう。
日本での修理する権利への議論
一方、日本ではどうだろうか。
2021年11月にテックマークジャパン株式会社が行った消費者への「家電の修理に関する意識調査」によると、国内での修理する権利の認知度は8.8%と一割に満たず、今後認知度を拡大していく必要性がうかがえる。
また、日本では法律面でも障壁がある。2022年現在、国内で電波を発する機器を利用するには「技術基準適合証明(以下、技適)」を受ける必要があり、技適マークの付いた機器を資格を持たない個人が修理をしてしまうと電波法違反に問われる可能性があるのだ。このため、国内で本格的に修理する権利を推進していくためには、この法律も変えていく必要がある。
しかし、前述の調査によると、「一度購入した家電を出来るだけ長く(寿命いっぱいまで)使用したい」という回答は9割にのぼり、家電を廃棄するときに後ろめたさを感じると回答した人も少なくない。このため、修理する権利という言葉への認知度は低いものの、消費者からのニーズは十分にあると言える。
また、すでに日本の電化製品の多くが海外製であり、反対に日本のメーカーもEUや米国の規制に沿った製品づくりが求められていく。そのため、今後「修理する権利」の概念は日本にも普及していくのではないだろうか。
※ Electronic waste (e-waste). WHO
【参照サイト】米国で法案可決の「修理する権利」、日本での発展に全国の20-60代の約6割が期待 家電の修理に関する意識調査
【参照サイト】Microsoft Delivers on Promise to Investors, Releases Study Showing Device Repair Reduces Waste, Climate Emissions
【参照サイト】Microsoft Agrees to Expand Consumers’ Repair Options
【参照サイト】Microsoft Shares Its First Official Repair Video for a Surface Product
【参照サイト】Self Service Repair Store
【参照サイト】Global Transboundary E-waste Flows Monitor 2022
【参照サイト】Apple announces Self Service Repair
【参照サイト】Coming soon: More ways to repair your Pixel phone
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